24 / 86
フルートアンサンブル
コンサートチケット
しおりを挟む
「ああ。彼女、高校時代、吹奏楽部でフルート吹いてたんだけど、最近大人の音楽教室? みたいなのに通い始めて、どうやらそこの発表会が、今度の土曜日にあるらしいんだ」
「へぇ。すごいんですね」
「そこでだ」
両腕をカウンターの上に置き、須藤はずいっと身を乗り出した。
「お前、一緒に行ってくれないか?」
「私がですか?」
「実は、二枚買わされて……」
右手の指を二本立てると、須藤は困ったように顔を歪めた。
「それなら、奥様と行かれたらいいじゃないですか」
在籍当時、須藤はまだ結婚して間もなかった。クラスメイトたちにせがまれ、生まれたばかりの子どもの写真を嬉しそうに見せびらかしていた須藤の顔が、綾音の脳裏に鮮やかに蘇った。
「それが……」
言いにくそうに口ごもったあと、須藤は意を決したように綾音を見据えた。
「別れたんだ」
「はっ?」
「うへっ?」
綾音と同時に、相沢が奇妙な声を上げる。蛍太のフォークを持つ手が、ぴたりと止まった。
「まあ、いろいろあってな……」
力なく笑うと、須藤は言葉を濁した。
「そう……だったんですか」
驚きを隠せないまま、綾音はじっと須藤を見つめる。
「人生いろいろさね」
そんなこともあるさ、と相沢は、須藤の左腕をポンと叩いた。
「付き合ってやりゃあいいじゃん」
「えっ?」
振り返った綾音の視線の先に、できたてのナポリタン片手に厨房から出てくる優吾の姿があった。
「店なら、親父に頼めばなんとかなるし」
はいおまちどおさま、と優吾がカウンターにナポリタンを置く。サンキュー、と須藤が嬉しそうに目を細めた。
「でも……」
綾音の瞳が、無意識に蛍太を捉える。瞬間、目が合い、どきりとする。
慌てたように逸らされた蛍太の視線が、皿の上にわずかに残るナポリタンの上に落ちた。
「まあ、綾音がダメなら優吾でもいいんだけどな」
いただきます、と小さく言うと、須藤はフォークを手に取った。
「勘弁してくださいよ。俺、おっさんと二人でクラシック聴きに行く趣味ないんで」
「お前はほんと、失礼なやつだな」
スパゲティをフォークに巻きつけながら、須藤が優吾を横目で睨んだ。
「いいんじゃねぇの? 綾音ちゃんだって、たまには息抜きも必要だろ?」
なぁ、と相沢が左隣に同意を求める。「そうですね」最後の一口を頬張ると、蛍太は空の皿を見つめたまま、薄く笑った。
その横顔が、綾音の胸に微かな傷をつける。
「……わかりました」
溜息まじりに呟くと、綾音は目の前にあるチケットを受け取った。
「いいのか?」
驚いたように、須藤が上目遣いで綾音を見つめる。
「はい。私で良ければ」
視界の端に蛍太の気配を感じながら、綾音は須藤に向けて、笑顔を作った。
「へぇ。すごいんですね」
「そこでだ」
両腕をカウンターの上に置き、須藤はずいっと身を乗り出した。
「お前、一緒に行ってくれないか?」
「私がですか?」
「実は、二枚買わされて……」
右手の指を二本立てると、須藤は困ったように顔を歪めた。
「それなら、奥様と行かれたらいいじゃないですか」
在籍当時、須藤はまだ結婚して間もなかった。クラスメイトたちにせがまれ、生まれたばかりの子どもの写真を嬉しそうに見せびらかしていた須藤の顔が、綾音の脳裏に鮮やかに蘇った。
「それが……」
言いにくそうに口ごもったあと、須藤は意を決したように綾音を見据えた。
「別れたんだ」
「はっ?」
「うへっ?」
綾音と同時に、相沢が奇妙な声を上げる。蛍太のフォークを持つ手が、ぴたりと止まった。
「まあ、いろいろあってな……」
力なく笑うと、須藤は言葉を濁した。
「そう……だったんですか」
驚きを隠せないまま、綾音はじっと須藤を見つめる。
「人生いろいろさね」
そんなこともあるさ、と相沢は、須藤の左腕をポンと叩いた。
「付き合ってやりゃあいいじゃん」
「えっ?」
振り返った綾音の視線の先に、できたてのナポリタン片手に厨房から出てくる優吾の姿があった。
「店なら、親父に頼めばなんとかなるし」
はいおまちどおさま、と優吾がカウンターにナポリタンを置く。サンキュー、と須藤が嬉しそうに目を細めた。
「でも……」
綾音の瞳が、無意識に蛍太を捉える。瞬間、目が合い、どきりとする。
慌てたように逸らされた蛍太の視線が、皿の上にわずかに残るナポリタンの上に落ちた。
「まあ、綾音がダメなら優吾でもいいんだけどな」
いただきます、と小さく言うと、須藤はフォークを手に取った。
「勘弁してくださいよ。俺、おっさんと二人でクラシック聴きに行く趣味ないんで」
「お前はほんと、失礼なやつだな」
スパゲティをフォークに巻きつけながら、須藤が優吾を横目で睨んだ。
「いいんじゃねぇの? 綾音ちゃんだって、たまには息抜きも必要だろ?」
なぁ、と相沢が左隣に同意を求める。「そうですね」最後の一口を頬張ると、蛍太は空の皿を見つめたまま、薄く笑った。
その横顔が、綾音の胸に微かな傷をつける。
「……わかりました」
溜息まじりに呟くと、綾音は目の前にあるチケットを受け取った。
「いいのか?」
驚いたように、須藤が上目遣いで綾音を見つめる。
「はい。私で良ければ」
視界の端に蛍太の気配を感じながら、綾音は須藤に向けて、笑顔を作った。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる