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青刈りの彼女
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柔道部の扉を叩いたのは、親友の恵(めぐみ)が亡くなって半年が過ぎた頃だった。幼い頃から共に柔道を習い、いつも隣で励ましてくれていた恵。その突然の別れに、瑞希は自分を見失いかけていた。
「私、柔道を続けるよ。恵が一緒に目指してた道を、私が歩む」
そう誓った瑞希は、勇気を出して柔道部の顧問に入部を申し出た。しかし、顧問から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「入部するなら、まず頭を坊主にしてこい。それが覚悟を見せる第一歩だ」
男子部員ばかりの厳しい環境で、顧問は女子である瑞希に対し、特別な覚悟を求めたのだった。
一瞬戸惑った瑞希だったが、それ以上に湧き上がる強い思いがあった。恵と一緒に夢見た全国大会への道を、自分が引き継ぐのだと決めていたからだ。そしてもう一つの理由があった――それは、自分の「髪にまつわる癖」に打ち勝つことだった。
瑞希は、髪を触られると奇妙な快感を覚えてしまう癖があった。幼い頃は美容室で髪を切られるたびに体が反応してしまい、そのことが恥ずかしくて美容室から足が遠のいていた。だからこそ、坊主頭になればこの癖とも決別できるのではないかという期待もあった。
「坊主になれば、私は変われる」
そう自分に言い聞かせ、瑞希は床屋に行くことを決意した。
瑞希は駅前の雑居ビルを見上げ、小さく息を吸い込んだ。目に飛び込んできたのは、「ヘアサロン 鷹」というシンプルな看板と、回転する三色のサインポール。赤・青・白の鮮やかな色が、今日という日を特別なものにしているように見えた。自転車を停めた後、しばらく看板を見上げたまま立ち尽くしていたが、瑞希は自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫、ここで新しい自分になれるんだから」
ゆっくりと階段を上り始める。狭く急な階段の一歩一歩が、瑞希にとってはまるで人生の大きな一歩を踏み出すように感じられた。心臓の鼓動が少し速くなり、息を吐きながら手で胸を押さえる。階段の先にある古びた木製のドアの前に立つと、ドアの向こうから談笑する声と微かな機械音が聞こえてきた。
「ここが私の覚悟を見せる場所…」
そう思いながら、瑞希は意を決してドアを押し開けた。
ドアを開けた瞬間、瑞希は独特の床屋の匂いに包まれた。湿気を帯びた空気と湯気のような匂い、そしてわずかに香る整髪料の香り。それは瑞希にとって懐かしさと緊張を同時に呼び起こすものだった。店内は決して広くはなく、理髪台が三台並び、それぞれが少し年季の入った革張りの椅子で揃えられていた。壁には古びた鏡がかかり、散髪道具が整然と並んでいる。
店の片隅には待合席があり、そこには年配の男性が三人ほど腰を下ろしていた。彼らは談笑しながら雑誌を手にしていたが、瑞希が入店するなり、一斉に顔を上げて彼女の方を見た。
「あら、今日は珍しいお客さんだねぇ」
最初に口を開いたのは、白髪交じりの少し体格の良いおじさんだった。彼の声に反応するように、他の二人も瑞希を見てにやりと微笑む。瑞希は突然の注目に戸惑い、顔が一気に赤くなるのを感じた。慌てて視線をそらし、カウンターへ向かおうとしたその瞬間、別のおじさんがからかうように言葉を投げた。
「どうした、坊主頭にでもするのかい?」
その言葉に他の二人も大笑いし、店内に小さな笑い声が響いた。瑞希は足を止め、目を丸くして振り返った。おじさんたちの視線が自分に向けられているのを感じ、さらに顔が熱くなる。
「いやいや、こんな可愛い子が坊主なんてするわけないよなぁ」
「だよな、でももしやるならすごい覚悟だぞ!」
おじさんたちの茶々に、瑞希は言葉を失ったが、なんとか震える声でカウンターの理髪師に向かって言葉を絞り出した。
「あ…あの、五厘刈りをお願いします…」
その言葉が店内に響くと、待合席のおじさんたちは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になり、口々に賛辞とも揶揄とも取れる言葉を投げかけてきた。
「マジかよ!五厘か!そりゃあ本気だな!」
「坊主にする女子なんて見たことないぞ。いやぁ、お前は男の中の男だ!」
瑞希は顔を真っ赤にしながら、待合席に促されるまま腰を下ろした。椅子の感触が冷たく、少し硬い。それがまた彼女の緊張を高めていた。周りのおじさんたちはニヤニヤしながら、時折瑞希に視線を送ってくる。
(恥ずかしい…でも、これが私の決めたこと)
そう心の中で自分に言い聞かせながら、瑞希はじっと自分の名前が呼ばれるのを待っていた。店内に響くバリカンの音やおじさんたちの笑い声が、彼女の鼓動をさらに速めていった。
「次のお客様、どうぞ」と理髪師の声が響く。
瑞希は呼ばれた瞬間、心臓が跳ねるように高鳴った。待合席に座るおじさんたちが笑顔で見送る中、彼女はゆっくりと立ち上がり、少し震える足取りで理髪台に向かう。椅子の前に立つと、理髪師が微笑みながら「緊張しなくていいよ」と優しく声をかけてくれた。
瑞希は深呼吸をし、革張りの椅子に腰を下ろした。座り心地はしっかりしているが、背中が微かに汗ばんでいるのを感じる。理髪師が首元にケープを巻きつけると、その布が肩に触れる感触がまた新鮮で、瑞希の鼓動をさらに速めた。
「今日は五厘刈りでいいんだね?」
「はい…お願いします」
瑞希は小さな声で答え、拳をぎゅっと握り締めた。理髪師が黄色いバリカンを手に取り、スイッチを入れると、低い「ブイィィン」という音が店内に響く。その音が瑞希の緊張をピークに達せさせたが、すぐに理髪師が話しかけてきた。
「坊主にするのは、初めて?」
「…はい。初めてです」
瑞希は正直に答えた。頭皮に触れる振動を想像するだけで胸がざわつき、少し肩に力が入った。
「最初はちょっとびっくりするかもしれないけど、すぐに慣れるよ。リラックスして」
理髪師は優しい声でそう言い、バリカンを瑞希の右こめかみに当てた。その瞬間、細かい振動が頭皮全体に響き、瑞希は思わず身体をこわばらせた。刃が髪をすくい上げる感覚は独特で、今まで体験したことのない心地よさと緊張が入り混じっていた。
「大丈夫?痛くないよね?」と理髪師が声をかける。
「…はい、大丈夫です」と瑞希は答えたものの、心臓がバクバクと音を立てているのが自分でもわかる。バリカンが右側の髪をゆっくりと刈り上げていくたびに、さらさらと髪が肩を伝い、ケープの上に落ちていくのが見えた。
刈られた部分の頭皮が徐々に青白く見え始め、それが鏡に映ると、瑞希は少し戸惑いながらも、自分の決意を再確認するように目を閉じた。
「さあ、ここから一気にいくよ」と理髪師が笑顔で声をかけ、今度は頭頂部へとバリカンを滑らせた。
「ブイィィィン」
低く響く音とともに、頭皮に直接伝わる振動が瑞希を襲う。初めての感覚に身体がピクリと反応するが、瑞希はじっと耐えた。バリカンが髪を刈り取っていく音はどこか無機質で、それがまた彼女の心をざわつかせた。
