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スキンヘッドの先に見えた未来

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第1章:ソフトボールとの出会い

春の暖かな日差しが校庭を照らし、ちひろは高校の新しい生活にまだ馴染めずにいた。中学時代と同じように、彼女は特に目立つ存在ではなかった。友達は少なく、放課後も何かに打ち込むわけではなく、家に帰ってはテレビや本に没頭するだけの単調な日々だった。

「また、何も変わらない毎日が始まるのかな…」

そんな不安を抱えながら、ちひろは新しいクラスに顔を出していた。そこで、担任の先生である長谷川先生が声をかけてきた。

「ちひろさん、少し時間いいかな?」

長谷川先生は、40代半ばの穏やかな顔立ちをした男性で、生徒からの信頼も厚かった。ソフトボール部の顧問をしている彼は、常に落ち着いた口調で生徒たちと接していたが、このときのちひろにかけた言葉は、いつもと少し違う響きを持っていた。

「ちひろさん、部活はもう決めたかい?」

ちひろは小さく首を振り、視線を床に落とした。

「まだ、決めてません…あんまり興味がなくて…」

長谷川先生は微笑みながら、一枚の部活案内を彼女に差し出した。それはソフトボール部の新入生募集のチラシだった。

「君、運動神経悪くないだろう?どうだ、ソフトボール部に入ってみないか?」

ちひろは驚いた表情で先生を見上げた。スポーツとは無縁の自分が、ソフトボールに誘われるとは思ってもみなかった。

「私が…ソフトボール?でも、やったことないですし…」

「やったことがないからこそ、挑戦してみる価値があるんだよ。新しいことに挑戦することで、今まで知らなかった自分を見つけられるかもしれない。君にぴったりの場所かもしれないよ」

その言葉に、ちひろの胸の中で何かが動いた。自分に合う場所なんて、今まで一度も感じたことがなかったからだ。でも、もしかしたら――。

「…やってみようかな」

ちひろは自分でも驚くほど自然に、そう答えていた。

数日後、ちひろはソフトボール部の練習に初めて顔を出した。グラウンドにはすでに先輩たちが準備運動をしていて、その活気に圧倒された。

「大丈夫かな、私…」

不安を抱えつつも、ちひろは部活の雰囲気に少しずつ馴染んでいった。練習では基本的なキャッチボールやバッティングを体験し、最初はぎこちなかったが、次第にボールを捕る感覚が掴めてきた。

「そうだ、それでいいんだ。しっかり手でボールを受け止めるんだ」

長谷川先生の指導も的確で、ちひろは少しずつ自信を持てるようになった。

ある日、練習後にみんなでベンチに座って休んでいたとき、先輩の一人がちひろに話しかけてきた。

「ちひろちゃん、初めてにしてはなかなかいい感じじゃない?」

その先輩は、チームで一番のエースと噂される先輩で、颯爽としたショートヘアが印象的だった。彼女の自信に満ちた笑顔が、ちひろの不安を和らげてくれた。

「ありがとうございます。でも、まだ全然下手です…」

「そんなことないよ。最初はみんなそうだったし、これからもっと上手くなるよ!ショートヘアもいい感じだし、スポーツマンっぽくなってきたじゃん」

「えっ、そうですか?髪型まで褒められるとは思ってなかったです…」

ちひろは自然に笑顔になっていた。これまでの彼女にとって、誰かとこんな風に自然に話をすることは、滅多になかったことだ。

それから、ちひろは本格的にソフトボール部に入部することを決意した。毎日の練習に参加し、少しずつ技術を磨いていく中で、彼女の中で何かが変わり始めていた。

「こんなに頑張ったこと、今までなかったな…」

疲れた体を感じながらも、ちひろは充実感で満たされていた。仲間たちとの絆も深まり、彼女は初めて「自分の居場所」を見つけた気がしていた。

高校の校庭は、夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。練習が終わり、ちひろは息を整えながらふと空を見上げた。空は広く、彼女の心も同じように広がっていくような気がした。

「これからも、もっと頑張ってみよう…」

新しい一歩を踏み出したちひろは、次第に高校生活の楽しさを知るようになり、そしてそのきっかけをくれた長谷川先生への感謝の気持ちを胸に抱きながら、日々の練習に励むのだった。

第2章:髪とともに変わる自分

ソフトボール部での3年間を過ごしたちひろは、いつも髪を短くしていた。入部したその日から決めたショートヘアは、彼女のスポーツマンとしての姿を象徴するものとなり、高校生活の間、一度もその長さを変えたことはなかった。

「やっぱり、この髪型が一番しっくりくる」

彼女は時折、自分の髪を撫でながらそんな風に感じていた。ソフトボールで走り回るのに、長い髪は邪魔になる。汗で髪が顔に張り付くこともないし、風に吹かれても視界を遮ることがない。短くて機能的なショートヘアは、ちひろにとってまさに「戦闘スタイル」だった。

しかし、高校を卒業すると、状況は一変した。

「進路はどうする?」と周囲がざわめく中、ちひろは早くから柔道整復師の資格を取ることを決めていた。ソフトボールは好きだったが、プロを目指すわけではなかったし、自分にできることで人の役に立つ仕事を選びたいと、専門学校への進学を選んだ。

専門学校に入学したちひろは、まずその環境に驚いた。高校とは違い、クラスメイトの多くは既に目標を持ち、それに向かって真剣に取り組んでいた。授業はどれも実践的で、解剖学や筋肉の動きについての知識が次々と彼女に吸収されていった。

「思っていた以上に難しいけど、やりがいがあるな…」

そんな日々の中、ちひろの生活にもう一つの変化が訪れた。それは、成人式に向けて髪を伸ばし始めたことだった。高校時代のちひろは、ソフトボールに没頭するあまり、外見をあまり気にしていなかった。だが、専門学校に通うようになり、周りの同級生たちの姿を見て、少しずつ自分の外見にも気を配るようになった。

「私も、少し大人っぽく見られるようにしようかな…」

そう思ったちひろは、毎日のように髪を手入れし始めた。ショートヘアから徐々に伸ばされる髪は、やがて肩に触れるようになり、ちひろはその変化を楽しむようになった。朝、鏡に向かってブラシを通すたび、少しずつ大人びていく自分の姿に気づいた。

「髪が長くなると、やっぱり雰囲気も変わるんだな…」

そんな風に感じながら、ちひろは伸びていく髪に新たな自分を見出していた。

ある日、クラスメイトのさやかがちひろの髪を見て声をかけた。

「ちひろ、最近髪伸ばしてるんだね。すごく似合ってるよ、サラサラで羨ましい!」

さやかの言葉にちひろは少し照れくさそうに笑った。

「ありがとう。でも、まだ慣れてないんだよね。髪が長いと、手入れも大変だし…」

「でも、やっぱり成人式にはロングヘアがいいよね!振袖に合うし、写真映えもするし」

「そうだね。成人式までにはもっと伸ばして、きれいにしようと思ってる」

ちひろは、自分でも驚くほど積極的に会話を楽しんでいた。以前の自分なら、こんな風に外見について他人と話すことすらできなかっただろう。それが、今では自然にできるようになっていた。

日々、髪が伸びていく中で、ちひろは少しずつ生活習慣も変えていった。朝は早めに起きて髪をセットし、夜には丁寧に洗い流してトリートメントをする。ソフトボール部時代の泥だらけになっていた自分とは、まるで別人のように感じられた。

「これが、成長ってやつなのかな」

ある朝、髪を結んでお団子にしながら、ちひろはふとそんなことを考えた。専門学校の授業は実技が多く、髪を下ろしていると邪魔になるため、最近はいつもお団子ヘアが定番になっていた。長い髪をまとめる感覚は、ショートヘアのときにはなかった新しい感触で、ちひろにとっては新鮮だった。

季節は冬に移り変わり、成人式の日が近づいてきた。友達と成人式の話題で盛り上がるたび、ちひろの胸は少しずつ高鳴っていった。振袖を着て、髪を美しくセットして、みんなと写真を撮る。そんなことを想像するたび、自分が本当に大人の一歩を踏み出そうとしているのだと実感する。

「成人式まで、あと少し…」

ちひろは、日に日に長くなる髪を撫でながら、これからの自分に期待を抱いていた。

第3章:運命の連絡

ちひろの生活は、専門学校での授業に加え、就職活動が本格化し、さらに忙しくなっていた。毎日が慌ただしく過ぎ、休日もほとんどリラックスする時間が取れない日々だった。柔道整復師の資格取得に向けて集中するあまり、かつて毎日欠かさず行っていた髪のお手入れにも手が回らなくなっていた。

