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第一巻:春
(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン=いちゃらぶ
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「はい、沢田先生のカット、全終了です。ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
俺は叫んで、レフ板の光の洪水の中から逃げ出し、ビーチパラソルの影に駆け込んだ。
「沢田先生、お疲れ様です」
マネージャーの茜が、冷えた炭酸水を渡してくれた。
「ありがとう」
俺たちは、国内南方のリゾートホテルのプライベートビーチへ来ていた。
写真撮影のためだが無論、俺はオマケで、今も撮影が続いている志桜里が主役だ。
なぜ、俺がくっついてきているかというと、撮影予定の中に、男と腕を組んでとか、並んで歩いてとか、デートをイメージした写真が何カットかあり、男性モデルが必要だったからだ。
どうせ、腕だけだったり、ピントも志桜里に合わせて男はボカして写すので、俺程度でいいか、と経費削減優先で決まったのだ。
社長にしてみれば、俺相手だと志桜里が良い笑顔になる、という打算もあったようだが。
実は誰にも言っていないが、撮影が決まった二週間前から、俺は最近お気に入りの学食のナポリタンを断って、減量した。
志桜里は、白いワンピースの水着にパレオ、手にもったカーディガンを風に、たなびかせている。
「あっついわねー」
当然のように社長もいて、赤いビキニの上にタオル地の白ガウンを羽織っているが、撮影の予定はないので、なんでそんな恰好?
ちなみに、茜は、ミニスカートのシンプルな白いワンピースだ。
「茜ちゃん。あの中、えぐいTバックの水着なのよ」
ただ社長が、そんなことを囁いたので、陽に身体のラインが透けるたびに、どきっとしてしまう。
「形山社長!カット確認お願いします!」
スタッフが詰めるイベント用テントから、声がかかる。
「はーい!」
持ち込んだモニターで今、撮ったシーンで採用する候補を絞り、それらに、例えばゴミが写りこんでいないか、顔が影になっていないかなど、問題がないか、拡大して確認しているのだ。
「あー、ビール飲みたい」
「沢田先生は終わりでも、他の方はお仕事中なんですから、ダメです。茜は買ってきたりしません」
優秀なマネージャーに怒られてしまった。
打ち上げを兼ねた昼食を撮影スタッフたちと摂った後、俺たちは、彼らと別れて、リゾートホテルへと戻った。
男性モデル代が安くついたのもあり、福利厚生を兼ねて、自社負担で社長が宿泊させてくれているのだ。
つまり、ほぼ俺のおかげだ。
撮影スタッフは、近所のビジネスホテル泊まりだったが、そもそも仕事が終わった彼らはもう、帰社のため空港へ向かっている。
俺たちは、このまま一泊して、明日の昼前に帰るスケジュールだ。
今日は早朝からの撮影だった上、日差しと熱気にダメージを受けたので、ホテルでの夕食まで、一休みすることになった。
俺は、撮影終わりにシャワーを浴びていたし、打ち上げのビールでの酔いもあり、ベッドにダイブした。
喉の渇きで目が覚めたのは、セットしたアラームより、ずいぶん早い時間だった。
日焼け止めは塗っていたのに、軽く日焼けしたのか、どこか浜辺の砂が肌にまとわりついているような肌の違和感を感じて、俺は大浴場へ向かった。
残念ながら、温泉ではないが、風呂というのは広いだけでテンションが上がる。
露天風呂もあって時間での男女入れ替え制なのだが、平日で宿泊客が俺たちだけのこともあり、水着をつけていれば、混浴OKとのことだ。
が、せっかくの露天風呂なのだ、開放的に入りたい。
ジムの温水プールじゃないんだから、水着を着たくない。
ので、囲いにある「ただいまの時間は:男性専用です」もしくは「ただいまの時間は:女性専用です」の札を、先に入った方がかけておく、というルールを提案した。
「女性専用です」の札があれば、俺は入らず、事故が起こらない。
俺は、札がないことを確認し、「男性専用です」の札をかけ、露天風呂に浸かり、湯舟にもたれた。
少しづつ、夕暮れに沈んでいく空を眺めるのは、最高だ。
循環のため、岩の間からお湯が注がれ続ける音が響いているのも、心地よい。
天然?のASMRだ。
俺は、その音を聞きながら、目を閉じた。
ここに、冷えたビールがあれば、もっと最高なんだが。
「あー、ビール飲みたい」
「はい、ビールです。沢田先生」
目を開けると、缶ビールを差し出す、バスタオルを身体に巻いた茜がいた。
マネジャーの優秀さに驚きながら一応、抗議する。
「『男性専用です』の札、出したはずだが?」
「はい。でも、水着をつければ、混浴可能です」
タオルの胸元をめくり、黒いブラのカップを見せてきた。
下は、えぐいTバックなんだろうか?
