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北の地にて
仄暗い場所には、微かな光が…
しおりを挟むワイナール皇国暦286年、8の月
「そう!そうだ!まずは逃げるんだ‼︎全力だ!振り返るな‼︎」
「「「「「うん!」」」」」
「クラリー!おまえはタインが連れている小さな子達が逃げられるように最後からだぞ」
「うん!」
「ソニアはすばしっこい子を物陰に隠して機を狙え!」
「うん!」
「よし!オムル、いいか?」
「あゝ任せろ!さぁ来いチビっ子!」
子供達を追いかけていたオムルが疲れた振りをして立ち止まると、クラリーが振り返りざま一気にオムルとの距離を詰めて
オムルの太腿に小さなナイフを突き立てると“ぐっ…”と、くぐもらせた声を出し太腿を抑える
「よし!ソニア!今だ‼︎」
「「「「「うん‼︎」」」」」
ソニア達、隠れ組が物陰から一斉に飛び出してきてオムルの足や腕にナイフを突き立てると
「いっつっ‼︎」と思わず声を出してオムルが尻餅をついた
他の余った子達が尚もナイフを首筋や背中に突き立てようとするも
「「はいは~い、そこまでだぞ~」」
と素早く動いたライザーとスーが、ひょいひょいっと今にも刺される寸前のナイフを回収した
それを横目に見ながらトロリーが青魔法薬をオムルのキズに振りかけている
「う~ん…やっぱり、それなりに痛いなぁ」
「はははっ…仕方ないさオムル、交代だからな」
「そうそう、俺たちには青魔法薬があるからまだマシだ」
「違いないな、青赤金があるからこそ無茶な訓練も出来るしな」
「あゝ、ミアさんとリズさんも同じなんだから我慢するしかないな」
「「「フワック先生どうだった⁉︎」」」
クラリー、ソニア、タインが駆け寄ってきて、期待と不安がないまぜになった目でフワック達を見上げる
「あゝ文句無しに良かったぞ
最初に手足に集中して刺したのは良かったし
最後まで躊躇なくトドメを刺しに行ったのも良かった
やっと、そこまで出来るようになったな?偉いぞ」
「「「「「やったー!」」」」」
子供達が歓声をあげる
「いいか?おまえ達がロウ様の役に立とうと思うなら、敵には絶対に躊躇なくトドメを刺せ
今回のように、その場で反撃もしなくていい
ただ、敵対した以上は確実に屠って後顧の憂いは絶たねばならない
でなければ仲間が死ぬことになるからな?」
「「「「「うん‼︎」」」」」
離れた場所から少々旅垢で貧相な姿の1匹の狼と人間がポカンと大口を開けて眺めている
同じ様に眺めていたリズとミアが、それに気付いて
「あら?パウルの皆さん?どうされました?」
と声を掛ける
「「え?」」
「あ、リズさんミアさん
あゝ、いえ、先程戻ってきたらパウルのマヨヒガ前店からの用事を言伝かったのと
私からのロベルト様への報告がありましたから仲間と御邸に戻ったばかりで…
あれは、あの時のアヌビスの子達ですよね?
また、とんでもない事をやらせてますね?大丈夫なんですか?」
「??大丈夫とは?」
「いやぁ、アレはもう殺してしまう訓練では?」
「ええ、そうですよ?
あの子達はロウ様の御役に立ちたいと言ってきましたからね
ですから、あのような訓練をしています
これから、魔法に見込みのある子には魔法の訓練もする予定ですが
魔法を使うにしろ武器を使うにしろ、ロウ様の御役に立つ為には自分達で生き延びる事が最優先ですからね」
「「はぁ…なるほど」」
「ですから、オムルさんを刺していると?」
「そうね?けれどオムルさんばかりではないですよ?