瑞穂は、頭全体が軽くなるのを感じながら理髪台に座っていた。バリカンの音が近づき、髪が次々と地面に落ちていくのを目の端で見ながら、緊張と興奮が入り混じるような不思議な感覚に包まれていた。
理髪師の中年の男性は、淡々と手際よくバリカンを操り、瑞穂の頭を撫でるように刈り上げていく。その動きには無駄がなく、まるで長年染み付いた職人技を披露しているようだった。
「今日は思い切ったねぇ」と、彼は軽く話しかける。
「ええ、まぁ…柔道部に入るためには、こういう髪型がいいかなって…」
瑞穂は頬を赤らめながら答えた。普段の自分なら絶対に選ばないスタイルだが、どうしても柔道部で力をつけたいという思いが彼女を突き動かしていた。
「若いのに、偉いね」と理髪師は微笑む。「じゃあ、もう少しで仕上がるから、我慢してね」
瑞穂は何度か深呼吸し、バリカンが頭に触れるたびに少しずつ安心しようと努めた。しかし、バリカンの振動が頭のツボに当たると、身体の奥から奇妙な感覚がわき上がってくる。瑞穂はその感覚に戸惑いながらも、次第にそれに引き込まれていった。
バリカンがこめかみに触れるたびに、彼女の胸が軽く高鳴り、熱いものが全身を駆け抜ける。
「どうかしたかい?顔が赤いよ」と理髪師が心配そうに訊ねた。
「え?い、いえ、なんでもないです…」
瑞穂は慌てて言葉を返し、視線を逸らした。しかし、理髪師はどこか含みのある笑みを浮かべ、再びバリカンを当てる。頭皮に直接伝わる微細な振動が、まるで鼓動に合わせて増幅しているかのように感じられ、瑞穂の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
「不思議なもんだね、こういう五厘刈りをする若い女の子は珍しいからね」と理髪師がぽつりとつぶやく。
瑞穂は何とも答えられず、ただ無言でうなずくしかなかった。顔がどんどん熱くなり、汗が滲むのを感じる。理髪師の指が頭に触れ、軽く押すような仕草をするたびに、どこかくすぐったいような、甘く切ない感覚が全身に広がる。
「もしかして、ちょっと気持ち良くなってきたんじゃないの?」
理髪師は半ば冗談のようにそう言い、瑞穂をじっと見つめた。瑞穂はその言葉に驚き、思わず体を硬くする。
「そ、そんなこと…ないです!」瑞穂は少しうろたえた声で返したが、自分の顔がますます赤くなっているのを感じ、恥ずかしさが募っていく。
理髪師は微笑を浮かべながら、バリカンを首筋に近づけた。バリカンの刃が頭皮をかすめると、瑞穂の体はビクリと震えた。少し汗ばんだ首筋にバリカンの冷たい感触が当たると、彼女の身体はますます敏感に反応してしまう。
次第に、彼女の心の中で言葉にできない感情が湧き上がってくる。
(な、なんで…こんなに変な気持ちになるの…?)
瑞穂は必死にその気持ちを抑えようとしたが、バリカンが最後の仕上げをするたびに、彼女の心と体はまるで何かに浸されるような感覚に包まれていくのだった。
理髪師が瑞穂の頭にバリカンを当てるたび、瑞穂の身体はその振動に敏感に反応していた。バリカンの刃が頭皮に直接触れる瞬間、瑞穂の体はビクリと震え、抑えきれない感覚が彼女を襲う。心臓は早鐘を打つように高鳴り、呼吸はどんどん荒くなっていった。
「はっ…あ…!」
思わず声が漏れ、瑞穂は慌てて唇を噛みしめたが、その声を抑えることはできなかった。理髪師はそれを見てにやりと微笑むと、さらに瑞穂の反応を引き出そうとするかのように、バリカンを頭皮の別の部分に当て、ゆっくりと刈り進めていく。
「もっと感じてごらん?無理に抑えなくていいよ。素直になればいいさ」
理髪師は瑞穂にそう語りかけ、声に一層の柔らかさを込めて促す。彼の言葉に瑞穂は目を閉じ、次第に全身をその感覚に委ねていく。
「あ…あぁっ…!」
バリカンの振動が後頭部に伝わると、瑞穂はまた声を上げてしまう。バリカンが動くたびに、頭の中が真っ白になり、どこか遠くに引き込まれるような錯覚を覚える。瑞穂の声は次第に大きくなり、息も荒く、身体の奥から湧き上がる熱に翻弄されているのが自分でもわかる。
「いいぞ、もっと声を出してごらん」
理髪師の声は優しくもあり、どこか挑発的でもあった。瑞穂はその言葉にさらに心を乱され、バリカンが頭に触れるたびに反応が増していく。
「ああっ…!もう…もう…」
瑞穂は荒い息をつきながらも、その言葉を遮るようにさらにバリカンが頭に触れ、甘く切ない感覚が彼女を突き動かした。理髪師の声が耳元で繰り返されるたびに、瑞穂は声を押さえきれなくなり、頭から熱が全身に広がっていくのを感じた。
瑞穂は自分がどんどんその感覚に溺れていくのを感じた。頭皮に響くバリカンの微かな振動が身体全体に伝わり、次第に体の芯まで届くようだった。理髪師は彼女の反応を見逃さず、さらに手際よく頭全体を刈り上げていく。瑞穂の体がバリカンの動きに合わせて自然と反応してしまうのが、彼女自身でもわかっていた。
「ほら、我慢せずに声を出してごらん。遠慮しなくていいんだよ」と理髪師は促すように、さらに強い声で話しかけた。
瑞穂はその言葉に思わず唇を噛んでこらえようとしたが、全身を駆け抜ける感覚に抗えず、口から声が漏れてしまう。
「あっ…もう…ああっ…!」
体の中で熱がうねるように広がり、心臓の鼓動が止まらない。彼女の心は完全に支配され、ただその感覚に浸るしかなかった。顔が赤らんでいくのがわかり、恥ずかしさと同時に、どこか解放感も感じられる。理髪師の言葉が耳に響くたびに、瑞穂の身体は素直に反応してしまう。
「いい感じだね。もっと、リラックスして楽しめばいいんだ」
彼の低い声がさらに瑞穂を揺さぶり、バリカンがこめかみから後頭部へと滑り、頭皮をなぞるたびに、全身がピリピリと反応する。瑞穂の呼吸は荒くなり、息が漏れるように大きくなっていく。
「ああっ…もう…これ以上…」
声が自然と大きくなり、瑞穂はその場で崩れてしまいそうなほど体中が熱くなっていく。理髪師は笑みを浮かべながら、さらに頭皮の別の部分を優しく刺激し続け、瑞穂の体はもはや完全にその動きに委ねられていた。
彼女は理髪師の言葉に導かれるまま、頭の中が白くなり、ただひたすらその甘美な感覚に身を委ねていた。
瑞穂は、バリカンが頭皮に触れるたびに、身体がビクリと反応していることに気づいた。それが不快感ではなく、むしろ心地よさを伴っているのが彼女をさらに混乱させた。理髪師が軽く頭を抑えるたびに、身体の奥底から熱い何かが湧き上がり、呼吸が徐々に荒くなる。
「おっと、大丈夫かい?」と理髪師が瑞穂の顔を覗き込む。
「は、はい…なんでも…」瑞穂は返事をしようとしたが、声が掠れ、言葉にならなかった。頬が火照り、息を整えようとしても、うまくできない。
バリカンがこめかみを滑ると、ふいに瑞穂の口から抑えきれない声が漏れた。
「あ…あぁっ…」
理髪師が目を丸くしながらも、口元に薄い笑みを浮かべる。「おやおや、驚いたな。そんな声を出すお客さんは初めてだよ」
「ご、ごめんなさい! ちょっと…わからなくて…」瑞穂は必死に弁解しようとするが、その声も震えている。
「いやいや、いいんだよ。リラックスしていい。大きな声を出しても構わないよ」と理髪師が少し声を張り上げて言うと、他の客たちがちらりと瑞穂を見たが、すぐに視線を戻した。
バリカンが再び後頭部を滑る。その振動が頭皮を通じて全身に伝わると、瑞穂の身体は反射的に背中を軽く反らし、次の瞬間、大きな声が思わず飛び出してしまった。
