ゆとりある生活を異世界で

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北の地にて

過酷な道も運命(さだめ)なら

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ワイナール皇国暦286年、8の月



「こっち!はやくー!」
ワラシがズンズンと竹小路を進み、その後ろには不安気な亜人種達が周囲を見回しながらついていく

「…ワラシや?いったいココは…」

「マヨのナカだ!」

「「「「「マヨのナカ…」」」」」

「うん!」
元気にワラシが応えると指を指す
「あれ!ロウのいえ!」

「「「「「えっ⁉︎」」」」」
「こんな場所にロウの家があるのか⁉︎」

「??うん!」
「ダールヴル、こんな場所とは聞き捨てなりませんよ?
我の胎内ナカが不満なのですか?
言葉選びは少し注意しなさい」
ワラシが何言ってんの?という顔をして返事をするも
魔世にはしゃくに触ったらしく、亜人種達の前に突然顕れて緋金の瞳を細めて睨みつけた

「お⁉︎だ、誰だ⁉︎」

「マヨだよ!」
「我は魔世です。主人様あるじさまが初めて生み出した従魔です
多少の無礼は許しますが、目に余るようですと…」
魔世が両手を高く掲げ、空を割るように広げると、本当に空が割れていき
“““““グルルルルルル…”””””
無数の龍が覗き込んできた

「「「「「ひいいぃぃぃぃ⁉︎」」」」」

「我は主人様ほどにはヒト種に優しくはありませんし、容赦もしません
言動に気を付けなさい」
冷ややかに言い放つとワラシに向き直り
「ワラシ先輩?あとは我に任せて主人様の元へ、置いていかれてしまいますよ?うふふ…」
「あ⁉︎うん!我はもどる!」
ワラシがダッシュで駆けていった
「はい、いってらっしゃい。では…」
ワラシを見送ると魔世が広げた両手を閉じるように高く掲げると、それに合わせて空も閉じていく

「あちらに見えているのが主人様の別邸です、好きなように寛ぎなさい」






ロウが極力気配を消してソロリと移動するも、平伏したままのシュリの耳がピクピクっと動きロウが移動した方に向く

『あんれー?気配殺して音も立ててないし、魔法は解けてないはずだし…
でもバレてる?
見た感じ、まだ中学生なりたてぐらいの年頃だけど、このの、しだれ髪の間から見えてる耳って…エルフの笹穂耳だよな?
んで褐色肌って事は前世でダークエルフって言われてた種だよなぁ
黒人と言うよりは褐色人…これで普通のエルフみたいに目鼻立ちが整ってたら南部インド系美少女なんだろうけど、どうかな?
ん?エルフって事は精霊が連れ添ってるよな?
俺の事に気付いてんのはそのせいか?
どう思う?コマちゃん』

【うん、正解。教えているね】

「やっぱそうかぁ」
ロウが声を出した途端に頭を上げたシュリが“あっ⁉︎”と微かな声を上げて頭を下げた
「どうしたの?」
『うおぅ⁉︎すっっっごい美少女⁉︎コレは化粧映えもするだろうけど、身綺麗にしてるからかスッピンが凄く魔性の女っぽい
今は少し痩せ気味だけど、頬あたりが少しふっくらしたらホンワリした印象になるから
出会った男は笑顔だけで全て蕩けるだろうな?
これは金貨10枚でも納得だ、好事家こうずかなら1000万円ぐらいは出しても惜しくはないだろ
いやエルフの長寿命を踏まえて考えるなら、むしろ金貨10枚で手に入れられるってのは安いだろう
白金貨単位でもいいぐらいだ
ふむ…って事は、ここの主人はこの娘を連れ出したら暴走する可能性が高いな
ヒトは誰しも嗜好品に恋愛的な感情は抱かずに、偏愛的な感情を持つものだし
美しい物に魅せられてヤニさがるぐらいのバカなら思うままに動かせそうだ
思ってたより楽に攻略できるかもな』

