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第6章

リビドー・マッチ(7/7)

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 画面の中で兄妹がお互いの肉体を求め始めたところで、カナの口からひときわ大きな嬌声が放たれた。浮いた腰が弓なりに湾曲していて、膝もガクガクと震えている。挙げ句の果てには興奮が最高潮に達したのか、ガウンに隠れた下半身から盛大に愛液まで吹き出す始末だった。

「いやあ、せんぱい、みないで……」

 身悶えながら恥じらいに顔を背けるカナ。
 目を疑う光景だった。まさか性感帯に触れてもいないのに潮吹きするほどのオルガスムスに達するとは。イきやすい体質にも程があるだろ。
 カナの足元に大小様々な形の水たまりが出来上がる。その後も彼女の絶頂は止まるところを知らず、肉体をよじらせながら淫靡な声と愛液をのべつ幕なしに放ち続けていた。
 途切れ途切れの声の合間に、彼女が何かを囁いている。耳を澄ませばそれは「せんぱい……せんぱい……」と自分を呼ぶ声だった。発情した牝の目がこちらに何かを訴えかけている。
 その目に捉えられた瞬間、背筋にぞくりとした感覚が駆け抜けた。
 俺は芋虫みたく這うようにしてカナのもとににじり寄る。せんぱい、せんぱい、とカナの求める声も次第に大きくなっていく。
 彼女の艶めいた唇が強烈な引力を放っていて自分の目を釘付けにする。形振り構わず食らいつきたい衝動に駆られたが、カナの膜を張った瞳が何かを捉えていることを察知して、そちらに気を取られた。視線の先を追って辿り着いたのは、下着からはみ出るほどにガチガチに勃起したペニスだった。
 一瞬だけカナの口元がうっとりと綻んだのを俺は見逃さなかった。
 下着を下ろして膝を立て、屹立したペニスを彼女の方に差し向ける。表面には幾重にも青筋が浮かんでいて、先端からはすでにだくだくと先走り液が溢れ出ている。
 カナの荒い吐息がいちもつに振りかかるたび、全身に悦びの予兆がほとばしった。
 一刻も早くその小ぶりな口に自分のものをねじ込みたい。その舌でいやらしく表面を撫で回されたい。頭を鷲掴みにして、乱暴に腰を振り付けて、最後にはその中に思いっきり精液をぶちまけたい。頭の中でそう本能が叫び立てている。急速に膨れ上がる獣欲に、理性のダムはもはや決壊寸前だった。
 しばしの間、彼女と竿のにらみ合いが続く。このまま肉欲に溺れるべきか、それとも現状維持か。そんな葛藤の跡が見て取れた。
 俳優たちの喘ぎ声がいっそう激化していくのを耳にしながら、俺は時の重みを痛感していた。

 ――いつまでこの状態が続くのか。これじゃあヘビの生殺しだ。さっさと楽にしてくれ!

 じれったくなって腰を前に出すが、その瞬間、彼女はさっと顔を背けた。それは誰の目から見ても明らかな拒絶の意思だった。
 咄嗟に自分の中を絶望が襲った。情けなくも、どうして、と口が理由を求めていた。
 カナは首を横に振るばかりで何も答えてくれなかった。その顔はなぜだか悲痛そうに歪んでいた。
 どうしてそんな顔をするんだよ、と問い正したかったが、降りかかる絶望の圧力に口を動かす自由を失っていた。
 俯くと、早くもペニスから血の気が引きかけていた。

『ああっ、お義兄ちゃん好き好きっ、大好き! 愛してる!』

 不意に女優の叫び声が鼓膜を貫き、再び意識がAVに引っ張られた。
 画面の中では兄妹が正常位で繋がっていた。妹からの愛の告白に応じるように、兄はピストン運動を加速させる。そうしてさらにあんあんと愉悦に染まった嬌声が妹の口から放たれる。気持ちを焚き付けるように兄も彼女の耳元で愛の言葉を囁きかけている。お互いの興奮が火種となってさらなる興奮を引き起こす。そんな情欲のスパイラルに陥っているようだった。

「あッ、ああッ」

 間近で声が聞こえたから振り向けば、カナがまた発情モードに突入していた。
 正座した状態から前屈みに崩れたような体勢でいる。ともすれば誘っているのではないかと邪推してしまう。
 突き出した尻がガウンの下で小刻みに震えている。抑えきれないとばかりに吐息の音と喘ぎ声が絶え間なく漏れ出ている。
 一旦は萎れかけていた肉棒がすぐさま硬度を取り戻す。
 カナはそれを目の端に捉えて、息も絶え絶えに、せんぱい、と呼びかけてきた。

「今の私、えろいですか?」

 愚問だった。今の彼女を目の前にしてやましい気持ちを抱かない男などこの世に存在しない。わざわざもの言わずとも、巨木のごとく成長した男根がそう主張する。
 カナは目を細めて、淫靡に笑った。

「今のいやらしい私を見て……いっぱい出してください」

 そう言って彼女はまた興奮の坩堝に身を投じた。
 肉体をよじらせながら生々しい喘ぎ声を部屋中にまき散らす。
 ダメだ。もう我慢の限界だ――気づいた時にはすでに手枷が外れていた。無意識のうちに力任せに解いてしまったらしい。
 ガチガチに勃起したペニスを右手で握る。上下に擦りつけるとすぐさま快楽のパルスが脳内を駆け巡った。たった数回擦っただけで、気持ちがよすぎて昇天しそうだった。
 だけど、その快感も長くは続かなかった。