「ああっ! だめっ…!」
「おお、いいね! その調子! 我慢しないで出しちゃいな!」と理髪師が、冗談めかした口調で促す。
「ち、違います! そんな…!」瑞穂は顔を真っ赤にして否定するが、バリカンの刃が再び頭皮に当たるたび、身体が反応してしまう。声もどんどん大きくなり、自分では止められなくなっていた。
「ほら、もっと大きな声で!」理髪師は声を張り上げて楽しげに言い、ますます手際よくバリカンを動かす。瑞穂の身体が微細な震えを見せるたびに、理髪師の笑顔は少しずつ広がっていった。
「ああっ! やめて…! ああぁっ!」瑞穂は自分の声がどんどん大きくなっていくのを止められなかった。頭皮に感じる微かな熱と振動が、全身を揺さぶるような心地よさに変わり、彼女の感覚を支配していく。
「いいぞ、その調子! スッキリするから、全部出してみな!」理髪師は半ば大声で瑞穂を促す。
「だ、だめぇっ…もうっ!」瑞穂は涙目になりながらも声を張り上げるしかなかった。その声が狭い店内に響き渡り、老人たちがちらちらとこちらを伺う中、理髪師はどこ吹く風といった様子で仕事を続けた。
バリカンが最後の仕上げとしてうなじに当てられると、瑞穂の身体は一際大きく震え、ついには頭を仰け反らせるように反応してしまった。
「あああっ! もう…やめて…!」
理髪師はその反応を見て、満足げに頷いた。「よし、仕上がったぞ。これで気持ちもスッキリだな」
瑞穂の五厘刈りは、ついに仕上がった。バリカンの振動が消え、頭全体が驚くほど軽くなった感覚に包まれた。鏡に映る自分の姿を見て、彼女は改めて五厘のインパクトを感じながらも、どこか爽快感を覚えた。
「さて、仕上げにシャンプーをしておくよ。短くなった分、地肌もスッキリするからね」と、理髪師が優しく声をかける。
「は、はい…お願いします…」
瑞穂は小さな声で答え、シャンプー台へ誘導されるまま座った。頭を後ろに倒し、理髪師の指がそっと頭に触れると、その柔らかい感触が思いのほか心地よく、彼女は緊張を少しだけ解いた。
理髪師は冷水とぬるま湯を混ぜながら瑞穂の頭皮に水を流し、泡立てたシャンプーを手に取り、指先で優しく頭皮をマッサージするように洗い始めた。
「気持ちいいだろう?五厘にするとシャンプーが楽なんだよ」と、理髪師が和やかな声で言う。
「う…うん…気持ちいいです…」瑞穂は正直に答えた。短く刈り上げられた頭皮に指が触れるたび、ほんのりとした温かさと優しい圧が伝わり、心地よさが次第に体全体に広がっていく。
理髪師の指が円を描くように頭頂部をマッサージすると、瑞穂は身体の奥から奇妙な熱が湧き上がるのを感じた。指の動きが一定のリズムを刻みながら、頭皮を押したり撫でたりすると、その感覚がさらに深く身体に浸透していく。
「あっ…あぁっ…」瑞穂は思わず声を漏らしてしまった。自分でも驚くほど大きな声が出て、すぐに口を押さえる。
理髪師はその声に一瞬動きを止めたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。「大丈夫だよ。声を我慢しなくてもいいんだからね。シャンプーで気持ちよくなる人は珍しくないよ」
「そ、そんな…恥ずかしい…!」瑞穂は顔を赤くしながら反論したが、理髪師の指は止まらない。むしろ力を少し強めて、頭皮をさらに丁寧にマッサージし始めた。
頭の側面から後頭部にかけて指が滑るたび、瑞穂は自分でも抑えきれない声を漏らしてしまう。
「あっ…そこ…だめ、ですっ…!」
「ほら、もっとリラックスしてみな」と理髪師が促すように言い、瑞穂のこめかみを指の腹でゆっくりと押し始めた。その動きに瑞穂の身体はさらに反応し、背中を軽く反らせるような仕草を見せた。
「気持ちいいだろう?さ、全部感じてみなさい」と、理髪師が優しく声をかける。
「あっ…あぁ…っ…!」瑞穂の声はどんどん大きくなり、呼吸も荒くなる。頭皮を押されるたびに湧き上がる快感が全身を包み込み、彼女の身体は微細に震え始めた。
理髪師の指がうなじを撫でるように滑り、再び円を描くように動き出すと、瑞穂の身体はついに限界を迎えそうになった。頭皮から湧き上がる熱が背中から足先まで伝わり、彼女の心臓は激しく鼓動していた。
「もう無理っ…あぁっ…!」瑞穂は理髪師の手の動きに完全に飲み込まれ、声をあげることを止められなかった。
「ほら、もう少しで終わるからね。我慢しなくていいよ」と理髪師が声を張り上げて促す。
瑞穂は恥ずかしさでいっぱいになりながらも、その快感から逃れることができず、ついには身体が軽く反り返り、声を震わせながら全身でその感覚を受け入れていた。
「はい、これで終わりだよ。お疲れ様」と理髪師がタオルで瑞穂の頭を拭きながら言った。
瑞穂は全身が火照り、荒い息を整えながら目を閉じたまま答えることもできなかった。五厘刈りになった頭とともに、彼女はこれまで味わったことのない気持ちを経験してしまった自分を、どう受け止めればいいのかわからなかった。
シャンプーを終えた瑞穂は、椅子から立ち上がった。
頭全体が軽くなり、頭皮には爽やかな風が通るような感覚があった。理髪師が最後にタオルで軽く頭を拭いてくれると、彼女は「ありがとうございました…」と小さな声で礼を言い、そろそろと椅子から立ち上がろうとした。
しかし、その瞬間、瑞穂は異変に気づいた。
座っていた椅子の革張りの部分が、濡れていたのだ。光が反射し、小さな水滴がいくつも見える。瑞穂は顔を真っ赤にして硬直し、次にその光景を見た理髪師も一瞬動きを止めた。
「あら…」理髪師が低い声で呟く。
瑞穂は恥ずかしさで身体が震えた。この濡れた椅子が何を意味しているのか、彼女にはわかっていた。自分では抑えきれなかった身体の反応が、ここに形として現れてしまっている――その事実が彼女の羞恥心を激しく揺さぶった。
待合席に座っていた老人たちもその様子に気づき、ざわざわと話し始める。
「おやまぁ、あの子、椅子を濡らしてるぞ…」
「ほんとだ、何かこぼしたのか?」
「いやいや、どう見ても水とは違うな…」
その声に瑞穂はさらに顔を赤くし、立ち尽くしたまま動けなくなった。理髪師はそんな彼女を見て気まずそうに笑い、椅子をサッとタオルで拭き始める。
「ああ、大丈夫だよ。よくあることだからね」と理髪師が軽く言う。
「えっ…い、いえ…その…」瑞穂はうつむき、何も言えなくなった。
待合席の一人の老人がニヤリと笑って言う。「若い娘さんが丸刈りにされて、気持ちよくなっちまったんだろうなぁ。まぁ、仕方ない、仕方ない」
「おいおい、そんなこと言うもんじゃないよ」と別の老人が注意するが、その声には笑いが混じっている。
「いやぁ、でもさ、椅子をあんなに濡らしちゃうなんて、若いってのはすごいもんだな」
「確かに、最近は見ない光景だよなぁ。いや、眼福眼福」
彼らの笑い声が小さな床屋の中で広がり、瑞穂の羞恥心は限界に達した。
「すみません!もう、失礼します!」と、瑞穂は顔を隠すようにカバンをつかむと、理髪師が引き留める間もなく店を飛び出した。
外に出ると、冷たい風が丸刈りになった頭を包み込み、火照った顔を冷やしてくれるようだった。しかし、瑞穂の胸の鼓動は止まらず、待合席の老人たちの声や笑いが頭の中で繰り返し響いていた。
(もう二度とここには来られない…!)
