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第三章

うちのマル知りませんか?(七)

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「そこで相談なのですが……」
「はい?」

 凛太朗は、何かを探るように柏原愛の瞳を見つめた。柏原愛の大きな瞳が不思議そうに数回瞬いた。

「面会の時、できれば柏原さんも一緒にいて欲しいのですが……。いかがでしょう?」

 更に瞳を大きく見開くと、柏原愛は突然「ぷっ」と吹き出した。

「なんだ。そんなこと。いいですよ」
「え? いいんですか?」
「もちろん。びっくりした。一体何事かと思いました」
「良かった。断られたらどうしようかと思ってました」
「どうして?」
「だって、そうなると柏原さんの帰る時間が遅くなるでしょう」
「大丈夫です」
 柏原愛は優しく微笑んだ。

「すみません。僕一人じゃ不安だったんです。僕は実際のマルちゃんを知らないし。それに……」
「それに?」

「……怖いじゃないですか……。急に飛びかかられたりしたら……」

「え?……」

 どうやら心配の種は、そこらしい。

「そんなこと……」

 しばし沈黙が流れ。
 次の瞬間、閑静な住宅街に、実に愉快そうな女性の笑い声が高らかに響いた。

「笑わないでください! 僕は真剣に……!」
「ごめんなさい」
 言いながらも、柏原愛の笑いは一向に収まる気配がない。

「もう、いい加減にしてください」

 穴があったら入りたいとは、まさに今の凛太朗の心情を指す言葉だろう。

 凛太朗はもう弁解するのを諦め、隣で涙を拭いながら笑い転げるその女性が落ち着くのを、辛抱強く待ち続けた。


 暫くしてようやく嵐が過ぎ去ったのか、柏原愛は隣でむくれている男に「ごめんなさい」とひと言謝ると、
「大丈夫です。私がついていますから」
 天使のように輝く笑顔で、明日からの任務を約束した。
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