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第四章

凛太朗の心の奥(二)

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 雨は、相変わらず楽しそうに歌いながら、凛太朗の傘をリズミカルに叩いていく。まるで「一緒に踊ろう」と言わんばかりに。

「またですか」

 雨が奏でる歌声に紛れて、小さな声が聞こえた。

「え?」

 隣を見ると、そこには少し困ったような表情を浮かべ、上目遣いに見上げる柏原愛の顔があった。

「柊さんの苦手は、みんな『なんとなく』なんですね」

「ああ、そういえば……」

 突然、凛太朗の足が止まった。

「え? 柊さん?」

 言われてみればそうだ。
 猫も、雨も、全てなんとなく苦手だ。
 気が付いたら苦手になっていた。というか、元々苦手だった気がする。理由もなく。

 いつから?
 それすらわからない。一体、どうしてなんだろう。

「……さん? ……らぎさん? 柊さんってば!」

「はひ?」
「どうしたんですか? 急にぼんやりしちゃって」
「あ、あれ? すいません。僕、一体……」

 柏原愛が正面から心配そうに覗き込んでいる。
 そこでようやく凛太朗は、自分がしばらく機能停止していたことに気が付いた。
 凛太朗の悪い癖だ。何か考え始めると、つい周りが見えなくなってしまうのだ。

「すいません。考え事してました……」
「え? 急にですか?」
「はい。すみません」
「歩いてる最中に?」
「はい」
「こんな雨の中?」
「はい」
「道の途中で?」
「はい」

 少しのけ反った後、「はぁぁぁぁ……」と柏原愛は大きく息を吐き出した。

「全く、あなたと言う人は……」

 柏原愛が呆れるのも無理はない。子供じゃあるまいし、歩行の途中でいきなりフリーズして動かなくなる青年など、危なっかしくて仕方がない。ここが車道じゃなくて本当に良かった。

 それに、雨のため歩行者の姿もなく、被害者は柏原愛ただ一人だ。これが休日のショッピングモール内だったら迷惑この上ない。

 一人胸を撫で下ろす柏原愛に、凛太朗は追い打ちをかけるように疑問を投げかけた。

「どうしてだと思います?」
「は? 何がです?」
「僕が、猫と雨が苦手な理由」

 柏原愛の顔がみるみる紅潮し……。

「知りません!」ぷいっと振り向き、勢いよく歩き始めた。

 黒いレインブーツの底から弾かれた雫が、パシャパシャと大きな音を立てる。

「え? 柏原さん? なんで怒ってるんですか?」
「怒ってないです」
「ちょっと、待ってくださいよ」
「もう待ちません」
「ええ? ちょっと……。僕、何か気に障ること言いましたか?」
「だから何でもありませんってば!」

 湿気で少し広がったブラウンヘアを右に左にと揺らし、ペースを上げて歩き続ける柏原愛の背中を、首を傾げながら必死で追う迷探偵。彼に、人の心が理解できる日は来るのだろうか?

 どこを探しても見つかることのない『柏原愛の気持ち』を探りながら、凛太朗は彼女をただひたすらに追いかけ続けた。

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