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第三章 王都ブラウダークにて

温かな心遣い

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 イヴォンヌが居なくなると。
 壮年の雑貨屋の主人は、申し訳なさそうに顎を扱くとこう言った。

「あの子はね、イヴォンヌって言って、今の剣士団団長の娘さんなんだよ。我々国民は、団長にはいつもお世話になっているから、あの子を無下に扱うことが出来なくてねぇ。いやはや、申し訳ない」

 そう言って苦笑する壮年の店主に。
 ミリアは、ムッとしながらも怒りを堪えてこう言った。

「そう、なんですね」

 そう言って、腑に落ちない顔をするミリアに。
 店主は思い付いたというように指を鳴らすと、ごそごそと何かを漁り出し、こう言った。

「そんなわけでね、お詫びといっちゃ何だか……えーと、どこだったかな……ああ、これだこれだ。これを持っていきなさい」
「あ、石鹸……良いんですか?」

 そう言って、一瞬躊躇うミリアにひらひらと片手を振って見せると。
 店の店主は、朗らかな表情かおでこう言った。

「ああ、袋が破けてしまって売り物ににならなくて、どうしようか困っていたものなんだ。大した数ではないが、良かったら持っていくといい」

 そう言うと、店主は石鹸を茶色の紙袋に入れ、徐にミリアに手渡した。
 ミリアはそれをおずおずと受け取ると、ゆっくりと紙袋を開いてみる。

 そこには、薄ピンク色の、とてもいい香りがする石鹸が二つ――。

「うわぁ、こんな高そうな石鹸を二つも……あ、ありがとうございます!」

 ミリアは嬉しさのあまり、そう言って顔を赤く染める。
 そんな、嬉しさ爆発のミリアを前に。

 店主は顔を綻ばせると、嬉しそうに目を細めてこう言った。

「なぁに。島出身者のよしみって奴だ。そんな訳で、今後もこの、[エイムズ雑貨店]をひいきにしておくれよ?」
「はい、もちろん! よろしくお願いします、エイムズさん」

 そう言うと、ミリアは店主から貰った大事な石鹸を、背中のリュックの中に大事そうにしまうのであった。



     ※     ※     ※



「あっと、ミリアちゃん。遅くなってごめんねー。買い物は終わったかな?」

 雑貨屋で用を済ませた後、市場でちょっとした食材を購入し終えていたミリアは、その声の主――アキに、嬉しそうな顔でこう言った。

「はい! 少し揉め事はありましたけど、ちょっといいこともあったりして……だから、全然大丈夫です!」
「揉め事? それは、ちょっと気になるんだけど……」

 探るようにミリアを見つめるアキに。
 ミリアは大袈裟に両手を振ると、ぶんぶんと顔を横に振ってこう言った。

「ほんとに、ほんとに大丈夫です! ほら、雑貨屋ではこんなに素敵な石鹸を……」

 そう言って、リュックから石鹸を取り出そうとするミリアを制止すると。
 アキは、疑いの眼差しをミリアに向けつつ、心配そうにこう言った。

「ほんとにー? まあ、それが後々尾を引かなければいいんだけど……って、あ……もうだいぶ時間が経っちゃったね。じゃあ、暗くなる前に行こうか」

 そう言って、歩き始めるアキの背中を追いながら。
 ミリアはリュックを背負い直すと、思い出したようにこう尋ねた。

「そう言えば、アキさんの言う、エマさんのいる心当たりの場所って何処なんですか?」

 その問いに。
 アキは、「当然でしょ」と云わんばかりに、はっきりきっぱりこう言った。

「酒場だよ」
「あ、そうか」

――『酒場で料理を勉強したい』。

 そう言っていたエマの言葉を思い出し、そのことをすっかり忘れていたミリアは、恥ずかしさの余り顔を赤らめ下を向く。
 アキはというと、「気にしなさんな」とでもいうように片目を瞑って見せると、悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。

「そんなわけで、それっぽい酒場を一緒に張り込みたいんだけど。ミリアちゃん、張り込みついでに夕食も……付き合って貰えるかな?」

 気が付けば、夕陽は赤く色づき、あたりは綺麗な夕焼け色に染まっているのであった。
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