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第六章

再会(九)

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「どれどれ……。ああ、やっぱり凄いな。どれもこれもよく描けてる」

 画用紙を一枚一枚丁寧にめくりながら、凛太朗の父親は少し誇らしげに息子の絵を褒め称えた。

「これは?」

 突然、父親の手が止まった。
 そこに描かれていたのは、こげ茶色の長い毛に全身を覆われ、鋭い金の瞳でこちらを見つめて座るマルの絵だった。

「ああ、これだよ。マル。この猫を探して欲しいって言われて彼女から聞いた通りに描いてみたんだけど……。彼女曰くそっくりらしいんだけど、写真も何もなくて彼女の証言のみだから、これが本当に似てるのかどうかもよくわからないんだ」

「マル……」

「そうマル。って、父さん何か知ってるの? まさか、どこかで見たとか?」

 絵を見て明らかに動揺の色を表している父に、凛太朗は期待を持って問いかけた。

 数秒の間があった後、「いや」父親が小さく首を振った。

「ちょっと知り合いの猫に似てたから」
 言いながら自由画帳を返す父親の表情は、もう元の穏やかな笑顔に戻っていた。

「なんだ。ちょっと期待したのに」
 少しがっかりしながら、凛太朗は自由画帳をトートバッグにしまった。

 ふと窓の外を見ると、空はすっかり夕闇に覆われていた。どうやら雨は上がっているようだ。

「そろそろ行くか」
 父親が伝票を掴みながら胸ポケットから財布を取り出した。
 凛太朗も「じゃあ」と財布を出そうとするのを「いいよ」と父が制し、「これぐらいおごらせてくれよ」と笑った。

 席を立つ父親の背に、凛太朗の実に真面目な声が響いた。

「どうせ経費で落とせるのに」

「お前、案外せこいな……」
 父が息子を呆れた表情で見つめ、大きく溜息をついた。


 結局父親が「二十年ぶりに父親らしいことをさせてくれ」と支払いを済ませ外に出ると、雨で湿った空気が一気に体中に纏わりつき、梅雨の生ぬるい風が頬を撫でた。

「それじゃ、またな」
「うん。また」

 別れの挨拶をした後、「あ、そうそう」と凛太朗の父親は、カバンの中から名刺を取り出した。

「何かあったら連絡しなさい。外回りが多いから結構自由がきくんだ」
「いいの?」

 予期せぬ出来事に心を躍らせながら、凛太朗はその名刺を受け取ると、じっくりとそれを眺めた。

 そして――。

「父さん……。この名前……」

「ん? 名前がどうした?」

「なんで……?」

 名刺には、『柏原良太郎』とあった。
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