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告白
懺悔
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「綾音!」
同時に優吾がカウンターから飛び出す。
「いやあぁぁっ!」
差し伸べられた蛍太の手を、綾音は勢いよく払い除けた。
「しっかりしろ!」
二人の間に割って入ると、優吾が綾音の両肩を正面から支えた。
「ゆ、ゆ……ご……」
ひいっと引きつれた音が、綾音の喉の奥から漏れる。焦点の合わない瞳が、痙攣したように左右に揺れた。
「大丈夫だ。ここにいる」
優吾は綾音を抱きしめると、震える背中を力いっぱい何度も撫でた。
優吾の胸にしがみつき、綾音はぎゅっと目を閉じた。
背中を撫でるリズムに合わせ、綾音が深呼吸を繰り返す。しばらくすると、穏やかな息づかいが、優吾の胸元から流れてきた。
「綾音は」
ゆっくり背中を撫でながら、優吾が蛍太の方をちらりと見やる。
「ずっと自分を責めていたんだ。皇が死んだのは、自分のせいだって」
ぴくりと綾音の肩が跳ねる。
「な……んで……?」
尻餅をついたまま、蛍太が掠れた声で訊ねた。
「あの日、皇と綾音は喧嘩して」
言いにくそうに、優吾が口ごもる。
「言ったの」
優吾の胸に顔を埋め、息も絶え絶えに、綾音が言葉を引き継いだ。
「大っきらいって。もう、顔も見たくないって……」
綾音の声が、大きく揺れる。
「まさか本当に、会えなくなるなんて……」
悲鳴のような泣き声が、優吾の胸を震わせた。
「すいませんでした!」
正座をして両手を前につくと、蛍太は必死の形相で二人を見つめた。
「俺のせいです! 俺が早く、助けを呼んでいれば……!」
すいません、と繰り返しながら、蛍太が額を床に擦り付ける。
「そんなこと……」
ない、と綾音は言おうとするも、喉がつかえて声が出ない。
「さすがに責めらんねぇだろ。小四のガキを……。だけどなぁ……。頭ではわかってんだけどなぁ……」
ぎりりと優吾が、奥歯をきつく噛みしめた。
「あのあと俺、肺炎になって入院して……。見舞いに来たノンから聞きました。高速道路の近くで、死亡事故があったって。俺のせいだと思いました。俺が……殺したんだと……」
ううっと蛍太が嗚咽を漏らす。
庇うように、優吾が綾音の頭を包み込んだ。
「女子高生が、泣きながら手を合わせていたって聞きました。子どもながらに、あの人の彼女だって思いました」
ひときわ大きく、綾音がしゃくり上げる。
事故のあと、綾音は何度も現場に足を運び、花をたむけて手を合わせていた。決して届かない、懺悔の言葉を繰り返しながら……。
「あの時誓ったのに……。俺は一生、誰とも付き合わないって。そんな資格ないんだって。なのに……」
蛍太は頭を上げると、綾音を庇う優吾の背中を、涙で歪む目でしっかりと見据えた。
「俺、一生かけて償います。どんなことでもしますから。だから、お願いしま……。許し……」
最後の言葉は、涙に呑まれた。そのまま床の上に突っ伏すと、蛍太は大きな声で泣き叫んだ。
「……てくれ」
背を向けたまま、優吾が呟く。
「悪りぃけど、今日はもう、帰ってくんねぇか?」
優吾の頬を、涙が伝う。
「俺も綾音も、正直パニクってる。落ち着くまで、しばらく時間、くんねぇか?」
途切れ途切れに、優吾が言った。
泣きじゃくる蛍太の声が、次第にすすり泣きに変わっていく。
「わかりました」
掠れた声で答えると、蛍太はゆらりと立ち上がった。
そのまま深く頭を下げる。おぼつかない足取りでゆっくり後ずさると、蛍太は入り口ドアを開けた。
暖められた店内に、冷たい雪が舞い込んでくる。