私たちも含めて全員です」
「ある時にロウ様が仰られていました
《情けは人の為ならず》という言葉があるそうです」
「情けは人の為ならず?」
「ええ、五英雄が言い伝えた言葉らしいのですが
困っているヒトに情けを掛けると廻り回って自分が困った時に助けてくれる。という事のようです」
「「なるほどぉ」」
「しかし、情けを掛ける場合を間違うと怨みを残して禍根にもなる。とも言われました」
「「禍根に?」」
「はい。敵対した相手や因縁がある相手に情けを掛けるのは注意しなければならないと
そういう相手は感謝などせずに“バカにされた舐められた、だからいずれ復讐してやろう。”と考えるようですね」
「「はあはあ」」
ポロ達が振り子のように頷いている
「負けた相手が復讐するのは難しいですが、その身内は?子や孫は?
そうなれば禍根を最初から断つしかないと仰られました
でなければ必ず《自分自身は大丈夫かもしれないが仲間や身内が毒牙にかかるだろう》と
それで家が滅んだ者は枚挙に遑がないそうです」
「ふ~む…では、皆さんが刺されているのも?」
「ええ、たとえ顔を見知った者であっても躊躇しない為ですね
刺され痛い思いをする私たちにも戒めになります」
リズがことも無げに言った
「ところでポロさん、ロベルト様への御報告はいいのですか?」
「え?あゝミアさん、そこまで急ぎではないのですが
ミアさんとリズさんにも同席してもらいたいんですよ
フ・ロウリ村でロウ様が始めた新しい茶と、マヨヒガで獲れる魔物核のことでしてね」
「あら?それは楽しみね」
「では、早速ロベルト様の元へ向かいますか?」
「いえ、旅垢まみれなんで少し身綺麗にしてから伺います」
「そうですか、では先に行って待っていますね」
「「はい」」
「「「お帰りなさいませ」」」
「お帰りなさいませドミノ様
お疲れでしょうから、まずはお休みになりますか?
それとも、昂ってしまっていますか?」
シュリを含めたメイド達とロレンスが出迎える
「あゝ、ただいまロレンス
武装して駆けるなんてないから、さすがに疲れたね
だが確かに昂ってもいるようだ、もう少しは寝れそうにない
あゝワッサムも疲れただろう、早く休むように
今晩は警戒は必要ないよ」
「はっ!ありがとうございます」
ワッサムが離れていくも、さすがに足取りが重そうだった
玄関で迎えたロレンスとメイド達が、廊下を歩きながらロレンスは剣を受け取り、メイド達はドミノの武装を解いていく
「そうでしょうとも、いろいろと仕方が無かったとはいえロウも無茶をさせるものです…
ですが、はっきりと狙っていたかは解りませんが
ドミノ様も兵と共に駆けた。という事実はドミノ様にとっても利になります
これから後、少なくとも別邸のモンタギュン兵は身命を賭してドミノ様を助けようとするはずです
今までもそうであったのでしょうが、これからはより一層励む事でしょう」
「……やはりロウは、そこまで考えていた。とロレンスは疑っているのかな?」
執務室のソファにドッカリと座りながらドミノが考え込む
「ええ、それはもちろんです。
誰か?ドミノ様に汚れ落としを
それと、お茶…いえ、温めた酒を…そうですね、蒸留酒を少し温めで用意してください
気分を落ち着けてもらわなければなりませんからね
あとは砂糖も…いや、蜂蜜が良いかもしれませんね?少し足しなさい」
「「「はい」」」
ロレンスが肯定しながらメイドに濡らした布を頼むと、既に準備してあったのか、メイド達がドミノの顔や腕などの外に露出している部位を拭いていき
シュリが樽からウィスキーを掬って鍋に移すと、魔道具で温めながら蜂蜜をチョイチョイ入れつつゆっくりとかき混ぜる
「しかし、そこまで先をロウは考えているものなのかな?」
「考えていないはずはないでしょう
街門前での遣り取りをお忘れですか?
あの場でのロウは兵達の前に出る前までより物言いが少し無礼ではありませんでしたか?」
「言われてみれば確かに…バヴェル殿に対してもそうだが、少し小馬鹿にした物言いだったね?」
「ええ、そうなのです
そして、自分からは決して兵達には命じようとせず《こうすれば良い》といったことをドミノ様とバヴェル様に言っていたでしょう?
