言葉よりも口づけで

結城鹿島

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2・愛にむせる花

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宣言通り、翌日もオレークはやってきた。
臭いの近づく速度で、丘を駆け下りてきているのだと判る。
草むしりをしていたソフィヤは立ち上がり、オレークを待ち構えるために家の前まで戻った。雪草の畑の中の道では逃げ場がない。
暫くすると急いでやってきたオレークが息を弾ませながら言った。

「良い知らせですよ、ソフィヤ殿」
「なんですか……?」

オレークの汗の匂いに眉を顰めながらソフィヤは尋ねた。不愉快なのとも違う。
(何か落ち着かないわ……)

「街の方で同程度の家が用意できると、確約を貰えました。それから、人手に関しても目途がたちましたよ」
「……なんの話ですか」
「話が曖昧なままではうんともすんとも言えないでしょうから、まずこちらから提案しようと思いまして」

(……暇つぶしをしているようでも、この人はちゃんと仕事をしてたんだわ)

チクりと胸が痛む。自分に会いにきていたわけではない そんなことは承知していたはずなのに。
「こちらを直接ご覧になってください」
オレークが書状を渡そうと近づいて来たことに、ぼんやりとしていたソフィヤは気が付かなかった。手の届く距離に接近され、ふいに突き刺さるオレークの臭い。様々な情報が嗅覚を刺激する。臭いは嫌でも他人の存在を強く知らせてくる。

「――っ」

中でも、一つの臭いがソフィヤの精神を引っかくように刺激した。今まで嗅いだことのない知らない臭い――
(ううん……両親が生きていたころに嗅いだ覚えがある……かも……)
完全に同じではない。けれど似たもので、特徴的な臭いだ。
(これは――)

脳裏に一つの光景が浮かび上がる。
今よりは異能が弱かったのに、不思議な臭いが気になって眠れず、こっそり両親の寝室を覗いてしまったことがあった。二人はベッドの上で抱き合っていた。
夜の暗闇の中で淫らに絡みあっていた――。その時の父にまとわりついていた臭いに似ているのではないだろうか。ソフィヤはとても怖かった。母の臭いと混じりあい、動物的なその臭いに恐怖した。
そう、この臭いはきっと、男の精の――
思考が辿り着いたのは、時間にすれば一瞬のこと。
乾いた音でソフィヤは我を取り戻した。
なぜか右手がじんじんとしている。目の前には驚いているオレークの顔。

「え」

さあ、と差し出された手を無意識に払いのけてしまったのだ。そのことに、誰よりソフィヤ自信が驚いた。

(なんてことをしたの、わたし……)

                 ◇

ソフィヤがひどく臆病なことは承知していたつもりだった。
だがもう多少は気を許してくれているとオレークは思い込んでいた。取り落とした書状を拾いながら、予想外に傷ついた自分を自覚した。

(大した痛みじゃあないが……)
「ソフィヤ殿、自分は何か失礼をしましたか?」
「あ、あの……そうでは、ないのです……」
「ではなぜ、そうつれない態度をとるのですか」

どうしても声が尖りがちになってしまうのを抑えて、無理やりに笑みを作る。

「そ、それは」
ソフィヤの手が震えている。

(頼りない細い腕だ)
湧き上がる狂暴な気分を必死に抑えて、オレークはソフィヤの顔色を窺った。

「具合が悪いのでは? 大丈夫ですか?」
「い、いや……っ、触らないで!」

その悲鳴に自分の箍が外れたような気がした。

「ごめんなさいっ」

逃げるように家へ向かうソフィヤをオレークは追った。
何か誤解がある。落ち着かせなければと思うのに、こんな時どうしたらいいのかわからない。
(そんなに怯えるのは何故だ)
家へと逃げ込んだソフィヤがドアを閉める前に足を滑り込ませ、戸に手をかける。
そして力任せに引けば、容易に侵入は叶った。オレークとソフィヤとでは全く力勝負にはならない。

「あ、あの、オレークさん……」

おずおずと後退するソフィヤの腕を掴む。ソフィヤは今にも泣きだしそうな顔をしている。
どうして、そんなに怯えているのか知りたい。何もかも暴きたい、そんな欲求にオレークは支配される。

「ゼレンキン殿に貴女のことを少々聞いたのですが……好物が何もないと、そう仰ったそうですね?」
「え?」
こんな時に何を、そんな表情を隠しもせずに、だがソフィヤが答える。
「――ええ、わたしが求めるのは、平穏だけです。わ、わたしは一人が好きなのです」

(それは嘘だ)
確信があった。

「……例えそうだとしても、貴女がここで一人でいては、危ない連中に襲われることもあるかもしれませんよ」
「ここには、雪草しかありません。問屋を通さなければお金にはなりませんから、お金目当ての連中は来ません」
「貴女ご自身が目当ての可能性あるかもしれないじゃないですか」
「そんなわけ……」

いい加減我慢の限界だった。
「貴女はまるで自分のことをわかっていないようですね――」
怯える彼女を壁に押し付け、そのまま唇を奪う。
ソフィヤは体を強張らせて目を見開いている。
「んん、んぅ――」

ようやく顔を背けようとするのを抑え、深く犯す様に口腔を貪る。
角度を変え、何度も何度も口づける。
「ん、……っ、ふ……、はっ、……ぁ」
息を求めて喘ぐ度に上下するソフィヤの胸が、淫らに存在を主張している。