「いっ、いえ!お声が聴こえて思わず…
不作法に御尊顔を拝しました不敬をお許しください神子みこ様」

「はあ?ちょっとまって⁉︎何を言っているの⁉︎頭を上げてよ
俺はそんな大した存在じゃないから!」

「ですが、私の古き友が《神子様が御来臨くださり、全てを取り計らってくださる》と言っています」

『この娘って、すがるような目でちょいちょいハードル上げてくるな?これも魔性か?』
「やっぱ精霊か…むぅ…でも、精霊の在り方はイマイチわかんないからなぁ
しょうがない…
とりあえず君の名は?
って…あ⁉︎いや違う!まずは椅子にでも座ってくれるかな?
俺は平伏したままのヒトと話すほど御大層な者じゃないから、そのままじゃあ話を聞くことも出来やしない
ねえコマちゃん」

「ワフッ」(そうだね)

「えっ⁉︎神使様も来臨を⁉︎」
急に顕れたように見えたコマちゃんにシュリが目を丸くした

「あー、なるほどね?さすがにコマちゃんの事は精霊では教えられないか」

「え?古き友が私に黙っていたのですか?
神子様の事は教えてくれたのに…」
シュリが怨めしげに中空を見た
「??何を困っているの?なぜ神使様の事を教えてくれなかったの?
?なぜ何も言わずにイヤイヤしているの?」

「俺には精霊が見えないし声も聞こえないけど精霊の反応は正しいと思うよ?
まぁ精霊界に立場的なものがあるのかは知らないけど、精霊ではコマちゃんの事は迂闊に言えないと思う
つまり、コマちゃんは神使ではないという事だね
俺からはコマちゃんに関して、それ以上は言わないから自分で考えてね?
さぁ立って?座ってから落ち着いて話そう」

「あっ⁉︎はっ、はい⁉︎」
ロウが言った事を少しだけ考えていた風のシュリが、何かに気付いたのか青褪めて返事をし立ち上がろうとするも
「きゃっ⁉︎」と派手に転んだ

「チッ…高額な商品として扱っているくせにキズを入れてんのかよ、あのババア…」
ロウの雰囲気があからさまに変わるも、魔世が無言で赤魔法薬をコロンと出した
「ん…ありがとう魔世
あれ?なんか機嫌が悪そうだな?
どした?妬いてんの?」
しかし、それでも魔世は無言だ
「珍しいな?まぁいい、きみ?これを飲んで?心配は要らない、ただの魔法薬だよ」
転んだシュリの側に寄って、栓を抜いた赤魔法薬を手渡すと優しく言った

「は、はい」

「あー、いいよいいよ、無理に起き上がらなくていい
そのまま飲んで?キズが癒えたら立ち上がればいいんだよ」

「あ、ありがとうございます」
“コクンコクン”とシュリが赤魔法薬を飲むと、明らかに表情が変わった

『う~ん…いちいち仕草にせる様なツヤが出るなぁ
口の端から少し垂れた魔法薬がなまめかし過ぎる…
これが着飾られて売られてたら、傷物でも買うヤツは多いだろうな
てか、フェロモン系に慣れてなかったら一発で逆上のぼせるだろ
俺だって前世で慣れてなかったら、後先考えずにさかる自信があるわ』

「あ…そんな…こんな簡単に手足が動くようになるなんて…
は、早くドミノ様とロレンス様にお知らせし…
あっ⁉︎いけない!御屋敷に兵達が攻めて…」

「きみ!落ち着いて‼︎」
ロウが一喝すると難なく立ち上がって、扉に駆け出そうとしたシュリがフリーズした
「大丈夫だよ?兵達は攻め入ってはこない、囲んでいるだけだよ
君の心配は杞憂に過ぎない
いろいろあって動揺するのは理解できるけど、まずは座って落ち着いてくれるかな?
あまり刻はかけれないんだけどね?」

「は、はい…申し訳ありませ……」

「あー、謝ったりするのは無し!
別に君は何も悪いことはしていないでしょう?」

「あ、はい、申し訳…いえ、はい…ですが、私だけ座るのは…」

「いや、そんな些細な事は気にしなくてもいい
今まで動かなかった部分が急に動くようになったんだ、凄く違和感があるでしょ?」

「は、はい…では失礼いたします」
と、シュリが椅子に腰掛ける

「うん。では君の名は?そして種族は?」

「はい。私は《シュリ》との名を御屋敷に来てから戴きました
種族は深奥しんおうの森のエルフで御座います」

「深奥の森、か…普通にエルフなんだな…
ん?ここに来てから名を貰った?」

「はい。元はハンカーラとの名を…」

「ハンカーラ?」

「はい。里では厄介者という意味の名です」

「厄介者?同じ種族の里で?同じ種族で君だけが?
それとも里自体がそんな名付けをするの?
それとも先祖代々の因縁があったとか?」

「いいえ。先祖代々の因縁は聞いた事がありませんし、他の者達は普通の名でした
誰が両親かは知らされませんでしたが、里には普通のエルフしかいませんでした…
そのせいで厄介者と名付けられたのかもしれません…」
哀しげに黒眼がちな瞳を潤ませて伏せるシュリからは匂い立つなまめかしさがある

