46 / 100
政宗の覚悟
2
しおりを挟む
「お前、自分が何やったのかわかってんのかっ?」
「ぐっ……」
「責任とれよっ!」
「政宗やめて!」
政宗の腕を美乃里が掴む。その隙を突き、篠崎が政宗の手を払い除けた。
ゴホゴホとむせながら、篠崎は荒い息を繰り返した。
「庇うのかよ? こんな奴のこと」
「先生は悪くない。私が悪いの」
「なんで……?」
「だって、私が……」
美乃里は言葉を切ると、篠崎を見つめた。その瞳に涙の粒が膨らむ。
「私が勝手に……好きになったから……」
美乃里の頬を、涙が伝った。
「み……」
驚いたように瞳を見開いたあと、篠崎は静かに首を振った。
「すまない……」
「先生……」
「子どもが……産まれるんだ」
「こ……ども?」
スッと美乃里から視線を逸らすと、篠崎は、気まずそうに床を見つめた。
「もうすぐ、二番目が……、産まれるんだ」
「おま……っ! 何言って……!」
ビクっと肩を震わせ、篠崎は慌てて顔を上げた。
「金は出す。だから……」
「堕ろせってこと……ですか?」
「悪かったと思ってる。だけど君だって、本気だった訳じゃないんだろ?」
「ひどい……」
「君はまだ若い。こんな妻子持ちのオジサンなんか、綺麗さっぱり忘れた方が……」
「そんな……」
「てめっ……っ!」
ゴッという鈍い音の後、篠崎が作業台の上に倒れ込んだ。
弾みでなぎ倒された丸椅子が数脚、足元に転がり弧を描いた。
「っつう……」
作業台にもたれながら、篠崎が左手で頬を押さえる。口元から、赤い筋が伝って落ちた。
「先生っ!」
短く叫び、美乃里が両手で口を覆った。
「黙って聞いてりゃ、勝手なことを……」
握った拳をわななかせ、政宗は、怒りに全身を震わせた。
「美乃里はなぁ、真剣だったんだよ。本気であんたのこと……愛してたんだ」
「政宗……。もういいから……」
「良くねぇだろっ!」
痛みを堪えるような表情で、政宗が悲痛な叫び声を上げる。
「愛してたから、言えなかったんだ。あんたに迷惑、かけたくなくて……」
「そう……なのか?」
ゆらりと身を起こし、手の甲で口元を拭うと、篠崎は戸惑いながら美乃里を見つめた。そっと目を伏せ、美乃里は静かに頷いた。
「そんな……」
「先生……」
俯いたまま、美乃里が小さく囁いた。
「もしも私が……、産みたいって、言ったら……?」
えっ? と篠崎が、僅かに身体を仰反らせた。
「馬鹿なこと、言わないでくれ」
「馬鹿なこと……ですか?」
「当たり前だろう? 勘弁してくれ」
何度も首を振りながら、篠崎はじりじりと後ずさった。
「このっ……!」
その胸ぐらを政宗が素早く掴む。「ひっ!」と上擦った声を上げ、篠崎が両腕で顔を覆った。
「お前、ほんとクズだな」
突き放すように政宗が手を離すと、篠崎の身体は側にあった丸椅子ごとひっくり返った。
「いい歳こいて、責任とれねぇことすんなよ!」
ギリギリと音をさせ、政宗は奥歯を噛み締めた。
「お、お願いだ。いくらでも金は払う。だから、産むなんて言わないでくれ」
正座をし、両手を揃えて床に置くと、篠崎は怯えるような目で美乃里を見上げた。
「やめて……ください……」
全身を震わせ、美乃里は必死で言葉を繋ぐ。
「私、先生のそんな姿……、見たくない」
ぐらりと美乃里の身体が傾く。咄嗟に政宗は、その身体を抱きとめた。
「ぐっ……」
「責任とれよっ!」
「政宗やめて!」
政宗の腕を美乃里が掴む。その隙を突き、篠崎が政宗の手を払い除けた。
ゴホゴホとむせながら、篠崎は荒い息を繰り返した。
「庇うのかよ? こんな奴のこと」
「先生は悪くない。私が悪いの」
「なんで……?」
「だって、私が……」
美乃里は言葉を切ると、篠崎を見つめた。その瞳に涙の粒が膨らむ。
「私が勝手に……好きになったから……」
美乃里の頬を、涙が伝った。
「み……」
驚いたように瞳を見開いたあと、篠崎は静かに首を振った。
「すまない……」
「先生……」
「子どもが……産まれるんだ」
「こ……ども?」
スッと美乃里から視線を逸らすと、篠崎は、気まずそうに床を見つめた。
「もうすぐ、二番目が……、産まれるんだ」
「おま……っ! 何言って……!」
ビクっと肩を震わせ、篠崎は慌てて顔を上げた。
「金は出す。だから……」
「堕ろせってこと……ですか?」
「悪かったと思ってる。だけど君だって、本気だった訳じゃないんだろ?」
「ひどい……」
「君はまだ若い。こんな妻子持ちのオジサンなんか、綺麗さっぱり忘れた方が……」
「そんな……」
「てめっ……っ!」
