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内緒の遊園地

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 余程疲れたのか、車に乗るとすぐに翔は寝息を立て始めた。
 その寝顔を優しく見つめ、「やべぇ。この可愛さハンパねぇ」紫雲が瞳をとろけさせた。
 その様子をバックミラー越しに見ながら、「今日はありがとね」美空はそっと声を掛けた。
「俺の方こそありがとう。めっちゃ楽しかった」
 同じくミラー越しに、紫雲が答えた。

 翔が寝入ったのを確認し、美空はカーオーディオを童謡からポップスに切り替えた。
 ボリュームを下げたオーディオから、澄んだ女性ボーカルの歌声が流れ出す。車内を穏やかな空気が包み込んだ。

 少しの沈黙の後、「美空さん」紫雲が神妙な面持ちで話を切り出した。
「ん?」
「今日のことなんだけど……」
「何?」
 ちらりと翔を見てから、紫雲はすぐに視線を戻した。
「父さんには内緒にしてもらえる?」
「え? 何で?」
 ミラー越しに視線を合わせると、紫雲は少し困ったように「だって……」と言葉を繋いだ。
「俺たちが一緒に動物園行ったなんて知ったら、あの人きっとイジける」
「ああ……。確かに」
 晴斗はあれでいて、かなりの寂しがりやだ。自分だけ除け者にされたと知ったら、残念がるのは目に見えている。
「だからさ、秘密にしない? 二人だけの。あ、三人か」
 翔を見やり、紫雲が笑った。

 二人だけの秘密という甘美な響きに、美空の中で嬉しさと罪悪感がせめぎ合う。感情を整理しきれず、美空は暫し口をつぐんだ。
 しかし、紫雲の言うことも一理ある。この事を知った時の晴斗の落胆する姿は想像に難くない。
 晴斗との間に余計な波風を立てたくない一心で、「そうだね。それがいいかもね」美空は紫雲の提案を呑んだ。
「じゃあ、内緒ということで」
 人差し指を口元に当てると、紫雲は悪戯っぽく笑った。


 自宅に戻るとすぐに、先程別れたばかりの紫雲からLINEが届いた。
『内緒だよ』というメッセージの後、アライグマの檻の前で撮った写真が送られてきた。
 想像以上に近い紫雲の顔に、美空の胸が再びうるさく騒ぎ出す。
 満面の笑みを浮かべる紫雲の隣に、美空のわざとらしい笑顔が並んでいる。二人の前に立つ翔だけが、何も知らず無邪気な笑顔を向けていた。
 続いて送られてきたのは、『またね♡みーたん♡』だった。
「もうっ!」
 スマホ画面を睨みながら、美空は頬を赤らめた。
 翔と一緒にその画像を見ていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。

「今日はありがとう。おかげで助かったよ」
 一旦自宅に寄ってから来たらしい美颯は、お礼の品のブドウを美空に渡すと、「翔ちゃん、ただいま」息子を抱き上げ頬ずりをした。
「父さんたち、早かったんだね」
 美空は袋の中を覗き込み、「ありがと」と礼を言った。
「うん。帰ったら皆の姿がなかったから、母さん、心配して私に電話寄こしてさ。で、事情を話したら、お姉ちゃんのとこにブドウ持ってけって」
「そうなんだ。よろしく伝えといて」
「わかった」
「バイバイ、翔」
 美空に頬を撫でられ、「バイバイ、みーたん」嬉しそうに翔が答えた。

「また改めてお礼するね」
「ふふっ。期待しないで待ってる」
「うん。そうしてもらえると助かる」
「調子に乗るな」
「あはは。感謝してます。お姉様」
「全く……」
 無邪気に笑う妹を、美空は溜息混じりに横目で睨んだ。

「それじゃあまたね」
 ドアに手を掛けると、「お猿さんいた?」美颯は翔に視線を向けた。
「うん。しーたんと、みた」
「しーたん?」
 美颯が不思議そうに首を傾げる。すかさず美空は「偶然会ったの。友だちに」と誤魔化した。
「そうなんだ。良かったね」

 晴斗との事はまだ、実家には報告していない。
 美颯の後ろ姿を見送りながら、近いうちに話さなければと、美空は思った。

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