「こんなに忙しいと、髪のことなんて気にしてられない…」

ちひろは、鏡の前で少し傷んだ髪を触りながらため息をついた。かつてはサラサラだったストレートヘアも、今では少しまとまりを欠いていた。思わず、自分の髪を手にとって見つめた。

「もっと大切にしなきゃいけないのに…」

そんな彼女のもとに、思いもよらぬ連絡が舞い込んできた。ある日、授業が終わり、スマートフォンをチェックしていると、懐かしい名前からメッセージが届いていた。

「長谷川先生から?どうして?」

ちひろは思わず驚いた表情を浮かべた。高校時代の担任であり、ソフトボール部の顧問だった長谷川先生からの連絡は久しぶりだった。胸の中に懐かしい感情が広がり、彼女はメッセージを開いた。

「ちひろ、元気にしてるか?お久しぶり。突然だけど、うちの奥さんがカットモデルを探していてね。君の長い髪ならぜひモデルをお願いしたくてさ。しかも、謝礼金が出るんだよ、どうだい?」

そのメッセージに、ちひろは思わず目を見開いた。モデルの話は驚きだったが、何よりも謝礼金の額が破格だった。

「15万円…?モデルになるだけでそんなに…」

ちひろは一瞬、夢でも見ているのかと思った。だが、再びメッセージを読み返し、これが現実であることを確認すると、次第に気持ちが揺れ始めた。

「モデル…か。やったことはないけど、髪を切るだけなら…」

ちひろは、髪を伸ばし始めてから、その長さに愛着を持つようになっていたが、それでも15万円という額に心が動いた。日々の忙しさで髪の手入れができていないこともあり、切ること自体に大きな抵抗はなかった。

その日の夜、ちひろはベッドの中でスマートフォンを握りしめ、メッセージの返信を考えていた。彼女の隣には、付き合い始めたばかりの彼氏の写真が飾られていた。彼にも相談してみようかと思ったが、彼女はすぐに思い直した。

「彼に話す前に、自分で決めなきゃ…」

ちひろは自分にそう言い聞かせ、再びメッセージを見つめた。いろいろなことが頭の中を駆け巡る。

「髪を切るのは怖いけど、でも…新しい自分になれるかもしれない。それに、これだけのお金があれば、就職活動にも余裕ができる」

しばらく悩んだ末、ちひろは決心した。そして、意を決して返信を送る。

「先生、ぜひモデルをやらせてください!」

メッセージを送った後、胸が高鳴るのを感じながら、ちひろは深い息をついた。心の中では不安と期待が入り混じっていたが、何か新しいことが始まるという予感に、少しワクワクする気持ちが湧いてきた。

その後、ちひろは長谷川先生の奥さんが経営する美容院に予約を入れた。仕事の休みの日を選び、彼女は付き合い始めたばかりの彼氏と一緒に美容院に向かうことにした。

「どんな髪型になるんだろう…」

不安と期待を抱えながら、彼氏とともに美容院の扉をくぐった。彼氏はちひろのロングヘアを気に入っていたが、彼も「ショートヘアのちひろも見てみたい」と楽しそうにしていた。

「君がどうなるか、楽しみだね」

彼氏の言葉に、ちひろは少し照れくさく笑った。

美容院に入ると、奥さんが温かく迎えてくれた。

「ちひろちゃん、今日はありがとうね。あなたのロングヘア、すごく美しいわ。いい写真が撮れそう」

ちひろは奥さんの言葉に少し緊張しながらも、椅子に座る準備をした。鏡の前に座り、自分の髪を見つめると、心の中にちょっとした不安がよぎった。

「本当に切ってしまっていいのかな…」

しかし、その不安を振り払うように、彼女は深呼吸をした。

「大丈夫、これは新しいスタートなんだ」

彼氏もそばにいてくれるし、大丈夫だと自分に言い聞かせ、ちひろは覚悟を決めた。

最初に、彼氏が先にモデルとしてカットされることになった。彼氏はあっという間にスキンヘッドにされ、ちひろは驚きながらも笑いをこらえた。

「すごい…見事にツルツルだね」

「まあ、悪くないかもな。君もどう変わるか楽しみだ」

彼氏はそう言ってニヤリと笑った。

次はいよいよ、ちひろの番だった。彼女のロングヘアは最初、セミロングにカットされ、次々と写真を撮られていく。カメラのフラッシュが続き、ちひろは少しずつ自分がモデルになっている感覚を実感していった。

