花嫁は騎士志望!!

結城鹿島

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14・女性騎士

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「お嬢様入りますよ」

制止する間もなく扉を開けられ、ユーニスは妙な姿勢で固まった。
扉を開けたのはディーン。刻々と形のよい眉の角度が上がっていく。
視線が向けられているユーニスの足は、痣だらけ。夕食の前に湿布を貼っていたところに、ディーンが来たのだった。体のあちこちにできた痣は、勿論、今日の稽古が原因だ。手の届かない箇所には、セアラに手伝ってもらって済んでいるが、足は自分で出来るから長椅子に横座りになって手当をしていた。
太ももまでたくし上げていたドレスを、そっと下ろして足を隠す。

「……手伝いましょうか?」

ディーンがぼそりと言った。普段そんなこと言わないのに。よっぽど痛々しく映ったのか、余計な心配をかけてしまったようだ。
……鍵をかけておくべきだったわね。

「大丈夫よ。もうちょっとで終わりだし、手の届かないところは、セアラに手伝って貰ったから」
「よくよく様子を見るように、言伝られたから何かと思ったら、今日は随分としごかれたようですね、お嬢様」
「誰に言伝られたのか……は、聞かなくても多分私の想像通りよね?」
「そうですね。仕事の合間にお嬢様の様子を見に抜け出て、総長に怒られていたお方です」

ユーニスは、はあ、と呆れた。随分とタイミングよく現れたものだと思ったが、何かのついでではなく、わざわざ自分の様子を見に来てたのか……。今度、顔を出しにきたら追い返そうとユーニスは決めた。
……あ、でも、部屋まで運んでくれたのだから、今日の分の小言を言うのは止めておいてあげてよう。

「具合が悪いのに無理はしてはいけませんよ」

ディーンは、怪我の程度に関しては眉をしかめても、怪我をすること自体にはとやかく言わない。リオンのように、傷つくのを見たくないなんて言わない。
ユーニスは師匠に素直に頷いた。

「今日は早めに休むし、明日も無理しないわ」
「ええ、そうして下さい」

手当の続きをどうぞ、と部屋を出て行こうとしたディーンが、ふと立ち止まって振り返った。

「……ディーン、なに?」

束の間、部屋に沈黙が落ちる。

「お嬢様……、もしも完全に異界との関係に終わりが来る日がやってくるとしたら、どう思います?」
「え?」

それは、つまり魔物が訪れることがなくなる日が来たら、という話だろうか。今まで、ディーンとそんな話をした記憶はない。だって、そんな仮定は夢物語だと、お互いに知っている。

「……ディーン?」
「いえ、今日は顔合わせだったんですが、王都の騎士たちと話して、そんな話が出たものですから」

どこか懐かしいような、遠くへ向けた視線。ユーニスの側仕えになってから、現役の騎士たちと同じ立場で触れ合う機会は少なかった。だから、久々に騎士たちと接して思う処があったのかもしれない。
例え冗談の類だとしても、騎士たちが口にするのなら、ユーニスだって語るくらいは許されるだろうか。もしも、異界から魔物がやってこなくなれば――

「そんな日が来たら……騎士たちは職にあぶれちゃうかもしれないわね」
「そうですね」

ディーンが苦笑する。
ユーニスは、今まで出会った大勢の騎士の顔を思い浮かべて、それぞれどんな仕事をするのだろうと夢想して――結局、想像すら鮮明には描けなかった。やはり、ユーニスには遠い夢すぎる。

