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遥か日が昇る地へ
伯爵家令嬢
しおりを挟むワイナール皇国暦286年、3の月
ケイワズ伯爵の執務室の扉がノックされ侍女と共に1人の淑女が入ってきた
「御祖父様、城内が騒がしい様ですが何か御座いましたか?」
「ん?おぉメリルか、いや何でもない
其方は気にせずに過ごすが良い」
「何でもない様な騒ぎではありませんわよね?
先日話をされた公爵家惣領に関係してますの?」
「あぁ…うむ…その件なのだがな?
晩餐会どころでは無くなったやもしれぬでな
あまり気にする必要は無いぞ?」
「あら?私は楽しみにしておりましたのに?
もう私も12歳で御座います、社交の場で淑女として振る舞っても違和感が無くなりましてよ?
それに、当家より身分の高い御家の殿方など、早々御会いする機会も得られぬので好機では御座いませんか?」
「くくっ、いつまで猫を被っておる
まだ、おしゃまな娘にしか見えぬぞ?」
「ふう…な~んだ、御祖父様には見破られちゃうのか~」
「くくくっ、もう少しであったな?」
「ブーッ!いいんですー、御祖父様は誤魔化されなくてもー!
で、公爵家の惣領とはどの様な方なのか分かったのですか?」
メリルがケイワズ伯爵の膝に手を置いて顔を覗き込むと、伯爵もメリルの頭を撫でながら
「いや、それが確証がない情報ばかりでな」
「どの様な情報なのですか?」
「うむ…あ~、見た目は6歳ぐらいであるらしい事と側仕えがエルフと獣人だと聞いた」
「あら?私よりも6つも御若いのですね?
でも、側仕えが…少々オツムが弱い方なのかしら?」
「いや、頭は良いかもしれぬ、その様な言動をしたようだ
まぁ騎士も連れておるから其れ等の入れ知恵かもしれぬがな?
それに身分が高く、何の苦労も知らずに育ったお坊ちゃんだ
亜人などを日々の玩具にしておるのかもしれんな」
「まぁ…公爵家の惣領ともあろう方が変態…いえいえ、では当家の下働きの亜人など見せて遣い様を御教えしなければなりませんわね?」
「うむ、そうだな
高貴な血が何故高貴なのかをな?」
ケイワズ伯爵の目が、これでもかと垂れ下がる
ロウの馬車内には、まだ衰弱した体力が回復しないのだろう子供達が昏々と眠っている
その子達を起こさない様にロウが声をだす
「リズ、ミア、オルチに着いたら賊から剥ぎ取った装備品を売りにいってくれる?
大した金額にはならないと思うけど、それなりに量があるから纏まった金額にはなるんじゃないかな?」
「はい、承知しました
ですが、ここで売っても宜しいのですか?
この辺りは武具の需要が少ないですから買い叩かれるかもしれませんよ?」
「そっか、でも、うん、しょうがない
あの村人達に渡す為だからね、僕たちの懐から金を出すのは違うと思うんだ
だからね、頑張って高く売ってみて?」
「かしこまりました
ですが、私たちでは無くフワックさん達に売りに行かせた方が良いかもしれません」
「なんで?」
「いくら領府とはいえ地方都市ですから、亜人の私たちでは難しいかもしれません
ましてや大量の武具ですから、盗んできたと思われるのは予想出来ます」
「はぁ…面倒な世界だな…まぁ多人種国家ってそんなもんか
うん、じゃあフワック達に頼んでおいてよ
でも、よくポロは商家で仕事出来てるな?」
「ハハハ…ロウ様、ちゃんとカラクリがあるんですよ」
ポロが馭者台の扉を開けて入ってきた
「カラクリ?」
「ええ、野営場で会ったペローが居たでしょう?
あいつを紹介した時にも言ったと思いますが、我々獣人の様な亜人種の使用人は表立っては商談には出ません
あゝ頭取に出るなと言われた訳ではありませんよ
彼の方は逆に《表に出ろ》と言われる方ですからね
しかし、皇都では大丈夫なんですが地方ではそうもいきませんからね自重しています
ですから同行する際に言ったでしょう?