あれでは、兵達への求心力。とでも言うのでしょうか?それはロウには向かないでしょう
そういうのは後々まで響いてしまうものですし、子飼いの兵を割りかねません」
「ふぅむ……」
ドミノが不得要領な顔をする
「普段から顔を合わせる者が、今日見ただけの者に心を寄せるものなのかな?」
「そんな事は簡単ですよ?ドミノ様
何かしらのキッカケさえあれば、ヒトの心とは思っているよりも簡単に揺れ動くものです
ですよね?シュリ」
ちょうど温めたウィスキーをテーブルに置いたシュリに声をかける
「んん?なぜシュリに確認した?」
「あ、あの…」
「シュリ?大丈夫ですよ、私から言います」
ロレンスがシュリを制し、ドミノから受け取った剣をテーブルに立て掛けた
「ドミノ様、よくよく考えながら今から私が言うことを聴いてくださいね
そして、心を落ち着ける為の酒です」
少し幅広の陶器製ぐい呑みに入った蒸留酒をドミノの前に置き直す
「え?なんだ?…なんだか怖いな」
「…取り乱さないで下さいねドミノ様
それと、まずは蒸留酒をお飲みください」
ロレンスが一拍置くと、シュリ、イヴァナ、デニサが緊張感を漂わせた
そしてドミノが酒をひとくち飲んでホッと息を吐く
「ドミノ様、私の責任においてシュリを暫く旅立たせようと思っています」
「かは~、さすがに騎乗で急ぎ旅はツラかったなぁ」
ポロが辺境伯邸に設置してあるオリジナル魔風浄室に入り、気持ち良さげに溢す
「はははっ…荷馬車ならまだしも我々店員が単騎ってのはありませんからね」
ネイラーがポロの服を持って相槌を打つ
「そうなんだよなぁ…でも、いくら急ぎだからって慣れない事はするもんじゃないな
太腿がパンパンに張っちまってダルイよ、自分で走ったほうがマシだな」
「まぁポロさんは獣人だからそうなんだろうね」
「まぁなぁ…おっ?終わったな
服は少し汚れてるけど仕方ないな身体だけでも綺麗にしたから無礼にはならないだろう」
「洗濯している間、お待たせする訳にはいかないしね」
「そうだな、あゝ服を持たせて悪かったな」
「構わないよ」
「さっ、ロベルト様の元へ行こうぜ」
「そうだね」
「あゝキミ、例の件は原因は判明したのかね」
「え?あ⁉︎ケセイ典長⁉︎」
課員が慌てて立ち上がり、胸に平手を充てて礼をする
「ああ、ああ、構わない。仕事の手を止めてすまないな」
ケセイが鷹揚に手を振る
「はい。いいえ!
ここ最近の銅貨不足の件ですが、おおよそですが流れを辿る事ができました
しかしながら、本当に我々大蔵の府が気にする様なことなのでしょうか?」
「ふむ…君たちは皇宮に住んでいるから感覚が鈍いのだな
銅貨は皇宮内で遣う事がほとんど無いから解らぬのだろうがな
各街区の民にとっては主要な通貨になるのだよ
その金が足りなくなるとどうなるかね?」
「え…それは代わりに銀貨を遣うのでは?」
「うむ、そうだ、銀貨を主要な通貨として遣うようになるだろうな?当たり前の話だな」
「???」
「では釣りはどうするのだね?なにを渡すのだね?」
「あっ⁉︎」
「まさか、その辺に落ちている小石を渡すわけにはいくまい?
いいかね?各街区には銀貨単位で買える物は少ないのだよ
銅貨が少ないからといって銅貨10枚の物を銀貨で買う、釣りは銅貨90枚だ
さぁ、どうやって釣りの銅貨を払うのかね?
売った側は絶対量が少ない銅貨をどこから調達する?」
「えっ…と、他の商店とかで両替をするとか…」
「ほう⁉︎では両替する商店は銅貨をどこから?」
「うっ…」
「君は少し今の事態の深刻な状況を理解しなさい
最小金額の銅貨といえど、魔法か何かでポンポンと造る訳にはいかないし
仮に何らかの方法で皇国が関与しないで造ったら、それは贋金ですから大変な重罪だ
しかし、無いなら困るから造ってしまおうと思うのもヒトなのだ
そうなるとどうなると思うかね?」
「えっと…その………」
「解らんか?
