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あなたは天使*後編
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私の名前はマリー・アネット。
どこにでもいる平民の娘だ。
……と、思っていた。数か月前までは。
家族は母と私の二人きり。
けっして裕福とは言えないけれど、小さなパン屋を切り盛りして生活していた。
この幸せがいつまでも続くんだと信じていた。
けれど。
母が馬車に跳ねられ死んだ。
優しい世界が、急にモノクロになった気がした。
たった一人の家族を亡くしたことで、心に真っ黒な穴があいてしまったようで。
楽しいことも面白いことも、ぜんぶぜんぶ、真っ黒な穴が吸い込んでしまう。
母が死んだ後、どうやって生活していたのかわからない。
気がつけば父親だと名乗る貴族の家にいた。
私は父親と名乗る人の話なんて聞きたくなくて、与えられた部屋にずっと引きこもった。
一日に一回は必ずドアがノックされる。
父親と名乗る人が様子を見に来る。
私が立ち直るまで、その人は毎日毎日、部屋の前に来た。
一ヵ月が経ったころ……
ドアを開けた時、その人は少し驚いてから、優しく私を抱きしめてくれた。
見失っていた家族の愛を見つけて、私は泣いた。
その日、私はマリー・アネット男爵令嬢となったのだ。
それから私の日々はとても忙しいものになった。
貴族のマナー? 常識? 礼儀作法? ダンス?
もう、頭がパンクしそう!
だけどこれが出来なければ、家族に迷惑をかけてしまう。春には貴族たちが通う学園に行くことになっているのだ。それまでには、付け焼刃でもとにかく覚えなくちゃ!
うちは男爵で爵位は低いから、そんな無理しなくてもいいんだよ、と父も兄も言ってくれるけど私の身のふるまいでほかの貴族から反感を買うのが怖い。
貴族は礼儀とプライドで出来ているって昔、お母さんも言っていたし!
優しくしてくれる家族のためにも、私は死に物狂いで勉強した。
その結果あって、特待枠で編入できた。
黒地にピンクの線が入ったチェックのスカート、白いブレザー。
学園の制服に袖を通した時、ドキドキした。
私みたいな平民あがりのなんちゃって貴族が、生粋の貴族の人たちと仲良くできるだろうか。
今まで年の近い友達はいなかった。
期待、半分
恐怖、半分。
ソワソワと落ち着かずに迎えた入学日。
わたしは盛大にやらかしてしまった。
眠れなかったせいで、寝過ごしちゃった!
時間を気にしながら学園の門を通過したところで、ドンっと衝撃が走る。
「おっと……」
頭の上で男の人の声。
私はぶつかってしまったようだ。
これはもうやらかしてしまったどころではないと、半ばわたしはパニック状態である。
「あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
這いつくばって土下座をしようとした時、私の腕を引く人が現れた。
慌てて顔を上げれば、そこには天使がいた。
ツヤツヤした金髪をふんわりと縦ロールにした碧眼の彼女は人形のように顔が整っていて、思わずポーっと見惚れてしまった。
「ふふ……だいじょうぶ?」
鈴をころがすような声も可愛い!
え? 天使のように綺麗で声まで可愛くって、さらにすっごく優しそうなんだけど!
これが貴族様なの!?
私、貴族ってもっと怖い人たちなのかと思ってた!
「だ、だいじょうぶです……! ほんとうにごめんなさい!」
「そんな、謝らなくてもいいのよ?」
「……おいアンジェリカ。ぶつかったのは俺なんだが?」
はっ! 私ってば天使さまばかりみてしまっていたわ!
「あら。あなたは頑丈なんだから、むしろ心配なのは彼女のほうでしょう? わたくしはアンジェリカ・クラインドールですわ。ねえ、貴女の名前は?」
「わ、ワたくシはっ…マリー・アネットともうします! 今日からこの学園に通わせて頂きます! 二年A組です!」
「あら……では貴女が編入生なんですのね。わたくし達と同じクラスですわ」
「そうなんですか!?」
「マリーとよんでもよろしくて? わたくしのことはアンジェリカとよんでくださってかまわないわ。仲良くいたしましょう?」
「は、はいぃ! アンジェリカ様!」
「ふふ……アンジェリカでいいわ。わたくしも貴女のことをマリーとよびますし」
そんなこんなで天使なアンジェリカ様とお話していると、大きなため息が聞こえてきた。
「……オイお前ら……そろそろ行かないと遅刻するんだが?」
「ッ……! ごめんなさい!ごめんなさいごめっふぬっ」
アンジェリカ様の傷一つないほっそりとした指が私の唇に当たった。
いや、あててんのよ的なヤツだ!
