61 / 86
略奪
籠の鳥
しおりを挟む
「お前はガキの頃からずっと、そうやって自分の気持ちに蓋をして生きてきたんだ。周りの顔色を伺って。わがままひとつ言わねぇで」
「だってそれは……」
綾音は思わず口ごもる。
優吾の言葉は的を得ていた。
両親を失った綾音にとって、頼れるのはこの家族だけだった。
ここを追い出されたら他に行くあてがない。
そんな恐怖心から、いつしか綾音は欲求を閉じ込めるようになった。
決して逆らわず、相手の想いを汲み取り行動する。
そうすることで絶対的な安心感が得られることを、綾音は知らず知らずのうちに学んでいたのだ。
綾音の戸惑う姿を見て、優吾は声のトーンを落とし諭すように語りかけた。
「なぁ綾音。『素直』と『従順』は違うだろ? 『素直』ってのはさ、もっとこう、わがまま言ったり自分の気持ちぶつけたり、時には思い通りにいかなくて泣き喚いたりするもんじゃねぇのか?」
違うか? と優吾が確認する。違わない、と綾音が声を出さずに答えた。
「あの嵐の夜から、南條くんは店に来なくなった。新しい車の納車に来たのだって、別の従業員だった。そんなん、あの日何かがあったって言ってるようなもんだろ?」
「あ……」
「それに、あれ以来、須藤は毎日のようにお前に会いに来る。どんなに遅くなっても顔だけは見に来る。急におかしいだろ?」
「付き合ってるんだから、毎日会いたくなるのは当然なんじゃ……」
「ほんとにそう思ってんのか?」
「それは……」
「お前だって気づいてんだろ? あれは愛じゃねぇ。束縛だ。須藤は、お前がどこにも行かねぇように監視してる」
「監視……」
「須藤は知っってんのか? お前が南條くんを好きなこと」
こくりと綾音は頷いた。
「やっぱり……」
優吾は深く、溜息をついた。
「須藤はきっと不安なんだ。お前が南條くんのところに行ってしまうんじゃねぇかって。だから必要以上に束縛する。もしこれで結婚なんてしてみろ。もっとひどくなるのは目に見えている」
「結婚って……」
「ない話じゃねぇだろ? いいのか? そうなったらお前、一生あいつの鳥籠の中だぞ」
綾音の全身をまるで電気が流れたような痺れが襲う。優吾の語る未来が容易に想像でき、綾音は軽いめまいを覚えた。
「今ならまだ間に合う。いや、むしろ今しかねぇ。一緒にタイなんか行ったら、ますます別れにくくなる。もし須藤に悪いって思ってんだったら……」
「そんなんじゃない!」
優吾の言葉を綾音がかき消す。
「どんなに想ったって、一方通行なんだからしょうがないじゃない!」
「一方通行?」
怪訝そうに、優吾が上目づかいで綾音を見つめる。
綾音の目から、涙がひと粒こぼれ落ちた。
「蛍太さんは、私のことなんて、なんとも思って、ない」
次々と溢れ出す涙が、綾音の頬を濡らしていく。
しゃくりあげながら、綾音はひと言ひと言吐き出した。
「どういうことだ?」
「彼、誰とも付き合うつもり、ないって」
「ああ?」
優吾の眉が、ぴくりと上がる。
「なんで?」
「わかんないよ、そんなこと」
「わかんないって……」
苛立ちのこもった声で、優吾が繰り返した。
「だってそれは……」
綾音は思わず口ごもる。
優吾の言葉は的を得ていた。
両親を失った綾音にとって、頼れるのはこの家族だけだった。
ここを追い出されたら他に行くあてがない。
そんな恐怖心から、いつしか綾音は欲求を閉じ込めるようになった。
決して逆らわず、相手の想いを汲み取り行動する。
そうすることで絶対的な安心感が得られることを、綾音は知らず知らずのうちに学んでいたのだ。
綾音の戸惑う姿を見て、優吾は声のトーンを落とし諭すように語りかけた。
「なぁ綾音。『素直』と『従順』は違うだろ? 『素直』ってのはさ、もっとこう、わがまま言ったり自分の気持ちぶつけたり、時には思い通りにいかなくて泣き喚いたりするもんじゃねぇのか?」
違うか? と優吾が確認する。違わない、と綾音が声を出さずに答えた。
「あの嵐の夜から、南條くんは店に来なくなった。新しい車の納車に来たのだって、別の従業員だった。そんなん、あの日何かがあったって言ってるようなもんだろ?」
「あ……」
「それに、あれ以来、須藤は毎日のようにお前に会いに来る。どんなに遅くなっても顔だけは見に来る。急におかしいだろ?」
「付き合ってるんだから、毎日会いたくなるのは当然なんじゃ……」
「ほんとにそう思ってんのか?」
「それは……」
「お前だって気づいてんだろ? あれは愛じゃねぇ。束縛だ。須藤は、お前がどこにも行かねぇように監視してる」
「監視……」
「須藤は知っってんのか? お前が南條くんを好きなこと」
こくりと綾音は頷いた。
「やっぱり……」
優吾は深く、溜息をついた。
「須藤はきっと不安なんだ。お前が南條くんのところに行ってしまうんじゃねぇかって。だから必要以上に束縛する。もしこれで結婚なんてしてみろ。もっとひどくなるのは目に見えている」
「結婚って……」
「ない話じゃねぇだろ? いいのか? そうなったらお前、一生あいつの鳥籠の中だぞ」
綾音の全身をまるで電気が流れたような痺れが襲う。優吾の語る未来が容易に想像でき、綾音は軽いめまいを覚えた。
「今ならまだ間に合う。いや、むしろ今しかねぇ。一緒にタイなんか行ったら、ますます別れにくくなる。もし須藤に悪いって思ってんだったら……」
「そんなんじゃない!」
優吾の言葉を綾音がかき消す。
「どんなに想ったって、一方通行なんだからしょうがないじゃない!」
「一方通行?」
怪訝そうに、優吾が上目づかいで綾音を見つめる。
綾音の目から、涙がひと粒こぼれ落ちた。
「蛍太さんは、私のことなんて、なんとも思って、ない」
次々と溢れ出す涙が、綾音の頬を濡らしていく。
しゃくりあげながら、綾音はひと言ひと言吐き出した。
「どういうことだ?」
「彼、誰とも付き合うつもり、ないって」
「ああ?」
優吾の眉が、ぴくりと上がる。
「なんで?」
「わかんないよ、そんなこと」
「わかんないって……」
苛立ちのこもった声で、優吾が繰り返した。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる