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第八章 真実は何処に

オルコット家の名誉

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 行き交う人をテンポよく躱しながら、王都の大橋に並ぶ露店を巡って見たものの。
 アキの姿は、どこにも確認できなかった。

 ミリアは、人込みを避けるように橋の袂にある柱に寄り掛かると、汗ばむ額の汗を手の甲で拭いながらこう呟く。

「やっぱり、いないよね……アキさんの自宅、行ってみようかな」

 そう思った瞬間、アキの殺風景で物悲しい部屋が脳裏に広がり、ミリアは思わず頭を横に振る。

(あんな寒々しい部屋で、一人暮らさなきゃいけないなんて)

「寂しすぎるよね……」

 そんなことを考えながら、ミリアはアキの自宅へと向かうのであったが――。

「やっぱり、留守……だよね」

 ノックしても出てこない家の戸口を見つめ、ミリアは小さなため息をひとつ吐くのであった。



    ※     ※     ※



 少し時間をおいてから大橋の露店とアキの自宅を訪ねてみようと思い、ミリアはその間、雑貨屋で必要なものを買い足すことにした。

 市場の角にある、エイムズ雑貨屋のアンティークな白い扉を開き、ミリアは伺うように店内に入って行く。
 
「こんにちはー」

 その声に、店の店主のエイムズが嬉しそうにこう言った。

「おや、ミリアちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしていきな」
「はい、ありがとうございます」

 そう言うと、ミリアは先ず、紅茶のばら売りコーナーに向かう。

(お客さん用の紅茶とか、珈琲とか……あると良いよね)

 そう心の中で呟き、色々な種類のばら売りの紅茶のティーバッグに手を伸ばすミリア。

「あ、これすてき。うーん、これも捨てがたいよね……」

 そんなことを、一人呟きながら手に取ったり戻したりして選んでいると。

「ちょっと、いつまでそこに立っているの?」
「え?」

 大人にしては幼い声が聞こえてきて、ミリアは思わず辺りを見回した。

 すると、ミリアの足の横の所に、癖のない亜麻色の髪をツインテールにした幼女が、不機嫌そうな顔で立っているのが見えた。
 
 ミリアはハッと我に返ると、頭を下げてこう言った。

「ご、ごめんなさい!」

 そう言って、慌てて紅茶のスペースからけるミリアに。
 幼女は、大人びた口調でこう言った。

「このお店は、あなた中心に回っている訳では無いんだから。もっと、人に気を遣って欲しいわね」
「は、はい……」

(こんな小さな子に、当たり前のことを注意されちゃった……は、恥ずかしい)

 余りに的を射た忠告に、ミリアは顔を赤らめながら下を向く。

 と、その時――。

「キャロル」
「はっ、お兄ちゃま!」

 紅茶のティーバックを数個手に持った幼女――キャロルに、お兄ちゃまと呼ばれた少年は、キャロルを鋭い眼光で睨み付けると、淡々とした口調でこう言った。

「年上の人に対して、その口の利き方はなんだ」
「う、で……でも、この女の人が、紅茶売り場の前に我が物顔でずっと突っ立っているから……」

 キャロルは顔を真っ赤にしながらそう言うと、紅茶のティーバックを握り締め、眉を顰めてそう訴える。
 そんな、キャロルを小さなため息を吐いて見遣ると。
 お兄ちゃまと呼ばれた少年は、鳶色とびいろの瞳をスッと細めると、教え諭すようにこういった。

「そういう場合は、文句を言わずに待つんだ、キャロル。口から先に生まれて来たような、シールズ家の娘のようにはなりたくはないだろう?」

(シールズ家って言ったら、フェリクスさんの家だよね……ってことは……)

 ミリアがそう連想していると。

 キャロルが、顔を赤くしたまま、唇を前に突き出しこう言った。

「う……イヴォンヌのような、恥知らずな女にだけはなりたくないですわ」

(恥知らずな女って……)

