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エピローグ
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しおりを挟む「政宗」
ボストンバッグの砂を払う政宗に、美乃里がそっと近づく。
「ん?」
政宗が視線を上げると、すぐ近くに少し緊張した美乃里の顔があった。
「ど、どうした?」
動揺を押さえつつ、ぎこちない動作で体制を立て直す。美乃里の背後に、遠ざかる楓の背中が見えた。
「一年前、政宗言ってくれたでしょ? 産めなかったあの子と同じように、他人の子も愛してやれって」
「あ、ああ」
「あれ、すごく嬉しかった。普通、『その子の代わりに』とかって言うじゃない? でも政宗は、『おんなじように』って言ってくれた」
「それが……なにか?」
戸惑いながら、政宗が訊ねた。
「それ聞いた時にね、思ったの。愛情って、増やせるんだって。あの子への愛情を誰かに移行するんじゃなくて、これからたくさん増やしていけばいいんだって。政宗はそれに気付かせてくれた。あの瞬間、目の前が明るく広がったの」
ありがとう、と美乃里が深く頭を下げる。やめろよ、と照れ臭そうに政宗が人差し指で鼻を擦った。
「だからね、挫けそうになると、あのボールペンを握りしめるの。そうすると、あの日の政宗の言葉が蘇ってきて、胸の中があったかくなるの」
「ボールペンって……」
「そう。就職祝いに政宗からもらったボールペン。とっても書きやすくてね、愛用させてもらってる」
へへっと肩をすくめながら、美乃里が笑った。
「もしまたいつか集まることがあったらさ……」
美乃里が下を向き、靴の先で小さく砂をかき混ぜる。
ゴクリと政宗が喉を鳴らした。
「あのネックレス、してきてもいいかな?」
「え……?」
「ほら、誕生日プレゼントに貰った……」
「や、あの……」
「ダメ?」
上目遣いに、美乃里が政宗の顔を覗き込む。色白の肌が、ほんのり赤く染まっていた。
「ダ、ダメなわけねぇだろっ!」
声を裏返らせ、政宗が答える。
ふふっと含んだ笑みを残し、美乃里はくるりと踵を返した。
サーモンピンクのフレアスカートが、風を含んでふわりと舞う。
駆けて行く後ろ姿を見送りながら、「なぁ」と政宗は呟いた。
「今の、どういう意味だ?」
独り振り返り、海を見つめる。
「なぁ。黙ってねぇで何か言ってくれよ。聖」
海はただ、煌めく水面にいくつもの白波を作り、行ったり来たりを繰り返すばかりだった。
「政宗ー! 早く来ないと置いてくよー!」
運転席のドアを開け、楓が叫ぶ。
助手席側のドアに手を掛け、美乃里がこちらを振り返った。
その顔が、恥じらうようにふにゃりと歪む。
「ま、待てよ、おい!」
ボストンバッグを肩に担ぎ、政宗は慌てて駆け出した。
楽しそうにはしゃぐ三人の姿を、琥珀色の光が、優しく包み込んだ……。
(了)
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