瑞穂は強く唇を噛みしめ、泣きそうになるのを必死に堪えながら走り出した。濡れた椅子のことも、待合席の老人たちの反応も、彼女にとって一生忘れられないほどの恥ずかしい思い出として刻まれることになった。
瑞穂は床屋から飛び出すと同時に、自分の身体の異変に気づいた。スカートの内側がじっとりと濡れており、太ももに冷たい感触が伝わる。さらに、恐る恐る下を見てみると、スカートの生地に大きなシミができているのを発見した。
「えっ…こんな…」
彼女の顔は一気に真っ赤になった。どうやって家まで帰ればいいのか、その場で思考が止まりそうになる。下着も完全に濡れてしまっており、濡れた感触が一歩一歩ごとに肌にこすれて不快さと恥ずかしさを増幅させる。
(やだ…こんな姿、誰かに見られたらどうしよう…)
瑞穂は咄嗟にカバンを抱え込み、スカートのシミを隠すように持ち直した。しかし、濡れた部分が大きすぎて、完全に隠しきれるわけではない。それでも、周囲の人の視線を感じるたびに、彼女はうつむき、早足で歩き出した。
商店街を抜ける途中、瑞穂は一人のおばあさんとすれ違った。白髪混じりの髪を上品にまとめたそのおばあさんは、瑞穂の姿を見て立ち止まり、微笑みを浮かべた。
「まぁまぁ、かわいらしい坊主頭ねぇ。似合ってるじゃないか」
突然の声に、瑞穂は驚いて足を止めた。おばあさんの目は優しく、彼女を褒めているのだとわかる。それでも瑞穂は、下半身を隠すためにカバンを持つ手に力を込め、視線を逸らしながら返事をした。
「あ、ありがとうございます…」
おばあさんはさらに一歩近づき、瑞穂の頭をじっと眺めた。「若い子で坊主にするなんて勇気があるわねぇ。私なんて昔、髪を短くするのが嫌でたまらなかったのよ」
「そ、そうなんですか…」
瑞穂は困惑しながら答えた。彼女は褒められるどころか、坊主頭の自分を誰にも見られたくない気持ちでいっぱいだったのだ。しかし、おばあさんは彼女の気持ちを全く知らない様子で、にこやかに言葉を続ける。
「髪が短いとね、気持ちもシャキッとして、心が軽くなるものよ。とてもお似合いだわ。本当にいい決断をしたわねぇ」
「そ、そうですか…ありがとうございます…」
瑞穂はなんとかお礼を言いながらも、スカートのシミを隠すためにカバンをぎゅっと押さえつけたままだった。おばあさんの視線が下半身に行かないように、さらに体を捻ってみせる。
「これから寒くなるからね、帽子をかぶるのもいいかもしれないわよ。風邪ひかないようにね」
「は、はい…気をつけます…!」
おばあさんがその場を去ると、瑞穂はほっとため息をついた。しかし、緊張で汗ばんだ身体に濡れた下着とスカートが密着し、さらに不快感が増していた。瑞穂はカバンを再びスカートのシミに押し当てながら、誰にも気づかれないように足早に家へと向かった。
道行く人々が瑞穂を見るたびに、自分のスカートのシミが目立っていないか気になり、何度も振り返ってしまう。風が吹くたびに濡れた部分が冷たくなり、余計に恥ずかしさを煽る。
(お願いだから、誰にも見られていませんように…)
瑞穂はそう祈りながら、足早に歩き続けた。坊主頭の軽さとは裏腹に、心の中は恥ずかしさでいっぱいだった。
翌朝、瑞穂は学校の柔道場へと向かった。昨日の出来事の記憶がまだ鮮明に残っており、スカートのシミや老人たちの声が頭の中で繰り返し響いていたが、気を引き締めて自分に言い聞かせた。
(今日から柔道部の一員なんだから。絶対に恥ずかしいところなんて見せないんだから!)
頭をすっきりさせるために鏡を見てみると、昨日刈られた五厘の頭が青白く輝いて見えた。少し触れるとザラリとした感触があり、また改めて「本当に坊主になったんだ…」と実感する。しかし、その短髪が妙に自分を落ち着かせ、前を向く気持ちにさせてくれるのも事実だった。
柔道着をしっかり着込み、気合いを入れて柔道場の扉を開ける。
柔道場の中では、先輩たちや同学年の部員たちが既に準備運動を始めていた。瑞穂が一歩足を踏み入れると、部員たちの視線が一斉に彼女に集まる。
「おい、新人だぞ。しかも、坊主だ!」
「ほんとだ、すげぇ…女子で五厘って初めて見た!」
「マジかよ…似合ってるじゃん、意外と!」
ざわざわとした声が広がる中、瑞穂は顔を赤らめながらも、柔道着をきちんと整えて前を向いた。彼らの視線は好奇心の色が強かったが、そこに悪意は感じられなかった。それが少し救いだった。
そのとき、柔道部のキャプテンらしき上級生が近づいてきた。体格のいい男子で、髪型は短髪だが瑞穂よりは遥かに長い。
「お前が昨日、五厘刈りにして柔道部に入るって言った新入部員か?」
「はい、神村瑞穂です!よろしくお願いします!」瑞穂は一礼し、精一杯の声で挨拶した。
キャプテンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに大きく頷いた。「いい根性してるな。女子で坊主にしてまで柔道やるなんて、期待できそうだな!」
その言葉に、周囲の部員たちからも拍手が起こる。
「おーい、頑張れよ、新人!」
「女子だけど、坊主なら男子並みに鍛えられるんじゃね?」
「いや、もはや女子って感じしないけどな!あはは!」
瑞穂はその声に少しムッとしながらも、「負けないぞ」と心に決めた。
初日から柔道部の練習は厳しかった。準備運動の後、いきなり体力勝負のメニューが始まり、腕立て伏せや腹筋、ダッシュなどの基礎体力トレーニングが延々と続いた。瑞穂は息を切らしながらも、必死に食らいつく。
(絶対にやめない…絶対に弱音なんて吐かない…!)
汗が顔から滴り落ち、五厘刈りの頭に冷たい汗が伝うのがはっきりと感じられる。それでも、坊主頭のおかげで髪が顔に貼り付いたりすることがなく、どこか快適な気分でもあった。
「おい、神村!まだいけるだろう!」キャプテンが声をかける。
「押忍!まだいけます!」瑞穂は力強く答え、ダッシュを再び繰り返した。
その頑張る姿に、他の部員たちからも「頑張れ!」という声援が飛ぶ。瑞穂は心の中で嬉しさを感じながらも、ひたすら自分の身体を動かし続けた。
練習が終わり、全身汗だくで柔道場の隅に座り込んだ瑞穂。頭から汗が流れるたびに、坊主頭が涼しいのを実感し、「この髪型も悪くないかも」と少し思い始めていた。
「神村、お疲れ!」キャプテンが近づき、水を差し出してくれる。
「ありがとうございます…!」
「初日から頑張ってたな。期待してるぞ。この調子でどんどん強くなれよ!」
「はい!ありがとうございます!」瑞穂は全力で答えた。
柔道場を出ると、外の風が坊主頭に心地よく吹きつけた。瑞穂はその感触を楽しみながら、疲れた身体を引きずるようにして帰路についた。
(よし、絶対に強くなる…!)
