パスティーシュ

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
23 / 81
リアルからの離脱

トラウマによる解離?

しおりを挟む
    解離は、幼児期に受けた何らかの虐待などの強い心的外傷から身を守ろうとする、その一手段として起こるのが一般的なようだ。そして、その多くは性的虐待であるという。

 だが、タロウにはそんな記憶は一切ない。しかし、記憶にないからといって、虐待もなかったとは必ずしも言い切れないのではないか。人は、嫌な思い出は、記憶から消し去ってしまうこともできるからだ。

 だから、記憶の欠落というか、高度の記憶の喪失がある場合が多いということだが、白昼夢に耽ってふと忘我となるのも、軽い解離の一例であるらしく、どんな人でも、白昼夢のひとつくらい経験のない者はいないはずなので、別人格の存在に気づくことは、なかなか難しいのではないだろうか。

 いや、むしろ世の中の人すべてが、気づいていないだけであって多少の程度の差こそあれ、みな多重の人格を持ち合わせているのではないか、などとタロウは、思うのだった。

 記憶の切れ端どころか膨大な喪失がみられたとしても、ノンリニアでうまく繋がれてあれば、誰もそうとは気づくはずもないと思うからだ。つまり、編集箇所を自由に選択でき、映像や音、あるいは、それらにともなるクオリアなどなど、すべての記憶データの追加・削除・修正・並べ替えを担う者が存在すれば、容易に騙されてしまうだろうからだ。

 そして、そのノンリニア編集がうまくいかなかったとき、症状として障害が現前してくるのではないか。

 スーパーコンピュータ何台分もの処理能力を有するであろうヒトの脳というものは、複数のCPU、たとえば一万個ならば一万個のCPUが並列処理を行うようなものではないだろうか。そのCPUひとつが、ひとりの脳と考えると別人格が一万人存在することになる。

 そしてそれは、変な話、並列に並んでいるのではなく、入れ子構造となっているのではないか。たとえばそれは、合わせ鏡のように、あるいは、ビデオカメラで、そのカメラが撮影した映像を同時に出力するモニターを覗き込んでしまったときのように、延々と奥へ奥へとループする感覚だ。

 だからタロウの思う多重人格の構造とでもいうべきものは、並列でもなければ単なる直列でもなく、奥へ奥へとループする入れ子構造なのだ。

 では、なぜまたナルミなる人物? がコンタクトしてきたのかという点がまだわからないのだが、自分が無意識のうちに強くそう望んだのではないだろうかとタロウは思った。

 そして、その願望がそういうシナリオをタロウ自身に書かせたのではないかと思うのだ。自分に都合のいい結果がえられるようなシナリオ。バイセクシャルなナルミなる人物をでっちあげ、バイセクシャルな自分の性癖をそいつにまとわせて、それがあたかも自分はノーマルである証左にほかならないと暗に匂わせたのだ。

 確かに、そこまでは狙い通りに事は進み、タロウの所期の目的は達せられたかに見えた。が、しかし。そうは問屋が卸さなかったということなのか。

 ナルミなる想像上の人物が、ほんとうに実在しているのだった。

 これは、タロウのまったくの想定外の出来事ではあったけれども、またぞろタロウの本人乙であるところの自作自演のくさい小芝居によって、つまり、あたかもほんとうにそのような交代人格がもうひとりいてほしいとのシナリオを、大根役者がまがりなりにも願い演じたので、イワシの頭も信心からというわけで、ほんとうにナルミが生まれてしまったのかもしれない。

 しかし、それは紛れもない事実だった。

 ある日、タロウは、自分が書いた記憶のまったくない文章や日記、あるいは、小説まがいのものまで、ラップトップのマイドキュメントに残されていることを発見した。

 これは、決定的だった。
 書いた記憶など一切ない文章というものが、どんなものであったかといえば、アラン・ロブ=グリエやら金井美恵子、深沢七郎、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、トマス・ピンチョン、カルペンティエール、エイモス・チュツオーラ、マイケル・オンダーチェ、ヴァージニア・ウルフ、ホセ・ドノソ、レイナルド・アレナス、ジェイムズ・ジョイス、ジュリアン・バーンズ、ロバート・クーヴァー、クロード・シモンといった作家の書いた文章を引用して……それらには逐一引用先の本のタイトルと作家名が記載されてあった……そこから自分の文章に転化させてしまうパスティーシュ的な創作文やら、覚書きのような数々のフラグメント、あるいは、まったく意味不明のバロウズをパクっただけのようなカットアップ的ジャンク文章、それに日記、スケジュール、わけのわからない詩、俳句、短歌、食べたものの単なる記録、チラシの裏的なただの落書き? ウソのニュース記事、アフィリエイト用の宣伝記事、手紙、レシートだけを貼り付けてあるノート……などなど、とにかくありとあらゆるテクストが混在し、羅列されていた。
 そして、創作のメモ書きとしてナルミの生の声も、書かれてあった。
 それは、こんな具合に……。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...