きんだーがーでん

紫水晶羅

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プロローグ

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 待ち合わせの公園は、あの日と変わらず穏やかな光に包まれていた。
 ぐるりと囲む桜の木。
 木陰に置かれたコンクリートの赤いベンチ。
 四つ並んだブランコ。
 青い階段の付いた黄色い滑り台。

 決して広いとは言えない公園内をゆっくり歩きながら、美乃里みのりは大きく深呼吸をした。

「美乃里」
 ジャングルジムに手を掛けたところで、背後から、聞き覚えのある澄んだ柔らかな声が流れてきた。
正宗まさむね
「遅くなってごめん。なる早で来たんだけど」
 黒いボストンバッグを肩に掛け直すと、政宗は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ううん。私も今来たばかりだから」
 最近塗り替えたばかりなのか、真新しいエメラルドグリーンのジャングルジムに指を這わせ、美乃里はにっこり笑った。

かえでは? まだ?」
 政宗がぐるりと辺りを見回す。
「まだみたい。車で来るって言ってたけど……」
 美乃里が通りに視線を走らせた時、公園の入り口に黒い軽自動車が停まった。
「あれか?」
「そうみたい」
 二人顔を見合わせ目配せすると、そちらへゆっくり歩き出した。

「お待たせ」
 運転席から勢いよく降りてきた予想通りの人物に、二人は揃って破顔した。
「楓!」
 堪らず駆け寄ると、美乃里は楓に抱きついた。
「ちょっ……! 美乃里!」
 困ったように、楓が眉間に皺を作る。すがるように流した視線の先で、「久しぶり」と政宗が笑った。


「あれから一年か……。早いね」
 カーオーディオの音量を絞ると、楓はポツリ呟いた。
「ん……」
「そうだね……」
 後部座席に並んで座る政宗と美乃里が、窓の外を眺めながら曖昧に相槌を打った。
「二人とも元気だった?」
 わざと明るく、楓が訊く。
「まあ、それなりに」
 美乃里の流した視線を受け、「俺も」政宗が小さく頷いた。
「そっか……」
 溜息まじりに答えると、「政宗いつ帰んの?」バックミラー越しに、楓が訊いた。
「おいおい。今来たばかりなのに、もう帰りの話かよ?」
 呆れたように政宗が笑う。
「ごめんごめん。そうじゃなくて、せっかくだから、みんなでご飯でも食べに行きたいなって」
 切れ長の大きな吊り目を最大限に引き下げ、楓は左手を大袈裟に振った。

「大丈夫。ホテル取ったから」
「えっ? じゃあ明日までこっち居んの?」
「そのつもりだけど?」
 政宗はボストンバッグを少し持ち上げ、小首を傾げた。
「やった! じゃあさ、久しぶりに飲みにでも行く?」
「いいね」
 楓の案に、美乃里が嬉しそうに笑った。
「そうだな。久しぶりに……。みんなで……な」
「うん。みんなで……」
 政宗に合わせ、美乃里も助手席に視線を流す。
「みんなで……ね」
 楓の目尻に、涙が光った。



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