きんだーがーでん

紫水晶羅

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父の想い

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「ま、まじか……?」
「まじ」
「なんで?」
「知らん」
「なんだよ……? それ………?」
 後ろに二、三歩よろけたあと、貞宗はその場にどっかり座り込んだ。
「だから、すまん。俺は、川政酒造うちを継ぐことはできない」
 申し訳なさそうに、政宗は頭を下げた。

「治んねぇのかよ?」
「え?」
「よく言うじゃねぇか。鍛えれば強くなるって」
「いや、俺のはそういうんじゃなくて、具合い悪くなんの。一口飲んだだけで胸が苦しくなるっつーか、息苦しくなるっつーか……」
「それって……」
 眉根を寄せ、貞宗が兄の顔をまじまじと眺める。
 ん? と不思議そうに弟の瞳を覗き込む政宗に、貞宗はゆっくり言葉を繋いだ。
「もしかして、精神的なもんなんじゃねぇの?」
「精神的?」
「うん。兄ちゃん、父さんに見放されたって思ったんだろ? だからショックで、アルコールを受け付けない身体になったとか……」
「まさか……」
 あり得ねぇ、と政宗は顔の片方を歪めて笑った。
「あり得ねぇかどうかは飲んでみりゃわかんだろ? とりあえずそれ持ってけ。俺の気持ちだ」
「生意気言いやがって……」
 クスリと笑うと、政宗は手元の酒瓶を愛おしそうに見つめた。

「父さん、かなり無理してるんだと思う。今回はたまたま運が良かったけど、次はどうなるかわからないって」
「そっか」
「兄ちゃん帰って来たら、少しは安心すんじゃね?」
「余計悪化したりしてな」
「そん時は、そん時だ」
「お前、ひでぇな」
 同時にぷっと吹き出すと、二人顔を見合わせ笑った。

「悪りぃな。お前に全部背負わせて」
「そう思うんなら帰って来いよ」
 不満気に、貞宗が口を尖らせる。
「……考えとくよ」
 俯いたまま、政宗は答えた。

「気をつけて帰れよ」
「ああ。お前も身体に気をつけて」
 左手に酒瓶を握りしめると、「またな」と政宗は右手を上げた。
「またな」
 再会を約束し、政宗は実家を後にした。


 新幹線の座席に腰掛け一息つくと、政宗は、バッグの中から一合瓶を取り出した。
 脳裏に、幼い頃に聞かされた父の言葉が蘇る。

――この酒ができた日にな、向こうの山に霞がたなびいててな。それが夕陽に染まってえらい神秘的でな。まるで、世界中から祝福されているような気がしたんだ。
――ふぅん。
――ははっ。まだお前にはわかんねぇか。まあいいさ。そのうちわかる時が来る。大人になったら一緒に飲もうな。政宗。
――うん!

「父さん……」
 涙が一つ、ラベルに落ちた。
 墨で描かれた山の中ほどに、夕陽に染まる一筋の雲がたなびいている。
 その絵を何度も撫でながら、政宗は独り、声を殺して泣いた。

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