瞳の石と魔女の物語

結城鹿島

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3章 傷の瞳のシーレ

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例年よりも少しばかり遅かった初雪が昨日降った。これからクルーガは、雪で春まで閉ざされてしまう。
窓の外を見ていると、鬼の形相のギレスに引き離された。

「シーレ様、寒気にあたらないで下さい」
「カニエ祭の支度は済んだのか?」
「いつも通り。滞りはありません。リウレシアの方たちにはいい息抜きになっているようです」

答えながらも、ギレスの眉間の皺の険しさは取れない。質問で怒りを逸らすことは出来なかったようだ。黒貂の毛皮が裏地についている上着をひらひら主張して、ちゃんと着込んでいるのを見せる。


カニエ祭は奇跡を起こした聖人を祝う祭りで、祖先に感謝し、繁栄を願うものだ。だがクルーガでは、冬支度を終えた労いのパーティーといった趣の方が強い。
本格的な寒さの来る前に、家畜を潰し、保存食を作る――冬の間に家畜を養えないからだ――その作業を一家で行い、それを終えてから労いのための宴会を祭りと合わせて行うからだ。どのみち王宮では、最初からただのパーティーでしかないが。
南方諸国では聖人の伝説に因んで観月が行われるが、クルーガでは既に雪が降っていることが多い。とても外で呑気に月見など出来ない。
だから、手作りの月や星を室内に飾る。民の家では素朴なものだが、王宮では大掛かりな飾りを作る。女子供は支度の方が好きだという輩もいる。

「シーレ様も広間に行く前にどうぞ」
ギレスが差し出す盆には、色とりどりの硝子玉と飾り紐が用意してある。
月を模した飾りは宴を主催する家で作るが、星に見立てた飾りは各々が作り、月の周りに飾りつける。
紐を編んで硝子玉を包み、房と吊り下げるための紐をつければ星飾りの出来上がりだ。硝子玉が星を房が流星の尾を表している。売ってもいるが、自分の手で作れば願い事が叶うと言われている。子どもたちの楽しみだ。

「もう子供でもないんだがな」
「そう言わず。皆さんも楽しんでらっしゃいますよ」

どの色を選ぶか、シーレは迷った。硝子玉の色で叶うとされている願いごとが違うのだ。子供ではないのだから、てきとうでもいいとは思うのだが、なんでもいいとなると逆に困る。
結局、シーレは青い硝子玉を選んで星飾りを作った。
「私は後で向かいますので」
「ああ」
飾りを持って、シーレは大広間に向かう。


大広間の壁にはいくつも月が飾られていた。その周りを、既に無数の星飾りが彩を添えている。広間のあちこちで、まだ星飾りを作っている姿もある。いくつ作っても構わないからだ。人の願い事は尽きない。
どの辺りにかけるかシーレが悩んでいると、声をかけられた。
「おや、シーレ様の願いは良縁祈願ですか」
若い大臣の一人だ。
「悪いか」
思わず喧嘩腰に答えてしまったが、相手は柔和な笑みを浮かべた。
「いえいえ。今年がお一人での最後のカニエ祭ですからなァ。結婚というものの困難さを思えば願掛けは必要ですよ。たしかに」

軽口もさして腹は立たない。シーレが十二歳で評議会に出始めてからの付き合いだ。
本当は、青い瞳のようだと思ったから選んだことは、胸の中だけにしまっておく。雑談を交わしていると、広間に玄妙な音色が響き始めた。
「だれが銀湖琴ぎんこきんなんて弾かせたんだ」
シーレは盛大に眉を顰めた。
「リウレシアの方々のリクエストらしいですよ」
言われてシーレは納得した。銀湖琴はクルーガでしか作られない。シーレが好きではないので、滅多に王宮で耳にすることはないが、他国の人間には物珍しさから必ず求められる楽器だ。難しいが、達人の手にかかれば歌うように奏でることが出来るという。それ故、語り琴とも言われている。
「俺は席を外すぞ」
人参を残す子供を見つけたような顔をされたが、知らん振りをして大広間を出て行く。
どうせカニエ祭は堅苦しい集まりではない。

