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第二章

聞き込み開始(六)

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「ここで、こうして……」

 突如しゃがみ込み、籠を開けて何かを取り出す仕草をする凛太朗に、柏原愛はキョトンとしながら「何をやっているのですか?」と声を掛けた。

「ああ、これですか? 実際の状況を再現しているんです」
「再現?」
「ええ。柏原さんはここで籠の蓋を開けた。そしてマルちゃんを抱こうと……」
「いえ、抱こうとしたんじゃなくて、背中を撫でたんです」
「ああ、なるほど」

 一つ頷くと、凛太朗は再び籠に向き直った。

「マルちゃん、どうしたの?」
「あの……。その台詞、いりますか?」
「臨場感ですよ。臨場感」

 立派な成人男性が空想の猫を扱うシーンなど、そうそう見られるものではない。
 柏原愛は、思わず辺りを見回した。

 ここが閑静な住宅街で本当に良かった。通りには、自分と凛太朗の他には誰もいない。
 あとは公園内の親子に気付かれないうちに、このミッションがクリアされるのを祈るばかりだ。

「あ!」

「どうしました?」

「マルちゃんが逃げたんです」

 柊凛太朗(二十五)の目は、真剣そのものだ。

「ええっと……。どっちに?」

 人差し指を立て、小首を傾げながら目の前に立つこの男の姿は、まさに滑稽を絵に描いたようである。

「ええっと……。あっちです」
「あっちですね! 待って! マルちゃん!」

 柏原愛の指し示す方へ向かって走り出そうとした凛太朗は、「あ、これは置いとくんだった」と、手にした籠を生垣の側へ戻し、再び走り出した。

「えっ、ちょっと、待ってください!」

 ようやく状況を把握した柏原愛は、慌てて凛太朗を追いかけた。
 その背を追いながら、柏原愛の脳裏に一抹の不安がよぎる。

「もしかしてこの演技、ひいらぎ探偵事務所にたどり着くまで続くんじゃないでしょうね……」

 今更後悔しても仕方ない。ひいらぎ探偵事務所に依頼したのは自分だし、共同捜索に承諾したのも自分だ。ここはもう、凛太朗を信じてついていくしかないだろう。

 柏原愛は腹をくくって、目の前の、明らかに女性っぽい走りを意識しているであろうこの男に遅れまいと、必死で背中を追いかけた。


「ここに入ったかも知れませんね」

 幸い、程なくして立ち止まった凛太朗の視線の先には、生垣とブロック塀の境目があった。

「ここに二十センチ程の隙間があります。もしかしたらマルちゃんは、ここから隣の敷地へ抜けたのかも知れません」
「そんなぁ」

 敷地内に留まっていれば、まだ見つかる可能性はあるが、外へ出てしまったら、捜索はかなり困難になる。
 ましてや土地勘のない地域だ。

 猫の行動範囲は、だいたい二百メートル。しかしそれは、自宅からの範囲内でのことだ。全く知らない場所に放置された猫の行動範囲は、どのくらいになるのだろう。

「大丈夫ですよ」

 不安そうな柏原愛の気持ちを気遣ってか、凛太朗は努めて明るく微笑んだ。

「マルちゃんはきっと見つかります。とりあえず周辺に聞き込みしてみましょう」

 タモを肩に担いで満面の笑みを向ける二十五歳の男性に、自信満々でそう言われると、不思議と晴れやかな気持ちになる。

 思わず「はい!」と大きく返事をした柏原愛は、慌てて両手で口を押え、辺りを見回して笑った。
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