踏みしめる雪の音が遠ざかり、やがて静かに、ドアが閉まった。
同時に優吾がカウンターから飛び出す。
「いやあぁぁっ!」
差し伸べられた蛍太の手を、綾音は勢いよく払い除けた。
「しっかりしろ!」
二人の間に割って入ると、優吾が綾音の両肩を正面から支えた。
「ゆ、ゆ……ご……」
ひいっと引きつれた音が、綾音の喉の奥から漏れる。焦点の合わない瞳が、痙攣したように左右に揺れた。
「大丈夫だ。ここにいる」
優吾は綾音を抱きしめると、震える背中を力いっぱい何度も撫でた。
優吾の胸にしがみつき、綾音はぎゅっと目を閉じた。
背中を撫でるリズムに合わせ、綾音が深呼吸を繰り返す。しばらくすると、穏やかな息づかいが、優吾の胸元から流れてきた。
「綾音は」
ゆっくり背中を撫でながら、優吾が蛍太の方をちらりと見やる。
「ずっと自分を責めていたんだ。皇が死んだのは、自分のせいだって」
ぴくりと綾音の肩が跳ねる。
「な……んで……?」
尻餅をついたまま、蛍太が掠れた声で訊ねた。
「あの日、皇と綾音は喧嘩して」
言いにくそうに、優吾が口ごもる。
「言ったの」
優吾の胸に顔を埋め、息も絶え絶えに、綾音が言葉を引き継いだ。
「大っきらいって。もう、顔も見たくないって……」
綾音の声が、大きく揺れる。
「まさか本当に、会えなくなるなんて……」
悲鳴のような泣き声が、優吾の胸を震わせた。
「すいませんでした!」
正座をして両手を前につくと、蛍太は必死の形相で二人を見つめた。
「俺のせいです! 俺が早く、助けを呼んでいれば……!」
すいません、と繰り返しながら、蛍太が額を床に擦り付ける。
「そんなこと……」
ない、と綾音は言おうとするも、喉がつかえて声が出ない。
「さすがに責めらんねぇだろ。小四のガキを……。だけどなぁ……。頭ではわかってんだけどなぁ……」
ぎりりと優吾が、奥歯をきつく噛みしめた。
「あのあと俺、肺炎になって入院して……。見舞いに来たノンから聞きました。高速道路の近くで、死亡事故があったって。俺のせいだと思いました。俺が……殺したんだと……」
ううっと蛍太が嗚咽を漏らす。
庇うように、優吾が綾音の頭を包み込んだ。
「女子高生が、泣きながら手を合わせていたって聞きました。子どもながらに、あの人の彼女だって思いました」
ひときわ大きく、綾音がしゃくり上げる。
事故のあと、綾音は何度も現場に足を運び、花をたむけて手を合わせていた。決して届かない、懺悔の言葉を繰り返しながら……。
「あの時誓ったのに……。俺は一生、誰とも付き合わないって。そんな資格ないんだって。なのに……」
蛍太は頭を上げると、綾音を庇う優吾の背中を、涙で歪む目でしっかりと見据えた。
「俺、一生かけて償います。どんなことでもしますから。だから、お願いしま……。許し……」
最後の言葉は、涙に呑まれた。そのまま床の上に突っ伏すと、蛍太は大きな声で泣き叫んだ。
「……てくれ」
背を向けたまま、優吾が呟く。
「悪りぃけど、今日はもう、帰ってくんねぇか?」
優吾の頬を、涙が伝う。
「俺も綾音も、正直パニクってる。落ち着くまで、しばらく時間、くんねぇか?」
途切れ途切れに、優吾が言った。
泣きじゃくる蛍太の声が、次第にすすり泣きに変わっていく。
「わかりました」
掠れた声で答えると、蛍太はゆらりと立ち上がった。
そのまま深く頭を下げる。おぼつかない足取りでゆっくり後ずさると、蛍太は入り口ドアを開けた。
暖められた店内に、冷たい雪が舞い込んでくる。
踏みしめる雪の音が遠ざかり、やがて静かに、ドアが閉まった。
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