「水着なら、なぜタオル?」
「乙女の恥じらいです」
「なら許す」
俺が、茜の元セクシー女優っぽい言動を嫌ってるのを知った上での発言だ。
というか、俺は水着を着ていないから、『男性専用』の札を出したんだが。
まだ、俺がゴネようとしているのを察したか、
「ビール、いらないんですか?」
茜は、もう一本の缶ビールを手に、湯舟に腰かけ、プルトップを開けた。
出ていけ、と言えば、ビールを渡さない気らしい。
どうやら、敏腕マネージャーは、俺の操縦法を会得しつつあるらしい。
「かんぱーい!」
「・・・乾杯」
冷えたビールがうまい。
が、湯舟に座った茜が、お湯の中で、チャプチャプ足を動かすので、バスタオルの膝の間から奥が覗ける。
中は水着だと知っていても、どうにも落ち着かない。
俺は、頭に乗せていたタオルを腰に巻くと、湯に沈んでいる石に座った。
この高さなら、下半身は湯の中だし、目線も高くなり、上半身が出ているので、ノボせない。
タオルをお湯につける無作法は、お許しいただきたい。
撮影のためタオルを着用しております、とでもテロップを出してくれ、と現実逃避気味に考えた。
茜は、そんな俺を見て、くすくす笑い、
「沢田先生になら、見られても大丈夫ですよ。だって」
にっこり笑う。
「元セクシー女優だからじゃなくて、茜が魅力的だからでしょ?」
「俺のマネージャーは、魅力的なんだから、無防備にするな」
「・・・はーい」
俺の反応がお気に召さなかったようだが、素直に片手でバスタオルの裾を押さえた。
「でも、こんな風に、ズルしたら、志桜里さんに悪いですね」
「なぜ、ここで、志桜里の名前?」
出すなら、あみの方じゃないのか?
俺が首を傾げると、茜も首を傾げ、
「だって、志桜里さん、沢田先生のこと、大好きじゃないですか」
マネージャー採用から、こんなに短いつきあいだというのに。
「・・・バレバレ?」
「志桜里さんの好き好きオーラ、凄いですもん」
改めて言われると、恥ずかしいな。
「社長も沢田先生のこと、ねらっ、」
「あーかーねーちゃーん」
バスタオルを巻いた社長が、茜の背後から、拳でコメカミをグリグリしていた。
「痛い!痛いですしゃちょー」
形山は、茜の隣に座ると、「ビール一口ちょうだい」と頭を押さえて涙目の茜から缶を奪った。
「ちなみに、下に水着は着てないわよ」
戦利品を「一口」ではないレベルで飲みながら、謎アピール。
『男性専用』の札とか、水着とか、ルール無用だな、社長。
タオルを外してあげてもいいんだぞハート、的な仕草をするので、言ってやる。
「ここに、志桜里が来たら、どんな顔するかな?」
『ちっ』
今の舌打ち、俺のマネージャーもしたよね?
なんで、背中に両手まわしてたのマネジャー?
形山が、大きなため息をつき、真面目な顔をして、
「それで、志桜里のこと、どうするの?」
「どうするも。俺は、あみとつきあってて、志桜里をふった。それだけだろう?」
「でも、清い関係の二人に、志桜里さん、諦めきれてないですよ」
言いにくそうに、茜が言う。
「だから、どうしろと?」
「思考停止してる」
形山が、胸の前で、腕を組んで言った。
バスタオル巻いて、腕でつぶして、まだそのボリュームか、こわっ。
優秀なマネージャーが、そんな俺を冷たい目で見ている。
「ほら、今も、現実逃避しようとしてる」
俺は、言葉もない。
「沢田専務は、頭いいのに、コチラのことになると、中学生レベルなんだから。もっと志桜里のこと考えてあげて」
「考えてどうする?」
形山は、立ち上がると、湯舟の脇に積んであった桶のひとつに湯を汲み、俺に向けてブチ撒けた。
「きゃ、社長?」
「・・・幸せにしてあげて」
俺は、頭から湯を滴らせながら、茫然と、
「幸せって、だから俺は、あみとつきあってて、」
形山は、持っていた桶を湯舟に叩き込み、俺は口をつぐんだ。
「幸せには、いろいろな形があるの!」
仁王立ちで形山は強く言い、茜の腕をつかんだ。
「いくわよ、茜ちゃん」
「え?あ、社長?沢田先生?」
露天風呂から出ていく二人を見送りながら、俺は呟いた。
「・・・だから、どうしろと?」
露天風呂の一件で、思うところはあったが、ホテルのレストランでの四人の夕食は、和やかなムードで終わり、土産物でも見るかと、夜の街へ繰り出した。
女性三人は、袖の有無、ラインのタイトさやスカートの長さが異なるが、白系のワンピース。
俺は、またかとお思いだろうが、制服のブレザー姿だ。
海沿いの街だからだろうか、昼間の熱気が失せ、ほろ酔いで火照った身体に、風が心地よい。
俺自身は、土産は空港で買えばいいか、と熱心さに欠けていたが、女性陣は楽しそうに店をまわっていた。
「・・・あれ、アカネじゃね?」
「え?うそうそ?」
「なに?なに?セクシー女優の?」
馬鹿三人に絡まれたのは、社長がどこで身につけるんだ的なアクセサリーを買った店を出たときだった。
「ねえねえ、アカネちゃん?」
「撮影?アダルト動画?」
「やめて!やめてください!」
はい、俺のマネージャーに触ったので、アウト。
「なんだオッサン?」
俺は、茜と馬鹿の間に割り込んでいた。
茜を背に隠すと、俺は大きく息を吸い、構えた。
「やんのか?オッサン?」
「たすけてくださーい!」
俺の大声に、周囲の人目が集まり、ビビる馬鹿ども。
その隙に、俺はスマホをとりだし、写真を撮り、そのまま通報の電話をかける。
「あ?警察ですか?今、男たち三人に絡まれていて、」
「ヤベ、逃げろ!」
「あ、逃げていきました。はい?ええ、写真は撮ってます。はい。ああ、県警のウェブへ。後で写真送っておきます。はい。気をつけます」
俺は通話を切り、背後を振り返った。
「茜、大丈夫か?」
「・・・はい。怖かったです」
「でもちゃんと、やめてくれって言えたのは、偉かったぞ」
「はい!」
ようやく、少しだけ笑顔になった頭をぽんぽんすると、二種類の視線が向けられていた。
志桜里のキラキラした目と、がっかりしたっぽい形山だ。
俺が、三対一で、殴り合いでもすると思ったのか?
