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第一章
不思議な依頼人(十二)
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「だいぶ遅くなってしまいましたね。すみません」
時計の針は、九時半を指していた。
服はすっかり乾いていた。
柏原愛は再びバスルームで着替えると、帰り支度を始めた。
「送りますよ」
「いえ、大丈夫です。まだ人通りもありますし」
申し訳なさそうに、愛が眉をひそめる。
「それじゃあ、途中まで。僕もコンビニに行くので」
なんとか口実を作り、凛太朗は食い下がる。
「そうですか。それじゃあ」
ようやく観念した柏原愛にホッと安堵の息を漏らすと、凛太朗は彼女を伴い探偵事務所を後にした。
もう夜も遅いというのに、通りには帰宅を急ぐ人の姿がチラホラある。
その間を縫い、凛太朗は鼻から大きく息を吸い込んだ。
一日の終わりを迎えようとしている街に、雨の匂いが漂っている。
凛太朗はこの匂いが苦手だった。なんだか、幼い頃の辛い記憶が蘇るような気がして、無性に切なくなるのだ。
しかし今日は、苦手な匂いに混じってほのかに甘いフローラルの香りがする。
それが隣を歩く女性のものだと気がつくのに、さほど時間はかからなかった。
「雨、上がりましたね」
「そうですね」
「星が出てますね」
「ほんと。綺麗ですね」
二人は肩を並べて歩いた。
傍目には、恋人同士に見えるだろうか?
凛太朗は、ちらりと隣に視線を走らせる。
柏原愛の宝石のように輝く瞳が、そこにあった。
この時間がいつまでも続くことを願いながら、凛太朗は初めての体験に胸を躍らせていた。
「もうここで大丈夫です」
気が付くと、駅に着いていた。
「ここからは、電車で一本ですので」
「そうですか……」
楽しい時間は、あっという間だ。
いやしかし、これからはいくらでも会えるじゃないか。
むしろ、ここからが始まりなのだ。
凛太朗は、明日からの『共同作業』のことを思うと、何だかワクワクしてきた。
まるで、遠足前夜の様だ。
「ご自宅はどちらなんですか?」
「大和市です」
「ああ、そうなんですか。お隣ですね」
探偵事務所のある瀬谷駅から大和駅までは、相鉄線で一駅だ。
「近いんですね」
「はい」
しばし沈黙が流れた。
他に聞きたいことは山ほどあったが、いくら何でも今日会ったばかりの女性に根掘り葉掘り聞くのはさすがに失礼だ。
凛太朗は「じゃ、気をつけて」と、名残惜しそうに呟いた。
「はい。ありがとうございます。柊さんもお気をつけて」
そう言うと柏原愛は、「それじゃ」と無邪気に笑い、顔の横で右手を振った。
凛太朗も右手を上げ、「それじゃ、明後日一時に」と、彼女にならって手を振った。
柏原愛は一つ頷くと、くるりと向きを変え、柔らかそうなダークブラウンの髪を揺らしながら、駅の構内へと消えていった。
時計の針は、九時半を指していた。
服はすっかり乾いていた。
柏原愛は再びバスルームで着替えると、帰り支度を始めた。
「送りますよ」
「いえ、大丈夫です。まだ人通りもありますし」
申し訳なさそうに、愛が眉をひそめる。
「それじゃあ、途中まで。僕もコンビニに行くので」
なんとか口実を作り、凛太朗は食い下がる。
「そうですか。それじゃあ」
ようやく観念した柏原愛にホッと安堵の息を漏らすと、凛太朗は彼女を伴い探偵事務所を後にした。
もう夜も遅いというのに、通りには帰宅を急ぐ人の姿がチラホラある。
その間を縫い、凛太朗は鼻から大きく息を吸い込んだ。
一日の終わりを迎えようとしている街に、雨の匂いが漂っている。
凛太朗はこの匂いが苦手だった。なんだか、幼い頃の辛い記憶が蘇るような気がして、無性に切なくなるのだ。
しかし今日は、苦手な匂いに混じってほのかに甘いフローラルの香りがする。
それが隣を歩く女性のものだと気がつくのに、さほど時間はかからなかった。
「雨、上がりましたね」
「そうですね」
「星が出てますね」
「ほんと。綺麗ですね」
二人は肩を並べて歩いた。
傍目には、恋人同士に見えるだろうか?
凛太朗は、ちらりと隣に視線を走らせる。
柏原愛の宝石のように輝く瞳が、そこにあった。
この時間がいつまでも続くことを願いながら、凛太朗は初めての体験に胸を躍らせていた。
「もうここで大丈夫です」
気が付くと、駅に着いていた。
「ここからは、電車で一本ですので」
「そうですか……」
楽しい時間は、あっという間だ。
いやしかし、これからはいくらでも会えるじゃないか。
むしろ、ここからが始まりなのだ。
凛太朗は、明日からの『共同作業』のことを思うと、何だかワクワクしてきた。
まるで、遠足前夜の様だ。
「ご自宅はどちらなんですか?」
「大和市です」
「ああ、そうなんですか。お隣ですね」
探偵事務所のある瀬谷駅から大和駅までは、相鉄線で一駅だ。
「近いんですね」
「はい」
しばし沈黙が流れた。
他に聞きたいことは山ほどあったが、いくら何でも今日会ったばかりの女性に根掘り葉掘り聞くのはさすがに失礼だ。
凛太朗は「じゃ、気をつけて」と、名残惜しそうに呟いた。
「はい。ありがとうございます。柊さんもお気をつけて」
そう言うと柏原愛は、「それじゃ」と無邪気に笑い、顔の横で右手を振った。
凛太朗も右手を上げ、「それじゃ、明後日一時に」と、彼女にならって手を振った。
柏原愛は一つ頷くと、くるりと向きを変え、柔らかそうなダークブラウンの髪を揺らしながら、駅の構内へと消えていった。
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