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蛍の光に包まれて
幸恵の策略
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日曜日から降り続いていた雨は、火曜日の昼には上がり、夕方には、夕陽を浴びて朱鷺色に輝く雲が、あちらこちらに浮かんでいた。
「あら蛍太くん。いらっしゃい」
すっかり『火曜日の顔』となった蛍太に、バックヤードから顔を出した優吾の母、幸恵が声をかける。
「お邪魔してます」
スパゲティを食べる手を休め、蛍太がにこやかに頭を下げた。
「伯母さん。どうしたの?」
伯母の手に握られている懐中電灯を見やり、綾音が訊ねる。
「ああ、これ。こないだの土曜日、優吾に借りたんだけど、どこに仕舞っていいかわからなくて」
「貸して。俺が仕舞っとく」
話を聞きつけ、優吾が厨房から顔を出した。
「何かあったの?」
不思議そうに訊く綾音に、「蛍だよ」優吾が答えた。
「そっか。もうそんな時期だもんね」
窓の外に目を向け、綾音が瞳を細める。
「蛍?」
きょとんとした顔で、蛍太が首を傾げた。
「この裏山にね、蛍が出る場所があるのよ」
「へぇ」
幸恵の話に、蛍太が興味深そうに身を乗り出した。
「毎年それを狙って泊まりに来る方がいらっしゃってね」
「あ、こないだの土曜日……」
コンサートから帰った夜、駐車場に停まっていた一台の車を思い出す。
綾音の言葉に、幸恵がそうそう、と頷いた。
「うちの懐中電灯、ちょうど電池が切れててね、優吾からここのを借りたのよ」
「そうだったんだ」
ありがと、と幸恵が優吾に懐中電灯を手渡す。おう、と優吾がそれを受け取った。
「蛍かぁ。見たことないなぁ」
蛍太が視線を宙に彷徨わせる。
「え? 名前に『蛍』入ってんのに?」
綾音が素っ頓狂な声を上げた。
「綾音さん……。名前に『蛍』の字が入ってるからって、誰もが蛍を見られるわけじゃありませんから」
「そ、そうだよね。ごめんなさい」
頭に手を当てると、綾音は恥ずかしそうに俯いた。
「もう。綾ちゃんったら」
ごめんなさいね。天然なのよ、この子、と幸恵が謝る。知ってます、と蛍太が愉しそうに笑った。
「早速バレてんな。お前の天然」
意地悪そうに顔を歪め、優吾が揶揄う。
「うるさい!」
その腕を、ぴしゃりと軽く綾音が叩いた。
「あ! そうだ!」
突然思い立ったように、幸恵がポンと両手を打ち鳴らす。
「せっかくだから、それ食べたら見てきなさいよ」
カウンター越しに、幸恵は蛍太の側に歩み寄った。
「ちょうどこんな雨上がりの日は、たくさん出るのよ。蛍」
「そうなんですか?」
蛍太は瞳を輝かせた。
「そうなの。ね、綾ちゃん、案内してあげて」
「わ、私?」
突然の指名に、綾音が目を白黒させる。
「そうよぉ。だって蛍太くん、場所知らないじゃない」
「そうだけど……」
「ね、見たいわよね?」
幸恵が蛍太に詰め寄る。その勢いに気圧され、蛍太は「はい」と即答した。
「よし、決まり!」
先ほど返したばかりの懐中電灯を優吾の手からもぎ取り、今度は綾音に手渡すと、「じゃ、これ。よろしくね!」幸恵はとびきりの笑顔を見せた。
「あら蛍太くん。いらっしゃい」
すっかり『火曜日の顔』となった蛍太に、バックヤードから顔を出した優吾の母、幸恵が声をかける。
「お邪魔してます」
スパゲティを食べる手を休め、蛍太がにこやかに頭を下げた。
「伯母さん。どうしたの?」
伯母の手に握られている懐中電灯を見やり、綾音が訊ねる。
「ああ、これ。こないだの土曜日、優吾に借りたんだけど、どこに仕舞っていいかわからなくて」
「貸して。俺が仕舞っとく」
話を聞きつけ、優吾が厨房から顔を出した。
「何かあったの?」
不思議そうに訊く綾音に、「蛍だよ」優吾が答えた。
「そっか。もうそんな時期だもんね」
窓の外に目を向け、綾音が瞳を細める。
「蛍?」
きょとんとした顔で、蛍太が首を傾げた。
「この裏山にね、蛍が出る場所があるのよ」
「へぇ」
幸恵の話に、蛍太が興味深そうに身を乗り出した。
「毎年それを狙って泊まりに来る方がいらっしゃってね」
「あ、こないだの土曜日……」
コンサートから帰った夜、駐車場に停まっていた一台の車を思い出す。
綾音の言葉に、幸恵がそうそう、と頷いた。
「うちの懐中電灯、ちょうど電池が切れててね、優吾からここのを借りたのよ」
「そうだったんだ」
ありがと、と幸恵が優吾に懐中電灯を手渡す。おう、と優吾がそれを受け取った。
「蛍かぁ。見たことないなぁ」
蛍太が視線を宙に彷徨わせる。
「え? 名前に『蛍』入ってんのに?」
綾音が素っ頓狂な声を上げた。
「綾音さん……。名前に『蛍』の字が入ってるからって、誰もが蛍を見られるわけじゃありませんから」
「そ、そうだよね。ごめんなさい」
頭に手を当てると、綾音は恥ずかしそうに俯いた。
「もう。綾ちゃんったら」
ごめんなさいね。天然なのよ、この子、と幸恵が謝る。知ってます、と蛍太が愉しそうに笑った。
「早速バレてんな。お前の天然」
意地悪そうに顔を歪め、優吾が揶揄う。
「うるさい!」
その腕を、ぴしゃりと軽く綾音が叩いた。
「あ! そうだ!」
突然思い立ったように、幸恵がポンと両手を打ち鳴らす。
「せっかくだから、それ食べたら見てきなさいよ」
カウンター越しに、幸恵は蛍太の側に歩み寄った。
「ちょうどこんな雨上がりの日は、たくさん出るのよ。蛍」
「そうなんですか?」
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「わ、私?」
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「そうよぉ。だって蛍太くん、場所知らないじゃない」
「そうだけど……」
「ね、見たいわよね?」
幸恵が蛍太に詰め寄る。その勢いに気圧され、蛍太は「はい」と即答した。
「よし、決まり!」
先ほど返したばかりの懐中電灯を優吾の手からもぎ取り、今度は綾音に手渡すと、「じゃ、これ。よろしくね!」幸恵はとびきりの笑顔を見せた。
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