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第五章

消えた依頼人(八)

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 無事ホームタウンに戻った凛太朗は、その足でアミティエ瀬谷へ向かった。

 一人で歩く街並みは、まるで知らない場所のように凛太朗を不安にさせた。
 あんなに親しんでいたはずの街路樹も、公園も、まるで知らない人でも見るかのように、知らんぷりで澄ましている。
 いつの間にか早足になっている自分に気付き、凛太朗は堪らず駆け出した。


 間もなくアミティエ瀬谷に到着した凛太朗は、迷わず管理人室のインターホンを鳴らした。
 程なくして現れた初老の管理人は、変わらぬ大黒天の微笑みで、凛太朗を暖かく迎えてくれた。

「うっ……。管理人……さん……」
「え? おいおい、一体どうしたんだね、探偵さん?」
「あの……。あの……」
「わかった。わかったから、ちょっとこっちにいらっしゃい」

 いきなり訪ねて来たかと思うと、何の前触れもなく突然泣き出すこの珍客を、お人好しを絵に描いたような初老の管理人は、何も聞かずに管理人室の隣にある自室に優しく招き入れてくれた。


「どうだね? 少しは落ち着いたかい?」
「はい。ありがとうございます」

 管理人が出してくれた麦茶を一気に飲み干すと、凛太朗はふうっと息をついた。

「この麦茶……」
「はは。珍しいだろ? 苦手かい?」
「いえ。初めて飲んだけど、美味しいです」
「そうか。良かった」

 再びグラスに注がれた麦茶は、微かに塩の味がした。

「最近は入れる人も少なくなってきたけどね、我々が若い頃は、どこの家庭も塩を入れて飲んだもんだよ。今みたいにクーラーなんてない時代だからね。こうやって塩分補給していたんだろうね」
「なるほど」

 凛太朗は塩入り麦茶をまじまじと見つめると、今度は味わってひと口飲んだ。
 ほんのり感じる塩の具合が、麦茶の味を絶妙に引き立てている。

 初めてなのにどこか懐かしい味のするこの飲み物を、凛太朗はすっかり気に入ってしまった。

「で? そろそろ聞かせてはもらえんかね? 探偵さんの涙の理由わけを」
「あ……」

 笑みの消えた、それでいて優しさを損なわない深い瞳に見つめられ、凛太朗は自ずと胸の内を打ち明けていた。

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