いくらジムで鍛えていても、多人数相手に素手なんて、戦術で覆せるものじゃない。
「いいか、護身術の基本は、大声を出すことだぞ?」
「覚えておきます、先生」
「それはそうかもなんだけどー」
俺に、何を期待してたんだ?
「どうする茜?もうホテルへ帰るか?」
俺たちに遠慮してか、迷う素振りをする茜に、社長が、
「茜ちゃん、帰るなら私と帰ろうか。荷物重いから、近いけど経費でタクシー使っちゃうよ」
「・・・はい、社長」
「志桜里は、どうする?」
「志桜里は、もう少し歩きたいです」
戻る二人をタクシー乗り場まで送り、残った二人で歩きだした。
「夜になると冷えるな」
俺は、ブレザーを脱いで、ワンピースの志桜里の肩にかけた。
「先生・・・温かい」
ブレザーの前をかき抱く彼女。
「そんなに寒かったか、気がつかなくて、すまん」
「・・・寒くないです」
なぜだが、不機嫌そうに、でもブレザーを離さない。
「先生の匂いがします」
「お、汗臭かったか?帰ったら、クリーニングに出すよ」
「・・・臭くないです」
なぜだが、不機嫌そうに、でもブレザーを離さない。
志桜里は、ずんずん歩き出した。
俺は、露天風呂の一件で、志桜里に何かを話さなければ、と焦っていたが、言葉を探しながら、俺を振り切ろうとしているかのような彼女を追ううちに、ホテルについてしまった。
「・・・先生、おやすみなさい」
志桜里は、こちらも向かずに、背中越しに言うと、自分の部屋へ入って行った。
「おやすみ。あ、ブレザー」
ブレザーを持って行ってしまわれたが明日、返してもらえばいいか。
それにしても、どこで、あんなに機嫌を損ねたのだろう?
ブレザーを貸したのが、子供扱いに思われたのだろうか?
夕方の露天風呂もよかったが、夜空を眺めながらも、またいい。
俺は、空を見上げるのに、首が痛くならないように、湯舟の縁にタオルを置き頭を乗せて、だらしなく大の字になって湯に半分浮いて、浸かっていた。
岩の間から注がれる湯が、湯舟に落ちるまでに、夜風で冷えるからか、お湯の温度は先ほどより低く、顔も冷たいので、長く入っていられそうだ。
どうやら、志桜里を怒らせてしまったようなので明日、どうやって謝るかを考えていたが、原因がわからないので、堂々巡りだ。
なんで怒ったのか、本人に聞くのは、最悪から二番目の選択肢だ。
ちなみに、最悪は、周囲の人に相談し、怒った理由がわからないことが、巡り巡って本人の耳に入ることだ。
ちゃぽん。
湯が注がれる音に、何かが混じった。
顔を夜空から降ろすと、湯舟の中に立つ、バスタオルを巻いた女性のシルエット。
髪は、まとめているようで、長さがわからない。
だが、この体型は、志桜里か?
『札』が出ていたら入ってこないルールは、完全に無視なようだ。
逆に、『札』を出していることで、俺がいることが、バレるのかもしれない。
「志桜里?」
ざぶざぶと音をたて、近寄ってくる。
「・・・先生」
俺は、すっかり脱力していたので、とっさに動けず、ようやく上体を起こした。
「ストップ、志桜里、そこで止まれ」
それでも、進もうとするので、
「それ以上、近寄ったら、力ずくでも俺は出ていく。話したいことがあるなら、そこで言え」
志桜里は、俺が伸ばしていた足の先くらいで、両膝をついた。
夜でよかった。
明るかったら、水面越しでも、近すぎて丸出しが丸見えだった。
唯一、頼みの綱の防具であるタオルは、湯舟の縁で、少々遠い。
「先生、志桜里、魅力ないですか?志桜里じゃ、だめですか?」
なんだか、デジャヴュだ。
「・・・志桜里は、魅力的だよ」
「でも、志桜里を選んでくれないじゃないですか。抱いてくれないじゃないですか!」
俺に、にじり寄ろうとして、滑ったのかよろけ、その拍子にバスタオルがほどけた。
「あ?きゃっ」
胸を両腕で隠し、湯にしゃがみ込む。
俺の膝の間くらいに座りこんだ志桜里の頭に手を伸ばした。
手のひらが、頭に触れると彼女は、びくっと震えた。
「これを言うと怒るのはわかっているけど、志桜里。子供が、無理しなくていいんだ」
「志桜里、子供じゃないです!」
睨みつけてくる志桜里。
彼女の、こんな表情は、初めて見るのかもしれない。
「子供だ。だって、こんなに震えてるじゃないか」
彼女の頭に乗せた手から湯の中にいるというのに、彼女がふるふると震えているのが、伝わってくる。
「子供が、無理しなくて、いいんだ」
「でも、抱いてもらわないと、志桜里を選んでもらえません!」
それは、思い込みの呪縛だ。
「俺、そんなに尻軽に見えてるか?」
俺が、自嘲気味に聞くが、志桜里には意味がわからないようだ。
「どういう意味ですか?」
「志桜里には、俺が、一回抱いたら、ほいほい女を乗り換える、尻軽に見えてるのか?って意味だ」
あみとつきあうと言いつつ、志桜里を抱いたら、あみをあっさり捨てて志桜里に乗り換える。
「抱いて選ぶ」とは、そういうことだ。
志桜里がみている俺は、そんな程度な男なのか?