御迷惑では?と、ハハハ…」
「なるほどね、だからペローは偵察兼護衛兼情報伝達だったんだ?」
「お、さすが!よく憶えておいででしたね」
「まぁね、誰が何をしているのか憶えておいて損はないからね
特に関わった人はね」
「ポロさん?馭者は大丈夫なんですか?」
「ええ、問題無いみたいです
ヴァイパーが賢すぎて、する事が無いんですよ
特に今みたいに大人数に囲まれていると、ただ単に歩むだけですからね」
「それはそれで、周りの領兵が目を丸くしてそうだな
好奇な目で見られるのは面倒だから僕は外に出ない様にしよう」
ロウが苦笑する
「なんだ賊風情が、その物言いは!」
「うるせーよ!お前らに捕まった訳じゃねぇから知った事かよ!」
「なんだとお!」
“バグッ” “ガスッ”
「殺すんなら、黙って俺たちを躊躇無く殺しゃあいいんだ
あの良いとこの坊ちゃん達みてーにな!」
「だな、お前らには心底恐ろしいって思わねーんだよ」
「クソがっ!舐めやがって!じゃあ殺してくれるわ!」
「おい、やめろ!殺すな!」
「待てって!せっかく捕らえて下さってるんだ、面目を潰すな!」
「あぁ、お前は少し離れてろ」
ロウの馬車の後方で騒ぎが起こっていた
「あーぁ、舐められてるなぁ
まぁそりゃそうか、いずれは死罪だろうけど領府で牢に繋がれた後だろうしな
それに、あの強気は領兵に通じてるのが居るからだろうね
逃げ出す気が満々ってとこかな」
「あぁ、理解出来ましたわ、ロウ様
だから、アッサリと殺す私たちが恐ろしくてペラペラと喋っていたのですね?」
「そうだよリズ、だから最初にアッサリ殺したのは良い手際だったね
あの2人を殺してなかったら手間がかかってしょうがなかったと思うよ」
「なるほど、ロウ様はそこまで考えて行動されるのですな」
「いや、それは買い被りだよポロ
敵認定したから容赦する必要性がなかっただけだね
後は、敢えて言うなら、必要性が無かったら村人も放ったらかしにしたと思う
まぁ、あの子供達は見ていられなかったけどね」
と、寝ている子供達を見る
「そうなのですか?
では義侠心とかでは無いと?」
「うん、僕は正義の味方じゃないし
世直ししたい訳でもない
ここの伯爵領に何ら関わりがある訳でもない
むしろ、ただの通過地なのに足止めされて迷惑なぐらいだ
それに、僕は公爵家の惣領ってだけの“ただの子供”だよ」
「「「ただの子供?」」」
「なんだよ?」
「しかし、村人の必要性がいまいち理解出来ません」
「あぁそれは伯爵家に貸しを作る為かな?
自分の領内で公爵家の人間が賊に襲われ、あまつさえ領民まで助けられたってなったら
普通は負い目だと思うんじゃない?
まぁ思わなかったら、とっとと逃げ出すけどね、ハハッ」
「逃げ出すのですか?」
「うん、逃げ出すよ
そんな通じない人を相手にするのは不毛だからね
意味のない喧嘩して気分が悪くなるぐらいなら逃げ出す
そんな人は何言っても自分に都合が良い解釈しかしないから、正論を言えば言うほど怒るからね
大きな声を出せば勝ちって思ってる相手はめんどくさいでしょ?」
「叩き潰せば宜しいのでは?」
「僕が当主だったらね?
そういう手合いは上の立場からじゃないと効果が無いんだよ
コロージュン家当主じゃ無かったら逆怨みされるだけだね
いつまでも祟られるのは堪ったもんじゃない」
「は~なるほど、納得致しました
その理由は、商売にも役立ちそうですな
しかし、ロウ様は本当に6歳なのですか?」
「あー、それ、もういいから、皆んなから言われて嫌んなっちゃうよ」
プッと頬を膨らまして、そっぽ向いた
「ハハハ…失礼致しました
ですが、我々からすれば誉め言葉として言ってるんですよ
頼り甲斐がありますからね
ねぇリズさん、ミアさん?」
「ええ」「はい」
道中は、村人と賊を連れていた為にペースが上がらず一晩野営し
翌昼前にオルチに到着した
領主の館でもある城の前まで来ると、領兵達が城に報告に行ったり、賊を牢に連れていったりと慌ただしく動きまわる
「ねえ、もうお別れ?」
子供の1人がロウに問いかける
「あゝそうだね、僕らはもう少し街に居るけど君達は領兵と一緒に行って保護してもらわないといけないからね」
「一緒に居たいなぁ…」
別の子がロウの袖の端を掴む
「う~ん、僕らは旅の途中だからね、難しいよ」
「公爵家の惣領様は、どちらにいらっしゃるのですか?」
甲高い声が響く
「あ、姫様」「姫様、どうしてこちらに?」
「惣領様を御迎えしにきたのです!
どちらにいらっしゃるの?」
「これは…面倒事の予感しかしない…」
「ロウ様、如何されますか?」
「逃げる訳にもいかないよね?リズ」
「そうですね…」
兵に案内されメリルがロウの元までやってくる
「あゝこちらにいらしたのですね、初めまして
私はアイール・ケイワズ伯爵の孫、メリル・ケイワズと申します
以後御見知りおきください」
と、片手でスカートを摘み、もう片方の手を横に開き戻し優雅に“見える様に”会釈する
「あゝこれはこれは、御丁寧にありがとうございます
初めまして、ロウ・コロージュンです
領内を通過する為にお邪魔をしております
後ろに並ぶは私の従者です」
ロウは鳩尾辺りに右手を当て軽く会釈する
その背後にはリズとミアを中心にフワック達が並び深々と頭を下げていた
「ロウ様?後ろに控える侍女は亜人で御座いましょうか?」
「はい?ええ、そうですよ?
この旅では彼女達に身の回りの事を色々と助けてもらい、まるで屋敷に居るかの如く過ごしてきました
《コロージュン公爵家》の自慢の侍女達ですね」
「そうですか…
ですが、コロージュン公爵家の惣領という大事な身の近くに、亜人が侍るのは如何なものかと思いますわ?」
『ふふん、やっぱり伯爵家もこの程度なんだな
いや、この、こまっしゃくれた小娘の独断か?
でも、なんで孫が出てくる?
外だから伯爵が出てこないのは、まぁ理解しよう
身分が上の相手に対しては失礼だがな
でもまぁ、惣領だから当然か?
しかし、次代が出てこないのは何故?
今日は居ないだけなのか?
それとも…
孫がマセてる理由はそれか?』
「これはこれは、伯爵家御令嬢の言葉とは思えません
我がコロージュン家は人間種と亜人種の垣根は無く
我が屋敷と領地では全て等しく扱っております
それは、英雄たる始祖より変わる事なく代々受け継がれる教えです
そして、その教えは当家だけではなく皇国全体の事だと思いますよ?」
「…それは…そうなのでしょうが!
ですが、私が尊敬する英雄カリーナ・ボーナムは屋敷に人間種しかいなかったと伝わります!
ですから、英雄全員が亜人種を優遇していたとは思えませんわ!」
「なるほど、英雄の事柄に御詳しいのですね?」
「当然でございます!
皇国貴族として当然の嗜みですわ」
「では、英雄達の御代に、貴女が尊敬するボーナム家領地の南街区には人間種よりも亜人種、それも獣人種が多かったという事は調べられましたか?
実に南街区の人口の80%が亜人種だったそうですよ?」
「ぐっ………それは………永い刻の間に間違って伝わったのかもしれませんでしょう?
公爵家の惣領様ともあろう方が、そんな眉唾な物語を鵜呑みにされるのは如何なものかと思いますわ」
「なるほどなるほど…」
ロウが一瞬クルンと周りを見回した
リズとミアはいつもの澄まし顔だが額に薄っすらと青筋が浮かんでいる、フワック達は自然に力を抜いて佇む
ポロはヴァイパーの隣でそっぽ向いているが、口元に牙が少し見えていた
ロウは少し頷くと
「確かに、過去が捻じ曲げられる可能性は否定出来ませんね
ですが、私は血の繋がった始祖の教えを曲げる訳には参りませんし
私には、その様な教えを残した英雄ロンデルを否定するつもりもありません
ケイワズ家が我が始祖を否定される事も辞めさせようとも思いません」
「いえ、英雄を否定などとは…」
「いえいえ、いいのですよ、ケイワズ伯爵家にはケイワズ王の頃よりの教えがあるのでしょう?
私はそれを否定致しませんので御安心を
ですが私は、これ以上貴女とは話す事も無いようですので
我々はこれにて失礼します
では御機嫌良う」
ロウが軽く会釈をすると、それに習いリズ、ミア、フワック達も頭を下げる
「あ、あの…」
尚も何かを言い募ろうとするメリルを無視し
ロウが指示出しを始める
「さて、フワック達は例の件を頼むね
リズとミアはポロに聞いて、この街の高級宿のハイグレードな部屋を確保して
20人ぐらい泊まれる規模で
お金は幾らかかっても構わないし、コロージュンの名を使っていい
僕は馬車に乗って待ってるから、リズとミアが宿を確保したら動くよ」
「「「「「はっ!」」」」」
「「かしこまりました」」
メリルは悔しさに唇を噛み
城の門衛と領兵達はオロオロするばかりで何も出来ないでいた
少しすると宿は直ぐに見つかり、ポロが馭者台に座り宿まで移動する
フワック達の騎馬は指示しなくてもヴァイパーに従うから無条件に後を付いてくる
宿の前で馬車を停めると
「ポロは少し待機していて」
と宿の中に入る
フロントへ行き手続きをしようとするも
「あの…御伺いしますが
そちらの従者の方々も御客様の部屋と同クラスの部屋に泊まられるのですか?」
「そうですが何か?問題がありますか?」
「あ、いえ、他の方々は従者の部屋は2ランク下を取られますので…
それに、そちらの仔犬も…」
「ふむ、他の知らない方々の事はわかりませんが
ウチは、こうですね
それとも、見ず知らずの方々に《公爵家》が合わせろと言いたいのですか?