「本当に遅刻してしまいますわね。行きましょう」
「は、はいぃ…」
私の顔は赤かった。
わたしは今日、運命的な出会いをした。
とっても綺麗で優しい天使のようなお貴族様。しかも公爵の人だった!
公爵って王族の次に偉い人でしょう!? そんな人がこんな素敵で、いや、素敵だから公爵なの!?
右も左もわからない不安いっぱいの私を気遣ってくれる。心配してくれる。
それがどんなに嬉しくて心強かったことか。
この間なんて、一緒に街に繰り出した時、アンジェリカ様は絡んできた暴漢を倒してしまった。
護身術までできるなんて!
それから貴女も何かあったときの護身用にと短剣をプレゼントされた。さすがに刃物は怖いです!
でもでも、これ、アンジェリカ様とお揃いだった。うれしい!
姉がいたらこんな感じなのかな?
こんなのどうしようもない。
いつしか私は姉のように慕うアンジェリカ様をアンジーとよぶようになり、一番の親友になった。
アンジーと過ごす学生生活は夢のようだった。
お昼休みは学食のおかずを交換して食べたり、テスト前は一緒に図書室で勉強したり学際を一緒に回ったり、すっごく楽しい!
…………でも、私には一つだけ、どうしてもアンジーに言えない秘密があった。
アンジーの婚約者であるアルフレッド殿下……
婚約者ということで、なにかと三人でいることが多くて……
本当はおかずの交換も勉強会も色々な行事も3人で回っていた。
アンジーの横にはアルフレッド殿下がいて、アルフレッド殿下の横にはアンジーがいる。
そして私の横にはアンジーがいる。
私はアルフレッド殿下に話しかけることが少ない。アルフレッド殿下もどちらかというとアンジーと話す機会が多い。
だけど……
ふとした瞬間に、視線が絡む。
そのたびに、心臓がドキリと跳ねるのだ。
なんで見るの?
アルフレッド殿下がこちらを見なければ視線は合わないのに……
目が合うからドキドキする……
うそ。
最近は見ているだけでもドキドキする。
視線が合うと困るのに、嬉しい。
こんなことアンジーには言えない。
アルフレッド殿下はアンジーの婚約者なんだから。
だから、やめてよ。
私をみて微笑まないで。困ったように笑わないで。
私はアンジーを裏切りたくない。
手を握らないで。
優しく頬を撫でないで。
―――裏切りたくない。
でも、嬉しい。
……このままじゃダメ。
距離を、おかなきゃ。
そう思ったのに。
「マリー。何か悩んでいることはない? 貴女のかわいい笑顔が曇っているわ……」
あっさりアンジーに捕まってしまった。
「…悩みなんて……あ、えっと最近ちょっと太っちゃったかな、って!」
「あら。貴女は少し太っても可愛いわ?