「貴女は魅力的だ、こうして男を欲情させる」
「しらな……ん、んん――」

しつこく口づけ、溢れ出てくる唾液を強く吸い上げ、漸く唇を離す。と、粘着質な唾液が糸を引いた。その淫靡な光景にオレークの下半身に熱が溜まる。
ソフィヤの体からは力が抜け、くったりしている。
――男にまるで慣れていない。その事にオレークは安堵した。

「は……ぁ、……っは、あ」
まだ苦しそうなソフィヤの首筋に口づけ、思い切り吸い上げながら服の上から胸を揉んだ。
「あ…!?」
布越しにさえ、弾力のある体つきが女らしさを主張している。
「や、んん……っ」
堪えるような甘い声に、どうしようもない劣情がこみ上げてくる。
ソフィヤは逃げようと体をよじったが、抵抗など無いに等しい。
「オレークさん……っ! だめ…ぇ」

もがくソフィヤを体で押し付け、服のボタンを外していく。鎧のような貴族の女のドレスと違い、脱がすことは容易い。
下着を乱暴にずらしと、豊満な乳房が露わになる。
「や、あっ……」
抗議の声を上げるのを無視して、救い上げるように揉みしだく。
「やっ、やめてくださ……んっ」
震える手がオレークの腕に添えられるが、全く制止にはならない。余計にこちらを煽るだけだとわかっているのだろうか。

「おねが、い、だからっ……放して、くださ……い……」
「やめません。やめられません 貴方はとてもきれいだ」

長いこと野良仕事をしているとは思えない白い肌は滑らかな肌触りで、もう手をはなしたくない。
オレークが指の埋まる感触を堪能していると、胸の先端がつんと尖ってきた。
押しつぶすように捏ねるとソフィヤが身をよじった。
「! そんなこと……」
いやいやとソフィヤが首を横に振ると、乱れた栗色の髪が胸の谷間にするりと落ちた。
それが、堪らなくいやらしい。

「ソフィヤ殿はどんな着飾った女よりも綺麗だ」
鎖骨に口づけ、揉んでいるのとは反対の乳房へそのまま舌を這わせていく。
「や……あっ!?」
胸の頂きをぺろりと舐める。そのまま口に含み、舌で刺激してやると、ソフィヤが一層甘い声を上げた。

「あ……、ぁん」
「胸を弄られるのがお好きなんですか?」
「ちが、っ……は、あっ……、はっ」
ぜえぜえと息をはずませるソフィヤの蕩けた顔に、オレークは見惚れた。彼女の中に己の欲望を埋めたならば、どれだけ幸福だろうか。甘美な想像に喉をこくりと鳴らす。

「はぁ……、も、や……め、て、ください」
「随分と感じやすいようですね、ソフィヤ殿は。そんな顔で自分を拒否するのですか?」

尖り切った乳首に唇を寄せたままオレークは言った。
「そんな顔って、言われても……んあ、知らな、わからな、あ……あっ」
転がす様に舐めてやると、ソフィヤの腰が揺れはじめた。
オレークは堪らなくなって、音がたつほどきつくソフィヤの胸の頂をを吸い上げた。もう一方も指できゅうっと摘まむ。

「や――、あ、ああ……っ!」

一際大きな嬌声を上げ、ソフィヤは仰け反りった。体がぶるりと大きく震える。
――胸だけで達したのだ。
その時、オレークは見た。涙で潤んだソフィヤの瞳の中に、さっと金色の光が走ったのを。

(あれは――)

                 ◇

ふいにソフィヤの体からオレークの腕が離れた。

「は……、はっ…は……はぁ」
拘束を解かれたソフィヤは、その場にずるずると座り込んだ。
息苦しくて、どうにもならない。

「――すみませんでした」

ぽつりと、一言だけ頭上から降ってきた。
そして、オレークは玄関のドアを開け、行ってしまった。

(……え?)

何が起きたのか、理解が追いつかない。ソフィヤは茫然としたまま、玄関のドアを見つめた。

(きっと、はしたない女だと思われたんだわ……)

だから、きっと呆れて帰ってしまった。
胸だけで達してしまった。淫らな自分が堪らなく恥ずかしい。でもどうにもならないのだ、――匂いがあまりに強すぎて。
今だってそうだ。

(体中からオレークさんの匂いがしてる……)

まだ胸を揉まれ、吸い付かれているような錯覚すらする。
あまりに強い嗅覚のせいで他の感覚まで引きずられてしまう。
体の奥が未だに疼く。足の間、じわりと再び濡れる感触。
(こんな異能欲しくなかった……)

「…………っう」

ソフィヤは両腕で自分の体を掻き抱いた。そうしないと、体の震えが止まらない。
涙がぽたぽたと胸の上に零れていく。どんどん溢れて止まらない。

「ふ……、っく、……」

(私、おかしいわ……)
酷いことをされたのに、そのことよりもオレークに立ち去られて悲しい気持ちの方が先にくる。
呆れてもう来ないかもしれないという恐怖の方がさらに強い。
(どうして……こんな風に思ってしまうの……)

――その答えを出すのが怖い。
 


その翌日、オレークはやってこなかった。
その翌日も。
さらに翌日も。

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