雪蛍

紫水晶羅

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混乱する気持ち

優吾は優吾のままで

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「俺らもう、あん時のガキじゃねぇんだ。須藤だって当然、そのつもりで誘ってる」
 ハイボール缶を取り出すと、優吾は勢いよく冷蔵庫の扉を閉めた。
「わかってるよ……」
 床に叩きつけられたクッションを引き戻し、綾音はそれを膝に乗せる。
「だから困ってんじゃん」
 テーブルに額をつけ、綾音は口の中で呟いた。

 ふうぅぅと長い吐息のあと、優吾が缶の蓋を開ける。
 ごくりと一口飲んでから、「あのさ」優吾は静かに切り出した。
「そもそも、なんでタイなん? ランタン祭りだったら、新潟でもやってんじゃん。津南つなんとか」
「そうじゃなくて、もともと今年、一人でタイに行くつもりだったんだって。コムローイ祭りに合わせて。でも私と再会して、気持ち確認して……。どうせなら二人で行きたいって、ダメ元で誘ったらしい」
「へぇ……」
 優吾が柿の種をぽりっとかじった。
「でもな……。いきなり言われてもな……」
「ん……」
 顔を伏せたまま、綾音が深い溜息をつく。優吾がハイボールを大きくあおった。

「ごめんね」
「なにが?」
「さっき、泣いちゃって」
「ああ……」
 久々ビビった、と優吾はおちゃらけたように笑った。
「先生のこととか、皇のこととか、いろいろぐちゃぐちゃになって、優吾の顔見たらなんか、安心した」
「安心?」
「うん。優吾がちゃんと、優吾だったから」
「なんだそれ?」
 わけわかんね、と優吾が鼻を鳴らした。

 んふふ、と含んだ笑い声を漏らすと、綾音は頭をテーブルに乗せたまま、顔を横に傾けた。
 その目がとろりと閉じていく。
「ねむ……」
 幸せそうに微笑みながら、綾音は膝の上のクッションを引き上げ、それを頬の下に敷いた。
「馬鹿! 寝るなよ、こんなとこで!」
「んー?」
「襲うぞ、こら!」
「うーん……」
「……っざけんなよ」
 イラつきながら、優吾は頭を掻きむしった。

「優吾……」
「ああ?」
「優吾はずっと、変わらないよね?」
「え……?」
「これからもずっと、優吾のまんま、側にいてね」
「綾音……」
 すうすうと、綾音が穏やかな呼吸を繰り返す。閉じたまぶたの端っこに、小さな光の粒が滲んだ。

「優吾が従兄いとこで良かった」
「なに言って……」
「ありがと……。ゆーご……」
「ばかやろ……」

 優吾はそっと手を伸ばすと、綾音の短い髪を指ですくった。
「嬉しくねぇんだよ……。ぜんぜん……」
 頭を包み込む優吾の手が、何度も髪をかき混ぜる。
 気持ちよさそうにふふっとひとつ笑ったあと、綾音は意識を手放した……。

***

「あれ?」
 綾音は目を覚ますと、あたりをキョロキョロ見回した。
「私の部屋……?」
 カーテンの隙間から、明るい光が差し込んでいる。
 ゆっくり身体を起こすと、綾音は重い頭を小刻みに振った。

 そういえば、優吾の部屋で酔い潰れて寝たんだっけ?
 優吾が運んでくれたのだろうか?
 首を傾げながら、綾音は何気なしにベッド脇にあるサイドボードへと視線を流した。

「なんだろ?」
 小さなメモ用紙のようなものが置いてある。
 寝ぼけ眼を擦りながら顔を近づけ見てみると、そこにはひと言『ダイエットしろ!』と書かれていた。

「なにこれ! ひどっ!」
 くしゃりとそれを握り潰すと、綾音は勢いよくゴミ箱へと投げつけた。
「ほんと、失礼なやつ!」
 ひとり頬を膨らませ、綾音は朝の支度に取り掛かった。

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