……ねぇマリー。無理しなくてもいいのよ? 私じゃあマリーの力になれないかしら……?」
アンジーが私を心配してくれる。そのことが苦しい。
こんなにも優しく心配してくれるアンジーに、貴女の婚約者を好きになってしまった、なんて言えるわけがない。
他人の婚約者を好きになるなんて……私は最低だ。
「……私なんて、ぜんぜん、かわいくなんて、ないです……」
醜い心。
アルフレッド殿下の心が欲しい……なんて……
じわりと視界が揺らぐ。
あふれてくるとめどない気持ちを、どうしたら殺せるだろう。
そんな私をアンジーが抱きしめる。
「……マリー。あなたは素敵な女性よ。だから、自分を卑下してはいけないわ」
そんなこと、ない。
素敵なのはアンジーだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、わたしズルいんです、汚いんです!」
「マリー、落ち着いて? 大丈夫よ、大丈夫だから……あなたは綺麗よ」
知らないくせに、そんなことを言う。
それに甘えてしまいそうになる。
私は綺麗じゃない。私が一番知っている。
本当に綺麗なのはアンジーだ。
だって、アンジーは、あなたは、
「―――あなたは天使のような人だから」
ずっとずっと、出会った時から思ってた。
アンジーは私にとっての天使。
「……え」
だから、ダメなんです。
「ねぇマリー、こっちをみて? わたくしを見て?」
打ち明けたら、嫌われてしまうかもしれない。怖い。
打ち明けたら、力になってくれるかもしれない。だって、アンジーはとても優しい。
わたしとアルフレッド殿下の架け橋に……
そんな都合のいい妄想をした瞬間、自分はなんて汚い人間なんだろうと思い知る。
「わたしは汚い私は汚い……わたしは…」
こんな醜い心の私と一緒にいれば、アンジーまで汚れてしまいそうで。
アンジーがもっとひどい人ならよかった。
優しくない人ならよかった。
……よくない。わたしはアンジーが大好き。
三人で過ごした思い出さえも穢そうとした自分が本当に最低で……
「マリー、落ち着いて聞いて? わたくし見てしまったんですの。アルフレッドが」
「……ッ!」
言葉の続きを聞くのが耐えられなくて、私は逃げ出していた。
あふれでる気持ちをどうしたら殺せるのか。
わたしは、その方法を見つけた。
あの日、アンジーにもらった短剣。
マリーゴールドの花の細工が施されたちょっと可愛くて上品な短剣。
―――花言葉は『友情』よ。わたくしたちにピッタリね。
なんて笑った思い出。
アンジーにはピッタリの花言葉。
私には違う方の花言葉が似合うかな……
アンジー……
こんな方法で、終わらせてしまうことを許してください。
私はアルフレッド殿下に恋をしてしまいました。
好きになってしまいました。
でもでも、私はアンジーも大好きです。
二人が大好きなんです。
だから、私はこの選択を選びます。
どうか、どうか幸せになってください。
私の分まで、幸せになってください。
「マリー……。わたくしはマリーゴールドが好きだわ。
だって、貴女の名前が入っているんですもの。花言葉なんて、とってつけた話でしたのよ」
辛いときはなんでも話してほしかった、その親友はもういない。
「貴族ってね……権力争いとか上辺だけの付き合いがおおくて。わたくし、王太子殿下の婚約者でしょう? だから、よけいに……ね。政略結婚のお父様もお母様も、自分たちがそうであったように子供は駒としかみませんの」
だから、あの日。
マリーに会って、運命を感じたのだわ。
きっと、アルフレッドよりも先に。
貴女の無邪気な笑顔にどれほど癒されたか。
わたくし自身をみてくれる、貴女を……。
「貴女はわたくしにとって、天使のような無垢な子でしたわ。
……だからかしら? 人が当たり前に持つ悪感情すら、汚いと感じてしまったのね」
アルフレッドがマリーに惹かれていることくらい気づいていましたの。
彼は誠意を見せてくださいましたわ。
マリーが好きなのだと。
婚約解消や、貴族の反発、王妃修行……今後どうしようか考えていたんですのよ?
たしかに、わたくしもアルフレッドを好きでしたわ。
「……けれど! 貴女を失うくらいなら……! いくらでも諦めがつきましたわ!」
言ってしまえばよかった!
あの日の言葉の続きを!
『わたくし、見てしまったんですの。アルフレッドが…』
―――貴女に告白するために、指輪を買ったんですのよ!
わたくしというものがありながら、酷いと思いませんこと?
そんなふうに言いながら、笑って祝福しようと思っていましたのに!
アルフレッドを殴りましたわ! 貴方がもっとしっかり彼女の心を捕まえていればと!
