雪蛍

紫水晶羅

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略奪

籠の鳥

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「お前はガキの頃からずっと、そうやって自分の気持ちに蓋をして生きてきたんだ。周りの顔色を伺って。わがままひとつ言わねぇで」
「だってそれは……」
 綾音は思わず口ごもる。
 優吾の言葉は的を得ていた。

 両親を失った綾音にとって、頼れるのはこの家族だけだった。
 ここを追い出されたら他に行くあてがない。
 そんな恐怖心から、いつしか綾音は欲求を閉じ込めるようになった。
 決して逆らわず、相手の想いを汲み取り行動する。
 そうすることで絶対的な安心感が得られることを、綾音は知らず知らずのうちに学んでいたのだ。

 綾音の戸惑う姿を見て、優吾は声のトーンを落とし諭すように語りかけた。

「なぁ綾音。『素直』と『従順』は違うだろ? 『素直』ってのはさ、もっとこう、わがまま言ったり自分の気持ちぶつけたり、時には思い通りにいかなくて泣き喚いたりするもんじゃねぇのか?」
 違うか? と優吾が確認する。違わない、と綾音が声を出さずに答えた。

「あの嵐の夜から、南條くんは店に来なくなった。新しい車の納車に来たのだって、別の従業員だった。そんなん、あの日何かがあったって言ってるようなもんだろ?」
「あ……」
「それに、あれ以来、須藤は毎日のようにお前に会いに来る。どんなに遅くなっても顔だけは見に来る。急におかしいだろ?」
「付き合ってるんだから、毎日会いたくなるのは当然なんじゃ……」
「ほんとにそう思ってんのか?」
「それは……」
「お前だって気づいてんだろ? あれは愛じゃねぇ。束縛だ。須藤は、お前がどこにも行かねぇように監視してる」
「監視……」
「須藤は知っってんのか? お前が南條くんを好きなこと」
 こくりと綾音は頷いた。
「やっぱり……」
 優吾は深く、溜息をついた。

「須藤はきっと不安なんだ。お前が南條くんのところに行ってしまうんじゃねぇかって。だから必要以上に束縛する。もしこれで結婚なんてしてみろ。もっとひどくなるのは目に見えている」
「結婚って……」
「ない話じゃねぇだろ? いいのか? そうなったらお前、一生あいつの鳥籠の中だぞ」

 綾音の全身をまるで電気が流れたような痺れが襲う。優吾の語る未来が容易に想像でき、綾音は軽いめまいを覚えた。

「今ならまだ間に合う。いや、むしろ今しかねぇ。一緒にタイなんか行ったら、ますます別れにくくなる。もし須藤に悪いって思ってんだったら……」
「そんなんじゃない!」
 優吾の言葉を綾音がかき消す。
「どんなに想ったって、一方通行なんだからしょうがないじゃない!」
「一方通行?」
 怪訝そうに、優吾が上目づかいで綾音を見つめる。
 綾音の目から、涙がひと粒こぼれ落ちた。
「蛍太さんは、私のことなんて、なんとも思って、ない」
 次々と溢れ出す涙が、綾音の頬を濡らしていく。
 しゃくりあげながら、綾音はひと言ひと言吐き出した。

「どういうことだ?」
「彼、誰とも付き合うつもり、ないって」
「ああ?」
 優吾の眉が、ぴくりと上がる。
「なんで?」
「わかんないよ、そんなこと」
「わかんないって……」
 苛立ちのこもった声で、優吾が繰り返した。
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