きんだーがーでん

紫水晶羅

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 カフェテリアを出ると、夏の匂いを含んだ湿った風が身体中にまとわりつく。
「次は幼稚園実習かぁ」
 大きく伸びをしながら、聖が顔をしかめた。

 キャンパス内は、講義を終えて帰宅する人や、部活動やサークル活動に向かう人たちで賑わっていた。
 人の波を器用に避けながら、四人はまとまって正門へと歩を進めた。

「そのあとは前期試験ね」
 後ろを歩く美乃里の放った一言に、「げえぇぇ……」と聖は大袈裟に舌を出した。

 短大の二年次は、この時期かなり忙しい。保育園実習に幼稚園実習。その後すぐに前期試験。夏休みに入ってホッとしたのも束の間、施設実習が順次始まる。

「嫌だな……。責任実習……」
「だよね。今から緊張しちゃう」
 楓の言葉に、美乃里は眉尻を下げて泣き顔を作った。

 責任実習とは、実習中に一日だけ、自分で立てた日案に沿って登園から降園までを担任に代わって行う実習のことである。
 その日行う活動のねらいは勿論のこと、一日の流れや子どもの動かし方、活動と活動の合間に生じる隙間時間をどうするかなど、綿密に計画を立てて挑まなければならない。
 その為には、園の流れや特徴をできるだけ早く掴み、事前に担任と打ち合わせをしておく必要がある。
 今までのように、一日の中の一部分だけを任せてもらう部分実習とは、比べものにならないくらい神経を使う。

「担任の先生、優しい人だといいね」
「だね」
 楓と美乃里は、顔を見合わせ力なく笑った。

「責任実習ってことは、ピアノ弾かなきゃってことだよね?」
 唐突に、聖がうわずった声を上げた。
「まあな。朝の会とか帰りの会とかあるだろうし」
 当然だろ、と言わんばかりの勢いで、政宗が答えた。
「マジか……」
 聖が肩を落とす。
「また誰かに練習付き合ってもらえば?」
 からかうように、楓が笑った。
「そんな、練習の度に付き合ってもらってたら、さすがに身体持たないよ」
「お前の練習は、常に身体とセットなのかよ」
 呆れた顔で、政宗が溜息をついた。
「でもこないだのテスト、ちゃんと合格できたじゃん。聖だってやればできるんだから頑張りなよ」
 美乃里が諭すように声を掛けた。

 先のテストで、聖は無事合格することができた。
 あれほど恐怖していた女帝だったが、聖の異常なまでの緊張感が伝わったのか、二度弾き直しをさせられたものの、三度目に見事合格がもらえたのだった。
 女帝に情けがあったのか、はたまた聖の色香に惑わされたのかは、不明である。

「そうかなぁ。美乃里に言われると、なんだかできるような気がしてくる」
 ありがと、と聖は美乃里の方を振り返り、嬉しそうに笑った。

 ふふっと聖に笑顔で答えると、「そういえば政宗……」美乃里は政宗に声を掛けた。
「今年も夏休みは帰省するんでしょ?」
 政宗は僅かにためらったあと、「……いや」少し振り向き、小さく答えた。
「え? 帰らないの?」
 美乃里の言葉に、聖と楓も不思議そうに政宗を見つめた。

「ああ。だって施設実習もあるし」
「政宗たちの実習、八月の下旬じゃん」
 楓が口を挟む。
「実習報告もボチボチまとめとかないと……」
 全ての実習を終えると、それぞれの実習で学んだことを発表し合う『実習報告会』というものがある。
 まずはグループ内で報告し合い、それを一つにまとめる。それが終わると次は全体での報告会だ。
 報告会には一年生も参加し、数々の実習で学んできた先輩たちの生の声を聴く。質疑応答の時間も設けてあり、毎年活発な意見が交わされるのだ。

「そんなの十月だろ?」
 聖が目を丸くする。
「そうなんだけど……」
 前を向いたまま、政宗は言葉を濁した。
「まあいいじゃん。政宗にもいろいろ事情があるんじゃない?」
 以前、バイト帰りに母親から電話があった時に見せた政宗の異様な雰囲気を思い出し、楓はさり気なく助け舟を出した。
「帰らないってことは、いつでも遊べるってことだよね?」
「夜はだいたいバイトだけどな」
 楓の方を振り向き、ホッとしたように政宗が笑った。

「じゃあさ、早速なんだけど、遊園地いつ行く?」
 楓が皆に問いかけた時。
「聖!」
 前方から、落ち着いた艶のある声が響いてきた。

「……静華しずかさん」
 正門の方から、一人の女性が小さく手を振り近付いてくる。
 歳の頃は二十代後半。胸元が大きく開いたワインカラーのワンピースが、身体に合わせて左右に揺れる。

 学生たちに混じり明らかに浮いているその女性は、聖の前で足を止めると、「来ちゃった」とにっこり笑った。
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