上 下
72 / 76
第九章

マル(五)

しおりを挟む
「凛太朗さん」

 柏原愛が、絹のように滑らかに、親友の名を呼んだ。

「もう、お別れです」
「え……?」
「そろそろ、時間のようです」
「時間って……?」

 気が付くと、柏原愛のミルク色の肌が少し透き通っていた。

「転生が始まります」
「……生まれ変わるって……こと?」
「はい」

 穏やかに、しかしきっぱりと、柏原愛が答えた。

「また……、会える?」
「ええ。きっと」

 凛太朗は両手に力を込めた。
 そこにはもう、柏原愛の柔らかな手の感触は無かった。

「マル……。マル……。嫌だよ……。行かないで……。ずっと僕の側に……」

「凛太朗さん」

 陽に透けて今にも消えてしまいそうな金の瞳が、優しく微笑んだ。

「大丈夫。きっとまた会えます。いつかどこかで。何度生まれ変わっても。どんな姿になったとしても。私は必ずあなたを見つけます。だから……」

 微笑みながら、柏原愛のミルク色の頬が僅かに震えた。
 その肌に、凛太朗の戸惑う指先が触れる。
 しかし、そこにはもう柔らかなぬくもりは無く、ただ、眩いばかりの光の残像があるだけだった。
 
 その光を両手でそっと包むと、凛太朗は涙を堪えて笑顔を作った。
 大切な彼女に送る、最後で、最高の笑顔……。

「うん。僕も……。僕も探すよ。君のこと……。何年かかっても……。何度生まれ変わっても……。だって、僕たちは……」


「親友……だから……」


 柏原愛の頬を伝った涙が、地面に落ちる。
 それは光の王冠を作ったあと、静かに跡形もなく、消えていった。

「マル……」

 凛太朗は天を仰いだ。

 金色の夕日が、西の空に大きく輝いていた……。

しおりを挟む

処理中です...