きんだーがーでん

紫水晶羅

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禁断の課外授業

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 オレンジがかった光が造形室に差し込み、壁に飾られた学生たちの作品を鮮やかに彩っている。
 美乃里は目を細めながら、光の中に浮かぶ作品の数々にゆっくり視線を這わせた。

 二年生になり造形表現の授業は無くなったが、篠崎と会う回数は昨年よりも増えている。
 その状況に、美乃里は不謹慎ながら可笑しさを覚えた。

「懐かしいだろ?」
 男性にしては少し高めの柔らかな声が、美乃里の背中をくすぐる。
「はい。去年やったなぁと思って」
 壁一面に貼られた沢山のデカルコマニーを見ながら、美乃里は懐かしそうに微笑んだ。

 デカルコマニーとは、フランス語で『転写』という意味で、絵の具を垂らした紙を、半分に折るか、もしくは別の紙を押し付けるかして、その絵の具を転写させる方法のことを言う。
 保育の現場では、芸術表現を通して子どもの感性を育む遊びとして、頻繁に用いられている技法だ。
 偶発的にできたその模様に各々イメージを膨らませ、色鉛筆やクレヨンで描き足していくのも面白い。

「確か私、向かい合ってダンスする二人の子どもを描いた気がする」
 当時の事を思い出し、美乃里はくすりと笑った。
「僕も覚えてるよ」
 美乃里の隣に立ち、篠崎が目尻を下げた。
「嘘」
「嘘じゃないさ。あの作品は素晴らしかった。光が溢れていて。今にも画用紙から飛び出して踊り出すんじゃないかと思った」
「それは流石に言い過ぎでしょ?」
 拗ねたように口を尖らせ、美乃里は横目で篠崎を睨んだ。
「バレたか」
 まるで悪戯がバレた子どもみたいに、篠崎は右手を頭に乗せて笑った。
「ひどい!」
 両手で篠崎の胸を叩き、美乃里は甘えた顔で篠崎を見上げた。

「ははっ。でも、あの作品に惹かれたのは本当。あんなに色鮮やかなドレスをまとっているのに、向かい合った二人の人物がなんだか泣いているような気がして……」
「先生……」
 篠崎の右手が、美乃里の頬を包み込む。垂れた目尻が更に下がり、愛おしそうに弧を描く。

「君の事を知りたくなった。一体、どんな子なんだろうって……」
 篠崎は左手で、美乃里の張りのある真っ直ぐな黒髪をさらりと撫でた。
「どうです? 私、少しは先生の探究心を満たすことができてます?」
「さあ。どうだろ? もっと良く見せてくれないと……」
 悪戯っぽく笑うと、篠崎は美乃里の唇をそっと塞いだ。

「ふっ……。ん……」
 繋がったところから、どちらからともなく甘い声が漏れる。
 二人は身体を合わせたまま、作業台の上に雪崩れ込んだ。

 篠崎の唇が美乃里の首筋をなぞり、胸元を探る。
「あ……。せんせ……」
 篠崎の手がシフォンブラウスの裾をめくり上げた時、校内放送を知らせるチャイムが鳴った。

「造形表現の篠崎准教授。至急事務局までお越し下さい。繰り返します。造形表現の……」

 篠崎は身体を起こすと、「はあぁぁ……」と大きな溜息をついた。
「先生?」
「教材費の領収証、提出期限今日までだった……」
 残念そうに美乃里を見たあと、篠崎は美乃里の胸に顔を埋めた。

「先生。早く行かないと」
 篠崎の肩を優しく叩き、美乃里は困ったように眉根を寄せた。
「ん……。あと少しだけ……」
 くぐもった声で、篠崎が答える。胸に伝わるその振動に、「くすぐったい」と美乃里は身体をよじった。
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