皇国通貨に信用が無くなり誰も遣わなくなるのだよ
そして国外の通貨を買うようになる
我らの通貨が流通しなければ、我らの必要性はあるのかね?
それ以前に遅かれ早かれワイナール皇国は他国の支配下になってしまうぞ」
「そんな⁉︎」
「ありえないと思うか?
私が他国の大蔵の府の者であれば、そうやって戦争も起こせないようにするだろうな
なにせ武具も兵糧も揃えなくなるのだからな?
そこで借金でもして戦備を整えるならばシメたものだ
ジワジワと国のチカラが奪えるのだからな
弱り切った頃あいを見計らって蓄えた金や食糧をばら撒きに行けば、その国の民は容易に王の首を獲ってくれるだろう
王への忠誠など飢えた民にはパンの一欠片、一皿のスープにも敵わぬよ」
聞き耳を立てていた課員達がブルリと震えた
「で、では…どうすれば…」
「だから、まずは銅貨が何処に消えているのかを調べているのだ
これが他国ならば経済的な侵略の発端に他ならないからな」
「は…ははっ!
我々が調べた限りではあるのですが」
「うむ」
「東辺境領方面へ大量に動いている事は追えました
しかし、何故なのかは判明していません
それに誰かが銅貨を大量に持っていっている訳でもないようです」
「東辺境⁉︎」
ケセイの声が1オクターブ上がる
「それは確かか⁉︎」
「ははっ!確かです、しかし東辺境領方面としか
黄金の三叉から先は不明です」
「う~~~~む…………」
「あ、あの…典長?」
「あ、あゝ、わかった…
うむ!君たちは引き続き、より詳しく追いなさい
私は私なりに調べてみよう」
「「「「「ははっ!」」」」」
ケセイが急ぎ足で立ち去っていった
「“ゲホッ⁉︎”ぢょっどまでロレンス⁉︎なんの話しだ⁉︎」
ドミノがいきなり咽せて鼻に蒸留酒が逆流したようだ
「ですからシュリを旅立たせるのです」
代わってロレンスはいたって冷静に話す
「それは聞いた⁉︎だからなんでそんな話になっているんだと言っているんだ⁉︎」
ドミノが剣呑な顔になる
「これはシュリも納得済みなのですよ」
ロレンスが“やれやれ”といった風情を醸す
「え⁉︎なにを……シュリもだと⁉︎」
ドミノが何とも言えないような目でロレンスの隣に立つシュリを見る
「はい、ドミノ様!シュリは旅立ちます♪」
嬉しそうにシュリが首肯する
「そ…そんな……」
そしてドミノが、此の世の絶望を一身に背負い頭を抱えた
「ふふっ…」
ロレンスが思わず笑いを含むと、カーッと頭に血が昇ったドミノが思わずロレンスの顔を殴りつける
「あっ⁉︎ロレンス様⁉︎」
慌ててシュリとメイド2人が駆け寄ろうとするも、ロレンスが平手で制し
「大丈夫ですよ、予想通りです。」
ロレンスは切れた唇から垂れた血を袖で適当に拭い
「しかし、予想以上ではありませんでした
残念ですね…」
と、チラリと立て掛けた剣を見た
「な、なにを…おまえは……」
ドミノの声が怒りで震えている
「ふう…ドミノ様?なぜ私を剣で斬らなかったのですか?」
「は⁉︎なに…何を言っているんだ⁉︎」
ドミノが狼狽える
「貴方様は!何故!私を斬らなかったのか!と言っているのです‼︎」
ロレンスの声に怒気が含まれる
「そ…それは…」
「何故、私が大事な剣をテーブルに立て掛けるという不作法をしたと思っているのですか!」
「……………」
思わずドミノが手を伸ばせば楽に取れる場所に置かれた剣を見た
「ですからシュリを旅立たせねばならないのです!」
ロレンスの顔には怒りと口惜しさの色が浮かび、唇の噛んだのか再び血が垂れる
「ロ、ロレンスを斬るのとシュリを手放すどんな理由が…」
「御判りになりませんか?