「なんだか、楽しいかも」

次に、セミロングからボブ、そしてツーブロックへと進むカットが始まった。彼女は鏡に映る自分の変化を感じ、髪が短くなるたびに新たな自分を見つけていくようだった。

しかし、最終的にちひろの髪は予想外の変化を遂げていく。次第にワカメちゃんカットになり、刈り上げられた部分はツルツルに剃られていった。その瞬間、ちひろは思わず目をつぶり、半泣き状態になってしまった。

「こんなに短くなるなんて…」

その後、一旦食事休憩を取ることになり、彼氏と合流したちひろは、控え室で彼のスキンヘッド姿に笑みを浮かべながら、彼に抱きしめられていた。

「大丈夫、君はどんな髪型でも素敵だよ」

彼氏のその言葉に、ちひろは少し気持ちが軽くなり、次の撮影に向けて再び気持ちを整えた。

第4章:予想外の展開

美容院の休憩室で、ちひろはそわそわした気持ちでお茶を飲んでいた。髪が短くなった自分の姿がまだ慣れず、鏡に映るたびに違和感を覚えていたが、彼氏が隣でリラックスしているのを見て、少し安心感が戻ってきた。

「スキンヘッドってこんなにツルツルなんだね…」

彼女はおそるおそる彼氏の頭に手を伸ばし、軽く撫でた。まるで卵の殻のように滑らかな感触に驚き、思わず笑ってしまう。

「うん、なんか不思議な感じ。最初は抵抗あったけど、こうしてみると悪くないかな」

彼氏はニヤリと笑いながら、ちひろの手を握り返した。

「君もショートヘア、すごく似合ってるよ。もう少し短くなっても、たぶん大丈夫だよ」

ちひろはその言葉に一瞬不安を覚えながらも、彼の言葉に少し勇気づけられた。

「本当にそうかな…?でも、ここまで来たらやり切るしかないよね」

そう言いながら、ちひろは残りのカットがどのようになるのか、内心ドキドキしていた。まだ続く撮影に向けて気持ちを整理しようと、深呼吸を繰り返した。

しばらくして、スタッフが控え室に戻ってきた。

「お二人とも、準備できましたか?次の撮影に移りましょうか」

ちひろは緊張を抑えながら、立ち上がった。彼氏は彼女に軽く肩をポンと叩いて微笑む。

「大丈夫。終わったら美味しいディナーでも行こう」

「うん、ありがとう」

ちひろは彼の言葉に少し元気をもらい、再び美容院のセットに向かった。

次の撮影は、彼氏がちひろの髪を切るシーンだった。しかし、彼氏は急に別の用事ができ、先に帰らなければならないことになった。

「ごめん、急に仕事の連絡が入っちゃって…。残りは楽しんでね」

彼氏は申し訳なさそうにちひろに説明し、彼女の頬に軽くキスをしてから、美容院を後にした。

「うん、大丈夫。頑張るね」

ちひろは彼を見送ったあと、深く息をついて気を取り直した。

そして、カップルカットシーンの彼氏役を誰が務めるのかという話になり、スタッフがちひろに選択肢を提示した。

「次のシーンですが、ちひろさん、彼氏役をどうしますか?別の男性モデルにすることもできますが、もう一つの案として…実は長谷川先生が手伝ってくれることになったんです」

「えっ、先生が?」

驚きの表情を浮かべたちひろは、すぐに長谷川先生の姿を思い浮かべた。高校時代の顧問であり、ソフトボール部の厳しいけれど優しい指導者だった長谷川先生が、自分の髪を切るなんて、想像もしていなかった。