「あ、あ・・・」
志桜里の表情に、理解が広がっていく。
「だから、そんな手段を、無理して使わなくていいんだ」
「でもでも!志桜里は、志桜里を選んでほしいんです!」
彼女の心を折るために、俺を諦めさせるために、強い言葉をぶつけることは、簡単だ。
だが、やはり、俺はヘタレなのだろう。
いや、好意を受けることに慣れていないのだから仕方ない、と自己弁護しておく。
社長には、思考停止するなと言われたが、知ったことか。
俺には、どれが誰の「幸せ」につながるルートなのか、まったくわかっていない。
ただ、今、目の前にいる少女を傷つけたくない、と言い訳しているだけの卑怯者だ。
「・・・少し、時間をくれないか」
「え?」
「あみのことは好きだ。でも、つきあうのが、正しいことか迷っている」
あみに言ったら、ブチ切れられそうだ。
でも、それが、偽らざる俺の本音で、添い遂げようが、別れようが、ずっとどこかに引っ掛かり続けるだろう。
「だから、あみとつきあっているから、志桜里とつきあえない、は言い訳にしかならないと思う」
だって、「あみとつきあうのが、正しいことか迷っている」なら答えを出せ、「正しくない」なら、あみと別れて障害がなくなったのだから、「志桜里とつきあえ」と思うだろう。
「だから、時間をくれないか。もし、志桜里を振るなら、ちゃんとした理由を言えるまで」
ぽろっと、志桜里の目から、涙が零れた。
「・・・志桜里を選んでくれることは、ないんですか?」
「それは、」
口ごもりながら、口ごもったことで答えを覚った志桜里が顔を伏せ、これなんの恋愛シミュレーション?とか思う。
ゲームなら、二兎を追いもせず、バッドエンドが一番似合いそうな俺だ。
夜中の露天風呂、全裸で俺は、何を語ってるんだ?
志桜里は顔を上げ、涙をふくと、挑戦的に俺を見た。
「でも、志桜里を振る理由が言えないなら、志桜里が諦める理由もないですよね?」
両手を胸の前に組み合わせて、って胸はみ出てるぞ。
「さっき、志桜里が魅力的だって言った責任を、先生とってください」
顎をあげて、目を閉じる。
これは、彼女からの徹底交戦の宣戦布告だ。
「・・・先生」
志桜里が目を閉じた隙に、俺はタオルを湯舟の縁からとり、立ち上がって腰に巻いた。
「志桜里は、俺にはもったいないくらい、魅力的だよ」
額に、口づけた。
「・・・上がらないと、ノボせるぞ」
俺は、ざぶざぶと縦断し、湯舟から上がった。
「先生!額にだけですか?」
徹底交戦に対抗するには、撤退戦もある。
志桜里の声を背に、露天風呂を出ようとして、
「単に、先伸ばしにして、逃げただけじゃない?」
バスタオルを巻いた、形山だった。
正に、その通りすぎて反論する気にもなれず、俺は無視して行こうするが、
「結局、我慢することになっちゃって。私なら、いつでもいいのよ?」
形山は、抱き着いて、唇を合わせてきた。
俺は、抵抗せずに、舌を受け入れた。
むき出しの、湯に火照った肌と夜風に冷えた肌が触れる。
キスが終わり、鼻がくっつきそうな距離で、
「俺にも、選ぶ権利は、ある」
言い捨てて、部屋に向かった。
「いつもは、絶対に見せないあの目。やっぱり好き。ご馳走様」
朝食のレストランへ行きたくなかったが、どうせ飛行機は近い席だから顔を合わせるので、仕方なく行った。
「おはようございます。沢田先生。昨日はありがとうございました」
茜は、馬鹿に絡まれたことから立ち直っているようで、元気だった。
「おはようございます。先生。昨日は、ありがとうございました」
志桜里は、貸したままになっていたブレザーを渡しながら、頬を膨らませた。
キスが額だったのが、ご不満だったのだろうが、なんだか元気だった。
もしかして昨夜、ブレザーを返しにきて、俺が部屋にいなかったから、風呂へ探しに来たのだろうか。
茜が「あ、志桜里さんの好き好きオーラだ」と小さく呟いていたが、今のどこがそうなんだ?
「おはよ。沢田専務。昨日はありがとう」
形山は、あんな仕打ちをしたのに、なぜか上機嫌だった。
キスには抵抗しなかったが、礼を言われるようなことをしたか?