今の常識的なドミノ様では…怒りのあまり私を斬れなかった時点で、いずれはシュリを死なせてしまいます
シュリはこのような気性の娘ですから逍遥と死を受け入れるでしょう
しかし、その後はドミノ様が殺される事になります
そして我々外邸の全員が死を賜わるでしょう」
「な、なぜ……?」
「それはドミノ様が良い意味でも悪い意味でも情が深いからです
今のドミノ様のままでは必ず御当主様にシュリを殺せと命じられます
御出来になりますか?無理ではありませんか?」
「ち…父上がそんな無体な命を下すはずが……」
ロレンスが頭を振り
「御当主様だけならばそうでしょう
ですが御尊兄方は?側近は?なによりも執事長は如何ですか?
無いと言えますか?」
ドミノの顔が歪む
「御幼少の砌より、あの執事長の事はよくご存知ですね?
そして、御当主様が執事長の進言は疑いなく受け入れるという事も」
ドミノが嫌々ながら頷くも
「し、しかし、シュリが執事長にとって邪魔になるのかは分からないじゃないか…
それに、執事長の亜人種に対する偏見は少なかったと思うが」
「彼の方には邪魔とか亜人種であるとかは関係が無いのです
奴隷であった事が問題になるのです
御自身でも分かっているのでしょう?
ですから、シュリ以外は買っていないではないですか
そのシュリでさえ、一時の激情が無ければ買われなかったはずです」
ドミノが項垂れ、そのまま言葉を吐く
「だが、それがロレンスを斬ることと何の関係が?」
しかし、ドミノの声はか細い
「私を斬ればドミノ様が乱心したとして
シュリとイヴァナとデニサ、そして護衛にワッサムを連れて5人で逃避行すれば良いのです
皇国内であれば南辺境か、それとも皇国外か、ですね
その為の金など私が幼少より貯め込んでおりますから、5人で10年ぐらいは余裕で生きていけます
そして御幼少の砌より側仕えした私を斬れば否応なく覚悟も出来るでしょう?」
「ぐっ…そんな……」
「ですから私を斬れなかった以上はシュリを旅立たせる他は方法がありません
なに、そう御心配することはありませんよ
私なりに万全の方法は考えてあります」
「万全の方法を?」
ドミノがノロノロと頭を上げてロレンスを見詰める
「はい。必ず上手くいくと確信しております
それは……」
「ねえ?その執事長を俺が殺してきてやろうか?」
仄暗い部屋の隅からロウの暗い声が聴こえた
「バスチャ!バスチャは居るか!」
ケセイが屋敷に駆け足気味に帰りつき扉を開けるなり叫んだ
「はい。こちらに。
早いお帰りでございましたのでお出迎えもせずに申し訳ございません」
「いや、そんな事はどうでもいいのだ
仕事は中途で下がってきたのだからな
まずは書斎に行こう、バスチャに聞きたいことがある」
「はい。かしこまりました」
ケセイが急ぎ足で書斎に向かうのに釣られて、バスチャの足も自然と早足になり
数分も経たずに書斎に入る
そしてケセイが一度閉じた扉を開け、入念に辺りを見回すと扉を閉めた
次に窓へ向かい入念に辺りを見回すとカーテンを閉める
仄暗くなった部屋でケセイとバスチャが立ったままで顔を突き合わせた
「おまえは東辺境領のことは何か聞いていないか?」
「東辺境領…でございますか?