瑞穂は新たな決意を胸に、明日からの部活に向けて心を奮い立たせていた。
「私、柔道を続けるよ。恵が一緒に目指してた道を、私が歩む」
そう誓った瑞希は、勇気を出して柔道部の顧問に入部を申し出た。しかし、顧問から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「入部するなら、まず頭を坊主にしてこい。それが覚悟を見せる第一歩だ」
男子部員ばかりの厳しい環境で、顧問は女子である瑞希に対し、特別な覚悟を求めたのだった。
一瞬戸惑った瑞希だったが、それ以上に湧き上がる強い思いがあった。恵と一緒に夢見た全国大会への道を、自分が引き継ぐのだと決めていたからだ。そしてもう一つの理由があった――それは、自分の「髪にまつわる癖」に打ち勝つことだった。
瑞希は、髪を触られると奇妙な快感を覚えてしまう癖があった。幼い頃は美容室で髪を切られるたびに体が反応してしまい、そのことが恥ずかしくて美容室から足が遠のいていた。だからこそ、坊主頭になればこの癖とも決別できるのではないかという期待もあった。
「坊主になれば、私は変われる」
そう自分に言い聞かせ、瑞希は床屋に行くことを決意した。
瑞希は駅前の雑居ビルを見上げ、小さく息を吸い込んだ。目に飛び込んできたのは、「ヘアサロン 鷹」というシンプルな看板と、回転する三色のサインポール。赤・青・白の鮮やかな色が、今日という日を特別なものにしているように見えた。自転車を停めた後、しばらく看板を見上げたまま立ち尽くしていたが、瑞希は自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫、ここで新しい自分になれるんだから」
ゆっくりと階段を上り始める。狭く急な階段の一歩一歩が、瑞希にとってはまるで人生の大きな一歩を踏み出すように感じられた。心臓の鼓動が少し速くなり、息を吐きながら手で胸を押さえる。階段の先にある古びた木製のドアの前に立つと、ドアの向こうから談笑する声と微かな機械音が聞こえてきた。
「ここが私の覚悟を見せる場所…」
そう思いながら、瑞希は意を決してドアを押し開けた。
ドアを開けた瞬間、瑞希は独特の床屋の匂いに包まれた。湿気を帯びた空気と湯気のような匂い、そしてわずかに香る整髪料の香り。それは瑞希にとって懐かしさと緊張を同時に呼び起こすものだった。店内は決して広くはなく、理髪台が三台並び、それぞれが少し年季の入った革張りの椅子で揃えられていた。壁には古びた鏡がかかり、散髪道具が整然と並んでいる。
店の片隅には待合席があり、そこには年配の男性が三人ほど腰を下ろしていた。彼らは談笑しながら雑誌を手にしていたが、瑞希が入店するなり、一斉に顔を上げて彼女の方を見た。
「あら、今日は珍しいお客さんだねぇ」
最初に口を開いたのは、白髪交じりの少し体格の良いおじさんだった。彼の声に反応するように、他の二人も瑞希を見てにやりと微笑む。瑞希は突然の注目に戸惑い、顔が一気に赤くなるのを感じた。慌てて視線をそらし、カウンターへ向かおうとしたその瞬間、別のおじさんがからかうように言葉を投げた。
「どうした、坊主頭にでもするのかい?」
その言葉に他の二人も大笑いし、店内に小さな笑い声が響いた。瑞希は足を止め、目を丸くして振り返った。おじさんたちの視線が自分に向けられているのを感じ、さらに顔が熱くなる。
「いやいや、こんな可愛い子が坊主なんてするわけないよなぁ」
「だよな、でももしやるならすごい覚悟だぞ!」
おじさんたちの茶々に、瑞希は言葉を失ったが、なんとか震える声でカウンターの理髪師に向かって言葉を絞り出した。
「あ…あの、五厘刈りをお願いします…」
その言葉が店内に響くと、待合席のおじさんたちは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になり、口々に賛辞とも揶揄とも取れる言葉を投げかけてきた。
「マジかよ!五厘か!そりゃあ本気だな!」
「坊主にする女子なんて見たことないぞ。いやぁ、お前は男の中の男だ!」
瑞希は顔を真っ赤にしながら、待合席に促されるまま腰を下ろした。椅子の感触が冷たく、少し硬い。それがまた彼女の緊張を高めていた。周りのおじさんたちはニヤニヤしながら、時折瑞希に視線を送ってくる。
(恥ずかしい…でも、これが私の決めたこと)
そう心の中で自分に言い聞かせながら、瑞希はじっと自分の名前が呼ばれるのを待っていた。店内に響くバリカンの音やおじさんたちの笑い声が、彼女の鼓動をさらに速めていった。
「次のお客様、どうぞ」と理髪師の声が響く。
瑞希は呼ばれた瞬間、心臓が跳ねるように高鳴った。待合席に座るおじさんたちが笑顔で見送る中、彼女はゆっくりと立ち上がり、少し震える足取りで理髪台に向かう。椅子の前に立つと、理髪師が微笑みながら「緊張しなくていいよ」と優しく声をかけてくれた。
瑞希は深呼吸をし、革張りの椅子に腰を下ろした。座り心地はしっかりしているが、背中が微かに汗ばんでいるのを感じる。理髪師が首元にケープを巻きつけると、その布が肩に触れる感触がまた新鮮で、瑞希の鼓動をさらに速めた。
「今日は五厘刈りでいいんだね?」
「はい…お願いします」
瑞希は小さな声で答え、拳をぎゅっと握り締めた。理髪師が黄色いバリカンを手に取り、スイッチを入れると、低い「ブイィィン」という音が店内に響く。その音が瑞希の緊張をピークに達せさせたが、すぐに理髪師が話しかけてきた。
「坊主にするのは、初めて?」
「…はい。初めてです」
瑞希は正直に答えた。頭皮に触れる振動を想像するだけで胸がざわつき、少し肩に力が入った。
「最初はちょっとびっくりするかもしれないけど、すぐに慣れるよ。リラックスして」
理髪師は優しい声でそう言い、バリカンを瑞希の右こめかみに当てた。その瞬間、細かい振動が頭皮全体に響き、瑞希は思わず身体をこわばらせた。刃が髪をすくい上げる感覚は独特で、今まで体験したことのない心地よさと緊張が入り混じっていた。
「大丈夫?痛くないよね?」と理髪師が声をかける。
「…はい、大丈夫です」と瑞希は答えたものの、心臓がバクバクと音を立てているのが自分でもわかる。バリカンが右側の髪をゆっくりと刈り上げていくたびに、さらさらと髪が肩を伝い、ケープの上に落ちていくのが見えた。
刈られた部分の頭皮が徐々に青白く見え始め、それが鏡に映ると、瑞希は少し戸惑いながらも、自分の決意を再確認するように目を閉じた。
「さあ、ここから一気にいくよ」と理髪師が笑顔で声をかけ、今度は頭頂部へとバリカンを滑らせた。
「ブイィィィン」
低く響く音とともに、頭皮に直接伝わる振動が瑞希を襲う。初めての感覚に身体がピクリと反応するが、瑞希はじっと耐えた。バリカンが髪を刈り取っていく音はどこか無機質で、それがまた彼女の心をざわつかせた。
瑞穂は、頭全体が軽くなるのを感じながら理髪台に座っていた。バリカンの音が近づき、髪が次々と地面に落ちていくのを目の端で見ながら、緊張と興奮が入り混じるような不思議な感覚に包まれていた。
理髪師の中年の男性は、淡々と手際よくバリカンを操り、瑞穂の頭を撫でるように刈り上げていく。その動きには無駄がなく、まるで長年染み付いた職人技を披露しているようだった。