「…でも、先生なら、安心かもしれない」

心の中で葛藤があったが、最終的にちひろは長谷川先生が彼氏役を務めることを承諾した。先生が現れ、彼女に優しく笑いかける。

「久しぶりだな、ちひろ。まさかこんな形で再会するとは思わなかったよ」

「ほんとに…びっくりです。でも、先生がいてくれると少し安心です」

先生はちひろの言葉にうなずき、彼女に準備ができているか確認した。

「じゃあ、次の撮影に行こうか。大丈夫、心配しなくていい」

撮影が始まると、長谷川先生はちひろの髪を少しずつ切っていく役を演じることになった。しかし、カットが進むにつれて、ちひろの心には少しずつ違和感が生まれてきた。先生の手が、髪を撫でるように触れるたび、彼女の胸の中に奇妙な感覚が広がっていく。

「先生…髪の毛を切るだけなのに、なんだか変な感じがする…」

心の中でそう思いながらも、彼女は動揺を見せないように平静を保とうとした。鏡の中の自分を見つめながら、先生の手が自分の刈り上げた部分に触れる感覚が、どうしても意識されてしまう。

先生は、刈り上げた部分を撫でながら笑った。

「君、こんなに短い髪型も似合うんじゃないか?」

ちひろは思わず赤面しながら、小さくうなずいた。

「そう…ですか?なんだかまだ慣れないですけど…」

先生は微笑みながら、カットを進めていく。そして、その途中で撮影が一時中断され、少しの休憩が入ることになった。

「ちょっと控え室で休んでこようか。次のシーンは大事なところだから、しっかり休んでおこう」

ちひろは先生とともに控え室へ向かい、そこで再びソファに腰を下ろした。だが、ここで予想外のことが起きた。長谷川先生がちひろの隣に座ると、彼の視線が彼女の刈り上げた部分に向けられた。

「本当に、短い髪も似合うな…」

先生の言葉に、ちひろは不意にドキッとした。高校時代に彼がこんなふうに自分を褒めることはなかったからだ。ふいに、その雰囲気に緊張感が漂い始めた。

「先生…」

彼女はその言葉を飲み込み、黙り込んでしまった。次の瞬間、先生がちひろの刈り上げ部分に手を伸ばし、優しく撫でた。ちひろは驚きのあまり、体が硬直してしまった。

「こんな髪型になるとは、思ってなかっただろう。でも、これも新しい経験だよな」

先生の低い声が、ちひろの耳元でささやかれるように響いた。その瞬間、彼女の心に強い戸惑いと混乱が押し寄せた。

第5章:顧問との再会

控え室での休憩が終わり、ちひろは再び撮影用のセットに向かって歩いていた。彼女の胸にはいまだに奇妙な感覚が残っていた。長谷川先生が自分の髪を撫でたあの瞬間、何かが変わったような気がしてならなかった。心拍が速くなり、頭の中が混乱していた。

「これって…どういうことなんだろう?」

彼女は自分の気持ちが整理できないまま、心の中で繰り返し問いかけていた。長谷川先生は、あくまで自分の恩師であり、高校時代の尊敬する顧問だった。そんな彼との再会は嬉しかったはずなのに、今は何か違う感情が湧き上がっていた。

セットに戻ると、スタッフが次の撮影の準備をしていた。今回の撮影は、長谷川先生がちひろの髪を最終的に仕上げるという設定だった。ちひろは鏡の前に座り、再び自分の姿を確認した。ツーブロックにカットされ、刈り上げた部分がはっきりと見える自分の髪型に、まだ慣れていない様子だった。

「ここまで来たら、最後までやりきるしかないよね…」

ちひろは小さくつぶやきながら、気持ちを落ち着けようと深呼吸した。

その時、長谷川先生がセットに現れ、ちひろの背後に立った。彼は再び優しい笑顔を浮かべ、彼女に声をかけた。

「ちひろ、少し緊張してるか?最後の仕上げだから、リラックスしてね」

その言葉に、ちひろは少しほっとした。先生のいつも通りの落ち着いた口調が、彼女の不安を少し和らげてくれた。

「はい…ありがとうございます、先生」

撮影が始まり、長谷川先生はゆっくりとちひろの髪に触れながら、慎重にカットを進めていった。鏡越しに見える自分と、背後にいる先生の姿。ちひろはその光景をぼんやりと眺めながら、再び自分の気持ちを整理しようとしていた。

