バスキアのドローイング

トリヤマケイ

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あゆみとあゆむ9

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ψ13

「なによそれ、全然話の続きになんかなってないじゃないのさ」
と、サナエちゃんが呆れ顔で言う。

 言われたレイコは、鼻を鳴らした。

「ふん、これだから教養のない輩は困るってえのよ。誰が言った? ストーリーの続きを話すって。テーマが繋がってればいいのさ」

「ケッ、ものは言いようだわね。それに、あんたが妖精? 恥を知れ恥を」

「なんだって! かっぺ丸出し毛なしナマハゲくんのくせしてからに」

 その直後、サナエちゃんの小太りの身体が、ステージに転がるようにして現われると、あっという間に取っ組み合いの喧嘩がはじまった。

   むろん、身長差三十センチ以上もあるレイコに勝てるはずもないのだが、サナエちゃんは懐へ飛び込んであたり構わず噛み付くのだ。じきに息が上がってぜーぜーしはじめるくせに、いったん噛みつくとスッポンのように離れないのだった。

 レイコはたまらず声を上げる。

「痛てて。はなせ出歯亀野郎!」

 誰ひとりとして止めに入るものなどいない。いつものことだから。いわばシナリオ通りとも言えた。決してふたりは犬猿の仲というわけでないのである。屈折した一種の愛情表現ともいえる。いってみればじゃれあいなのだ。

   あゆみがはじめてこの場に遭遇したときには、むろんじゃれあいなどとはとても思えなかった。汚いことばでののしりあい、血が滲むまで引っかきあい、歯型がつくまで噛み合う。

   これがふたりのスキンシップなのだった。実際レイコが本気になったならば、百五十キロの剛速球を投げていたという左ストレート一発で、簡単にけりはついてしまうだろう。

 ステージ前中央にでんと据えられた大き目のラブソファに一升ビンを抱えたまま大の字になったポンさんは、もうずっと以前から高いびきで眠り続けている。

 やがてレイコに頭をがつんとどやされたサナエちゃんは、半べそをかきながら、涙ながらに己の惨めな生い立ちを独り語りしはじめる。

 それを潮にステージ上は暗転し、ミラーボールが妖しい光をばら撒きながら回転しだすと、いよいよ歌謡ショウの開幕である。しめくくりはやっぱりカラオケ大会というわけだ。

 頃合いを見計らったように、ポンさん十八番の兄弟仁義のイントロがスピーカーから流れはじめると、ぴたりといびきがやんだ。

   そして、ドラキュラの復活のごとくポンさんはむっくりと起き上がり、差し出されたマイクを引っ掴むと、やおら甲高い声で唄いだすのだった。




ψ14

  205号室の男は、投稿先の作者からのメッセージ欄用に、以下の文章を考えた。

 実は、これは以前に某所に投下したことのある作品なのですけれど、今回こちらにアップするために読み返してみたところ、致命的な瑕疵を発見し、その箇所を手直ししたつもりなのですが、内容的にはほとんど変わっていません。

 一応、作者のひとりよがりで、わけがわからないと思いますので、設定を少しお話させていただきます。

 あゆむは、いわゆる実在する人物という設定なのですが、そのあゆむの書いている小説まがいのものが、これにあたります。

 で、あゆみは、その小説内での想像上の人物であり、あゆむが考え出したキャラという設定です。

 さらに。

 アパートのくだりで、あゆみは隣の部屋に忍び込むわけですが、あゆみがあいつと呼んでいるその部屋の住人こそ、実はこの作品の作者という設定です。

 むろん、その作者は、浅井ではありません。

 あゆむは、なぜか? 隣の部屋である205号室の鍵を持たされていて、自分の部屋に入った後、再び出てきて205に入室し、その物音を聞いていたあゆみは、焦って自室へと逃げ帰るわけなのですが、つまり、あゆみはひとつ上のあゆむの階層を通り越して、さらにもうひとつ上の階層である作者自身の書いているものを読んでしまうわけです。

 課題としましては、そのような屁理屈ではなく、実際に破壊されたテクストも併せて載せるという手もあるとは思うのですが、さらにわけがわからなくなってしまうのは必至なので、力及ばず、といったところです。

 もし、それをやるとしたなら、あゆみは、自分の書いたものが、現実になってこないので、まだ他にも作者がいることに気づいて……。そんな感じでしょうか? 

 あるいは、これはあゆむの書いた小説などではなく、実はあゆみの書いた小説であって、あゆむこそが、あゆみの考えた想像上の人物であるのかもしれません。そこらへんのところは、作者としましても杳としてわからないのです。

 というわけで。

 いちばん致命的な瑕疵というのは、浅井の脳という噂もありますが、そこらへんは、突っ込まないでいただきたいと願うばかりです。どうしようもありませんので。

 ご意見、ご指摘、あるいは、印象だけでも残していただけたなら幸甚です。
 よろしくお願いいたします。




ψ15

 実のところ、あゆむは彼女が言ったことを鵜呑みにしたわけではなかった。いや、むしろ端から信用してなどいなかった。

   調子を合わせ、相手がどう出るか試したまでのことだった。尾行されているとは、またつまらない嘘をついたものだ。まるっきり口から出まかせではないか。

   いったい彼女は何物なんだろう。どんな目的があってぼくに接近してきたんだろう、とあゆむは思った。

 あの日。勝鬨橋を渡り切ってなだらかなスロープが終わるあたりで、あゆむは空車を拾った。彼女の言った通りに月島に行くつもりなど毛頭なかった。

   晴海埠頭と行き先を告げたものの、埠頭へ行くつもりもまたなかった。ただ、行き先を告げなければはらないので、そういってみたまでのことだった。暫く走って晴海通りを右に折れたところで、あゆむは進路変更を告げた。

 タクシーはがらんとした大通りを、大きくUターンして今来たばかりの道を逆に走りはじめる。じきに勝鬨橋に差し掛かり、やがて彼女の歩く姿が遠目にも見えてきた。

   タクシーは一気に彼女を追い越してゆく。あゆむは後ろを振り返り、遠ざかる彼女の姿をしっかりと心に刻みつけた。

 そして、アパートに戻るとすぐにラップトップに向い、一気に今日の分を書きあげた。

 もう出勤の時間なので斜め読みしかできなかったけれど、今までに書いた文章をすべてプリントアウトして読み返してみた。ところどころ憶えのない文章が差し挟まれているような気もしたが、きっと気のせいだろう。そういうことにした。

 ドレッサーに向い、後ろに束ねた髪をときほぐし手際よくブラッシングする。いつみても美しい栗色の髪。我ながらうっとりとしてしまう。ゆっくりとぼくが、私へと移り変わってゆく甘美なひととき。

 あゆむは、ドレッサーのミラーのなかの赤毛の女に微笑みかける。

「こんにちは。あなたはどなた?」
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