銀湖琴の音を背中に、シーレは人気を避けて歩いた。部屋に入らず、渡り廊下へ向かう。
冬の間の渡り廊下は椅子が用意されて、休憩所のように使われているのだ。
銀湖琴の音が、微かに聴こえてくる。銀湖琴は、一年を通して決して溶けぬ銀湖の氷が割れる音が再現されているという楽器だ。実際に銀湖を見たことはないので、なんとも言えないが、そんなの矛盾しているじゃないかといつも思う。
シーレははっきりしないことは好きではない。それに陰気臭いのも嫌いだ。銀湖はルルージャにある。王家の人間にとっては気鬱でしようがない。


「やはり抜けていらしましたね」
待ち構えるようにしていたギレスにも笑われ、シーレはますます顔を歪めた。
「悪いか」
「いいえ、私が手配しましたので悪くは御座いませんとも」
穏やかに言われ、シーレは気付く。人払いをされているのか、周囲に人が居ない。
背後では近衛と別の侍従が人が来ないように控えている。

「あちらへ」
ギレスの示す先、渡り廊下をひとつ曲がった先の椅子に、金髪の少年が俯いて座っていた。
エミレだ。
振り返って視線で問いただす。

「このままにしておいてもよろしくないかと」

不穏分子たちが神輿にエミレを担ごうとしていることは、ギレスの調べてわかった。少し調べただけで、明白な証拠がぽろぽろ出てきた。だから、このまま放置して暴走するようなことがあれば、処断せざるを得ない。
あれ以来、話していないし、王宮で会うことがあっても居ないかのように振舞ってきた。しかし。

「……確かに、このまま、春を待つわけにはいかない、か」
「そう思います」
エミレへの元へ、思い足を動かす。

エミレは手元に集中していて、シーレに気づいていない。どうやら星飾りを作るのに苦労しているようだ。
必死な横顔に、シーレは昔を思い出した。

「昔からお前は不器用だったな」
思わず零れた呟きにエミレが顔を上げた。零れそうなほど目を見開いて、きょとんとしている。幼い、子供のような顔だ。
「……兄上、覚えておいでなのですか?」
幼い頃、セグラの屋敷で二人して星飾りを作った。忘れてはいない。
「お前の作った星は不恰好で遠目にも目立ったな。ここでなら、なおさら目立つだろう」
王宮の壁に無数に飾られた星飾りは、みな形の整った美しい星だ。
口を尖らせてそっぽを向いたエミレに、笑いがこみ上げる。昔もこんな風に拗ねることがあった。肩が震えるのを堪えながら、シーレは手を差し出した。

「貸してみろ」
「……」

おずおずと渡された星飾りは、完全に紐が絡まってしまっている。直そうとしたが、難しい。

「駄目だな、これは。切らなければ解けそうにない」
「そうですね……」

肩を落としたエミレの顔が幼い頃と完全に重なった。
硝子玉の色はシーレが作ったものと同じ青。
シーレは懐から自分の作った星飾りを出して、
「これをやる」
エミレの星飾りと、交換するように押し付けた。どうせ同じ色だ。
「兄上が作ったのですか?」
エミレは意外だというように、驚いた。
「いや、まあ、そうだ」
自分で作ったものでないと願掛けにならないだろうか。まじまじ見られると決まりが悪い。

「いらないなら――」
「いえ。いらなくないです」

エミレは星飾りをぎゅっと握りしめた。昔のように無邪気な笑顔を浮かべて。
その顔には何の打算も見えない。
シーレの悩んでいた気持ちが晴れていく。すとんと、気持ちが正しい場所に落ちたような気がした。笑みを返すと、エミレはいっそう嬉しそうに笑みを深めた。
だが、それも一瞬。何かを見つけて顔を強張らせた。
エミレの視線の先を追うと、近衛たちの奥にジリオラが居た。ジリオラはシーレとエミレに一礼したのち、どこかへ行った。
先ほどまでの気持ちを汚されたような気がして、シーレは黙ってその場を離れた。ギレスが何か言いたそうにするのも目で止める。振り向いてエミレがどんな顔をしているかは確認したくない。
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