「今日は思い切ったねぇ」と、彼は軽く話しかける。
「ええ、まぁ…柔道部に入るためには、こういう髪型がいいかなって…」
瑞穂は頬を赤らめながら答えた。普段の自分なら絶対に選ばないスタイルだが、どうしても柔道部で力をつけたいという思いが彼女を突き動かしていた。
「若いのに、偉いね」と理髪師は微笑む。「じゃあ、もう少しで仕上がるから、我慢してね」
瑞穂は何度か深呼吸し、バリカンが頭に触れるたびに少しずつ安心しようと努めた。しかし、バリカンの振動が頭のツボに当たると、身体の奥から奇妙な感覚がわき上がってくる。瑞穂はその感覚に戸惑いながらも、次第にそれに引き込まれていった。
バリカンがこめかみに触れるたびに、彼女の胸が軽く高鳴り、熱いものが全身を駆け抜ける。
「どうかしたかい?顔が赤いよ」と理髪師が心配そうに訊ねた。
「え?い、いえ、なんでもないです…」
瑞穂は慌てて言葉を返し、視線を逸らした。しかし、理髪師はどこか含みのある笑みを浮かべ、再びバリカンを当てる。頭皮に直接伝わる微細な振動が、まるで鼓動に合わせて増幅しているかのように感じられ、瑞穂の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
「不思議なもんだね、こういう五厘刈りをする若い女の子は珍しいからね」と理髪師がぽつりとつぶやく。
瑞穂は何とも答えられず、ただ無言でうなずくしかなかった。顔がどんどん熱くなり、汗が滲むのを感じる。理髪師の指が頭に触れ、軽く押すような仕草をするたびに、どこかくすぐったいような、甘く切ない感覚が全身に広がる。
「もしかして、ちょっと気持ち良くなってきたんじゃないの?」
理髪師は半ば冗談のようにそう言い、瑞穂をじっと見つめた。瑞穂はその言葉に驚き、思わず体を硬くする。
「そ、そんなこと…ないです!」瑞穂は少しうろたえた声で返したが、自分の顔がますます赤くなっているのを感じ、恥ずかしさが募っていく。
理髪師は微笑を浮かべながら、バリカンを首筋に近づけた。バリカンの刃が頭皮をかすめると、瑞穂の体はビクリと震えた。少し汗ばんだ首筋にバリカンの冷たい感触が当たると、彼女の身体はますます敏感に反応してしまう。
次第に、彼女の心の中で言葉にできない感情が湧き上がってくる。
(な、なんで…こんなに変な気持ちになるの…?)
瑞穂は必死にその気持ちを抑えようとしたが、バリカンが最後の仕上げをするたびに、彼女の心と体はまるで何かに浸されるような感覚に包まれていくのだった。
理髪師が瑞穂の頭にバリカンを当てるたび、瑞穂の身体はその振動に敏感に反応していた。バリカンの刃が頭皮に直接触れる瞬間、瑞穂の体はビクリと震え、抑えきれない感覚が彼女を襲う。心臓は早鐘を打つように高鳴り、呼吸はどんどん荒くなっていった。
「はっ…あ…!」
思わず声が漏れ、瑞穂は慌てて唇を噛みしめたが、その声を抑えることはできなかった。理髪師はそれを見てにやりと微笑むと、さらに瑞穂の反応を引き出そうとするかのように、バリカンを頭皮の別の部分に当て、ゆっくりと刈り進めていく。
「もっと感じてごらん?無理に抑えなくていいよ。素直になればいいさ」
理髪師は瑞穂にそう語りかけ、声に一層の柔らかさを込めて促す。彼の言葉に瑞穂は目を閉じ、次第に全身をその感覚に委ねていく。
「あ…あぁっ…!」
バリカンの振動が後頭部に伝わると、瑞穂はまた声を上げてしまう。バリカンが動くたびに、頭の中が真っ白になり、どこか遠くに引き込まれるような錯覚を覚える。瑞穂の声は次第に大きくなり、息も荒く、身体の奥から湧き上がる熱に翻弄されているのが自分でもわかる。
「いいぞ、もっと声を出してごらん」
理髪師の声は優しくもあり、どこか挑発的でもあった。瑞穂はその言葉にさらに心を乱され、バリカンが頭に触れるたびに反応が増していく。
「ああっ…!もう…もう…」
瑞穂は荒い息をつきながらも、その言葉を遮るようにさらにバリカンが頭に触れ、甘く切ない感覚が彼女を突き動かした。理髪師の声が耳元で繰り返されるたびに、瑞穂は声を押さえきれなくなり、頭から熱が全身に広がっていくのを感じた。
瑞穂は自分がどんどんその感覚に溺れていくのを感じた。頭皮に響くバリカンの微かな振動が身体全体に伝わり、次第に体の芯まで届くようだった。理髪師は彼女の反応を見逃さず、さらに手際よく頭全体を刈り上げていく。瑞穂の体がバリカンの動きに合わせて自然と反応してしまうのが、彼女自身でもわかっていた。
「ほら、我慢せずに声を出してごらん。遠慮しなくていいんだよ」と理髪師は促すように、さらに強い声で話しかけた。
瑞穂はその言葉に思わず唇を噛んでこらえようとしたが、全身を駆け抜ける感覚に抗えず、口から声が漏れてしまう。
「あっ…もう…ああっ…!」
体の中で熱がうねるように広がり、心臓の鼓動が止まらない。彼女の心は完全に支配され、ただその感覚に浸るしかなかった。顔が赤らんでいくのがわかり、恥ずかしさと同時に、どこか解放感も感じられる。理髪師の言葉が耳に響くたびに、瑞穂の身体は素直に反応してしまう。
「いい感じだね。もっと、リラックスして楽しめばいいんだ」
彼の低い声がさらに瑞穂を揺さぶり、バリカンがこめかみから後頭部へと滑り、頭皮をなぞるたびに、全身がピリピリと反応する。瑞穂の呼吸は荒くなり、息が漏れるように大きくなっていく。
「ああっ…もう…これ以上…」
声が自然と大きくなり、瑞穂はその場で崩れてしまいそうなほど体中が熱くなっていく。理髪師は笑みを浮かべながら、さらに頭皮の別の部分を優しく刺激し続け、瑞穂の体はもはや完全にその動きに委ねられていた。
彼女は理髪師の言葉に導かれるまま、頭の中が白くなり、ただひたすらその甘美な感覚に身を委ねていた。
瑞穂は、バリカンが頭皮に触れるたびに、身体がビクリと反応していることに気づいた。それが不快感ではなく、むしろ心地よさを伴っているのが彼女をさらに混乱させた。理髪師が軽く頭を抑えるたびに、身体の奥底から熱い何かが湧き上がり、呼吸が徐々に荒くなる。
「おっと、大丈夫かい?」と理髪師が瑞穂の顔を覗き込む。
「は、はい…なんでも…」瑞穂は返事をしようとしたが、声が掠れ、言葉にならなかった。頬が火照り、息を整えようとしても、うまくできない。
バリカンがこめかみを滑ると、ふいに瑞穂の口から抑えきれない声が漏れた。
「あ…あぁっ…」
理髪師が目を丸くしながらも、口元に薄い笑みを浮かべる。「おやおや、驚いたな。そんな声を出すお客さんは初めてだよ」
「ご、ごめんなさい! ちょっと…わからなくて…」瑞穂は必死に弁解しようとするが、その声も震えている。
「いやいや、いいんだよ。リラックスしていい。大きな声を出しても構わないよ」と理髪師が少し声を張り上げて言うと、他の客たちがちらりと瑞穂を見たが、すぐに視線を戻した。
バリカンが再び後頭部を滑る。その振動が頭皮を通じて全身に伝わると、瑞穂の身体は反射的に背中を軽く反らし、次の瞬間、大きな声が思わず飛び出してしまった。
「ああっ! だめっ…!」
