雪蛍

紫水晶羅

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フルートアンサンブル

コンサートチケット

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「ああ。彼女、高校時代、吹奏楽部でフルート吹いてたんだけど、最近大人の音楽教室? みたいなのに通い始めて、どうやらそこの発表会が、今度の土曜日にあるらしいんだ」
「へぇ。すごいんですね」
「そこでだ」
 両腕をカウンターの上に置き、須藤はずいっと身を乗り出した。
「お前、一緒に行ってくれないか?」
「私がですか?」
「実は、二枚買わされて……」
 右手の指を二本立てると、須藤は困ったように顔を歪めた。

「それなら、奥様と行かれたらいいじゃないですか」
 在籍当時、須藤はまだ結婚して間もなかった。クラスメイトたちにせがまれ、生まれたばかりの子どもの写真を嬉しそうに見せびらかしていた須藤の顔が、綾音の脳裏に鮮やかに蘇った。
「それが……」
 言いにくそうに口ごもったあと、須藤は意を決したように綾音を見据えた。

「別れたんだ」
「はっ?」
「うへっ?」
 綾音と同時に、相沢が奇妙な声を上げる。蛍太のフォークを持つ手が、ぴたりと止まった。
「まあ、いろいろあってな……」
 力なく笑うと、須藤は言葉を濁した。
「そう……だったんですか」
 驚きを隠せないまま、綾音はじっと須藤を見つめる。
「人生いろいろさね」
 そんなこともあるさ、と相沢は、須藤の左腕をポンと叩いた。

「付き合ってやりゃあいいじゃん」
「えっ?」
 振り返った綾音の視線の先に、できたてのナポリタン片手に厨房から出てくる優吾の姿があった。

「店なら、親父に頼めばなんとかなるし」
 はいおまちどおさま、と優吾がカウンターにナポリタンを置く。サンキュー、と須藤が嬉しそうに目を細めた。
「でも……」
 綾音の瞳が、無意識に蛍太を捉える。瞬間、目が合い、どきりとする。
 慌てたように逸らされた蛍太の視線が、皿の上にわずかに残るナポリタンの上に落ちた。

「まあ、綾音がダメなら優吾でもいいんだけどな」
 いただきます、と小さく言うと、須藤はフォークを手に取った。
「勘弁してくださいよ。俺、おっさんと二人でクラシック聴きに行く趣味ないんで」
「お前はほんと、失礼なやつだな」
 スパゲティをフォークに巻きつけながら、須藤が優吾を横目で睨んだ。

「いいんじゃねぇの? 綾音ちゃんだって、たまには息抜きも必要だろ?」
 なぁ、と相沢が左隣に同意を求める。「そうですね」最後の一口を頬張ると、蛍太はからの皿を見つめたまま、薄く笑った。
 その横顔が、綾音の胸にかすかな傷をつける。
「……わかりました」
 溜息まじりに呟くと、綾音は目の前にあるチケットを受け取った。

「いいのか?」
 驚いたように、須藤が上目遣いで綾音を見つめる。
「はい。私で良ければ」
 視界の端に蛍太の気配を感じながら、綾音は須藤に向けて、笑顔を作った。

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