44 / 76
第五章
消えた依頼人(八)
しおりを挟む
無事ホームタウンに戻った凛太朗は、その足でアミティエ瀬谷へ向かった。
一人で歩く街並みは、まるで知らない場所のように凛太朗を不安にさせた。
あんなに親しんでいたはずの街路樹も、公園も、まるで知らない人でも見るかのように、知らんぷりで澄ましている。
いつの間にか早足になっている自分に気付き、凛太朗は堪らず駆け出した。
間もなくアミティエ瀬谷に到着した凛太朗は、迷わず管理人室のインターホンを鳴らした。
程なくして現れた初老の管理人は、変わらぬ大黒天の微笑みで、凛太朗を暖かく迎えてくれた。
「うっ……。管理人……さん……」
「え? おいおい、一体どうしたんだね、探偵さん?」
「あの……。あの……」
「わかった。わかったから、ちょっとこっちにいらっしゃい」
いきなり訪ねて来たかと思うと、何の前触れもなく突然泣き出すこの珍客を、お人好しを絵に描いたような初老の管理人は、何も聞かずに管理人室の隣にある自室に優しく招き入れてくれた。
「どうだね? 少しは落ち着いたかい?」
「はい。ありがとうございます」
管理人が出してくれた麦茶を一気に飲み干すと、凛太朗はふうっと息をついた。
「この麦茶……」
「はは。珍しいだろ? 苦手かい?」
「いえ。初めて飲んだけど、美味しいです」
「そうか。良かった」
再びグラスに注がれた麦茶は、微かに塩の味がした。
「最近は入れる人も少なくなってきたけどね、我々が若い頃は、どこの家庭も塩を入れて飲んだもんだよ。今みたいにクーラーなんてない時代だからね。こうやって塩分補給していたんだろうね」
「なるほど」
凛太朗は塩入り麦茶をまじまじと見つめると、今度は味わってひと口飲んだ。
ほんのり感じる塩の具合が、麦茶の味を絶妙に引き立てている。
初めてなのにどこか懐かしい味のするこの飲み物を、凛太朗はすっかり気に入ってしまった。
「で? そろそろ聞かせてはもらえんかね? 探偵さんの涙の理由を」
「あ……」
笑みの消えた、それでいて優しさを損なわない深い瞳に見つめられ、凛太朗は自ずと胸の内を打ち明けていた。
一人で歩く街並みは、まるで知らない場所のように凛太朗を不安にさせた。
あんなに親しんでいたはずの街路樹も、公園も、まるで知らない人でも見るかのように、知らんぷりで澄ましている。
いつの間にか早足になっている自分に気付き、凛太朗は堪らず駆け出した。
間もなくアミティエ瀬谷に到着した凛太朗は、迷わず管理人室のインターホンを鳴らした。
程なくして現れた初老の管理人は、変わらぬ大黒天の微笑みで、凛太朗を暖かく迎えてくれた。
「うっ……。管理人……さん……」
「え? おいおい、一体どうしたんだね、探偵さん?」
「あの……。あの……」
「わかった。わかったから、ちょっとこっちにいらっしゃい」
いきなり訪ねて来たかと思うと、何の前触れもなく突然泣き出すこの珍客を、お人好しを絵に描いたような初老の管理人は、何も聞かずに管理人室の隣にある自室に優しく招き入れてくれた。
「どうだね? 少しは落ち着いたかい?」
「はい。ありがとうございます」
管理人が出してくれた麦茶を一気に飲み干すと、凛太朗はふうっと息をついた。
「この麦茶……」
「はは。珍しいだろ? 苦手かい?」
「いえ。初めて飲んだけど、美味しいです」
「そうか。良かった」
再びグラスに注がれた麦茶は、微かに塩の味がした。
「最近は入れる人も少なくなってきたけどね、我々が若い頃は、どこの家庭も塩を入れて飲んだもんだよ。今みたいにクーラーなんてない時代だからね。こうやって塩分補給していたんだろうね」
「なるほど」
凛太朗は塩入り麦茶をまじまじと見つめると、今度は味わってひと口飲んだ。
ほんのり感じる塩の具合が、麦茶の味を絶妙に引き立てている。
初めてなのにどこか懐かしい味のするこの飲み物を、凛太朗はすっかり気に入ってしまった。
「で? そろそろ聞かせてはもらえんかね? 探偵さんの涙の理由を」
「あ……」
笑みの消えた、それでいて優しさを損なわない深い瞳に見つめられ、凛太朗は自ずと胸の内を打ち明けていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<初投稿4日目からは『お昼12:00頃』の毎日配信となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
YouTuber犬『みたらし』の日常
雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。
二歳の柴犬だ。
飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。
まぁいい。
オレには関係ない。
エサさえ貰えればそれでいい。
これは、そんなオレの話だ。
本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。
無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。
すみません、妻です
まんまるムーン
ライト文芸
結婚した友達が言うには、結婚したら稼ぎは妻に持っていかれるし、夫に対してはお小遣いと称して月何万円かを恵んでもらうようになるらしい。そして挙句の果てには、嫁と子供と、場合によっては舅、姑、時に小姑まで、よってかかって夫の敵となり痛めつけるという。ホラーか? 俺は生涯独身でいようと心に決めていた。個人経営の司法書士事務所も、他人がいる煩わしさを避けるために従業員は雇わないようにしていた。なのに、なのに、ある日おふくろが持ってきた見合いのせいで、俺の人生の歯車は狂っていった。ああ誰か! 俺の平穏なシングルライフを取り戻してくれ~! 結婚したくない男と奇行癖を持つ女のラブコメディー。
※小説家になろうでも連載しています。
※本作はすでに最後まで書き終えているので、安心してご覧になれます。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる