上 下
19 / 76
第二章

聞き込み開始(七)

しおりを挟む
「その前に……」

 しばらく二人で笑いあった後。
 おもむろにリュックを下ろした凛太朗は、中から一冊の自由画帳を取り出すと、パラパラとページをめくった。

「これ、柏原さんの説明をもとに描いてみたんですけど……」

 開かれたページには、色鉛筆で丁寧に描かれた一匹の猫の姿があった。

 茶色ベースに、ところどころ黒やこげ茶が混じった長毛種。大きく見開かれた目は琥珀色に近い金。頭の上には可愛らしい耳がちょこんと乗っている。行儀よく揃えられた前足の横には、身体に沿うように巻かれたふさふさの太い尻尾。

「マル……!」

 自由画帳を掴んで、柏原愛が叫んだ。

「ど、どうしてこれを?」
「実は僕、得意なんですよ。絵を描くの」
「でも、だからってこんな……。まるで写真じゃありませんか」

 キャップを取って頭を掻きながら照れる凛太朗に、柏原愛は、賞賛の言葉を惜しみなく述べた。

「そこまで褒められると、なんだか恥ずかしいですね。そんなに似てますか?」
「はい。似てるなんてもんじゃありません。まるで、柊さんがマルを知っているみたいな……」
「いえいえ、柏原さんの説明が的確だったんです」
「だけど……。私、長毛だって言いましたっけ?」
「いえ、聞いていません。でもだいたいの大きさから考えると、長毛の方がしっくりいったんです。良かったですか?」
「いいも何も……」

 未だ自由画帳を放そうとしない柏原愛の目に、太陽の光を反射して光るものがあった。

「柊さん」
「はい?」

 凛太朗に向けられた琥珀色の瞳には、既に違う輝きがみなぎっていた。

「これなら大丈夫です。行きましょう。聞き込みに」

 柏原愛の自由画帳を掴む手に、力がこもった。


 二人はまず初めに、マンションの管理人の所へ向かった。もしかすると、既に見つけて保護しているのかも知れない。

 先程走ってきた経路を引き返すと、二人はエントランスに入った。

 左側に管理人室がある。凛太朗がインターホンを鳴らすと間もなく、人のよさそうな六十代前半らしき男性が、小さな窓から顔を覗かせた。

「はい」
「あのぉ、ちょっとお尋ねいたしますが……」

 人のよさそうな男性の眉間に、ほんの少し皺が寄った。

 それもそのはず。良く晴れた平日の昼下がり、タモを担いだ若いカップルが突然訪ねて来たら、どんなに心の広い人間でも、この様な表情になるに違いない。

「あ、失礼いたしました。猫を探しているもので……」

 タモを下に置き、代わりに先程の自由画帳を柏原愛から受け取ると、凛太朗はそれを管理人に渡した。

「マルと言います。一昨日の丁度今頃、そこの生垣の所で逃げ出してしまって、どうやらこちらに逃げてきたようなんですが……。見覚えありますでしょうか?」

「うーん。猫ねぇ……」

 白髪交じりの短髪を右手で撫でながら、初老の管理人は眉をひそめて唸った。

「この辺りじゃあ見かけない顔だなぁ……」
刑事さながら呟くと、管理人は「すまないねぇ」と凛太朗に自由画帳を返した。

「そうですか……。わかりました。ありがとうございました。もし、万が一見かけましたら、こちらまでご一報頂けますでしょうか?」

 リュックの外ポケットから名刺入れを取り出すと、凛太朗はその中の一枚を管理人に手渡した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

猫のランチョンマット

七瀬美織
ライト文芸
 主人公が、個性的な上級生たちや身勝手な大人たちに振り回されながら、世界を広げて成長していく、猫と日常のお話です。榊原彩奈は私立八木橋高校の一年生。家庭の事情で猫と一人暮らし。本人は、平穏な日々を過ごしてるつもりなのだけど……。