思惑はどうあれ、朝食は和やかに済み。
空港で買い物をして、帰宅の途についた。
翌日、あみとミホに、志桜里と土産を渡すと、
「どうして、私を連れて行ってくれなかったのよ!」
お怒りのあみに、
「先生といっしょに、二人だけで露天風呂に、志桜里は入りました」
「それくわしくボク聞きたい!」
火に油を注いで大変だった。
ただ、額へのキスは、二人だけの秘密だそうだ、実は社長に見られていたが。
ちなみに、あみのマネージャー志方へのお土産を買い忘れていたので、志桜里が買っていた分を俺との共同と偽ったのがバレ、泣かれた。
あと、俺への遠慮からか、今まで用事があるときだけしかLINEしてこなかった志桜里が、なぜか毎晩「おやすみなさい、先生」と入れてくるようになった。
「ありがとうございました!」
俺は叫んで、レフ板の光の洪水の中から逃げ出し、ビーチパラソルの影に駆け込んだ。
「沢田先生、お疲れ様です」
マネージャーの茜が、冷えた炭酸水を渡してくれた。
「ありがとう」
俺たちは、国内南方のリゾートホテルのプライベートビーチへ来ていた。
写真撮影のためだが無論、俺はオマケで、今も撮影が続いている志桜里が主役だ。
なぜ、俺がくっついてきているかというと、撮影予定の中に、男と腕を組んでとか、並んで歩いてとか、デートをイメージした写真が何カットかあり、男性モデルが必要だったからだ。
どうせ、腕だけだったり、ピントも志桜里に合わせて男はボカして写すので、俺程度でいいか、と経費削減優先で決まったのだ。
社長にしてみれば、俺相手だと志桜里が良い笑顔になる、という打算もあったようだが。
実は誰にも言っていないが、撮影が決まった二週間前から、俺は最近お気に入りの学食のナポリタンを断って、減量した。
志桜里は、白いワンピースの水着にパレオ、手にもったカーディガンを風に、たなびかせている。
「あっついわねー」
当然のように社長もいて、赤いビキニの上にタオル地の白ガウンを羽織っているが、撮影の予定はないので、なんでそんな恰好?
ちなみに、茜は、ミニスカートのシンプルな白いワンピースだ。
「茜ちゃん。あの中、えぐいTバックの水着なのよ」
ただ社長が、そんなことを囁いたので、陽に身体のラインが透けるたびに、どきっとしてしまう。
「形山社長!カット確認お願いします!」
スタッフが詰めるイベント用テントから、声がかかる。
「はーい!」
持ち込んだモニターで今、撮ったシーンで採用する候補を絞り、それらに、例えばゴミが写りこんでいないか、顔が影になっていないかなど、問題がないか、拡大して確認しているのだ。
「あー、ビール飲みたい」
「沢田先生は終わりでも、他の方はお仕事中なんですから、ダメです。茜は買ってきたりしません」
優秀なマネージャーに怒られてしまった。
打ち上げを兼ねた昼食を撮影スタッフたちと摂った後、俺たちは、彼らと別れて、リゾートホテルへと戻った。
男性モデル代が安くついたのもあり、福利厚生を兼ねて、自社負担で社長が宿泊させてくれているのだ。
つまり、ほぼ俺のおかげだ。
撮影スタッフは、近所のビジネスホテル泊まりだったが、そもそも仕事が終わった彼らはもう、帰社のため空港へ向かっている。
俺たちは、このまま一泊して、明日の昼前に帰るスケジュールだ。
今日は早朝からの撮影だった上、日差しと熱気にダメージを受けたので、ホテルでの夕食まで、一休みすることになった。
俺は、撮影終わりにシャワーを浴びていたし、打ち上げのビールでの酔いもあり、ベッドにダイブした。
喉の渇きで目が覚めたのは、セットしたアラームより、ずいぶん早い時間だった。
日焼け止めは塗っていたのに、軽く日焼けしたのか、どこか浜辺の砂が肌にまとわりついているような肌の違和感を感じて、俺は大浴場へ向かった。
残念ながら、温泉ではないが、風呂というのは広いだけでテンションが上がる。
露天風呂もあって時間での男女入れ替え制なのだが、平日で宿泊客が俺たちだけのこともあり、水着をつけていれば、混浴OKとのことだ。
が、せっかくの露天風呂なのだ、開放的に入りたい。
ジムの温水プールじゃないんだから、水着を着たくない。
ので、囲いにある「ただいまの時間は:男性専用です」もしくは「ただいまの時間は:女性専用です」の札を、先に入った方がかけておく、というルールを提案した。
「女性専用です」の札があれば、俺は入らず、事故が起こらない。
俺は、札がないことを確認し、「男性専用です」の札をかけ、露天風呂に浸かり、湯舟にもたれた。
少しづつ、夕暮れに沈んでいく空を眺めるのは、最高だ。
循環のため、岩の間からお湯が注がれ続ける音が響いているのも、心地よい。
天然?のASMRだ。
俺は、その音を聞きながら、目を閉じた。
ここに、冷えたビールがあれば、もっと最高なんだが。
「あー、ビール飲みたい」
「はい、ビールです。沢田先生」
目を開けると、缶ビールを差し出す、バスタオルを身体に巻いた茜がいた。
マネジャーの優秀さに驚きながら一応、抗議する。
「『男性専用です』の札、出したはずだが?」
「はい。でも、水着をつければ、混浴可能です」
タオルの胸元をめくり、黒いブラのカップを見せてきた。
下は、えぐいTバックなんだろうか?
