上 下
62 / 90
禁断の告白

しおりを挟む

 年長児最後の大きなイベントとなる発表会は、感動のフィナーレで幕を閉じた。
 カーテンコールのもたつきは、役ごとに登場するタイミングを他クラスの職員から舞台袖で促してもらうことにより、見違える程動きが良くなった。
 これも、日頃の連係プレーの賜物たまものだ。美空は、園全体の協力体制の素晴らしさを改めて実感した。

「感動しました!」
「先生方、お疲れさまでした!」
 我が子の成長に涙する保護者の顔は、子ども以上に輝いていた。
 口々に感謝の意を述べる保護者に「ありがとうございました」美空は笑顔で頭を下げた。

 園行事の集大成ともいえる発表会を無事に終えた充足感の影で、美空は人知れず恐怖と戦っていた。
 例の電話は、あれ以来すっかり息をひそめているが、未だ予断は許せない。
 この中に、自分を陥れようとしている者がいる。
 一人ひとりに声を掛けながら、美空はこっそり相手の表情を伺った。


「結局手掛かり無しね」
 保育室で衣装の片付けをしている美空の元に、園長が腰をさすりながらやってきた。
 どっこいしょと子どもの椅子に腰かけると、「お疲れ様」園長は美空に労いの言葉を掛けた。
「私もそれとなく皆さんの様子を見てたんだけど……」
 園長は、発表会での保護者の様子を美空に話して聞かせた。
 どの保護者も我が子しか見ておらず、その目はどれも、成長を喜ぶ親のそれだったという。
「保護者じゃないのかしら」
「えっ?」
 衣装を畳む手を止め、美空は瞳を見開いた。
「誰か他に心当たりある? 例えば……。園外の交友関係とかで……」
「園外……ですか?」
 美空は自身の交友関係を思い浮かべた。

 学生時代の友人とは最近疎遠になっている。
 プライベートで親しくしているのは、恵令奈と哲太くらいのものだ。
 哲太とは、先日のつまらない言い合いから未だにぎくしゃくしてはいるが、恨みを買う程の喧嘩をしたわけではない。そもそも、電話の相手は女性だったというから、哲太であるはずがないのだが。

「ちょっと、思い当たらないですね」
「そう」
 二人顔を見合わせ、同時に溜息を吐いた。
「とりあえず、今のところは収まってるみたいだけど、これからも行動には十分気を付けてね」
「はい」
 ポンポンと美空の肩を力強く叩くと、「明日は日曜日。今夜はゆっくり休んで、明日は思う存分リフレッシュしなさい」ヒラヒラと手を振りながら、園長はドアの向こうへと消えて行った。



『美空さん』

 その夜、紫雲からLINEが入った。
 晴斗に接触を控えるよう言われてから、二人は一切の連絡を絶っている。
 実に一か月ぶりのLINEに、美空の胸は熱くなった。
 晴斗が帰宅するのを見計らっていたのだろう。美空の部屋を晴斗が出てから紫雲のLINEが来るまでの時間が、登坂家までの帰宅時間と一致している。
 土曜日はたいてい二人が一緒に過ごしていることを知っている紫雲は、晴斗が確実にいないところを狙って、美空にメッセージを送ってきたのだ。

『話がある』
 単発で送られたメッセージのアイコンは、オムライスからテニスボールに戻っていた。
『何?』
 そのアイコンに言い知れぬ寂しさを覚えながらも、美空は敢えてぶっきらぼうに返した。

『会って話したい』

 美空の心臓が、ドクンと大きく音を立てた。
 画面を見つめたまま、美空の動きが止まる。
 時間を示すデジタル表示が、一分の時の経過を知らせた。

『会えない』
 美空は、やっとの思いでそう返した。
 間髪入れずに『会いたい』と返ってきた。

「なんで……」
 胸に手を当て、美空はテーブルに突っ伏した。
 まるで自分の気持ちを写しているかのようなその一言に、美空は無性に泣きたくなる。
 暫くした後、再び美空のスマホが鳴った。

『LINEじゃ話せない』
 直接会わなければ話せない程、重要な話という事だ。
『何の話?』
 様々な憶測を抱えたまま、美空はゆっくり文字を打ち込んだ。
『例の電話のこと』

「えっ?」

 想定外の答えに、美空は思わず持っているスマホを落としそうになった。
『何かわかったの?』
 震える指で送った美空のメッセージに『会って話す』一辺倒な紫雲の返事が返ってきた。

『わかった』
 美空はついに、根負けした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが 別に気にも留めていなかった。 元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。 リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。 最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。 確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。 タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

可愛がってあげたい、強がりなきみを。 ~国民的イケメン俳優に出会った直後から全身全霊で溺愛されてます~

泉南佳那
恋愛
※『甘やかしてあげたい、傷ついたきみを』 のヒーロー、島内亮介の兄の話です! (亮介も登場します(*^^*)) ただ、内容は独立していますので この作品のみでもお楽しみいただけます。 ****** 橋本郁美 コンサルタント 29歳 ✖️ 榊原宗介 国民的イケメン俳優 29歳 芸能界に興味のなかった郁美の前に 突然現れた、ブレイク俳優の榊原宗介。 宗介は郁美に一目惚れをし、猛アタックを開始。 「絶対、からかわれている」 そう思っていたが郁美だったが、宗介の変わらない態度や飾らない人柄に惹かれていく。 でも、相手は人気絶頂の芸能人。 そう思って、二の足を踏む郁美だったけれど…… ****** 大人な、 でもピュアなふたりの恋の行方、 どうぞお楽しみください(*^o^*)

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

処理中です...