そんな艶気いろけを敢えて無視したロウが疑問に思う
『ん~なんだろう?この違和感…
何かの齟齬があるなぁ…妙にモヤる…』
「あの…微妙に俺と君との認識が擦り合わせ出来てない気がする…
里には君と同じエルフしかいないんだよね?」

「はい」

「他種はいなかったんだよね?」

「はい」

『あれぇ?姿形が同じ種族のエルフなのに厄介者?
代々の因縁らしきものも無い?だったら出自も関係無いってことか…』
「ん~?君は何歳ぐらい?」

「はっきりとは分かりませんが30年ぐらいは生きているはずです」

「30年⁉︎じゃあ、おひろさまみたいな風習でもなさそう…
あれ~?エルフ独自の風習に拠るのかなぁ
まぁ部族的な風習だったら門外漢には知る由もないけど、それにしてもなぁ
なんか、そのあたりの違和感は放置しちゃいけない気がするけど刻もないし…
じゃあ、シュリって名は?どういった経緯で名付けられたのかな?」

「はい。御主人様と副執事長のロレンス様が意味合いが良くないからと
幼い頃から精霊が呼んでいた名を名乗る事になりました」

「買った側が不吉だからって名を改めさせた?
それも、買われた側から言った名を?
ふ~ん?あれぇ?ますます違和感が大きくなったぞ…
なんだろう?なんで、こんなに何かを間違ってる感が凄いんだ?
変だな?部屋に飛び込んでくる前よりも間違ってる感が強くなってる…
これは、この違和感のままに連れ出したら大失敗する気が…
コマちゃん?」

「わふ?」(なに?)

「ワラシからバヴェルへの伝言を頼める?」

「ワフッ?」(いいよ?なんて伝えるの?)

「俺が戻ってくるまでは絶対に今の膠着状況を保ってって」

「ワン!」(オッケー!)

コマちゃんが姿を消して窓から出ていくと、ロウもシュリと向かい合うように椅子に座った
「君に不利益にならないように、いろいろと聴きたいんだけどいい?」

「はい。もちろんで御座います」

「まずは…ハンカーラとは厄介者と言う意味合いがあるって言ったよね?
ではシュリと言う名は?精霊が呼んでいたって事は良い意味合いの名なんだよね?
精霊ってエルフに対しては悪意は無いって聞くし」

「はい。古き友が呼ぶ名ですから悪い意味は無いとは思いますが…
私は意味を知りません…

え?

あの…古き友が《神子様が意味を知っている》と…」

「はあ?俺が?」
『なんだよ、その無茶振りは…いきなりぶっ込んできたな…
ん?って事は俺が前世の記憶持ちだって事を精霊は知ってんのか
じゃなかったら、さすがになぁ
しかし、なるほど…前世の記憶から名の意味を探れと…
試されてるみたいで、いい気分はしないが…』
ロウが少し顔を上げてボーっとする