「水着なら、なぜタオル?」
「乙女の恥じらいです」
「なら許す」
俺が、茜の元セクシー女優っぽい言動を嫌ってるのを知った上での発言だ。
というか、俺は水着を着ていないから、『男性専用』の札を出したんだが。
まだ、俺がゴネようとしているのを察したか、
「ビール、いらないんですか?」
茜は、もう一本の缶ビールを手に、湯舟に腰かけ、プルトップを開けた。
出ていけ、と言えば、ビールを渡さない気らしい。
どうやら、敏腕マネージャーは、俺の操縦法を会得しつつあるらしい。
「かんぱーい!」
「・・・乾杯」
冷えたビールがうまい。
が、湯舟に座った茜が、お湯の中で、チャプチャプ足を動かすので、バスタオルの膝の間から奥が覗ける。
中は水着だと知っていても、どうにも落ち着かない。
俺は、頭に乗せていたタオルを腰に巻くと、湯に沈んでいる石に座った。
この高さなら、下半身は湯の中だし、目線も高くなり、上半身が出ているので、ノボせない。
タオルをお湯につける無作法は、お許しいただきたい。
撮影のためタオルを着用しております、とでもテロップを出してくれ、と現実逃避気味に考えた。
茜は、そんな俺を見て、くすくす笑い、
「沢田先生になら、見られても大丈夫ですよ。だって」
にっこり笑う。
「元セクシー女優だからじゃなくて、茜が魅力的だからでしょ?」
「俺のマネージャーは、魅力的なんだから、無防備にするな」
「・・・はーい」
俺の反応がお気に召さなかったようだが、素直に片手でバスタオルの裾を押さえた。
「でも、こんな風に、ズルしたら、志桜里さんに悪いですね」
「なぜ、ここで、志桜里の名前?」
出すなら、あみの方じゃないのか?
俺が首を傾げると、茜も首を傾げ、
「だって、志桜里さん、沢田先生のこと、大好きじゃないですか」
マネージャー採用から、こんなに短いつきあいだというのに。
「・・・バレバレ?」
「志桜里さんの好き好きオーラ、凄いですもん」
改めて言われると、恥ずかしいな。
「社長も沢田先生のこと、ねらっ、」
「あーかーねーちゃーん」
バスタオルを巻いた社長が、茜の背後から、拳でコメカミをグリグリしていた。
「痛い!痛いですしゃちょー」
形山は、茜の隣に座ると、「ビール一口ちょうだい」と頭を押さえて涙目の茜から缶を奪った。
「ちなみに、下に水着は着てないわよ」
戦利品を「一口」ではないレベルで飲みながら、謎アピール。
『男性専用』の札とか、水着とか、ルール無用だな、社長。
タオルを外してあげてもいいんだぞハート、的な仕草をするので、言ってやる。
「ここに、志桜里が来たら、どんな顔するかな?」
『ちっ』
今の舌打ち、俺のマネージャーもしたよね?
なんで、背中に両手まわしてたのマネジャー?
形山が、大きなため息をつき、真面目な顔をして、
「それで、志桜里のこと、どうするの?」
「どうするも。俺は、あみとつきあってて、志桜里をふった。それだけだろう?」
「でも、清い関係の二人に、志桜里さん、諦めきれてないですよ」
言いにくそうに、茜が言う。
「だから、どうしろと?」
「思考停止してる」
形山が、胸の前で、腕を組んで言った。
バスタオル巻いて、腕でつぶして、まだそのボリュームか、こわっ。
優秀なマネージャーが、そんな俺を冷たい目で見ている。
「ほら、今も、現実逃避しようとしてる」
俺は、言葉もない。
「沢田専務は、頭いいのに、コチラのことになると、中学生レベルなんだから。もっと志桜里のこと考えてあげて」
「考えてどうする?」
形山は、立ち上がると、湯舟の脇に積んであった桶のひとつに湯を汲み、俺に向けてブチ撒けた。
「きゃ、社長?」
「・・・幸せにしてあげて」
俺は、頭から湯を滴らせながら、茫然と、
「幸せって、だから俺は、あみとつきあってて、」
形山は、持っていた桶を湯舟に叩き込み、俺は口をつぐんだ。
「幸せには、いろいろな形があるの!」
仁王立ちで形山は強く言い、茜の腕をつかんだ。
「いくわよ、茜ちゃん」
「え?あ、社長?沢田先生?」
露天風呂から出ていく二人を見送りながら、俺は呟いた。
「・・・だから、どうしろと?」
露天風呂の一件で、思うところはあったが、ホテルのレストランでの四人の夕食は、和やかなムードで終わり、土産物でも見るかと、夜の街へ繰り出した。
女性三人は、袖の有無、ラインのタイトさやスカートの長さが異なるが、白系のワンピース。
俺は、またかとお思いだろうが、制服のブレザー姿だ。
海沿いの街だからだろうか、昼間の熱気が失せ、ほろ酔いで火照った身体に、風が心地よい。
俺自身は、土産は空港で買えばいいか、と熱心さに欠けていたが、女性陣は楽しそうに店をまわっていた。
「・・・あれ、アカネじゃね?」
「え?うそうそ?」
「なに?なに?セクシー女優の?」
馬鹿三人に絡まれたのは、社長がどこで身につけるんだ的なアクセサリーを買った店を出たときだった。
「ねえねえ、アカネちゃん?」
「撮影?アダルト動画?」
「やめて!やめてください!」
はい、俺のマネージャーに触ったので、アウト。
「なんだオッサン?」
俺は、茜と馬鹿の間に割り込んでいた。
茜を背に隠すと、俺は大きく息を吸い、構えた。
「やんのか?オッサン?」
「たすけてくださーい!」
俺の大声に、周囲の人目が集まり、ビビる馬鹿ども。
その隙に、俺はスマホをとりだし、写真を撮り、そのまま通報の電話をかける。
「あ?警察ですか?今、男たち三人に絡まれていて、」
「ヤベ、逃げろ!」
「あ、逃げていきました。はい?ええ、写真は撮ってます。はい。ああ、県警のウェブへ。後で写真送っておきます。はい。気をつけます」
俺は通話を切り、背後を振り返った。
「茜、大丈夫か?」
「・・・はい。怖かったです」
「でもちゃんと、やめてくれって言えたのは、偉かったぞ」
「はい!」
ようやく、少しだけ笑顔になった頭をぽんぽんすると、二種類の視線が向けられていた。
志桜里のキラキラした目と、がっかりしたっぽい形山だ。
俺が、三対一で、殴り合いでもすると思ったのか?