ゴッという鈍い音の後、篠崎が作業台の上に倒れ込んだ。
弾みでなぎ倒された丸椅子が数脚、足元に転がり弧を描いた。
「っつう……」
作業台にもたれながら、篠崎が左手で頬を押さえる。口元から、赤い筋が伝って落ちた。
「先生っ!」
短く叫び、美乃里が両手で口を覆った。
「黙って聞いてりゃ、勝手なことを……」
握った拳をわななかせ、政宗は、怒りに全身を震わせた。
「美乃里はなぁ、真剣だったんだよ。本気であんたのこと……愛してたんだ」
「政宗……。もういいから……」
「良くねぇだろっ!」
痛みを堪えるような表情で、政宗が悲痛な叫び声を上げる。
「愛してたから、言えなかったんだ。あんたに迷惑、かけたくなくて……」
「そう……なのか?」
ゆらりと身を起こし、手の甲で口元を拭うと、篠崎は戸惑いながら美乃里を見つめた。そっと目を伏せ、美乃里は静かに頷いた。
「そんな……」
「先生……」
俯いたまま、美乃里が小さく囁いた。
「もしも私が……、産みたいって、言ったら……?」
えっ? と篠崎が、僅かに身体を仰反らせた。
「馬鹿なこと、言わないでくれ」
「馬鹿なこと……ですか?」
「当たり前だろう? 勘弁してくれ」
何度も首を振りながら、篠崎はじりじりと後ずさった。
「このっ……!」
その胸ぐらを政宗が素早く掴む。「ひっ!」と上擦った声を上げ、篠崎が両腕で顔を覆った。
「お前、ほんとクズだな」
突き放すように政宗が手を離すと、篠崎の身体は側にあった丸椅子ごとひっくり返った。
「いい歳こいて、責任とれねぇことすんなよ!」
ギリギリと音をさせ、政宗は奥歯を噛み締めた。
「お、お願いだ。いくらでも金は払う。だから、産むなんて言わないでくれ」
正座をし、両手を揃えて床に置くと、篠崎は怯えるような目で美乃里を見上げた。
「やめて……ください……」
全身を震わせ、美乃里は必死で言葉を繋ぐ。
「私、先生のそんな姿……、見たくない」
ぐらりと美乃里の身体が傾く。咄嗟に政宗は、その身体を抱きとめた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
<完結>【R18】ズタズタに傷ついた私にたぎる溺愛をくれたのは、美しい裸身の死神でした
長門美侑
恋愛
涼風凛 29歳 鳳条建設総務課に勤めるOL
クリスマスイブに親友に恋人を略奪され、
彼のために借りた多額の借金だけが凛の手元に残った。
親友と恋人に手痛く裏切られ、
突然凛を襲った激しい孤独感。
そして、返す当てのない借金。
絶望のなか、
捨てばちになってベランダから飛び降りると、
突然、全裸の男が現れて・・・
2024.7.20
完結しました。
読んでくださった皆様!本当にありがとうございました。
野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~
浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。
男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕!
オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。
学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。
ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ?
頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、
なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。
周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません)
ハッピーエンドです。R15は保険です。
表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
昇れ! 非常階段 シュトルム・ウント・ドランク
皇海宮乃
ライト文芸
三角大学学生寮、男子寮である一刻寮と女子寮である千錦寮。
千錦寮一年、卯野志信は学生生活にも慣れ、充実した日々を送っていた。
年末を控えたある日の昼食時、寮食堂にずらりと貼りだされたのは一刻寮生の名前で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる