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第七章 忍び寄る影

不意打ち

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 燃えるような真っ赤な夕日が沈み、辺りに黒いヴェールがゆっくりと折り重なり始める頃。
 ミリアは、[狼と子羊亭]の、黒い鉄と木で出来た重い扉を両手で押すと、その隙間から店内にするりと入り込んだ。

 それから、ゆっくりと店内を見回していると。

「ミリア! こっち、こっち」

 店内の、一番カウンターに近い隅の方のテーブルから、エマが笑顔でミリアに手を振っていた。

「あ、エマさん!」

 そう言って、元気に駆け寄って来るミリアに。
 エマは、微笑まし気な顔でこう言った。

「お弁当の片づけとか、終わった?」
「ええと、まあ……それなりに」
「ふふ、私もよ。男って、こういう女の苦労を全く分かってないのよね」

 そう言って、ため息を吐くエマに。
 ミリアも苦笑しつつこう言った。

「そうですよね。苦労して手に入れた食材で美味しい料理を作っても、一瞬で食べちゃうし」
「ほんと、なんだかねー」

 そう言って肩を竦めるエマは、徐にメニュー表を開くとミリアにもメニュー表を渡してこう言った。

「実はね、グレックのこと話したら、師匠が、「俺の店からまた一人騎士が出たとは、こんなに誇らしいことは無い」って喜んじゃって、今日の食事代は全部タダでいいって」

 エマのその言葉に、ミリアは目を輝かせてこう言った。

「えっ、そうなんですか! すごい! グレックさんもアキさんも喜びそうですね!」

 そんな嬉しさ爆発のミリアの言葉に、エマは苦笑しながらこう言った。

「特に、アキがね。あっ、そうだ。ミリア、何か頼んだら?」

 そう言って、メニュー表の酒の欄を指さすエマに。
 ミリアは少し戸惑ったようにこう言った。

「えっ。でも、グレックさんとアキさんがまだ来てないですけど、いいんですか」
「大丈夫よ。私もワイン頼んじゃうし」

 そう言って、白ワインのボトルの項目を目で追うエマに。
 ミリアも心を決めてこう言った。

「じゃあ、私はロゼワインをデキャンタで」
「ふふ、いいんじゃない。それじゃ、海鮮サラダとチーズの盛り合わせも頼んじゃいましょ」

 そう言うと、エマは片手を挙げてウェイターを呼ぶ。

「それにしても、グレックさんもアキさん、遅いですね」

 ミリアが家に着いてからここまで来るのに一時間半。
 グレックの手首の怪我はそんなに酷い状態なのだろうか。

 ミリアは少し心配になってエマにそう尋ねる。
 と、そんなミリアの問いに、エマも神妙な顔をすると、首を傾げてこう言った。

「ええ、ここに来てからもう三十分以上経ってるのよね。何かトラブってなければいいんだけど」

 ウェイターに注文しながら、心配そうに答えるエマ。
 
 すると突然、酒場の重い扉が勢いよく開かれ、中に男が転がるように飛び込んで来た。

「なんだ?」
「おい、どうしたんだ?」
「いったい、何事だ?」

 そう言って。
 
 店内の客たちが、転がり込んできた男を怪訝そうな顔で凝視する。

 すると、転がり込んで生きた男は、直ぐに立ち上がると、店の扉を思いっきり強く閉め、顔から血を流しながら、青ざめた顔で叫んで言った。

「も、もも……猛獣が、大熊がっ、大熊がぁー! ひぃぃぃぃー!」

 そう言って床にうずくまり、体を小さくして頭を抱える男を前に。
 客たちは、顔を青白くしながら震える声で口々にこう言い合う。

「も、猛獣が、王都の中に……?」
「はは、嘘だろ……」
「ま、まじかよ」
「嫌だ……俺は、俺はまだ死にたくないっ!」
「剣も、斧も、銃も無い。ど、どうすれば……!」
「誰か、誰か――!」

 そう言って、半分、パニックを起こしかけている、客の男たちを前に。

「エマさん。も、猛獣って……」

 そう言って、顔を白くするミリアに。

「大丈夫。外にはたぶん、騎士たちがいるはずよ。だから、大丈夫……」

 エマは自分に言い聞かせるようにそう言うと、テーブルの上に置かれたミリアの手を、ギュっと握るのであった。
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