いくらジムで鍛えていても、多人数相手に素手なんて、戦術で覆せるものじゃない。
「いいか、護身術の基本は、大声を出すことだぞ?」
「覚えておきます、先生」
「それはそうかもなんだけどー」
俺に、何を期待してたんだ?
「どうする茜?もうホテルへ帰るか?」
俺たちに遠慮してか、迷う素振りをする茜に、社長が、
「茜ちゃん、帰るなら私と帰ろうか。荷物重いから、近いけど経費でタクシー使っちゃうよ」
「・・・はい、社長」
「志桜里は、どうする?」
「志桜里は、もう少し歩きたいです」
戻る二人をタクシー乗り場まで送り、残った二人で歩きだした。
「夜になると冷えるな」
俺は、ブレザーを脱いで、ワンピースの志桜里の肩にかけた。
「先生・・・温かい」
ブレザーの前をかき抱く彼女。
「そんなに寒かったか、気がつかなくて、すまん」
「・・・寒くないです」
なぜだが、不機嫌そうに、でもブレザーを離さない。
「先生の匂いがします」
「お、汗臭かったか?帰ったら、クリーニングに出すよ」
「・・・臭くないです」
なぜだが、不機嫌そうに、でもブレザーを離さない。
志桜里は、ずんずん歩き出した。
俺は、露天風呂の一件で、志桜里に何かを話さなければ、と焦っていたが、言葉を探しながら、俺を振り切ろうとしているかのような彼女を追ううちに、ホテルについてしまった。
「・・・先生、おやすみなさい」
志桜里は、こちらも向かずに、背中越しに言うと、自分の部屋へ入って行った。
「おやすみ。あ、ブレザー」
ブレザーを持って行ってしまわれたが明日、返してもらえばいいか。
それにしても、どこで、あんなに機嫌を損ねたのだろう?
ブレザーを貸したのが、子供扱いに思われたのだろうか?
夕方の露天風呂もよかったが、夜空を眺めながらも、またいい。
俺は、空を見上げるのに、首が痛くならないように、湯舟の縁にタオルを置き頭を乗せて、だらしなく大の字になって湯に半分浮いて、浸かっていた。
岩の間から注がれる湯が、湯舟に落ちるまでに、夜風で冷えるからか、お湯の温度は先ほどより低く、顔も冷たいので、長く入っていられそうだ。
どうやら、志桜里を怒らせてしまったようなので明日、どうやって謝るかを考えていたが、原因がわからないので、堂々巡りだ。
なんで怒ったのか、本人に聞くのは、最悪から二番目の選択肢だ。
ちなみに、最悪は、周囲の人に相談し、怒った理由がわからないことが、巡り巡って本人の耳に入ることだ。
ちゃぽん。
湯が注がれる音に、何かが混じった。
顔を夜空から降ろすと、湯舟の中に立つ、バスタオルを巻いた女性のシルエット。
髪は、まとめているようで、長さがわからない。
だが、この体型は、志桜里か?
『札』が出ていたら入ってこないルールは、完全に無視なようだ。
逆に、『札』を出していることで、俺がいることが、バレるのかもしれない。
「志桜里?」
ざぶざぶと音をたて、近寄ってくる。
「・・・先生」
俺は、すっかり脱力していたので、とっさに動けず、ようやく上体を起こした。
「ストップ、志桜里、そこで止まれ」
それでも、進もうとするので、
「それ以上、近寄ったら、力ずくでも俺は出ていく。話したいことがあるなら、そこで言え」
志桜里は、俺が伸ばしていた足の先くらいで、両膝をついた。
夜でよかった。
明るかったら、水面越しでも、近すぎて丸出しが丸見えだった。
唯一、頼みの綱の防具であるタオルは、湯舟の縁で、少々遠い。
「先生、志桜里、魅力ないですか?志桜里じゃ、だめですか?」
なんだか、デジャヴュだ。
「・・・志桜里は、魅力的だよ」
「でも、志桜里を選んでくれないじゃないですか。抱いてくれないじゃないですか!」
俺に、にじり寄ろうとして、滑ったのかよろけ、その拍子にバスタオルがほどけた。
「あ?きゃっ」
胸を両腕で隠し、湯にしゃがみ込む。
俺の膝の間くらいに座りこんだ志桜里の頭に手を伸ばした。
手のひらが、頭に触れると彼女は、びくっと震えた。
「これを言うと怒るのはわかっているけど、志桜里。子供が、無理しなくていいんだ」
「志桜里、子供じゃないです!」
睨みつけてくる志桜里。
彼女の、こんな表情は、初めて見るのかもしれない。
「子供だ。だって、こんなに震えてるじゃないか」
彼女の頭に乗せた手から湯の中にいるというのに、彼女がふるふると震えているのが、伝わってくる。
「子供が、無理しなくて、いいんだ」
「でも、抱いてもらわないと、志桜里を選んでもらえません!」
それは、思い込みの呪縛だ。
「俺、そんなに尻軽に見えてるか?」
俺が、自嘲気味に聞くが、志桜里には意味がわからないようだ。
「どういう意味ですか?」
「志桜里には、俺が、一回抱いたら、ほいほい女を乗り換える、尻軽に見えてるのか?って意味だ」
あみとつきあうと言いつつ、志桜里を抱いたら、あみをあっさり捨てて志桜里に乗り換える。
「抱いて選ぶ」とは、そういうことだ。
志桜里がみている俺は、そんな程度な男なのか?
