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雪蛍
気づいて、ねぇのか?
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震える手で、綾音は記事を読み進める。
『今年の雪蛍を、あなたに』と締め括られたその記事の投稿者は、『K』となっていた。
「蛍太さん……」
「えっ?」
「これ、蛍太さんが……」
綾音の脳裏に、蛍太と過ごした日々が、走馬灯のように駆け巡る。
突如救世主のように現れた、白い軽自動車。二人で食べた、ラーメンの味。一緒に見た、夜空いっぱいの蛍。嵐の中で重ねた、肌の温もり。ようやく繋がった、二つの想い。
そして、心を引き裂く、残酷な真実……。
綾音の目から、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちた。
「綾音……」
優吾がそっと、綾音の手からスマホを受け取る。
じっと画面を見つめたあと、優吾はそれを、テーブルの上に静かに置いた。
「前にさ、お前、蛍太くんと出会った意味がどうとかって言ってたろ?」
手の甲で涙を拭い、綾音はこくりと頷いた。
「あん時お前、蛍太くんと自分が出会ったのは、『終わらせるため』って言ったよな?」
再び綾音が頷いた。
「でもな。俺、思うんだ。お前らが出会ったのは、終わらせるためなんかじゃなくて、始めるためだったんじゃねぇかって」
「えっ?」
目を伏せふうっと息を吐き出すと、優吾は綾音の方へと向き直った。
「お前と蛍太くんは、お互い罪の意識を断ち切って、そこから新しく始めるために、出会ったんだ」
「始める……ため?」
そうだ、と優吾が力強く頷く。
「だってまだ、お前らはこんなにも、結び合ってる」
綾音の涙をそっと指で拭うと、優吾は視線を上に彷徨わせた。
「きっと、皇が二人を引き合わせてくれたんだ」
「皇が?」
「ああ。いつまでもあの日に縛られてる、お前を不憫に思ってな……」
「……っ!」
両手で口を押さえ、綾音が短く息を呑む。優吾の目尻に涙が滲んだ。
「行けよ」
涙を堪え、優吾が口の端を持ち上げる。
「蛍太くん、きっと待ってる」
優吾の言葉に、綾音の心が激しく揺れる。
できることなら、今までのことは綺麗さっぱり水に流し、何もかも忘れて蛍太の胸に飛び込んでしまいたい。
しかしその裏で、幼い蛍太の行動によって皇の短い生涯が幕を閉じたという紛れもない事実が、綾音の心に影を落とす。
あれから何千回も何万回も考えた。
皇の死のきっかけを作った蛍太を、心の底から許すことができるのか?
答えはノーだ。
確かに、当時小学四年生の無垢な子どもに、適切な救命行動を求めても仕方のないことはわかっている。
だが、頭では理解できても、心が言うことを聞かないことだって沢山ある。
「無理だよ」
綾音は小さく首を振った。
「なんで?」
「だって私、蛍太さんのこと、心のどこかで責めてるの。なんであの時、何も聞かずに逃げ出したのか。あの時ちゃんと皇の声を聞いていたら、もしかしたら助かったんじゃないかって。そして、そんな風に蛍太さんを責めてしまう、自分のことも責めている」
「綾音」
「こんな気持ちのままじゃ、お互い傷つけ合うだけだよ。きっと、それがわかってるから、蛍太さんは私の前から姿を消した。なのに今さら、どんな顔して会えっていうの?」
俯きながら、綾音が答える。膝の上に、涙の染みがいくつもできた。
「やっぱり、まだ好きなんだな」
優吾が静かに言葉を落とす。
「えっ?」
綾音は勢いよく顔を上げると、優吾の顔を凝視した。
「気づいて、ねぇのか?」
寂しそうに瞳を潤ませ、優吾が力なく微笑んだ。
『今年の雪蛍を、あなたに』と締め括られたその記事の投稿者は、『K』となっていた。
「蛍太さん……」
「えっ?」
「これ、蛍太さんが……」
綾音の脳裏に、蛍太と過ごした日々が、走馬灯のように駆け巡る。
突如救世主のように現れた、白い軽自動車。二人で食べた、ラーメンの味。一緒に見た、夜空いっぱいの蛍。嵐の中で重ねた、肌の温もり。ようやく繋がった、二つの想い。
そして、心を引き裂く、残酷な真実……。
綾音の目から、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちた。
「綾音……」
優吾がそっと、綾音の手からスマホを受け取る。
じっと画面を見つめたあと、優吾はそれを、テーブルの上に静かに置いた。
「前にさ、お前、蛍太くんと出会った意味がどうとかって言ってたろ?」
手の甲で涙を拭い、綾音はこくりと頷いた。
「あん時お前、蛍太くんと自分が出会ったのは、『終わらせるため』って言ったよな?」
再び綾音が頷いた。
「でもな。俺、思うんだ。お前らが出会ったのは、終わらせるためなんかじゃなくて、始めるためだったんじゃねぇかって」
「えっ?」
目を伏せふうっと息を吐き出すと、優吾は綾音の方へと向き直った。
「お前と蛍太くんは、お互い罪の意識を断ち切って、そこから新しく始めるために、出会ったんだ」
「始める……ため?」
そうだ、と優吾が力強く頷く。
「だってまだ、お前らはこんなにも、結び合ってる」
綾音の涙をそっと指で拭うと、優吾は視線を上に彷徨わせた。
「きっと、皇が二人を引き合わせてくれたんだ」
「皇が?」
「ああ。いつまでもあの日に縛られてる、お前を不憫に思ってな……」
「……っ!」
両手で口を押さえ、綾音が短く息を呑む。優吾の目尻に涙が滲んだ。
「行けよ」
涙を堪え、優吾が口の端を持ち上げる。
「蛍太くん、きっと待ってる」
優吾の言葉に、綾音の心が激しく揺れる。
できることなら、今までのことは綺麗さっぱり水に流し、何もかも忘れて蛍太の胸に飛び込んでしまいたい。
しかしその裏で、幼い蛍太の行動によって皇の短い生涯が幕を閉じたという紛れもない事実が、綾音の心に影を落とす。
あれから何千回も何万回も考えた。
皇の死のきっかけを作った蛍太を、心の底から許すことができるのか?
答えはノーだ。
確かに、当時小学四年生の無垢な子どもに、適切な救命行動を求めても仕方のないことはわかっている。
だが、頭では理解できても、心が言うことを聞かないことだって沢山ある。
「無理だよ」
綾音は小さく首を振った。
「なんで?」
「だって私、蛍太さんのこと、心のどこかで責めてるの。なんであの時、何も聞かずに逃げ出したのか。あの時ちゃんと皇の声を聞いていたら、もしかしたら助かったんじゃないかって。そして、そんな風に蛍太さんを責めてしまう、自分のことも責めている」
「綾音」
「こんな気持ちのままじゃ、お互い傷つけ合うだけだよ。きっと、それがわかってるから、蛍太さんは私の前から姿を消した。なのに今さら、どんな顔して会えっていうの?」
俯きながら、綾音が答える。膝の上に、涙の染みがいくつもできた。
「やっぱり、まだ好きなんだな」
優吾が静かに言葉を落とす。
「えっ?」
綾音は勢いよく顔を上げると、優吾の顔を凝視した。
「気づいて、ねぇのか?」
寂しそうに瞳を潤ませ、優吾が力なく微笑んだ。
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