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執事の消えた日 ジェフリーside 1

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アレグリアにとって、気配を消すということは難しいことではない。
むしろ、気配を明らかにするということの方が、アレグリアにとっては困難だ。ただ、何気なく過ごしているだけでも、人形のようだと言われてしまう。
そう在ることが当然だったので、いつのまにかそうなってしまっただけなのだけれど。

望んで身につけたものでなくとも、人を尾行するには役にたつ。
たとえば今がそうだ。
目標は、アレグリアに追われていると気づいていないだろう。

しかし、目標との間に突如横入りしてきた第二の追跡者――金髪の男の事はどうだろうか。
目標は恐らくすでに、金髪に尾行されていることを気づいているだろう。なにせ、僧服を纏ってはいないが中位のハンターだ。確か、中位のハンターになるには、三人以上の吸血鬼を滅した実績が必要だった筈。
つまり、吸血鬼に慣れている相手だ。
注意はいくらしてもし過ぎということはないのに、金髪の男は気配が駄々漏れだった。日中行動できていようと、吸血鬼だということはばれているだろう。
そう、アレグリアの尾行に割って入ってきた金髪の男は吸血鬼だ。だから、アレグリアは悩んでいる。

「どうしよ……かな」

ひとまず、アレグリアはハンターとそれを追う金髪の男の二人から、距離をとって後を追い続けることにした。二ブロック以上離れて様子を伺う。
日中の街中には様々な情報が溢れている。それでもアレグリアには、音や匂い、熱や振動、人間が大雑把に気配と一括りするもので、何が起こっているかは離れていても十全にえた。
金髪の男が吸血鬼だからといって、仲間だとは限らない。なので、こうして離れて観察している訳だが――アレグリアは心底呆れていた。
あれで尾行しているつもりなのだろうか。
二人は人気のない路地へと進んでいくが、誘導されているのは明らかに金髪の男の方だった。
急に角を曲がった目標を見失わないためか、金髪の男は早足でその後を追う。

「……」

なんで、あんな初歩的な陽動に引っかかっているのだろう。
間抜けなのかと思えば、待ち伏せしていたもう一人のハンターの初撃を避けられたようだから最低限度はできるらしい。ハンター二人と格闘している動きを見れば、どうしょうもなく弱いというわけではなさそうだ。
ただ、どういうつもりなのか、金髪の男の攻撃には勢いがない。もし、ハンターへの殺意があるなら、計画の邪魔になるので急いで止めに行かなければならないが、その必要はひとまずなさそうだ。

「……あ」

金髪の男が二人がかりの攻撃をうまく捌ききれず、体勢を崩したところに足を引っ掛けられ転倒した。殺すつもりで動いているハンターに、ついていけていない。
アレグリアは急いで現場に向かう。
人間を遥かに凌駕する脚力で、そう意識した次の瞬間には、男たちの所へ辿りついた。

「なんだ、お前は……!?」

答える必要も意味もない。
まずアレグリアは、金髪の男にのしかかり、今にも杭を打ち込もうというハンターを絞めた。それから、驚きで動きの遅れたもう一人も絞めあげた。毎度のこと、体格差に驚愕しているのが滑稽だ。一体どれほどの歳の差があると思っているのだろう。
流れるような勢いでハンター二人を無力化し、それからアレグリアは溜息を吐いた。
肉体も精神も完全に無傷で捕まえなければいけなかったのに。この二人は使えなくなるかもしれない。ついつい反応して手を出してしまった。内心で落胆する。

「……あの、助けて下さって、ありがとうございます」

地面に転がっていた金髪の男が、何度も目をぱちぱちさせ、アレグリアを見上げている。
突然アレグリアが現れたように見えたのかもしれない。だとしたら、目は人間とあまり変わらない。
近くで見ると、男は金というよりも銀に見える薄い髪の色をしていた。見た目は四十歳程度、なんとなく犬みたいな顔をしている、とアレグリアは思った。格好はどこかの屋敷に仕えている使用人といったところだ。

「……あなた、吸血鬼、でしょ? ……同じだから、気にしなくていい」
アレグリアが言うと、金髪の男は起き上がって

「助けてもらっておいてなんですが、先ほどのような立ち振る舞いは淑女に相応しくないと思いますよ」
などと言った。

アレグリアは思った。
この人は変だと。
それから、思い切り金髪の男をぶん殴った。

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「あ、う?」
「……ジェフリー、起きた?」
「えーと……。私はなぜ床で寝ているのでしょう?」
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