「神子様?」

『えっと、シュリか…
日本語では漢字、ひらがな、カタカナとあるけど、言うほど厄介者って意味をくつがえすほどの文字と意味は思い当たらないな…
かと言って、いろいろと他の言語で考えるほどの識見しきけんは無いしなぁ
俺がわかる範囲だと後は英語か…アルファベットだったらシュリは何て書いたっけ?
えっと…
“Sri”
おっとぉ、頭の中に出てきた…これもチートか…
あれ?シュリーって…』
ロウが不安気なシュリの顔をマジマジと見る
『確かシュリーってヒンドゥー教のラクシュミー神の英語変換だったよな?
ヒンドゥー教のラクシュミーって、日本では仏教の吉祥天きっしょうてんになったはず…
吉祥天といえば美と幸運、繁栄と豊穣の女神か
なるほどね?厄介者を覆してもあまりある名だな
しかし、俺は南部インド系の顔立ちから思い至ったけど
なんで、この世界の精霊が知っているのかってことなんだよな?
俺と同じ前世世界での知見ちけんがないと無理じゃないか?
それに、吉祥天からのラクシュミーからシュリー、そしてシュリなんてまわりくどい名付け
そんなの元々が前世世界の神話を調べたことがなかったら、絶対に辿り着かないぞ?
精霊に出自って概念があるのかは知らんけど、俄然怪しいな
まさかとは思うが、この世界って陸と海の狭間の世界じゃないよな?
俺だったら霊的放射体で稼働する外骨格乗用大型兵装を創れなくはないけど…いやいや、まさかまさか……
でも精霊は姿が見えないうえに声も聞こえない、そんなのは調べようも無いか…』

「み、神子様?」

「うん?あゝ、君の名の意味は粗方予想出来たよ」

「本当ですか⁉︎」

「うん、たぶん正解だと思うけど聞きたい?」

「はい!ぜひ‼︎
意味がわかれば、この名に御賛成くださったドミノ様とロレンス様もお喜びくださると思います」

「ふ~ん?やっぱり俺が予想してたのと温度差があるってレベルじゃないな…
まぁいいや、君の新しい名のシュリって
とある世界では吉祥天やラクシュミーって名で呼ばれる女神でね?
美と幸運、繁栄と豊穣をつかさどっているんだよ
君にお似合いの名だね?」

「えっ⁉︎女神様⁉︎そんな畏れ多い名を…それに、お似合いだなんて……

え?神子様が仰った事が本当なの⁉︎」

「あゝ、やっぱ正解か…なんで俺の事を知っているのか聞きたい事は色々とあるけど、そんな場合じゃないしな
素直に教えるとも思えないし
とりあえず、きみ?あー、シュリ?」

「あ、はい!なんでしょうか?」

「シュリが思っている現状と、俺が予想していた現状にかなりの温度差があるんだ
ひょっとしたら君は、そのままここに居る事を望んでいないか?」

「え?はい。私は、この御屋敷で御主人様であるドミノ様と副執事長であるロレンス様にお仕えする事を望んでいます
手足も神子様に癒していただけたので、これでやっと御奉公が出来ますし
私を買って頂いた御恩をお返し出来ます」

「そう、そこなんだ。俺には《買って頂いた恩》ってのが理解できないんだよね?
里から連れ攫われて、ヌークで買われたんだよね?
君は何を恩に感じているのかな?
シュリの境遇の事は、怨みにこそ思えば恩を感じる余地は無さそうなんだけど…」

「あ、それは、私は生まれた時からなのですが
残り200年ほどの人生を、深奥の森の更に深奥にある虚淵ウロで朽ちるまで幽閉される運命でした
それを、あまりにも哀れに思ってくださった最長老が《外から来た野蛮人に売った》という理由付で里から放ってくださったのです」

シュリが機嫌良くツラツラと語る話にロウが唖然となる
『いや…売られた事を里から解放されたって…』

「そして、里から出てすぐに野蛮人から《逃げられると困る》と肩と足に傷を付けられて動かせなくなりました
とても痛かったのですが、それも運命さだめですから我慢いたしました」

“ギリッ”とロウから微かに音がした

「それから10日ぐらいでヌークへ来て
初めて客に見せられたのは、その夜でした
客はどこかの伯爵だと言われました
その客は10日以上も沐浴をしていない見窄らしい私を見て、金貨数枚で買い磨き上げると剥製にすると言っていました」