つれづれなるおやつ

蒼真まこ
ライト文芸
食べると少しだけ元気になる、日常のおやつはありますか? おやつに癒やされたり、励まされたりする人々の時に切なく、時にほっこりする。そんなおやつの短編集です。 おやつをお供に気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。 短編集としてゆるく更新していきたいと思っています。 ヒューマンドラマ系が多くなります。ファンタジー要素は出さない予定です。 各短編の紹介 「だましあいコンビニスイーツ」 甘いものが大好きな春香は日々の疲れをコンビニのスイーツで癒していた。ところがお気に入りのコンビニで会社の上司にそっくりなおじさんと出会って……。スイーツがもたらす不思議な縁の物語。 「兄とソフトクリーム」 泣きじゃくる幼い私をなぐさめるため、お兄ちゃんは私にソフトクリームを食べさせてくれた。ところがその兄と別れることになってしまい……。兄と妹を繋ぐ、甘くて切ない物語。 「甘辛みたらしだんご」 俺が好きなみたらしだんご、彼女の大好物のみたらしだんごとなんか違うぞ? ご当地グルメを絡めた恋人たちの物語。 ※この物語に登場する店名や商品名等は架空のものであり、実在のものとは関係ございません。 ※表紙はフリー画像を使わせていただきました。 ※エブリスタにも掲載しております。

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

【完結】二度目のお別れまであと・・・

衿乃 光希(絵本大賞参加中)
ライト文芸
一年前の夏、大好きな姉が死んだ。溺れた私を助けて。後悔から、姉の代わりになろうと同じ看護科に入学した。 でも授業にはついていけない。そもそも看護には興味がない。 納骨をすると告げられ反対したその日、最愛の姉が幽霊になってあたしの前に現れた――。 仲良し姉妹の絆とお別れの物語 第7回ライト文芸大賞への投票ありがとうございました。71位で最終日を迎えられました。

叶うのならば、もう一度。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
 今年30になった結奈は、ある日唐突に余命宣告をされた。  混乱する頭で思い悩んだが、そんな彼女を支えたのは優しくて頑固な婚約者の彼だった。  彼と籍を入れ、他愛のない事で笑い合う日々。  病院生活でもそんな幸せな時を過ごせたのは、彼の優しさがあったから。  しかしそんな時間にも限りがあって――?  これは夫婦になっても色褪せない恋情と、別れと、その先のお話。

魔王の息子に転生したら、いきなり魔王が討伐された

ふぉ
ファンタジー
魔王の息子に転生したら、生後三ヶ月で魔王が討伐される。 魔領の山で、幼くして他の魔族から隠れ住む生活。 逃亡の果て、気が付けば魔王の息子のはずなのに、辺境で豆スープをすする極貧の暮らし。 魔族や人間の陰謀に巻き込まれつつ、 いつも美味しいところを持って行くのはジイイ、ババア。 いつか強くなって無双できる日が来るんだろうか? 1章 辺境極貧生活編 2章 都会発明探偵編 3章 魔術師冒険者編 4章 似非魔法剣士編 5章 内政全知賢者編 6章 無双暗黒魔王編 7章 時操新代魔王編 終章 無双者一般人編 サブタイを駄洒落にしつつ、全261話まで突き進みます。 --------- 《異界の国に召喚されたら、いきなり魔王に攻め滅ぼされた》 http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/952068299/ 同じ世界の別の場所での話になります。 オキス君が生まれる少し前から始まります。

夕陽が浜の海辺

如月つばさ
ライト文芸
両親と旅行の帰り、交通事故で命を落とした12歳の菅原 雫(すがわら しずく)は、死の間際に現れた亡き祖父の魂に、想い出の海をもう1度見たいという夢を叶えてもらうことに。 20歳の姿の雫が、祖父の遺した穏やかな海辺に建つ民宿・夕焼けの家で過ごす1年間の日常物語。

処理中です...