さて、私の記憶にはありませんが…
何かございましたか?」
「いや、何も起こってはいない
だが、これから良からぬ事が起こるかもしれぬ」
「それはいったい…」
「最近なのだが皇都で問題が起こり始めた、それも私の管轄でだ
そして、この問題は今は私の管轄でしか捉えていない
しかし皇家に伝わるのに幾許かの刻があるかはわからん
ショーテン皇子は…まぁ何程の事も出来はしないだろうが…いや、そもそもの危険性すらも認知は出来ぬだろうな…
しかし、陛下やセト皇姫様にでも知られてしまえばどうなるか…
あの方々は何らかの手を出してくるだろうな」
「旦那様、その問題とは何なのでございますか?」
「うむ。実はな、ここひと月からふた月で皇都から銅貨が、そして銀貨も微量ではあるが急速に減っていてな
理由がわからんので課員に金の流れを追わせていた
物の値が上がって硬貨が不足ならば造って充足させれば良いのだ
いずれは廻り回って皇都に銅貨や銀貨や金貨となり戻るのだからな?
その時に帳尻を合わせればよい
しかし、目立って物の値は上がっていないのだ皇都ではな
では、何処へ銅貨が消えているのか
課員の調べでは東辺境領方面だと報告を受けた」
「東辺境でございますか⁉︎」
「そうだ、あの東辺境だ。あのコロージュン公爵家の惣領がいらっしゃる東辺境なのだ」
「いや、しかし…」
「うむ。以前バスチャに聞いた為人
真実ならばシュルツ皇子様も座す皇都、そして御家族もいらっしゃる都に、その惣領が悪意を持つなど信じられはしないが…
しかし、龍禍もあったのだ。警戒はしておくべきか。ともな
だがな、まだ幸いな話もある」
「なんでございましょうか?」
「東辺境領方面というだけで黄金の三叉から先は追跡出来ていないらしいのだよ
まぁ気休めかもしれないがな」
「なるほど…」
バスチャが顎に手を充て黙考する
「私、取り急ぎ東街区まで参りましょう」
「うむ。そうか、そうしてくれ
私はシュルツ皇子様の元へ参る
しかし、シュルツ皇子様は聡明な御方だが、御理解下さればいいのだが…」
「それはご心配なさらなくても宜しいかと」
「ん?」
「今の彼の御方の側にはパウル商会から派遣されたヴァレット殿が居るのでは?」
「おお⁉︎そうだった!商家の者ならば話が早いな」
「ええ、では私も行って参ります」
「「「「「えっ⁉︎」」」」」
「ロウ⁉︎いつから聞いていたのですか⁉︎」
「ロウ様♪」
ロレンスが期待と不安が半々の様な目でロウを見
シュリが嬉しくてたまらないといった目でロウを見た
「うん?いつから、かな?ロレンスさんが剣を受け取った辺りかな?」
『コマちゃんが言ってたのもあるし、なんか面倒ごとの予感がしたからコソコソしてたんだけどなぁ
ひとり始末するだけで良いんなら楽勝だと思って声かけたけど…
ロレンスの反応とシュリの反応が…こりゃ失敗したか?
手っ取り早いかと思いきやピルキの事もあったし焦ってんのかな』
「そんなに前からでしたか…」
「そうだね?それで?どうする?今からひとっ走りすれば、次の今ぐらいの刻限には帰ってこれるよ」
「ロウ?いやに協力的ですね?何か思惑がありますか?」
「いんや?別に企んではいないよ?
ただね、シュリの事に首を突っ込んだ以上は最後まで面倒をみるってだけさ」
「ふむ…なるほど……」
ロレンスが少し俯き、額に薄っすらと汗を掻き考え込み
「ロウ?大変魅力的な提案ですし
ロウの事ですから確実にバレない様に執事長を屠るのでしょうね
しかし、私の拙い予想でしかありませんが悪手だと思います
せっかくの提案をしてくれたロウには申し訳ないのですが」
「そっか…別に気にする必要は無いよ
貴方達の方がモンタギュン家の事をよく知っているんだからね
特にロレンスさんはドミノさんよりモンタギュン侯爵家の裏表を見てきているんだろうしね?
そのロレンスさんが悪手ってんなら、それが正しい道だよ
俺がどうこうと出しゃばっても間違った道しか開けないからね」
「そう言ってくれれば助かります」
「うん。まぁでも何らかの方策は考えているんでしょう?
さっき言いかけてたよね?