それに、この仔犬は、こう見えて従魔ですからね
一緒に居ないと悪さを企らむ者が出てくるんですよ」
「なるほど!
あ、いえ、失礼致しました
お部屋は5階のワンフロアになります
ごゆっくり御寛ぎください」
「リズ、ミア、ポロと一緒に村人たちを馬車で迎えに行ってきて
ウチの紋章が入った馬車で迎えに行ったら無碍にはしないだろ
フワック達の騎馬は宿の人に任せよう
戻ってきたら文句言われると思うけど公爵家の名を使って無理を通していいよ
この伯爵領に居る間は公爵家の我が儘バカボンで通すとしよう
それに、侮ってくれるぐらいが有難い」
「ワフ~」(な~のだ~)
「「「はい」」」
暫くするとフワック達が帰ってきた
「ロウ様、意外と良い金額で売れましたよ」
「へえ?そりゃ良かった♪でもなんで?」
「あいつらの持ってた武器って鉈とか鎌とかの鉄器農具が多かったじゃないですか」
「それと弓矢も」
「これから春に向かいますから、需要が出てくるタイミングだったみたいですよ」
「それに綿の衣類や毛皮もあったから高く売れました」
「それが約60人分でしたから銀貨80枚ぐらいにはなりましたよ、まぁ銅貨混じりのジャラ銭ではありますが」
「お、良い手際だね♪
じゃあ、大人1人に銀貨10枚ぐらいは渡せるか」
と、話していたら階段の方が騒がしくなってきた
「侍女の方々!本当にその方達を部屋へ通すんですか!?」
「ええ、そういう命を受け迎えに行きましたので」
「しかしですね、格好がその」
「問題ありません、明日には身綺麗に私どもでしておきます」
「しかし…」
「これ以上の事は、私どもの主人に話しをしますか?」
「…いえ…結構です…」
「ロウ様、入ります」
ノックをしてリズを先頭に村人たちが入ってくる
最後に入ってきたポロがドアを閉めると
「いやぁ、面倒だったぁ~」
「そんなにかい?ポロ?
あ、貴方達は適当に寛いでいて下さい
リズ、ミア、ポロ、ちょっと隣の部屋へ行こう
フワック達はお金を等分に、コマちゃん子供達を頼む」
「「「はい」」」
「「「「「はっ!」」」」」
「ワフッ!?」(なんで!?)
隣の部屋へ移ると、ソファーに腰掛け
「やっぱり役人って杓子定規なのかい?」
「ええ、どこに行っても役人相手は面倒です
特に私ら3人とも亜人でしたからね」
「それでどうだったの?」
「はい、亜人への蔑視は姫様が1番強くて、兵や役人に関しては皇都並みな感じでした」
「そうですわね、私どもが《亜人だから》じゃなく
伯爵家の公爵家への弱みが増すことへの警戒感が出ている様でした」
「そして、ケイワズ伯爵家の次代はメリル姫様のようです
本来の次代伯爵はメリル姫様が幼い頃に領内巡視中の事故で他界しているそうです」
「メリル姫様には他の兄弟姉妹は無いようです」
「現ケイワズ卿が、それはそれは可愛がっているようです」
「ええ、普段はつっけんどんな対応をしている様ですが
執務室などでは猫っ可愛がりしているとか」
「よくもまぁ調べられたね?」
「ロウ様、美人は得ですぞ」
「あ~なるほどね、みなまで言わないで良いよポロ
だけど、そうか、本来の次代伯爵が遭難したのは亜人種の集落近辺だったのかもしれないね」
「可能性はありますね」
「じゃあやっぱり、放っとこうかなぁ
めんどいし~」
その時、ドアがノックされ声がかけられる
「ロウ・コロージュン様、お城より使者が来ておりますが如何なさいますか?」
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