「おお、いいね! その調子! 我慢しないで出しちゃいな!」と理髪師が、冗談めかした口調で促す。
「ち、違います! そんな…!」瑞穂は顔を真っ赤にして否定するが、バリカンの刃が再び頭皮に当たるたび、身体が反応してしまう。声もどんどん大きくなり、自分では止められなくなっていた。
「ほら、もっと大きな声で!」理髪師は声を張り上げて楽しげに言い、ますます手際よくバリカンを動かす。瑞穂の身体が微細な震えを見せるたびに、理髪師の笑顔は少しずつ広がっていった。
「ああっ! やめて…! ああぁっ!」瑞穂は自分の声がどんどん大きくなっていくのを止められなかった。頭皮に感じる微かな熱と振動が、全身を揺さぶるような心地よさに変わり、彼女の感覚を支配していく。
「いいぞ、その調子! スッキリするから、全部出してみな!」理髪師は半ば大声で瑞穂を促す。
「だ、だめぇっ…もうっ!」瑞穂は涙目になりながらも声を張り上げるしかなかった。その声が狭い店内に響き渡り、老人たちがちらちらとこちらを伺う中、理髪師はどこ吹く風といった様子で仕事を続けた。
バリカンが最後の仕上げとしてうなじに当てられると、瑞穂の身体は一際大きく震え、ついには頭を仰け反らせるように反応してしまった。
「あああっ! もう…やめて…!」
理髪師はその反応を見て、満足げに頷いた。「よし、仕上がったぞ。これで気持ちもスッキリだな」
瑞穂の五厘刈りは、ついに仕上がった。バリカンの振動が消え、頭全体が驚くほど軽くなった感覚に包まれた。鏡に映る自分の姿を見て、彼女は改めて五厘のインパクトを感じながらも、どこか爽快感を覚えた。
「さて、仕上げにシャンプーをしておくよ。短くなった分、地肌もスッキリするからね」と、理髪師が優しく声をかける。
「は、はい…お願いします…」
瑞穂は小さな声で答え、シャンプー台へ誘導されるまま座った。頭を後ろに倒し、理髪師の指がそっと頭に触れると、その柔らかい感触が思いのほか心地よく、彼女は緊張を少しだけ解いた。
理髪師は冷水とぬるま湯を混ぜながら瑞穂の頭皮に水を流し、泡立てたシャンプーを手に取り、指先で優しく頭皮をマッサージするように洗い始めた。
「気持ちいいだろう?五厘にするとシャンプーが楽なんだよ」と、理髪師が和やかな声で言う。
「う…うん…気持ちいいです…」瑞穂は正直に答えた。短く刈り上げられた頭皮に指が触れるたび、ほんのりとした温かさと優しい圧が伝わり、心地よさが次第に体全体に広がっていく。
理髪師の指が円を描くように頭頂部をマッサージすると、瑞穂は身体の奥から奇妙な熱が湧き上がるのを感じた。指の動きが一定のリズムを刻みながら、頭皮を押したり撫でたりすると、その感覚がさらに深く身体に浸透していく。
「あっ…あぁっ…」瑞穂は思わず声を漏らしてしまった。自分でも驚くほど大きな声が出て、すぐに口を押さえる。
理髪師はその声に一瞬動きを止めたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。「大丈夫だよ。声を我慢しなくてもいいんだからね。シャンプーで気持ちよくなる人は珍しくないよ」
「そ、そんな…恥ずかしい…!」瑞穂は顔を赤くしながら反論したが、理髪師の指は止まらない。むしろ力を少し強めて、頭皮をさらに丁寧にマッサージし始めた。
頭の側面から後頭部にかけて指が滑るたび、瑞穂は自分でも抑えきれない声を漏らしてしまう。
「あっ…そこ…だめ、ですっ…!」
「ほら、もっとリラックスしてみな」と理髪師が促すように言い、瑞穂のこめかみを指の腹でゆっくりと押し始めた。その動きに瑞穂の身体はさらに反応し、背中を軽く反らせるような仕草を見せた。
「気持ちいいだろう?さ、全部感じてみなさい」と、理髪師が優しく声をかける。
「あっ…あぁ…っ…!」瑞穂の声はどんどん大きくなり、呼吸も荒くなる。頭皮を押されるたびに湧き上がる快感が全身を包み込み、彼女の身体は微細に震え始めた。
理髪師の指がうなじを撫でるように滑り、再び円を描くように動き出すと、瑞穂の身体はついに限界を迎えそうになった。頭皮から湧き上がる熱が背中から足先まで伝わり、彼女の心臓は激しく鼓動していた。
「もう無理っ…あぁっ…!」瑞穂は理髪師の手の動きに完全に飲み込まれ、声をあげることを止められなかった。
「ほら、もう少しで終わるからね。我慢しなくていいよ」と理髪師が声を張り上げて促す。
瑞穂は恥ずかしさでいっぱいになりながらも、その快感から逃れることができず、ついには身体が軽く反り返り、声を震わせながら全身でその感覚を受け入れていた。
「はい、これで終わりだよ。お疲れ様」と理髪師がタオルで瑞穂の頭を拭きながら言った。
瑞穂は全身が火照り、荒い息を整えながら目を閉じたまま答えることもできなかった。五厘刈りになった頭とともに、彼女はこれまで味わったことのない気持ちを経験してしまった自分を、どう受け止めればいいのかわからなかった。
シャンプーを終えた瑞穂は、椅子から立ち上がった。
頭全体が軽くなり、頭皮には爽やかな風が通るような感覚があった。理髪師が最後にタオルで軽く頭を拭いてくれると、彼女は「ありがとうございました…」と小さな声で礼を言い、そろそろと椅子から立ち上がろうとした。
しかし、その瞬間、瑞穂は異変に気づいた。
座っていた椅子の革張りの部分が、濡れていたのだ。光が反射し、小さな水滴がいくつも見える。瑞穂は顔を真っ赤にして硬直し、次にその光景を見た理髪師も一瞬動きを止めた。
「あら…」理髪師が低い声で呟く。
瑞穂は恥ずかしさで身体が震えた。この濡れた椅子が何を意味しているのか、彼女にはわかっていた。自分では抑えきれなかった身体の反応が、ここに形として現れてしまっている――その事実が彼女の羞恥心を激しく揺さぶった。
待合席に座っていた老人たちもその様子に気づき、ざわざわと話し始める。
「おやまぁ、あの子、椅子を濡らしてるぞ…」
「ほんとだ、何かこぼしたのか?」
「いやいや、どう見ても水とは違うな…」
その声に瑞穂はさらに顔を赤くし、立ち尽くしたまま動けなくなった。理髪師はそんな彼女を見て気まずそうに笑い、椅子をサッとタオルで拭き始める。
「ああ、大丈夫だよ。よくあることだからね」と理髪師が軽く言う。
「えっ…い、いえ…その…」瑞穂はうつむき、何も言えなくなった。
待合席の一人の老人がニヤリと笑って言う。「若い娘さんが丸刈りにされて、気持ちよくなっちまったんだろうなぁ。まぁ、仕方ない、仕方ない」
「おいおい、そんなこと言うもんじゃないよ」と別の老人が注意するが、その声には笑いが混じっている。
「いやぁ、でもさ、椅子をあんなに濡らしちゃうなんて、若いってのはすごいもんだな」
「確かに、最近は見ない光景だよなぁ。いや、眼福眼福」
彼らの笑い声が小さな床屋の中で広がり、瑞穂の羞恥心は限界に達した。
「すみません!もう、失礼します!」と、瑞穂は顔を隠すようにカバンをつかむと、理髪師が引き留める間もなく店を飛び出した。
外に出ると、冷たい風が丸刈りになった頭を包み込み、火照った顔を冷やしてくれるようだった。しかし、瑞穂の胸の鼓動は止まらず、待合席の老人たちの声や笑いが頭の中で繰り返し響いていた。
(もう二度とここには来られない…!)
