雪蛍

紫水晶羅

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出会い

閉じ込めた想い

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 食事を終え台所を出ると、正面に畳敷きの客室がある。開け放たれた部屋の中央に、布団が二組積まれていた。週末に入ったという予約客のものだろう。
 客室は隣り合わせで二部屋ある。両部屋ともに八畳の和室で、小さなちゃぶ台と小型テレビが備えてある。

 廊下を挟んで向かい側にある洋間は、ダイニング兼娯楽室だ。
 入ってすぐの正面に四人掛けのダイニングテーブル、向かって左側が娯楽スペースとなっている。
 娯楽スペースには絨毯が敷かれ、クッション、ソファー、ロッキングチェアが設えてある。
 宿泊客はここで、壁一面に備え付けられた書棚からお気に入りの一冊を選んだり、掃き出し窓から見える幸恵自慢の日本庭園を眺めたりして、思い思いの時間ときを楽しむことができる。

 居住している住居の一部を貸し出す『家主居住型』の民泊、『わたゆきの宿』では、一度に受け入れられる人数は二~三名が限度だ。しかも、住宅宿泊事業法(民泊新法)により、年間百八十日までしか営業できない。
 よって、この『わたゆきの宿』は、殆ど優作夫妻の道楽のようなものなのだ。

 しかし、楽しそうに受け入れ準備をする二人を見ていると、儲け以上の何かがそこにあるような気がして、綾音はしばしば尊敬の念を抱くのだった。
 天日干しされて膨らんだ布団を見てひとつ笑みをこぼすと、綾音は中央の階段に向かった。

 階段を上り切って右手側が優作夫妻、左手側が綾音の居室だ。
 手前の一室は以前優吾が使っていたが、高校進学とともに裏に増設された離れに移ったため、必然的にこの部屋も綾音のものになった。
 おかげで居間と寝室を分けることができ、重宝している。
 綾音は着替えを取りに行くため、奥にある寝室へと向かった。

 入室して一息つく。思いの外疲れている自分に気づき、綾音は倒れるようにベッドの上に腰を下ろした。
 ベッド脇のチェストに自然と視線が吸い寄せられる。
 導かれるように一番下の引き出しを開けると、綾音は、側面に沿って縦に差し込まれている写真立てをゆっくりと引き出した。

 無意識に手が震える。
 まだ伏せたままの写真立てを、綾音は大切そうに膝の上に乗せた。

 目をつむり、大きく深呼吸する。
 甘酸っぱいときめきと愛しさがこみ上げてくると同時に、それらを全て呑み込むかの如く、引き裂かれるような胸の痛みが襲いかかってくる。
 何度か深呼吸を繰り返したあと、意を決したように、綾音はゆっくり目蓋を持ち上げた。

 厳かな手つきで写真立てを表に返す。
 まだ幼さの残る、やんちゃっぽい少し垂れた丸い瞳が、綾音をへと引き戻した。

「皇……」

 楽しそうにはしゃぐ皇の高い笑い声が、耳の奥にこだました。

 皇は、優吾の親友だった。
 一年の時同じクラスだった二人は、あっという間に意気投合し、放課後は毎日のように、離れにある優吾の部屋に入り浸っていた。
 必然的に綾音とも親しくなり、気がつくと三人は、常に行動を共にするほどの仲になっていた。

 翌年のクラス替えで同じクラスになった三人は、あまりの嬉しさに優吾の部屋で一晩中騒ぎまくった。
 明け方、優作に大目玉を食らい、揃って平謝りしたことが、まるで昨日のことのように思い出せる。

 この写真は、その時に撮ったものだ。
 ジンジャーエールの入ったシャンパングラスを合わせ、顔を寄せ合い笑う皇と綾音。
 この翌日、綾音は皇に告白され、二人は付き合うことになった。

 アクリル板の上に指を這わせ、皇の輪郭をゆっくりなぞる。
 あの日以来、皇の影を宿すものは全て封印した。そうでもしなければ、自分を保っていられなかったからだ。
 それでも、今日のようにふとしたことで皇は姿を現し、いとも簡単に綾音の心を支配してしまう。

「ごめんね……」
 二度と時間ときを刻むことのない十七歳の皇が、変わらぬ笑顔で三十歳の綾音に笑いかける。
 皇を失ったあの日から、綾音の心も止まったままだ。

「会いたいよ……。皇……」

 希望に満ちた皇の笑顔を、綾音の涙が覆い尽くした。


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