……とんだ八つ当たり女ですわね。彼はおとなしく殴られてましたのよ。
「貴女が消えてから、できる限り幸せを意識して生きてきましたわ。でも無理でしたの。だって、親友である貴女と過ごす日々が幸せだったんですもの」
王妃になって、王家の宝物庫に入れるようになった。
目当ての物を探し出せた。
「マリー……わたくしの愛をうけとってくださいましね?」
次は貴女の番ですわ。
わたくしは国宝、『時戻りのネックレス』を首にかけて、マリーゴールドの短剣を自分の喉にあてた。
どこにでもいる平民の娘だ。
……と、思っていた。数か月前までは。
家族は母と私の二人きり。
けっして裕福とは言えないけれど、小さなパン屋を切り盛りして生活していた。
この幸せがいつまでも続くんだと信じていた。
けれど。
母が馬車に跳ねられ死んだ。
優しい世界が、急にモノクロになった気がした。
たった一人の家族を亡くしたことで、心に真っ黒な穴があいてしまったようで。
楽しいことも面白いことも、ぜんぶぜんぶ、真っ黒な穴が吸い込んでしまう。
母が死んだ後、どうやって生活していたのかわからない。
気がつけば父親だと名乗る貴族の家にいた。
私は父親と名乗る人の話なんて聞きたくなくて、与えられた部屋にずっと引きこもった。
一日に一回は必ずドアがノックされる。
父親と名乗る人が様子を見に来る。
私が立ち直るまで、その人は毎日毎日、部屋の前に来た。
一ヵ月が経ったころ……
ドアを開けた時、その人は少し驚いてから、優しく私を抱きしめてくれた。
見失っていた家族の愛を見つけて、私は泣いた。
その日、私はマリー・アネット男爵令嬢となったのだ。
それから私の日々はとても忙しいものになった。
貴族のマナー? 常識? 礼儀作法? ダンス?
もう、頭がパンクしそう!
だけどこれが出来なければ、家族に迷惑をかけてしまう。春には貴族たちが通う学園に行くことになっているのだ。それまでには、付け焼刃でもとにかく覚えなくちゃ!
うちは男爵で爵位は低いから、そんな無理しなくてもいいんだよ、と父も兄も言ってくれるけど私の身のふるまいでほかの貴族から反感を買うのが怖い。
貴族は礼儀とプライドで出来ているって昔、お母さんも言っていたし!
優しくしてくれる家族のためにも、私は死に物狂いで勉強した。
その結果あって、特待枠で編入できた。
黒地にピンクの線が入ったチェックのスカート、白いブレザー。
学園の制服に袖を通した時、ドキドキした。
私みたいな平民あがりのなんちゃって貴族が、生粋の貴族の人たちと仲良くできるだろうか。
今まで年の近い友達はいなかった。
期待、半分
恐怖、半分。
ソワソワと落ち着かずに迎えた入学日。
わたしは盛大にやらかしてしまった。
眠れなかったせいで、寝過ごしちゃった!
時間を気にしながら学園の門を通過したところで、ドンっと衝撃が走る。
「おっと……」
頭の上で男の人の声。
私はぶつかってしまったようだ。
これはもうやらかしてしまったどころではないと、半ばわたしはパニック状態である。
「あ、ああああっ、あのあの、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
這いつくばって土下座をしようとした時、私の腕を引く人が現れた。
慌てて顔を上げれば、そこには天使がいた。
ツヤツヤした金髪をふんわりと縦ロールにした碧眼の彼女は人形のように顔が整っていて、思わずポーっと見惚れてしまった。
「ふふ……だいじょうぶ?」
鈴をころがすような声も可愛い!
え? 天使のように綺麗で声まで可愛くって、さらにすっごく優しそうなんだけど!
これが貴族様なの!?
私、貴族ってもっと怖い人たちなのかと思ってた!
「だ、だいじょうぶです……! ほんとうにごめんなさい!」
「そんな、謝らなくてもいいのよ?」
「……おいアンジェリカ。ぶつかったのは俺なんだが?」
はっ! 私ってば天使さまばかりみてしまっていたわ!
「あら。あなたは頑丈なんだから、むしろ心配なのは彼女のほうでしょう? わたくしはアンジェリカ・クラインドールですわ。ねえ、貴女の名前は?」
「わ、ワたくシはっ…マリー・アネットともうします! 今日からこの学園に通わせて頂きます! 二年A組です!」
「あら……では貴女が編入生なんですのね。わたくし達と同じクラスですわ」
「そうなんですか!?」
「マリーとよんでもよろしくて? わたくしのことはアンジェリカとよんでくださってかまわないわ。仲良くいたしましょう?」
「は、はいぃ! アンジェリカ様!」
「ふふ……アンジェリカでいいわ。わたくしも貴女のことをマリーとよびますし」
そんなこんなで天使なアンジェリカ様とお話していると、大きなため息が聞こえてきた。
「……オイお前ら……そろそろ行かないと遅刻するんだが?」
「ッ……! ごめんなさい!ごめんなさいごめっふぬっ」
アンジェリカ様の傷一つないほっそりとした指が私の唇に当たった。
いや、あててんのよ的なヤツだ!