「あ、あ・・・」
志桜里の表情に、理解が広がっていく。
「だから、そんな手段を、無理して使わなくていいんだ」
「でもでも!志桜里は、志桜里を選んでほしいんです!」
彼女の心を折るために、俺を諦めさせるために、強い言葉をぶつけることは、簡単だ。
だが、やはり、俺はヘタレなのだろう。
いや、好意を受けることに慣れていないのだから仕方ない、と自己弁護しておく。
社長には、思考停止するなと言われたが、知ったことか。
俺には、どれが誰の「幸せ」につながるルートなのか、まったくわかっていない。
ただ、今、目の前にいる少女を傷つけたくない、と言い訳しているだけの卑怯者だ。
「・・・少し、時間をくれないか」
「え?」
「あみのことは好きだ。でも、つきあうのが、正しいことか迷っている」
あみに言ったら、ブチ切れられそうだ。
でも、それが、偽らざる俺の本音で、添い遂げようが、別れようが、ずっとどこかに引っ掛かり続けるだろう。
「だから、あみとつきあっているから、志桜里とつきあえない、は言い訳にしかならないと思う」
だって、「あみとつきあうのが、正しいことか迷っている」なら答えを出せ、「正しくない」なら、あみと別れて障害がなくなったのだから、「志桜里とつきあえ」と思うだろう。
「だから、時間をくれないか。もし、志桜里を振るなら、ちゃんとした理由を言えるまで」
ぽろっと、志桜里の目から、涙が零れた。
「・・・志桜里を選んでくれることは、ないんですか?」
「それは、」
口ごもりながら、口ごもったことで答えを覚った志桜里が顔を伏せ、これなんの恋愛シミュレーション?とか思う。
ゲームなら、二兎を追いもせず、バッドエンドが一番似合いそうな俺だ。
夜中の露天風呂、全裸で俺は、何を語ってるんだ?
志桜里は顔を上げ、涙をふくと、挑戦的に俺を見た。
「でも、志桜里を振る理由が言えないなら、志桜里が諦める理由もないですよね?」
両手を胸の前に組み合わせて、って胸はみ出てるぞ。
「さっき、志桜里が魅力的だって言った責任を、先生とってください」
顎をあげて、目を閉じる。
これは、彼女からの徹底交戦の宣戦布告だ。
「・・・先生」
志桜里が目を閉じた隙に、俺はタオルを湯舟の縁からとり、立ち上がって腰に巻いた。
「志桜里は、俺にはもったいないくらい、魅力的だよ」
額に、口づけた。
「・・・上がらないと、ノボせるぞ」
俺は、ざぶざぶと縦断し、湯舟から上がった。
「先生!額にだけですか?」
徹底交戦に対抗するには、撤退戦もある。
志桜里の声を背に、露天風呂を出ようとして、
「単に、先伸ばしにして、逃げただけじゃない?」
バスタオルを巻いた、形山だった。
正に、その通りすぎて反論する気にもなれず、俺は無視して行こうするが、
「結局、我慢することになっちゃって。私なら、いつでもいいのよ?」
形山は、抱き着いて、唇を合わせてきた。
俺は、抵抗せずに、舌を受け入れた。
むき出しの、湯に火照った肌と夜風に冷えた肌が触れる。
キスが終わり、鼻がくっつきそうな距離で、
「俺にも、選ぶ権利は、ある」
言い捨てて、部屋に向かった。
「いつもは、絶対に見せないあの目。やっぱり好き。ご馳走様」
朝食のレストランへ行きたくなかったが、どうせ飛行機は近い席だから顔を合わせるので、仕方なく行った。
「おはようございます。沢田先生。昨日はありがとうございました」
茜は、馬鹿に絡まれたことから立ち直っているようで、元気だった。
「おはようございます。先生。昨日は、ありがとうございました」
志桜里は、貸したままになっていたブレザーを渡しながら、頬を膨らませた。
キスが額だったのが、ご不満だったのだろうが、なんだか元気だった。
もしかして昨夜、ブレザーを返しにきて、俺が部屋にいなかったから、風呂へ探しに来たのだろうか。
茜が「あ、志桜里さんの好き好きオーラだ」と小さく呟いていたが、今のどこがそうなんだ?
「おはよ。沢田専務。昨日はありがとう」
形山は、あんな仕打ちをしたのに、なぜか上機嫌だった。
キスには抵抗しなかったが、礼を言われるようなことをしたか?
思惑はどうあれ、朝食は和やかに済み。
空港で買い物をして、帰宅の途についた。
翌日、あみとミホに、志桜里と土産を渡すと、
「どうして、私を連れて行ってくれなかったのよ!」
お怒りのあみに、
「先生といっしょに、二人だけで露天風呂に、志桜里は入りました」
「それくわしくボク聞きたい!」
火に油を注いで大変だった。
ただ、額へのキスは、二人だけの秘密だそうだ、実は社長に見られていたが。
ちなみに、あみのマネージャー志方へのお土産を買い忘れていたので、志桜里が買っていた分を俺との共同と偽ったのがバレ、泣かれた。
あと、俺への遠慮からか、今まで用事があるときだけしかLINEしてこなかった志桜里が、なぜか毎晩「おやすみなさい、先生」と入れてくるようになった。
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