瑞穂は強く唇を噛みしめ、泣きそうになるのを必死に堪えながら走り出した。濡れた椅子のことも、待合席の老人たちの反応も、彼女にとって一生忘れられないほどの恥ずかしい思い出として刻まれることになった。
瑞穂は床屋から飛び出すと同時に、自分の身体の異変に気づいた。スカートの内側がじっとりと濡れており、太ももに冷たい感触が伝わる。さらに、恐る恐る下を見てみると、スカートの生地に大きなシミができているのを発見した。
「えっ…こんな…」
彼女の顔は一気に真っ赤になった。どうやって家まで帰ればいいのか、その場で思考が止まりそうになる。下着も完全に濡れてしまっており、濡れた感触が一歩一歩ごとに肌にこすれて不快さと恥ずかしさを増幅させる。
(やだ…こんな姿、誰かに見られたらどうしよう…)
瑞穂は咄嗟にカバンを抱え込み、スカートのシミを隠すように持ち直した。しかし、濡れた部分が大きすぎて、完全に隠しきれるわけではない。それでも、周囲の人の視線を感じるたびに、彼女はうつむき、早足で歩き出した。
商店街を抜ける途中、瑞穂は一人のおばあさんとすれ違った。白髪混じりの髪を上品にまとめたそのおばあさんは、瑞穂の姿を見て立ち止まり、微笑みを浮かべた。
「まぁまぁ、かわいらしい坊主頭ねぇ。似合ってるじゃないか」
突然の声に、瑞穂は驚いて足を止めた。おばあさんの目は優しく、彼女を褒めているのだとわかる。それでも瑞穂は、下半身を隠すためにカバンを持つ手に力を込め、視線を逸らしながら返事をした。
「あ、ありがとうございます…」
おばあさんはさらに一歩近づき、瑞穂の頭をじっと眺めた。「若い子で坊主にするなんて勇気があるわねぇ。私なんて昔、髪を短くするのが嫌でたまらなかったのよ」
「そ、そうなんですか…」
瑞穂は困惑しながら答えた。彼女は褒められるどころか、坊主頭の自分を誰にも見られたくない気持ちでいっぱいだったのだ。しかし、おばあさんは彼女の気持ちを全く知らない様子で、にこやかに言葉を続ける。
「髪が短いとね、気持ちもシャキッとして、心が軽くなるものよ。とてもお似合いだわ。本当にいい決断をしたわねぇ」
「そ、そうですか…ありがとうございます…」
瑞穂はなんとかお礼を言いながらも、スカートのシミを隠すためにカバンをぎゅっと押さえつけたままだった。おばあさんの視線が下半身に行かないように、さらに体を捻ってみせる。
「これから寒くなるからね、帽子をかぶるのもいいかもしれないわよ。風邪ひかないようにね」
「は、はい…気をつけます…!」
おばあさんがその場を去ると、瑞穂はほっとため息をついた。しかし、緊張で汗ばんだ身体に濡れた下着とスカートが密着し、さらに不快感が増していた。瑞穂はカバンを再びスカートのシミに押し当てながら、誰にも気づかれないように足早に家へと向かった。
道行く人々が瑞穂を見るたびに、自分のスカートのシミが目立っていないか気になり、何度も振り返ってしまう。風が吹くたびに濡れた部分が冷たくなり、余計に恥ずかしさを煽る。
(お願いだから、誰にも見られていませんように…)
瑞穂はそう祈りながら、足早に歩き続けた。坊主頭の軽さとは裏腹に、心の中は恥ずかしさでいっぱいだった。
翌朝、瑞穂は学校の柔道場へと向かった。昨日の出来事の記憶がまだ鮮明に残っており、スカートのシミや老人たちの声が頭の中で繰り返し響いていたが、気を引き締めて自分に言い聞かせた。
(今日から柔道部の一員なんだから。絶対に恥ずかしいところなんて見せないんだから!)
頭をすっきりさせるために鏡を見てみると、昨日刈られた五厘の頭が青白く輝いて見えた。少し触れるとザラリとした感触があり、また改めて「本当に坊主になったんだ…」と実感する。しかし、その短髪が妙に自分を落ち着かせ、前を向く気持ちにさせてくれるのも事実だった。
柔道着をしっかり着込み、気合いを入れて柔道場の扉を開ける。
柔道場の中では、先輩たちや同学年の部員たちが既に準備運動を始めていた。瑞穂が一歩足を踏み入れると、部員たちの視線が一斉に彼女に集まる。
「おい、新人だぞ。しかも、坊主だ!」
「ほんとだ、すげぇ…女子で五厘って初めて見た!」
「マジかよ…似合ってるじゃん、意外と!」
ざわざわとした声が広がる中、瑞穂は顔を赤らめながらも、柔道着をきちんと整えて前を向いた。彼らの視線は好奇心の色が強かったが、そこに悪意は感じられなかった。それが少し救いだった。
そのとき、柔道部のキャプテンらしき上級生が近づいてきた。体格のいい男子で、髪型は短髪だが瑞穂よりは遥かに長い。
「お前が昨日、五厘刈りにして柔道部に入るって言った新入部員か?」
「はい、神村瑞穂です!よろしくお願いします!」瑞穂は一礼し、精一杯の声で挨拶した。
キャプテンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに大きく頷いた。「いい根性してるな。女子で坊主にしてまで柔道やるなんて、期待できそうだな!」
その言葉に、周囲の部員たちからも拍手が起こる。
「おーい、頑張れよ、新人!」
「女子だけど、坊主なら男子並みに鍛えられるんじゃね?」
「いや、もはや女子って感じしないけどな!あはは!」
瑞穂はその声に少しムッとしながらも、「負けないぞ」と心に決めた。
初日から柔道部の練習は厳しかった。準備運動の後、いきなり体力勝負のメニューが始まり、腕立て伏せや腹筋、ダッシュなどの基礎体力トレーニングが延々と続いた。瑞穂は息を切らしながらも、必死に食らいつく。
(絶対にやめない…絶対に弱音なんて吐かない…!)
汗が顔から滴り落ち、五厘刈りの頭に冷たい汗が伝うのがはっきりと感じられる。それでも、坊主頭のおかげで髪が顔に貼り付いたりすることがなく、どこか快適な気分でもあった。
「おい、神村!まだいけるだろう!」キャプテンが声をかける。
「押忍!まだいけます!」瑞穂は力強く答え、ダッシュを再び繰り返した。
その頑張る姿に、他の部員たちからも「頑張れ!」という声援が飛ぶ。瑞穂は心の中で嬉しさを感じながらも、ひたすら自分の身体を動かし続けた。
練習が終わり、全身汗だくで柔道場の隅に座り込んだ瑞穂。頭から汗が流れるたびに、坊主頭が涼しいのを実感し、「この髪型も悪くないかも」と少し思い始めていた。
「神村、お疲れ!」キャプテンが近づき、水を差し出してくれる。
「ありがとうございます…!」
「初日から頑張ってたな。期待してるぞ。この調子でどんどん強くなれよ!」
「はい!ありがとうございます!」瑞穂は全力で答えた。
柔道場を出ると、外の風が坊主頭に心地よく吹きつけた。瑞穂はその感触を楽しみながら、疲れた身体を引きずるようにして帰路についた。
(よし、絶対に強くなる…!)
瑞穂は新たな決意を胸に、明日からの部活に向けて心を奮い立たせていた。
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