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第五章

消えた依頼人(三)

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「で、三日も連絡がつかない……と」

 カランとひとつ小気味のいい音をさせ、田丸はバーボンをひと口飲んだ。

 ここは、探偵たちの集まるバー……ではなく、鶴見駅西口にある、田丸の行きつけのバーである。

 L字型のカウンター席が六席と、四人掛けのテーブル席が二つという小さなバーだが、いつもそれなりに常連客で賑わっている。

 駅に近いということも理由の一つだが、何といってもこのマスターの人柄のせいだろう。
 付かず離れずの丁度良い距離。この絶妙な客との距離感は、きっと持って生まれた才能なのだろう。
 ここに来るといつも気兼ねなく寛ぐことができるのだ。

 もちろん、守秘義務も徹底されており、多少の際どい話も軽く聞き逃してくれる。それが、二人の探偵がこの店を選ぶ理由であった。

 田丸は仕事がひと段落すると、いつもここでバーボンを注文する。
「この歳でバーボンって……」と笑う凛太朗に、「やっぱ探偵と言えばバーボンだろ」と田丸は得意げに言う。

 恰好から入るタイプのこの探偵は、果たして味などわかっているのかどうかは定かではないが、実に美味そうにちびりちびりとやっている。
 その姿を半ば呆れながら横目に見て、凛太朗は軽めのカクテルを注文するのだ。

 だが、今日ばかりは違った。

「飲まなきゃやってられないよ」

 凛太朗は慣れないバーボンを大きくひと口ゴクリと飲み下すと、「かああああっ」と喉を抑えて見悶えた。

「おい、大丈夫か?」

 慌ててマスターに水を頼んだ田丸は、隣で苦しむ幼馴染にグラスを手渡すと、軽く背中を叩いてやった。

「馬鹿だなあ。アルコール度数、何度あると思ってんだよ」

 ゴホゴホ咳込む物知らずの探偵は、一気に水を飲み干すと大きく息をつき、そのままカウンターテーブルに突っ伏した。

「大丈夫か?」

 再び田丸が聞いた。

「うん。もう大丈夫。ありがとう」

「いや、そうじゃなくて……」

 田丸の言葉の意味を知り、凛太朗は突っ伏したまま口をつぐんだ。

 嗅ぎ慣れた煙草の香りが凛太朗の嗅覚に届いた後、隣から「ふぅぅぅ」と長く息を吐く音が聞こえた。

 普段、田丸は煙草を吸わない。だが、この店でバーボンを飲む時だけは例外だ。
 葉巻に近いバニラフレーバーのこの煙草を右手の人差し指と中指に挟み、その手でバーボンを傾けるというのが、田丸のお決まりのスタイルだ。
 煙草が苦手の凛太朗も、何故かこの香りは嫌いじゃない。

 漂う煙を暫く目で追った後、田丸が静かに口を開いた。

「あのさ、ちょっと聞くけど。ちゃんといたんだよな? その子」
「は?」
「いや、だからさ。お前ずっと彼女いなかったから……」

「僕が幻覚でも見たんじゃないかって言いたいの?」

 勢いよく起き上がり、再び頭を抱えて突っ伏す凛太朗の肩を田丸は優しく二回叩くと、バーボンをひと口飲んだ。

「悪い。別に疑ってる訳じゃないけど……」

「違う。彼女は確かにいた。妄想でもなんでもない。だって一緒にマルちゃんを探したんだ。そうだ。アミティエ瀬谷に行けば証明できるよ。管理人さんだって覚えているはずだ。公園で遊んでいた子どもたちだって。町内会長さんだってきっと……」

 うつろな目で必死に訴える哀れな探偵に、田丸は優しく微笑みかけると、「わかった、わかった」と何度も宥めた。

「よし。信じよう。お前が嘘をつくような人間じゃないってことは、俺が一番よくわかってる」

「ありがとう」

 凛太朗の目に涙が滲んだ。
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