“は⁉︎剥製だと…?ぐぬぅ…俺としたことが乗り込むべき場所を見誤ったのか”
ロウが苦悶の表情でうめき、頭を抱える

「でも、女主人が《他にも見せなければならない御方がいるから後日》と再び地下の部屋に閉じ込められました
そして翌日来られたのが御主人様でした
最初は買う気はなかった御様子でしたが、御主人様が買わなかったら私が剥製になると女主人から聞いた途端に金貨を支払われました
そして、御屋敷に来て最初に湯浴みをさせてくださりました
それから清潔な服を与えてくださり、手足が不自由な私の為に薬を探してくださり
名の意味がよろしくないと、古き友が呼んでいた名を名乗る事も許してくださいました
《これからは幸せになりなさい》と言ってくださいました御主人様、厳しくも優しい副執事長、不自由しないようにと世話を焼いてくださる使用人の皆さん
《こんな日が、いつまでも続けば良いのに》と思っていたのですが
古き友が、ここから私を誰かが連れ出しにくる。と教えてくれました
私にとって、とても悲しい報せでしたが、それも運命だと受け入れたのでございます
でも…悲しい報せですが、それをもたらしてくだされたのは神子様
こうして神子様を拝する事ができましたことも運命なのでしょうから不満に思うことも御座いません」
両眼に溢れそうな涙を溜めてシュリが語る

“………ウソだろ………根本的に俺が間違っていたなんて……まいったなぁ
しかし、この娘って、いろいろと問題になりそうだけど
凄くポジティブだな
エルフの本性は生真面目な楽天家 optimistなのか?
リズも大概なんだよなぁ
いや、そう信じて運命さだめだと思わなければならないほどに過酷な人生ってのもあるのか…
まぁ自然と共に在れば、クヨクヨしてたって如何にもならんしな”
少し呆然としたロウが思わず呟いた
「ふう…シュリ?」

「はい」

「ごめんね?俺の見通しが甘かったせいで大事おおごとにしてしまったみたいだ
この件は早急に、かつ平穏に解決しなければ関わってしまった全員が不幸になってしまう
シュリには…うん。幸せになってもらいたいからね
シュリの御主人様は話がわかる人かな?」

「えっと…私は御屋敷にきて間もないのでわかりません…
ですが、お優しい御方です」

「まぁそうか…でも会わない、話さないって選択肢は無いからなぁ
シュリ、俺を君の御主人様の元へ連れて行ってくれるかい?」

「はい。かしこまりました」
シュリが即座に立ち上がった






「ロレンス、正門の様子はどうだい?保ちそうか?」
ドミノが執務机に軽く腰を乗せて腕組みしながらロレンスに問いかける

「はい、ドミノ様。報告に誤りがなければ保ちます
ですが腑に落ちない状況でもあります」
ロレンスはドミノに背を向け扉を見つめたまま返事を返す

“ガチャッ”「何が腑に落ちないんだい?」
ドミノが椅子に座らないのは腰に剣が吊ってあるからだが、身動みじろぎするたびに剣から音が鳴り顔を顰める

「はい。領兵がのらりくらりと会話を続けて邸内に踏み込もうとしないらしいのです
彼ら領兵は早急にシュリを確保したいはずなのに、そんな素振りもないと報告がありました」

「ふむ?それは変だな…」

「私が思うに、時間稼ぎをしているのでは。と考えたのですが
何の為に時間稼ぎをするのかが読めませんから不安です」

「なるほど…」

「増兵するのかとも思いましたが、それほどの騒乱となれば皇家か公爵家が介入してくる畏れがあります
そうなれば北辺境伯の立場が微妙な事になります
ましてや、つい先日、代替わりをしたのですから
いくら年若く考えが浅い新しい北辺境伯といえど、他家の介入は望むところでは無いでしょう」

「うん。そうだね、貴族であれば子供でもわかる理屈だ」

「では、直接シュリを攫うのか?と考えてみても
どこの部屋に居るのか解らなければ虱潰しらみつぶしに探すしかないので、この状況では不可能でしょう
ですから私には北辺境伯の手が読めなくなっています」

「ふむ…ロレンスに読めないものは私にも読めないね
しかし、本当にシュリの元へ直接行けないのかな?」

「まさか⁉︎部屋は3階で外から入ろうとすれば必ず誰かに見られ
邸内からは、そこが部屋に見えないように偽装しています
さすがに無理があるのではないでしょうか?
いえ、ありえないのではないでしょうか」
思わずロレンスがドミノに振り返った

「そうかなぁ?今の状況も私にとってはありえないんだけどね?」

「いや…しかし……私が同位爵家の北辺境伯を甘く見ている?
気を緩めているつもりはないのですが…
いえ、不安の種は取り除くべきですね
毒の花が咲いてしまっては取り返しがつきません
私が確認して参ります」

ロレンスが少し急ぎ足で扉に向かい、ドアノブに手をかけた瞬間
“コンコン”扉がノックされた










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