雪蛍

紫水晶羅

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心を埋め尽くすのは

初デート

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「お前、よく食えるな」
 幸せそうにブルーベリーチーズケーキを頬張る綾音を見て、須藤は大きく溜息をついた。
「甘いものは別腹です」
「いや、だってさっき……」
 言いかけ、須藤は腹をさすりながら頭を抱えた。
「だいたい食べすぎなんですよ。いくら食べ放題だからって、考えなしに食べるからそうなるんです」
 全く、子どもじゃないんだから、と綾音は、すました顔で紅茶をすすった。

 約束の水曜日。
 二人の記念すべき初デートは、果物園だった。
 果物園といっても、ただ果物を栽培しているだけの農園ではなく、一年中果物狩りができるという、人気のお出かけスポットだ。
 そこは果物狩りの他、バーベキューやピザ作り体験ができたり、動物との触れ合いコーナーがあったりと、カップルはもちろん、家族連れでも十分楽しめる、体験型農園なのだ。
 敷地内には果物の販売所もあり、とれたて新鮮な果物をいつでも買うことができる。

 二人はそこで、ブルーベリー狩りを体験したのだった。
 制限時間は三十分。
 須藤は時間をめいっぱい使い、さまざまな品種のブルーベリーを心ゆくまで堪能した。

 どれほど食べたのかはわからないが、土産のブルーベリーをひとパック渡された時のうんざりとした須藤の顔が、尋常じゃないほどの量を食したことを物語っていた。

 おかげで夕食時になっても胃のあたりがすっきりせず、せっかく立ち寄ったイタリアンレストランで須藤は、スープとサラダしか食べられないという失態を晒すことになったのだ。

 対する綾音は、ナスとトマトのパスタセットを頼み、今は食後のデザートを楽しんでいる最中だ。
「なんでよりによって、ブルーベリーのケーキなんだ」
「時期ですからね」
 最後の一口をぱくりとたいらげると、綾音は「ごちそうさまでした」と行儀よく手を合わせた。

「この前も思ったんだけど、お前、綺麗に食べるよな」
「それって、食いしん坊ってことですか?」
 不満げに眉根を寄せ、綾音が口を尖らせる。
「いや、そういう意味じゃなくて」
 ぷっと吹き出すと、「食べ方が、ってことだ」須藤はふわりと目元を緩めた。
「そうですか? 別に普通ですけど?」
「いや。そういうのは、自然と育ちが出るもんだ。お前の食べ方は、見ていてすごく気持ちがいい。躾が行き届いている証拠だ。伯父さんと伯母さんに感謝するんだな」

 食べ方ひとつに、伯父と伯母の無償の愛が込められている。
 綾音はじっと皿を見つめたあと、「はい」と満面の笑みで須藤に応えた。
 うん、とひとつ頷くと、須藤は照れくさそうに下を向き、眼鏡のブリッジを中指の腹で押し上げた。

「さて。これからなんだけど」
「これから?」
「ああ。行ってみたいところがあるんだ」
 両手をテーブルの上で組むと、須藤は僅かに身体を乗り出した。

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