上 下
13 / 90
ガキ扱いすんなよ

しおりを挟む

「それじゃあ紫雲君は、恵令奈先生と一緒にポップコーン屋さんをお願いね」
「よろしくね。紫雲君」
 心なしか熱のこもった恵令奈の眼差しに、「はい。よろしくお願いします」爽やかな笑顔で紫雲が応えた。

 あの打ち上げで免疫が付いたのか、紫雲は既に恵令奈のあしらい方を習得してしまったらしい。
 さすが若者。素晴らしい適応力だ。

 夏祭りを手伝いたいという紫雲の申し出は、二つ返事で受理され、紫雲は今日ここに、『お兄さん先生』として華々しいデビューを飾ることとなった。
 若い保育士たちが朝から浮足立っているのはそのせいだ。いつも以上にテンションの高い皆の様子に、美空は「はしゃぎすぎてハメ外さないようにね」と釘を刺した。

 美空は今回、全体の総括を担う。年長児が交替で店番をする為、子どもたちに交替時間を知らせたり、空いている店に客を促したりと、園内を隈なく見回るのだ。
 軽く打ち合わせをした後、各々店の最終チェックをする為、解散となった。

「美空先生、ちょっといいですか?」
 早速哲太に呼ばれた美空は、お化け屋敷へと向かった。
 哲太の担当はお化け屋敷だ。お化けに扮した哲太が、出口付近で待ち構え、ホッとしたところを脅かす作戦だ。
 毎年の事ながら、それが怖いと評判になっている。

「このオバケなんですけど……」
「ん? どれ?」
 哲太の指さすところに、大きなてるてる坊主がぶら下がっている。
 美空が夜な夜な作っていた、巨大なてるてる坊主オバケだ。
 目は白目を剥き、半開きの口からは赤い血が流れている。ぐったりと垂れた首が、恨めしそうな雰囲気を醸し出している。

「あれがどうかしたの?」
「なんだか、首吊りしてるみたいじゃありません?」
「ああ。確かに」
 昨日ぶら下げた時は気付かなかったが、改めて見てみると、あまり気持ちの良いものではない。
 通るときに頭をかすめるのが面白いと思って吊り下げたのだが、これを見て不快感を抱く人がいるかも知れない。

「下ろそっか」
 すぐに決断し、急遽二人で下ろすことになった。
 幸い首元でテーブを結んでいた為、哲太が椅子の上に乗れば楽々手が届く。
「じゃあ、下ろしますよ」
「オッケー」
 哲太がテープを解くと、間もなくてるてる坊主が下りてきた。

「あ、ちょっと!」

 それが思いのほか勢いよく下りてきたので、美空はバランスを崩し、てるてる坊主ごとひっくり返ってしまった。

「うわっ! 美空先生!」
「いったぁ……」

「ぷっ」
 てるてる坊主を抱き枕のように抱えたまま寝転んでいる美空の姿に、哲太が堪らず吹き出した。
「あははは。美空先生。てるてる坊主と添い寝って、ヤバいっス」
「ちょっと! 笑ってないで助けてよ!」
 もがけばもがくほど、床に敷き詰められたわらが滑ってなかなか起き上がれない。

「ほら。掴まって下さい」
 ようやく助ける気になったらしい哲太の右手に掴まり、美空はやっとの事で身体を起こした。

「大丈夫ですか?」
「何が大丈夫よ! 見捨てて笑ってたくせに!」
 頬を膨らませる美空に、「すいません。だって……」涙を拭き拭き、哲太が答えた。

「……何やってんの?」

 声のする方に目を向けると、入り口のところに紫雲が立っていた。

「え? あの、これは……」

 美空は今、床に座り込み、哲太の右手を握りしめている。
 てるてる坊主を小脇に抱えているのを除けば、その姿はまるで、眠り姫が王子のキスで目を覚ましたシーンそのものだ。

 慌てて哲太の手を振りほどくと、美空はすくっと勢いよく立ち上がった。

「てるてる坊主下ろしてたら、バランス崩しちゃって……。なかなか起き上がれなかったから、哲太先生に助けてもらってたんだ」
「ふぅん。仲いいんだ」
 独り言のように呟きながら、紫雲がゆっくり近付いて来る。

「そっちは? ポップコーン屋さんの準備できた?」
「うん。準備って言っても、電源入れてコーン入れるだけだから、今のところすることないし……」
 ふと、紫雲の視線が美空の髪に留まった。
「髪」
「へ?」
「なんか付いてる」
「え? どこ?」
 紫雲の手が伸びた時。

「これ、わらですね」
 一瞬早く、哲太の指が美空の頭から一本の藁を摘み取った。
 先ほど転んだ時に付いたのだろう。「ありがとう」と微笑む美空に、「いえいえ」満面の笑みで哲太が答えた。

「もう付いてない?」
「うーん。無さそうっすね」

 まるで猿の毛繕いのような行為を繰り広げている二人に「じゃ、俺行くわ」と声を掛けると、紫雲は恵令奈の待つポップコーン屋さんへと戻って行った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

凶器は透明な優しさ

恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。 初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている ・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。 姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり 2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・ そして心を殺された

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー

ささゆき細雪
恋愛
恋の痛みを和らげてくれるお薬をください。 辛くて苦しいと訴える心を慰めてくれるお薬を。 恋に怯える乙女と、約束を忘れた彼女を一途に愛する男。 彼女にはじめての恋を教えた男は、無垢な心に罅を入れた。 そして、彼女を救おうとする男は代償に痛みと、それを上回る快楽を教え込む――……?    * * * ハイスペック白衣たちがワケアリ少女を溺愛する変則的な恋の話(仮)。 エブリスタでも連載中。 精神的にタフなときしか執筆できない話なので一話一話のエピソードは短め&不定期更新ですが、よろしくお願いします。

斎藤先輩はSらしい

こみあ
青春
恋愛初心者マークの塔子(とうこ)が打算100%で始める、ぴゅあぴゅあ青春ラブコメディー。 友人二人には彼氏がいる。 季節は秋。 このまま行くと私はボッチだ。 そんな危機感に迫られて、打算100%で交際を申し込んだ『冴えない三年生』の斎藤先輩には、塔子の知らない「抜け駆け禁止」の協定があって…… 恋愛初心者マークの市川塔子(とうこ)と、図書室の常連『斎藤先輩』の、打算から始まるお付き合いは果たしてどんな恋に進展するのか? 注:舞台は近未来、広域ウィルス感染症が収束したあとのどこかの日本です。 83話で完結しました! 一話が短めなので軽く読めると思います〜 登場人物はこちらにまとめました: http://komiakomia.bloggeek.jp/archives/26325601.html

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...