「どうして先生がこんなに優しく接してくれるんだろう…?ただの撮影の一部なのに、なんで私はこんなに動揺してるんだろう…」

ちひろの胸の中には、次々と疑問が浮かんでいたが、それでも彼女は動揺を隠してじっとしていた。

その時、ふいに先生の手が再び彼女の刈り上げ部分に触れた。彼の指が優しく滑る感触に、ちひろは息を呑んだ。心拍数が一気に上がり、体全体が硬直するのを感じた。

「こんなに短くして…どうだ?少し不安かもしれないけど、君にはこれも似合ってるよ」

長谷川先生の言葉に、ちひろは動揺を隠しながら小さくうなずいた。

「はい、でも…やっぱりまだ慣れないです」

その瞬間、先生の手が彼女の肩に軽く置かれた。まるで励ますように、しかしその動作にはどこか親密さが含まれているようにも感じた。ちひろはその手の温かさに、再び自分の感情が揺れ動くのを感じた。

「君はこれからどんな髪型でもきっと似合うさ。大人になったんだな、ちひろ」

その言葉に、ちひろは胸が熱くなるのを感じた。先生は自分の成長を認めてくれている。それは嬉しいはずなのに、どうして今はこんなにも複雑な気持ちになってしまうのだろう。

撮影が進む中、ふとスタッフが撮影を一時中断した。

「次のシーンの準備に少し時間がかかりますので、もう少し休憩を取ってください」

そう言われて、ちひろと長谷川先生は再び控え室へと向かった。道中、二人の間にはほとんど言葉はなかったが、その沈黙がかえって彼女を緊張させていた。

控え室に入ると、先生がソファに腰掛け、ちひろに声をかけた。

「少し疲れたか?緊張もあるだろうけど、もう少しで終わるから、しっかり休んでおけよ」

先生の言葉に、ちひろは小さくうなずき、彼の隣に座った。しかし、その時、彼の視線が再び彼女の刈り上げた髪に向けられているのを感じた。

「ちひろ、君は本当に大人になったな。高校時代はこんなにしっかりした表情を見せることはなかったのに」

先生のその言葉に、ちひろの心は再び揺さぶられた。彼はあくまで自分を励まそうとしているだけなのに、どうして自分はこうも動揺してしまうのだろう。

「先生、そんなこと…ないですよ。まだまだ子どもです」

彼女は無理やり笑顔を作って言葉を返したが、その声は少し震えていた。先生が自分をじっと見つめていることが、彼女には耐え難く思えた。

その時、長谷川先生がふいにちひろの手を取った。その瞬間、彼女は驚き、反射的に体を引こうとしたが、先生の手の温かさに逆らえなかった。

「ちひろ、君はもう大人だよ。自分に自信を持っていい」

彼の言葉に、ちひろの胸は再び高鳴った。先生が自分の手を握りしめ、優しく微笑んでいる。その光景が、まるで映画の一場面のようにスローモーションで進んでいるように感じられた。

「…先生」

ちひろは言葉が詰まり、何も言えなかった。ただ、彼の優しい目を見つめ返すしかできなかった。

その後、控え室での少しの休息を終え、ちひろと先生は再びセットに戻った。次のシーンは、先生が最終的にちひろの髪を仕上げる場面だった。ちひろは鏡の前に座り、今までとは違う不安を胸に抱きながら、最後のカットが進むのを待った。

「これで最後だから、しっかりと見ていてくれよ」

先生のその言葉に、ちひろは小さくうなずいた。しかし、彼女の心はまだ落ち着かず、最後の仕上げに向けて緊張感が高まっていった。

エピローグ:新たな道

撮影がすべて終わったのは、すでに日が沈み、夜の静けさが街を包み込んでいた。ちひろは美容院を出ると、外の冷たい風を感じながら深く息を吸い込んだ。肩まで覆っていたロングヘアはもうなく、今の彼女は見事なスキンヘッドになっていた。

「やり切った…」

胸の中に小さな達成感が広がる。鏡の前で何度も見た自分の新しい姿に、まだ完全には慣れていなかったが、これもまた一つの経験だと思うことにした。特に最後に鏡を見たとき、彼女の心は軽くなっていた。もはや戸惑いではなく、次のステップに向けての希望が心を支えていたのだ。

撮影が終わった後、彼氏と公園で合流する約束をしていた。彼氏のスキンヘッド姿を思い浮かべながら、ちひろは少し微笑んだ。

「私たち、なんだかおかしなカップルかもしれないけど…それもいいかもね」

公園に到着すると、遠くから彼氏の姿が見えた。彼もまた、夜の街灯に照らされたツルツルの頭で、彼女を待っていた。ちひろは思わず笑みを浮かべ、急いで彼のもとへと駆け寄った。