「本当に遅刻してしまいますわね。行きましょう」
「は、はいぃ…」
私の顔は赤かった。
わたしは今日、運命的な出会いをした。
とっても綺麗で優しい天使のようなお貴族様。しかも公爵の人だった!
公爵って王族の次に偉い人でしょう!? そんな人がこんな素敵で、いや、素敵だから公爵なの!?
右も左もわからない不安いっぱいの私を気遣ってくれる。心配してくれる。
それがどんなに嬉しくて心強かったことか。
この間なんて、一緒に街に繰り出した時、アンジェリカ様は絡んできた暴漢を倒してしまった。
護身術までできるなんて!
それから貴女も何かあったときの護身用にと短剣をプレゼントされた。さすがに刃物は怖いです!
でもでも、これ、アンジェリカ様とお揃いだった。うれしい!
姉がいたらこんな感じなのかな?
こんなのどうしようもない。
いつしか私は姉のように慕うアンジェリカ様をアンジーとよぶようになり、一番の親友になった。
アンジーと過ごす学生生活は夢のようだった。
お昼休みは学食のおかずを交換して食べたり、テスト前は一緒に図書室で勉強したり学際を一緒に回ったり、すっごく楽しい!
…………でも、私には一つだけ、どうしてもアンジーに言えない秘密があった。
アンジーの婚約者であるアルフレッド殿下……
婚約者ということで、なにかと三人でいることが多くて……
本当はおかずの交換も勉強会も色々な行事も3人で回っていた。
アンジーの横にはアルフレッド殿下がいて、アルフレッド殿下の横にはアンジーがいる。
そして私の横にはアンジーがいる。
私はアルフレッド殿下に話しかけることが少ない。アルフレッド殿下もどちらかというとアンジーと話す機会が多い。
だけど……
ふとした瞬間に、視線が絡む。
そのたびに、心臓がドキリと跳ねるのだ。
なんで見るの?
アルフレッド殿下がこちらを見なければ視線は合わないのに……
目が合うからドキドキする……
うそ。
最近は見ているだけでもドキドキする。
視線が合うと困るのに、嬉しい。
こんなことアンジーには言えない。
アルフレッド殿下はアンジーの婚約者なんだから。
だから、やめてよ。
私をみて微笑まないで。困ったように笑わないで。
私はアンジーを裏切りたくない。
手を握らないで。
優しく頬を撫でないで。
―――裏切りたくない。
でも、嬉しい。
……このままじゃダメ。
距離を、おかなきゃ。
そう思ったのに。
「マリー。何か悩んでいることはない? 貴女のかわいい笑顔が曇っているわ……」
あっさりアンジーに捕まってしまった。
「…悩みなんて……あ、えっと最近ちょっと太っちゃったかな、って!」
「あら。貴女は少し太っても可愛いわ?
