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ガキ扱いすんなよ
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しおりを挟む「それじゃあ紫雲君は、恵令奈先生と一緒にポップコーン屋さんをお願いね」
「よろしくね。紫雲君」
心なしか熱のこもった恵令奈の眼差しに、「はい。よろしくお願いします」爽やかな笑顔で紫雲が応えた。
あの打ち上げで免疫が付いたのか、紫雲は既に恵令奈のあしらい方を習得してしまったらしい。
さすが若者。素晴らしい適応力だ。
夏祭りを手伝いたいという紫雲の申し出は、二つ返事で受理され、紫雲は今日ここに、『お兄さん先生』として華々しいデビューを飾ることとなった。
若い保育士たちが朝から浮足立っているのはそのせいだ。いつも以上にテンションの高い皆の様子に、美空は「はしゃぎすぎてハメ外さないようにね」と釘を刺した。
美空は今回、全体の総括を担う。年長児が交替で店番をする為、子どもたちに交替時間を知らせたり、空いている店に客を促したりと、園内を隈なく見回るのだ。
軽く打ち合わせをした後、各々店の最終チェックをする為、解散となった。
「美空先生、ちょっといいですか?」
早速哲太に呼ばれた美空は、お化け屋敷へと向かった。
哲太の担当はお化け屋敷だ。お化けに扮した哲太が、出口付近で待ち構え、ホッとしたところを脅かす作戦だ。
毎年の事ながら、それが怖いと評判になっている。
「このオバケなんですけど……」
「ん? どれ?」
哲太の指さすところに、大きなてるてる坊主がぶら下がっている。
美空が夜な夜な作っていた、巨大なてるてる坊主オバケだ。
目は白目を剥き、半開きの口からは赤い血が流れている。ぐったりと垂れた首が、恨めしそうな雰囲気を醸し出している。
「あれがどうかしたの?」
「なんだか、首吊りしてるみたいじゃありません?」
「ああ。確かに」
昨日ぶら下げた時は気付かなかったが、改めて見てみると、あまり気持ちの良いものではない。
通るときに頭をかすめるのが面白いと思って吊り下げたのだが、これを見て不快感を抱く人がいるかも知れない。
「下ろそっか」
すぐに決断し、急遽二人で下ろすことになった。
幸い首元でテーブを結んでいた為、哲太が椅子の上に乗れば楽々手が届く。
「じゃあ、下ろしますよ」
「オッケー」
哲太がテープを解くと、間もなくてるてる坊主が下りてきた。
「あ、ちょっと!」
それが思いのほか勢いよく下りてきたので、美空はバランスを崩し、てるてる坊主ごとひっくり返ってしまった。
「うわっ! 美空先生!」
「いったぁ……」
「ぷっ」
てるてる坊主を抱き枕のように抱えたまま寝転んでいる美空の姿に、哲太が堪らず吹き出した。
「あははは。美空先生。てるてる坊主と添い寝って、ヤバいっス」
「ちょっと! 笑ってないで助けてよ!」
もがけばもがくほど、床に敷き詰められた藁が滑ってなかなか起き上がれない。
「ほら。掴まって下さい」
ようやく助ける気になったらしい哲太の右手に掴まり、美空はやっとの事で身体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「何が大丈夫よ! 見捨てて笑ってたくせに!」
頬を膨らませる美空に、「すいません。だって……」涙を拭き拭き、哲太が答えた。
「……何やってんの?」
声のする方に目を向けると、入り口のところに紫雲が立っていた。
「え? あの、これは……」
美空は今、床に座り込み、哲太の右手を握りしめている。
てるてる坊主を小脇に抱えているのを除けば、その姿はまるで、眠り姫が王子のキスで目を覚ましたシーンそのものだ。
慌てて哲太の手を振りほどくと、美空はすくっと勢いよく立ち上がった。
「てるてる坊主下ろしてたら、バランス崩しちゃって……。なかなか起き上がれなかったから、哲太先生に助けてもらってたんだ」
「ふぅん。仲いいんだ」
独り言のように呟きながら、紫雲がゆっくり近付いて来る。
「そっちは? ポップコーン屋さんの準備できた?」
「うん。準備って言っても、電源入れてコーン入れるだけだから、今のところすることないし……」
ふと、紫雲の視線が美空の髪に留まった。
「髪」
「へ?」
「なんか付いてる」
「え? どこ?」
紫雲の手が伸びた時。
「これ、藁ですね」
一瞬早く、哲太の指が美空の頭から一本の藁を摘み取った。
先ほど転んだ時に付いたのだろう。「ありがとう」と微笑む美空に、「いえいえ」満面の笑みで哲太が答えた。
「もう付いてない?」
「うーん。無さそうっすね」
まるで猿の毛繕いのような行為を繰り広げている二人に「じゃ、俺行くわ」と声を掛けると、紫雲は恵令奈の待つポップコーン屋さんへと戻って行った。
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