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禁断の告白

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 年長児最後の大きなイベントとなる発表会は、感動のフィナーレで幕を閉じた。
 カーテンコールのもたつきは、役ごとに登場するタイミングを他クラスの職員から舞台袖で促してもらうことにより、見違える程動きが良くなった。
 これも、日頃の連係プレーの賜物たまものだ。美空は、園全体の協力体制の素晴らしさを改めて実感した。

「感動しました!」
「先生方、お疲れさまでした!」
 我が子の成長に涙する保護者の顔は、子ども以上に輝いていた。
 口々に感謝の意を述べる保護者に「ありがとうございました」美空は笑顔で頭を下げた。

 園行事の集大成ともいえる発表会を無事に終えた充足感の影で、美空は人知れず恐怖と戦っていた。
 例の電話は、あれ以来すっかり息をひそめているが、未だ予断は許せない。
 この中に、自分を陥れようとしている者がいる。
 一人ひとりに声を掛けながら、美空はこっそり相手の表情を伺った。


「結局手掛かり無しね」
 保育室で衣装の片付けをしている美空の元に、園長が腰をさすりながらやってきた。
 どっこいしょと子どもの椅子に腰かけると、「お疲れ様」園長は美空に労いの言葉を掛けた。
「私もそれとなく皆さんの様子を見てたんだけど……」
 園長は、発表会での保護者の様子を美空に話して聞かせた。
 どの保護者も我が子しか見ておらず、その目はどれも、成長を喜ぶ親のそれだったという。
「保護者じゃないのかしら」
「えっ?」
 衣装を畳む手を止め、美空は瞳を見開いた。
「誰か他に心当たりある? 例えば……。園外の交友関係とかで……」
「園外……ですか?」
 美空は自身の交友関係を思い浮かべた。

 学生時代の友人とは最近疎遠になっている。
 プライベートで親しくしているのは、恵令奈と哲太くらいのものだ。
 哲太とは、先日のつまらない言い合いから未だにぎくしゃくしてはいるが、恨みを買う程の喧嘩をしたわけではない。そもそも、電話の相手は女性だったというから、哲太であるはずがないのだが。

「ちょっと、思い当たらないですね」
「そう」
 二人顔を見合わせ、同時に溜息を吐いた。
「とりあえず、今のところは収まってるみたいだけど、これからも行動には十分気を付けてね」
「はい」
 ポンポンと美空の肩を力強く叩くと、「明日は日曜日。今夜はゆっくり休んで、明日は思う存分リフレッシュしなさい」ヒラヒラと手を振りながら、園長はドアの向こうへと消えて行った。



『美空さん』

 その夜、紫雲からLINEが入った。
 晴斗に接触を控えるよう言われてから、二人は一切の連絡を絶っている。
 実に一か月ぶりのLINEに、美空の胸は熱くなった。
 晴斗が帰宅するのを見計らっていたのだろう。美空の部屋を晴斗が出てから紫雲のLINEが来るまでの時間が、登坂家までの帰宅時間と一致している。
 土曜日はたいてい二人が一緒に過ごしていることを知っている紫雲は、晴斗が確実にいないところを狙って、美空にメッセージを送ってきたのだ。

『話がある』
 単発で送られたメッセージのアイコンは、オムライスからテニスボールに戻っていた。
『何?』
 そのアイコンに言い知れぬ寂しさを覚えながらも、美空は敢えてぶっきらぼうに返した。

『会って話したい』

 美空の心臓が、ドクンと大きく音を立てた。
 画面を見つめたまま、美空の動きが止まる。
 時間を示すデジタル表示が、一分の時の経過を知らせた。

『会えない』
 美空は、やっとの思いでそう返した。
 間髪入れずに『会いたい』と返ってきた。

「なんで……」
 胸に手を当て、美空はテーブルに突っ伏した。
 まるで自分の気持ちを写しているかのようなその一言に、美空は無性に泣きたくなる。
 暫くした後、再び美空のスマホが鳴った。

『LINEじゃ話せない』
 直接会わなければ話せない程、重要な話という事だ。
『何の話?』
 様々な憶測を抱えたまま、美空はゆっくり文字を打ち込んだ。
『例の電話のこと』

「えっ?」

 想定外の答えに、美空は思わず持っているスマホを落としそうになった。
『何かわかったの?』
 震える指で送った美空のメッセージに『会って話す』一辺倒な紫雲の返事が返ってきた。

『わかった』
 美空はついに、根負けした。

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