……ねぇマリー。無理しなくてもいいのよ? 私じゃあマリーの力になれないかしら……?」
アンジーが私を心配してくれる。そのことが苦しい。
こんなにも優しく心配してくれるアンジーに、貴女の婚約者を好きになってしまった、なんて言えるわけがない。
他人の婚約者を好きになるなんて……私は最低だ。
「……私なんて、ぜんぜん、かわいくなんて、ないです……」
醜い心。
アルフレッド殿下の心が欲しい……なんて……
じわりと視界が揺らぐ。
あふれてくるとめどない気持ちを、どうしたら殺せるだろう。
そんな私をアンジーが抱きしめる。
「……マリー。あなたは素敵な女性よ。だから、自分を卑下してはいけないわ」
そんなこと、ない。
素敵なのはアンジーだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、わたしズルいんです、汚いんです!」
「マリー、落ち着いて? 大丈夫よ、大丈夫だから……あなたは綺麗よ」
知らないくせに、そんなことを言う。
それに甘えてしまいそうになる。
私は綺麗じゃない。私が一番知っている。
本当に綺麗なのはアンジーだ。
だって、アンジーは、あなたは、
「―――あなたは天使のような人だから」
ずっとずっと、出会った時から思ってた。
アンジーは私にとっての天使。
「……え」
だから、ダメなんです。
「ねぇマリー、こっちをみて? わたくしを見て?」
打ち明けたら、嫌われてしまうかもしれない。怖い。
打ち明けたら、力になってくれるかもしれない。だって、アンジーはとても優しい。
わたしとアルフレッド殿下の架け橋に……
そんな都合のいい妄想をした瞬間、自分はなんて汚い人間なんだろうと思い知る。
「わたしは汚い私は汚い……わたしは…」
こんな醜い心の私と一緒にいれば、アンジーまで汚れてしまいそうで。
アンジーがもっとひどい人ならよかった。
優しくない人ならよかった。
……よくない。わたしはアンジーが大好き。
三人で過ごした思い出さえも穢そうとした自分が本当に最低で……
「マリー、落ち着いて聞いて? わたくし見てしまったんですの。アルフレッドが」
「……ッ!」
言葉の続きを聞くのが耐えられなくて、私は逃げ出していた。
あふれでる気持ちをどうしたら殺せるのか。
わたしは、その方法を見つけた。
あの日、アンジーにもらった短剣。
マリーゴールドの花の細工が施されたちょっと可愛くて上品な短剣。
―――花言葉は『友情』よ。わたくしたちにピッタリね。
なんて笑った思い出。
アンジーにはピッタリの花言葉。
私には違う方の花言葉が似合うかな……
アンジー……
こんな方法で、終わらせてしまうことを許してください。
私はアルフレッド殿下に恋をしてしまいました。
好きになってしまいました。
でもでも、私はアンジーも大好きです。
二人が大好きなんです。
だから、私はこの選択を選びます。
どうか、どうか幸せになってください。
私の分まで、幸せになってください。
「マリー……。わたくしはマリーゴールドが好きだわ。
だって、貴女の名前が入っているんですもの。花言葉なんて、とってつけた話でしたのよ」
辛いときはなんでも話してほしかった、その親友はもういない。
「貴族ってね……権力争いとか上辺だけの付き合いがおおくて。わたくし、王太子殿下の婚約者でしょう? だから、よけいに……ね。政略結婚のお父様もお母様も、自分たちがそうであったように子供は駒としかみませんの」
だから、あの日。
マリーに会って、運命を感じたのだわ。
きっと、アルフレッドよりも先に。
貴女の無邪気な笑顔にどれほど癒されたか。
わたくし自身をみてくれる、貴女を……。
「貴女はわたくしにとって、天使のような無垢な子でしたわ。
……だからかしら? 人が当たり前に持つ悪感情すら、汚いと感じてしまったのね」
アルフレッドがマリーに惹かれていることくらい気づいていましたの。
彼は誠意を見せてくださいましたわ。
マリーが好きなのだと。
婚約解消や、貴族の反発、王妃修行……今後どうしようか考えていたんですのよ?
たしかに、わたくしもアルフレッドを好きでしたわ。
「……けれど! 貴女を失うくらいなら……! いくらでも諦めがつきましたわ!」
言ってしまえばよかった!
あの日の言葉の続きを!
『わたくし、見てしまったんですの。アルフレッドが…』
―――貴女に告白するために、指輪を買ったんですのよ!
わたくしというものがありながら、酷いと思いませんこと?
そんなふうに言いながら、笑って祝福しようと思っていましたのに!
アルフレッドを殴りましたわ! 貴方がもっとしっかり彼女の心を捕まえていればと!
……とんだ八つ当たり女ですわね。彼はおとなしく殴られてましたのよ。
「貴女が消えてから、できる限り幸せを意識して生きてきましたわ。でも無理でしたの。だって、親友である貴女と過ごす日々が幸せだったんですもの」
王妃になって、王家の宝物庫に入れるようになった。
目当ての物を探し出せた。
「マリー……わたくしの愛をうけとってくださいましね?」
次は貴女の番ですわ。
わたくしは国宝、『時戻りのネックレス』を首にかけて、マリーゴールドの短剣を自分の喉にあてた。
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