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第二章

聞き込み開始(四)

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「今日は暑くなりそうなので、水分補給してから行きましょう。適当に座ってください」
「ありがとうございます」

 柏原愛は、一昨日と同じ場所に腰掛けた。対面のソファに、これから使うであろう荷物が置いてある。
「なんだか、遠足みたいですね」
「やっぱり?」
 両手によく冷えた茶色い飲み物を携え、凛太朗がキッチンから戻って来た。

「夏休みにおばあちゃんの家に遊びに行く、みたいな?」
「確かに」

 グラスを受け取りながら、柏原愛が笑った。
 グラスの中身は、どうやら麦茶の様だ。
 ソファの荷物を少し避け、凛太朗も腰掛ける。

「知ってます? 麦茶は熱中症対策にもってこいの飲み物なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ミネラルが豊富に含まれていますからね」
「へえ」

 グラスの中の液体と同じ様な色の瞳で、柏原愛が尊敬の眼差しで見つめる。

「結構偉いんですね」
「いえ、それほどでも……」
 何故か凛太朗が、照れ臭そうに頭を掻く。
「あ、麦茶のことです」
 麦茶をひと口飲むと、柏原愛はにっこり笑った。

「ああ、麦茶。そうですよね。そうなんです! あははは……」
 微妙な空気を道連れに一気に麦茶を飲み干すと、「じゃ、そろそろ行きましょうか」と、凛太朗は威勢良く席を立った。


 外は思った通り日差しが強く、気温もだいぶ高かった。
「暑いですね」
 凛太朗は黒いキャップを目深に被り直すと、「頑張りましょう」と笑顔で歩き始めた。

 季節の移り変わりを告げるような熱のこもった日差しが、容赦無く二人を照りつける。    
 凛太朗は、肩と顎を使ってタモを首の横に挟みながら、シャツの袖を捲ろうとした。

「持ちますよ」

 不意に、柏原愛の手が凛太朗の目の前に伸びる。

「ああ、すみません」

 タモを渡そうとする凛太朗に、はにかみながら「そっち」と指差す柏原愛の視線の先には、猫用の籠があった。

「ああ、ですよね。すみません」
 じゃあ、と籠を渡す凛太朗の顔が、みるみる赤く染まっていく。

 当然だ。夏休みの小学生じゃあるまいし、うら若き女性にタモを預けるなど、デリカシーがないにも程がある。
 学ぶべき事が、まだまだたくさんあるようだ。

 それにしても暑い日だ。先日の肌寒さが嘘のようだ。
 凛太朗の背中に、汗の雫がひと筋流れ落ちた。

 隣を見ると、柏原愛のミルク色の頬がほんのり色づいている。その姿があまりにも色っぽく、凛太朗は軽い目眩を覚えた。

「籠、重くないですか?」
「はい。大丈夫です」

 柏原愛の方が幾分元気そうに見えるのは、余計な邪心が無いからだろう。事あるごとに一喜一憂している、隣の男に比べて。
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