 ――また同じ轍を踏むんだな。

 不意に内なる自分の声が聞こえた気がした。
 その声にはっとして右手を止める。
 3年前の終業式の日、カナがいつもの電車に現れなかった時のこと。
 映画の主役に挑戦したいというカレンの思いを受け入れることができず大喧嘩に発展した時のこと。
 苦い過去の記憶があぶくのように浮かび上がり、暴走していた理性を正気に戻していく。

「……せんぱい?」

 こちらの様子がおかしいことに気づいたらしい。カナのおもてに怪訝な色が入り混じる。
 俺は彼女から目を逸らして、肥大化した男根を無理やり下着の中に仕舞った。
 それからベッドの元いた位置に戻り、また寝転がってテレビの方に視線を移した。
 そこでは相も変わらずふたりの男女が獣さながらの激しいセックスを行っていた。

 ――もう快楽の奴隷には成り下がらない。

 心の中で決意の言葉を復唱して深呼吸する。
 ここで性欲を解放したらさぞかし気持ちのよい目を見られるだろう。だが、それと引き換えに自尊心がいよいよ修復不能なレベルにまで損壊してしまう。そうなったらもう、俺は自分自身のことを許せなくなる。そんな人生は悲劇以外の何物でもない。

『あっ、イク……出すぞ、マナミ!』

『うんっ、出して、お義兄ちゃん!』

 ふたつの咆哮が連なる。ようやくフィニッシュか、と思ったその時、

「う……ああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 カナの悲鳴が室内に反響した。見ると、またびゅっびゅと潮をまき散らしている。シーツの上はすっかり水たまりだらけだ。そっちの光景の方がAVなんかよりよっぽど興奮をそそられる。しかし、その後もペニスには指一本触れることはなかった。
 間もなく画面が暗転し、3本目のAVが完結した。
 カナはさすがに疲労困憊といった具合の身体をベッドに投げ出していた。なかなか息が整わないのか、ずっと胸の辺りが上下に弾んでいる。
 このまま放置していたら4本目のAVが始まるが、その前に俺は尋ねた。

「続けるか?」

「……………………」

 つかの間の沈黙。
 こちらの声など聞こえていないのではないかと疑わしく思ったが、やがてゆっくりと彼女の口が動いた。何か発したようだが、虫の羽音並みにボリュームが絞られていたため内容は判然としなかった。

「なんだって?」

 訊き返すと、カナは仰向けの体勢のまま顔だけ動かしてこちらを見た。表情は無いが、微かに睫毛が揺れ動いている。そこに彼女の内面の葛藤が表れているようだった。
 そうこうしているうちに4本目のAVが始まった。そのタイミングで、彼女はやっと観念したようだった。

「ギブアップです」

 そう言ったきり、彼女は目を閉じて動かなくなった。
 俺はリモコンを拾い上げてテレビの電源を落とした。そして背中からベッドに倒れて全身の力を抜いた。

 ――やったぞ。ついに、耐えきってみせたぞ。

 飴色の天井を見つめながら心の中でガッツポーズを取る。
 精神的疲労が凄まじいせいか、身体が鉄屑で出来ているように重たく感じられる。だけど気分はどこか誇らしくもあった。カナを打ち負かしたこと、それ以上に過去の自分を超克できたことにこの上ない喜びを噛み締めていた。

 ――これで心置きなくカレンに会いに行ける。

 今の自分なら大丈夫。きっと彼女の背中を押せるはずだ。
 それで十字架が消えてなくなるわけではないが、幾ばかりか過去のしがらみは削ぎ落ちてくれるだろう。
 漠然とした期待に胸を膨らませながら、俺は瞼を下ろした。そして静かに、股間に集まった熱が冷めるのを待った。

 ※

 少しのあいだ眠りに落ちた後、交代でシャワーを浴びた。
 そうして気分が落ち着いたところで、俺は満を持して切り出した。

「さて。敗者はひとつだけ何でも言うことをきかなきゃいけないんだったな」

 カナは唇を尖らせて、いかにも不服だという顔をした。

「さぁ。なんのことでしょう」

「しらばっくれるのは無しにしようぜ。もちろん俺が要求するのは――」

「待ってください」

 言いきる前に、カナがてのひらを突き出して制してくる。

「確かに私は途中で勝負を下りました。だけど、罰ゲームを要求される筋合いはありません」

 俺は、はっ、と吐き捨てるように笑う。

「この期に及んで何言ってやがる。往生際が悪いぞ」

「私は勝負の前にこう言ったはずです。『オナニーをしてしまった敗者は、勝者の言うことを何でもひとつ聞かなければならない』と」

 オナニーしてしまった敗者――彼女の台詞を心の中で反芻する。そして、彼女の言わんとしていることを察知して、眉を顰める。

「私、オナニーはしてないですから。罰ゲームは無効です」

「……なんだそりゃ。そんな言い逃れが通用するわけないだろ」

「ルールを曲解しているのは先輩の方です」

 ふてぶてしいまでのお澄まし顔でこちらの言い分を突っぱねてくるカナ。
 俺は咄嗟に返す言葉を失った。言い負かされたのではない。呆れてものが言えなかったのだ。

「私の身体をそう易々と堪能できると思わないでくださいな」

 口元を歪めてせせら笑うカナから俺は目を逸らす。
 宙を見上げながら、嘆息をひとつ。

「勘違いするなよ。俺がお前に求めたかったのは、そんな下衆いことじゃない」

 そう言うと、カナは、えっ、と虚を衝かれたような声を発した。
 きっと今の自分は酷く機嫌を損ねた顔をしているに違いない。行き場のない苛立ちを抱えながら、先ほど言えなかった台詞の続きを口にした。

「白木院タクミとの一件があった後からこれまでの間に、お前の身に何があったのか。聞かせてくれないか」
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