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第七章

真実のかけら(六)

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「ちょっと、大丈夫かい?」
 変形した紙コップを凛太朗の手から引き離すと、谷崎氏は、小刻みに震えるその手にそっと自分の手を重ねた。

「探偵さん。今日はここまでにしときましょうよ。なんだか疲れてるみたいだし。続きはまた今度ということで」
「そうですね。すみません。なんだか頭痛がしてきたみたいで……」
「ああ。顔が真っ青だよ。どこか横になれる場所がないか聞いてこようか?」
「いえ。大丈夫です。なんとか帰れますから」

 凛太朗は、ゆらりと立ち上がった。

「おっと危ない」
 よろけた凛太朗を、谷崎氏が受け止めた。
「やっぱりちょっと休んでいこう」

 丁度良い空き部屋がなかったため、二人は一旦タクシーでアミティエ瀬谷に戻り、凛太朗は管理人室の和室で暫く休ませてもらうことになった。

 目を閉じると暗闇が渦を巻いて襲い掛かってくるような錯覚を覚える。
 瞼の奥で回り続ける暗闇を見ているうちに、凛太朗はいつしか眠りについていた。


***


「かっこいいだろ。ママに買ってもらったんだ。ほら見て。ピッカピカだぞ」

「今度これ着て出掛けようね」

「ごめんね。僕のしかないんだ」

「大丈夫。僕が連れてってやるから」


***


「ここは……?」

「起きたかい? 探偵さん」
「管理人さん……」

 目を覚ました凛太朗のすぐ側に、谷崎氏が濡れたタオルを持って座っていた。

「ちょうど今、額のタオルを取り換えようとしたところなんだが、起こしちまったかね」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 ゆっくり起き上がると、凛太朗は深く頭を下げた。

「いつも迷惑ばかりかけてすみません。何とお詫びをしたらよいのやら……」
「いや、いいんだよ。私もね、久しぶりに息子と過ごしてるみたいで楽しいよ」

 幸せそうな顔で、谷崎氏が笑った。その姿を見ているうちに、凛太朗の顔も自然とほころんだ。

 暫くした後、凛太朗が唐突に口を開いた。

「僕、母の所に行ってきます」
「お袋さん?」
「はい。さっきから子どもの頃の記憶が断片的に蘇ってくるんですけど、それが何を意味しているのか、まだよくわからなくて……」
「子どもの頃の話を聞きに行くのかい?」
「ええ。コーポ谷崎で暮らしていた頃のことを。全てはそこから始まっているような気がしてならないんです」

「そうか……。それなら……」

 おもむろに隣の部屋に行くと、谷崎氏は、手に大きな物をぶら下げて戻って来た。

「これ、持って行きなさい。何かわかるかも知れない」

 それは『マル』というプレートの付いた、薄汚れた茶色の籠だった。

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