じゃっ!俺は辺境伯邸にでも行くよ」
軽くロウが手を上げるも、すかさずその手をロレンスが握る
「え⁉︎なに?」
「ロウ…いえ、神子様にも是非聞いていただきたい」
「⁉︎⁉︎⁉︎イヤだ⁉︎⁉︎⁉︎」
「最後まで面倒をみてくれるのでしょう?」
ロレンスが勝ち誇るような笑みを浮かべた
「⁉︎⁉︎⁉︎」
咄嗟にロウが左手でクチを押さえるも
「今更ダメですよ?全員が聞いていました」
ドミノ、シュリ、イヴァナ、デニサがコクコクコクコクと頷く
『ウソだろ⁉︎この俺が言質を取られただと⁉︎
クッソ油断した!そんなに俺は焦ってんのかよ‼︎』
ロウが胸中で悪態を吐くも…
「神子様」
「神子様はやめろ!俺はロウだし妖魔だ‼︎」
「いいえ神子様、貴方様はシュリが巫女として御奉仕する神子様なのです」
「シュリが巫女⁉︎」
「はい。
そして数年間、神子様と此の世を見聞する旅に同行することにより
シュリが奴隷であった過去を消す事ができます」
「むぐぅ…」
思わずロウが唸る
『確かに神が在る世界では、過去をロンダリングするのに神子に奉仕ってのは効果的かもしれない
でも、俺は妖魔って言って…あ…
“あの時の君は神子になってたよ”ってコマちゃんが北辺境に入る前に言ってたな
クッソなんだこれ、俺がハメ手にかけられてんのか?
でも言質を取られたのは俺だ…
ロレンスはどこまで考えている?
シュリを数年間、俺に同行させる?
金貨10枚で買った事実は?
ひょっとして御布施って扱いにするのか?
まぁそれならばマネーロンダリングにもなるか
没収した金貨10枚を神子として俺が貰った上でシュリに渡せば当面の資金にはなるし
シュリも気兼ねなく買い物とかも出来るだろうしな
う~ん…しかし同行かぁ
俺、今回はコウトーに帰るんだけどなぁ
そのまま連れ帰っても問題無いのか?
あ、でもピルキも居るんだし今更か…
あ⁉︎ああ⁉︎まさか二度見されたのか俺⁉︎
あぁ……しくったぁ………コマちゃんのザマァ顔が目に浮かぶ……』
目まぐるしくロウの表情が変わり、最後に左手を額に充てて天を仰ぎ見て“はぁ~~~~~”っと長いため息を吐いた
「神子様、どうしましたか?」
『クソッ!ロレンスのドヤ顔がこれほどムカつくとはな…
まんまと、してやられたわ…』
「いや、理解したよ
シュリを買った金は、そのまま俺に奉納するつもりだろ?
んで、期限付きの巫女奉仕って事は帰った時に過去を問われない為か
俺が真実の神子かどうかは、バルトロメイさんかバヴェルか北辺境領兵か囚われていた亜人種達に証言させるつもりなんだな」
「ほう⁉︎シュリを神子様の巫女にすると言っただけで、そこまで私の考えを読んで
なおかつ新しい智慧まで提示してくれるとは、さすがは神子様ですね」
「“チッ…”また、やらかしたか…」
「ええ、やらかしましたね?ふふっ…
実はロウのことを神子様だと、どうやって信憑性を持たせるかを悩んでいました
そうですね、私どもより地位が高い新旧の北辺境伯様
それにロウに殺されて生き返ったというドゥラック殿
目の当たりにした他の領兵や亜人種達ですか
これほどの人数の証人がいたら間違いなく信用されるでしょう
ロウには感謝してもしきれませんね」
“はぁ~~~~~~~~~~~”
ロウが何とも言えない顔をして長い長いため息を吐いた
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異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
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唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
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その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。
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ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。
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のんびり書いていきたいと思います。
よければ感想等お願いします。
神に愛された子
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感想欄にネタバレ補正はしてません。閲覧は御自身で判断して下さいませ。
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菊池 快晴
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無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
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生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
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