 キャロルの、イヴォンヌに対するその答えに、ミリアは思わず心の中で吹き出してしまう。
 そんなキャロルの答えに、深く同意するように頷くと。
 少年は、キャロルに優し口調でこう言った。

「なら、その女性にちゃんと謝りなさい、キャロル」

 そう言って、キャロルの体をミリアの方に向かせる少年の顔を、じっと見つめると。
 キャロルは、眉を顰め、下唇を突き出しながらもこう言った。
 
「う、ご……ごめんなさい」

 そんな、大人びた少年を前に、何とも言えない肩身の狭さを感じつつ。
 ミリアは申し訳なさで体を小さくしながらこう言った。

「こ、こちらの方こそ、紅茶売り場の前を占領してしまっていてごめんなさい」

 そう言って、心の底から謝るミリアに。
 少年は、真面目な顔でミリアを見つめると、やはり淡々として口調でこう言った。

「僕の妹が、大変失礼をしました。もし良ければ、その手に持っていらっしゃる紅茶……お詫びの印に私にプレゼントさせて頂ければと思うのですが」

 そう言って、ミリアの手から紅茶をサッと取り去る少年に。
 ミリアは、思わず声を裏返して懸命にこう言った。

「い、いえ……滅相も無いです! 気にしないで下さい!」

 しかし、少年は頑固にも紅茶を手放すことはせずにこう言い張った。

「そうい訳にはいきません。これは、オルコット家の名誉に係わる問題。どうか、お詫びをさせて頂きたい」

 そう言って、一歩も引かない少年を絶望的に見遣るミリアに。
 見かねた店主――エイムズが仲介に入ってこう言った。

「セシルがここまで言うんだ。受けておやりよ、ミリアちゃん」

 そう言って、苦笑するエイムズの様子を見て、何となく状況を察したミリアは、肩を落とすと諦めた様にこう言った。

「エイムズさんがそこまで言われるのでしたら。分かりました、お受けします」

 そう言って、微妙な笑みを浮かべるミリアに。
 ホッとしたのだろうか、少年は強張った顔を綻ばせると、少年にしては大人びた笑みを浮かべてこう言った。

「ありがとうございます、お嬢さん。ところで、あなたのお名前は?」
「私は、ミリア。ミリア・ヘイワーズといいます。あなたのお名前は?」

 そう質問を返すミリアに。
 少年は、背筋を正し、胸に手を当て、深々とこうべを垂れるとこう言った。

「僕は、セシル・オルコット。この子はキャロル・オルコットといいます。今日は本当に、申し訳ありませんでした」
「セシルさんに、キャロルさん。私も悪かったと反省しています、ごめんなさい。
それで、もし良ければ、これからもずっと仲良くして貰って、色々教えてくれると嬉しいです」

 そう言って微笑むミリアに。
 少年は薄っすらと顔を赤らめると、真っ直ぐな瞳でこう言った。

「もちろんです。僕たちに出来ることがあれば、言って下さい」
「ま、まぁ……そこまで言うのなら、お友だちになってあげても構いませんわよ」

 そう言って、照れた様にそっぽを向くキャロルに。
 セシルは、すかさずダメ出しを入れてこう言った。

「キャロル、その上から目線の言い方は止めなさい」
「うっ……は、はい。お兄ちゃま」

 顔を真っ赤にして、眉を顰めながらそう言うキャロルを微笑ましく見つめながら。
 ミリアは思わずくすりと笑う。

 そんなミリアを前に、少し恥ずかしそうに眉を顰めたセシルは、それでも、最後まで子供らしからぬ口調でこう言った。

「それでは、僕らはこれで。紅茶は、エイムズさんから受け取って下さい。それでは。行くぞ、キャロル」
「はい、お兄ちゃま」

 こうして、オルコット家の子供らしからぬ二人の兄妹は、店を後にするのであった。
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