「待たせてごめんね!」

「いや、こっちこそ。どう?終わったんだね」

彼はちひろのスキンヘッドを見て、驚いたような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。

「うん、終わったよ。見て、すっかりツルツルになっちゃった」

ちひろは笑いながら、自分の頭を軽く撫でた。彼氏も同じように自分のスキンヘッドを撫で、二人はお互いの頭を触れ合った。

「似合ってるよ、本当に。君の新しい姿、すごく素敵だ」

彼氏のその言葉に、ちひろは心からの安堵を感じた。彼がどう思うかが少し不安だったが、その心配は無用だったようだ。

「ありがとう。実は最初は不安だったんだけど、なんだかこれも悪くない気がしてきたの」

ちひろは少し照れながら、彼氏の手を握り返した。お互いに頭を触り合いながら、二人は自然と笑顔になり、その場の雰囲気が和やかに包まれた。

二人はしばらくの間、公園のベンチに座って話をしていた。ちひろは撮影中に感じた緊張や驚き、そして長谷川先生との再会の話を彼氏に話した。

「先生が来てくれたんだ。それに、彼氏役までやってくれたの?」

彼氏は驚きつつも、ちひろの話に真剣に耳を傾けていた。

「うん、ちょっと驚いたけど、先生がいてくれて助かったよ。彼がいなかったら、もっと緊張してたかもしれない」

「そうか。でも、最後は君がやり切ったんだから、それがすごいよ」

彼のその言葉に、ちひろは胸が温かくなった。彼はいつも自分を支えてくれて、今もこうして励ましてくれる。ちひろは、自分が選んだ道が間違っていなかったと感じた。

次の日、ちひろはスキンヘッドのまま職場に向かうことを一瞬ためらった。だが、せっかくの新しい自分を隠すのはもったいないと思い直し、ショートボブのウィッグを手に持って出勤することにした。

「みんな、どんな反応をするんだろう…」

職場に到着すると、案の定、同僚たちの視線がちひろに集まった。彼女は軽くウィッグを外し、堂々とスキンヘッドを披露した。

「えっ、ちひろさん!?どうしたの、その髪型!」

驚いた同僚たちが次々と声を上げたが、ちひろは微笑みながら説明した。

「実はカットモデルをやってきてね。少し大胆なことに挑戦したくて」

その言葉に同僚たちは驚きつつも、次第に彼女の大胆さに感心し、拍手を送った。

「すごいよ、ちひろさん!その勇気、尊敬する!」

「髪がなくても、やっぱり似合ってるね!」

みんなの反応が意外にも温かく、ちひろはホッと胸をなでおろした。新しい自分を受け入れてもらえたことに、彼女は喜びを感じていた。

その後も、ちひろはカットモデルを続け、友人や同級生たちにも声をかけて、同じくモデルとして参加する仲間が増えていった。スキンヘッドに挑戦する同級生たちが増え、彼女たちは成人式でも再び集まり、ロングヘアだったころとは全く違うスキンヘッド姿での集合写真を撮った。

「みんな、すごくカッコいいね!ロングヘアのときも良かったけど、今の私たちも最高だよ!」

ちひろは笑顔で写真を見つめながら、過去の自分と現在の自分を振り返っていた。高校時代のソフトボール部での経験、専門学校での成長、そして今の自分へと至るまで、彼女はさまざまな挑戦を乗り越えてきた。

「どんな髪型でも、私は私なんだ」

彼女はそう自分に言い聞かせ、これからもどんな道を歩んでも、自信を持って前に進んでいくことを決意した。

そして、年月が経ち、ちひろは付き合っていた彼氏と結婚することになった。結婚式当日、彼女は人生の新たな節目を迎えるために、特別なサプライズを用意していた。

「みんな、驚くかな?」

彼女は挙式中、再びスキンヘッドに戻るサプライズを披露し、会場は大盛り上がりとなった。彼氏も一緒に坊主になり、会場中に笑顔があふれた。

ちひろは、人生のあらゆる変化を楽しみながら、自分自身を受け入れていった。彼女は、どんな姿になっても、常に自分らしさを忘れず、強く歩み続けることを決意していた。
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