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第六章
再会(一)
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柏原愛がひいらぎ探偵事務所を訪れたのは八日前。
依頼内容は、逃げた飼い猫の捜索。
名前はマル。
雑種。
雌。
推定五~六キロと見られる大きさの長毛種。
場所は、ここから徒歩で十分程の賃貸マンション『アミティエ瀬谷』の生垣の前。
猫用の籠を開けた途端飛び出し、そのまま行方知れずになる。
同日、猫用の籠も紛失した模様。
好きな食べ物はツナ缶。
写真なし。
本人の住所、電話番号不明。
事務所に戻った凛太朗は、彼女と出会ってから今までのことを時系列にして手帳に書き込んだ。
「改めて見ると……」
凛太朗は溜息をついた。
初日からして突っ込みどころ満載だ。
これを田丸が見たらなんと言うだろう。いや、田丸じゃなくても普通は気が付くだろう。
いくら彼女に心を乱され正常な判断ができなくなっていたとしても、さすがにこれは酷すぎる。探偵以前の問題だ。
凛太朗は自己嫌悪に陥りそうになりながら頭を掻いた。
一番重大な疑問は連絡先だ。
電話番号は先日デタラメだということが判明した。
詳しい住所はわからない。かろうじて会話の中で大和市という地名が出てきた程度だ。
柏原愛という名前だって、本名かどうか怪しいものだ。
「あれ? この電話番号って……」
よく見ると、最初の090以降は、凛太朗の携帯番号の数字をひとつずつずらしただけのものだ。
彼女はなぜ、連絡先を偽装しなければならなかったのか?
思い起こせば、連絡先を聞いた時、かなり躊躇する素振りを見せていた。何故?
身元が割れると何か不都合なことでもあるのだろうか?
それから籠だ。あの大きさの籠を紛失して気が付かないことなどあるのだろうか?
例え気が動転して忘れて来たとしても、途中で気付くか、もしくは捜索中に思い出すかしても良さそうなものなのに、彼女はそのことについて一切触れていない。今の今まで。
本当にそんな籠、あったのだろうか?
次の疑問は写真だ。
飼い猫の写真が一枚もないというのは極めて珍しいケースだ。絶対にあり得ないという訳ではないが、通常、持ち歩かないまでもどこかに一枚くらいはあるはずだ。
しかも、好きな食べ物はツナ缶。好きな玩具は不明。
飼い猫にしては情報が少なすぎる。
彼女は本当にマルの飼い主なのだろうか?
いや。それ以前に、そもそも猫など、いたのだろうか?
凛太朗の顔から、少しずつ血の気が失せていった。
手の込んだ嫌がらせ?
一体何のために?
最初から僕を狙っていた?
怨恨?
逆恨み?
凛太朗は今まで関わったことのある人間を全て思い浮かべてみた。携わった案件を全て思い起こしてみた。
しかし、思い当たる節はひとつも見つからなかった。
だが、自分でも気が付かないうちに、どこかで誰かを傷つけていたという可能性もある。
そういえば、初めて会った日の彼女の態度も怪しくはなかっただろうか?
質問に答える時の間の長さ。思いつめているかのような愁いを帯びた表情。時折向ける何かを探るような瞳。二つ返事で受けた協力要請。
やはり、どこかで会ったことがあるのだろうか?
だけど……。
『ここで机上の空論ばかり唱えていても、何も始まらんだろう』
アミティエ瀬谷の管理人の声が、凛太朗の脳裏を過ぎる。
「ですよね。管理人さん」
確かな決意を胸に抱き、凛太朗は宙を睨んだ。
その瞳は、探偵になることを決意したあの日の輝きを失ってはいなかった。
依頼内容は、逃げた飼い猫の捜索。
名前はマル。
雑種。
雌。
推定五~六キロと見られる大きさの長毛種。
場所は、ここから徒歩で十分程の賃貸マンション『アミティエ瀬谷』の生垣の前。
猫用の籠を開けた途端飛び出し、そのまま行方知れずになる。
同日、猫用の籠も紛失した模様。
好きな食べ物はツナ缶。
写真なし。
本人の住所、電話番号不明。
事務所に戻った凛太朗は、彼女と出会ってから今までのことを時系列にして手帳に書き込んだ。
「改めて見ると……」
凛太朗は溜息をついた。
初日からして突っ込みどころ満載だ。
これを田丸が見たらなんと言うだろう。いや、田丸じゃなくても普通は気が付くだろう。
いくら彼女に心を乱され正常な判断ができなくなっていたとしても、さすがにこれは酷すぎる。探偵以前の問題だ。
凛太朗は自己嫌悪に陥りそうになりながら頭を掻いた。
一番重大な疑問は連絡先だ。
電話番号は先日デタラメだということが判明した。
詳しい住所はわからない。かろうじて会話の中で大和市という地名が出てきた程度だ。
柏原愛という名前だって、本名かどうか怪しいものだ。
「あれ? この電話番号って……」
よく見ると、最初の090以降は、凛太朗の携帯番号の数字をひとつずつずらしただけのものだ。
彼女はなぜ、連絡先を偽装しなければならなかったのか?
思い起こせば、連絡先を聞いた時、かなり躊躇する素振りを見せていた。何故?
身元が割れると何か不都合なことでもあるのだろうか?
それから籠だ。あの大きさの籠を紛失して気が付かないことなどあるのだろうか?
例え気が動転して忘れて来たとしても、途中で気付くか、もしくは捜索中に思い出すかしても良さそうなものなのに、彼女はそのことについて一切触れていない。今の今まで。
本当にそんな籠、あったのだろうか?
次の疑問は写真だ。
飼い猫の写真が一枚もないというのは極めて珍しいケースだ。絶対にあり得ないという訳ではないが、通常、持ち歩かないまでもどこかに一枚くらいはあるはずだ。
しかも、好きな食べ物はツナ缶。好きな玩具は不明。
飼い猫にしては情報が少なすぎる。
彼女は本当にマルの飼い主なのだろうか?
いや。それ以前に、そもそも猫など、いたのだろうか?
凛太朗の顔から、少しずつ血の気が失せていった。
手の込んだ嫌がらせ?
一体何のために?
最初から僕を狙っていた?
怨恨?
逆恨み?
凛太朗は今まで関わったことのある人間を全て思い浮かべてみた。携わった案件を全て思い起こしてみた。
しかし、思い当たる節はひとつも見つからなかった。
だが、自分でも気が付かないうちに、どこかで誰かを傷つけていたという可能性もある。
そういえば、初めて会った日の彼女の態度も怪しくはなかっただろうか?
質問に答える時の間の長さ。思いつめているかのような愁いを帯びた表情。時折向ける何かを探るような瞳。二つ返事で受けた協力要請。
やはり、どこかで会ったことがあるのだろうか?
だけど……。
『ここで机上の空論ばかり唱えていても、何も始まらんだろう』
アミティエ瀬谷の管理人の声が、凛太朗の脳裏を過ぎる。
「ですよね。管理人さん」
確かな決意を胸に抱き、凛太朗は宙を睨んだ。
その瞳は、探偵になることを決意したあの日の輝きを失ってはいなかった。
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