「それにしても、王都の騎士たちもそんな話をするのね……」
「変わった騎士団ですからね。上の人間の色がよく出た、おもしろい騎士団ですよ」

上の人間、つまりアドルファスやリオンの影響が騎士団に強くでているということ。
……うらやましい。
自分も一緒に戦いたい。前より強くそう思う。

「お嬢様」

ふと俯いたところで呼ばれ、ユーニスは視線を向けなおす。

「なに? ディーン」
「逃げるために剣を振っていないかい?」

側仕えでなく、師匠の顔で訊ねられ、一瞬、ユーニスは言葉に詰まった。
剣を習い始めた当初にも、聞かれたことがある。目の前の現実から逃げるために剣を握っていないか、と。
……どうかしら……。
いま、結婚を迫られている現実から、目を背けるために剣を握っているだろうか?
自分自身に問いただす。
もう、部屋の鍵はかけられていなくて、人質も取られていない。本気を出せば、きっと王城から
逃げ出すことは出来る。どこへ行くか、逃げ続けられるかはさておき。
でも、自分はそれを選んでいない。
楽な方に流れてしまっているだろうか?
諦めてしまっただろうか?
こんな風に迷う時も、ユーニスは心の中に旗をイメージする。旗は倒れていない。
……だから大丈夫。
ユーニスは首を横に振った。

「本当に? もしも、逃げ出したいなら、そう言って。すぐに連れ出してあげる。ジェイラスとの約束だからね」

今度は兄の友人の顔で言われた。

「大丈夫。ありがとう」

ユーニスは笑顔を作った。

「おやすみ」
「ええ。おやすみなさいディーン」

                 ●

「うう、体がばきばきだわ……」

昨日の稽古のせいで、全身の筋肉痛が酷い。

「今日はお休みにしてもらった方がいいのでは……?」と、セアラが心配してくれたが、貴重な機会は一度も無駄にしたくない。今日もユーニスは稽古着を着て、中庭で騎士を待った。
やがて現れた人物に、ユーニスは目を見開く。

「ご機嫌よう、ソードリリー姫。私はキャロライナ・バレット、以後、お見知りおきを」

挨拶にと差し出された手を握り返しながら、ユーニスはキャロライナをまじまじ見つめた。
ふ、と苦笑して

「女騎士を見るのが初めてじゃないでしょうに」

キャロライナが肩を竦める。
そう、キャロライナは女性だ。剣帯から下げているのが大剣と呼ばれるサイズのもので、ユーニスよりも長身で、髪も短く刈り上げているが、女性特有の体の丸みは見間違いようはない。

「ま、私はよく男と間違えられるんだけどさ!」

動きやすそうな恰好は確かに男っぽいが、ドレスを着るよりも遥かに彼女を引き立てている。

「いえ、キャロライナさん、そういうことじゃないの。気分を悪くしたならごめんなさい」

ユーニスは両手を振って謝った。

「支度が楽そうで羨ましいって思って、見惚れただけなの。私もそのくらい髪を短くしてみたいわ……」

その発言を後で知ったリオンが、蒼白な顔で断固許さないと喚くのは、その日の夜のことである。

「あっはっは、それはリオンが泣きそうだから勘弁してやって」
「あの人が泣こうが喚こうが、知ったことじゃありません」
「多分、泣いたら相当騒がしいと思うわよー? ぶっふ。想像したら笑えてきた。姫サンは可愛いからそのままがいいんじゃない? っていうか可愛いし、姫サンって呼んでいい?」
「え、ええ、好きに呼んでください」
「私のことはライナって呼んで。男みたいだけど、みんなそう呼ぶの。我ながら名前が似合ってないの自覚してるし」

なんだか豪快な人だ。見た目通りで、清々しい。
キャロライナはひとしきり、けらけら笑ってから、持参した荷物から弓を取り、構えた。

「団長に稽古の相手をって言われたけど、私の得意なのは弓なの。姫サンは、弓の方はどう?」

問われてユーニスは口籠る。
魔物の中には鳥型のものや羽のあるものも多いので、弓の腕も騎士に必須ではある。
だが、

「私は、弓は少し苦手なんです……是非とも稽古をお願いします」

正直に白状した。

「まあねえ、姫サンは苦手そうだよねえ。細っこい腕してるものね」

ぐうの音もでない。剣を持ったことのない深窓の令嬢と比べたら、ユーニスは相当に健康的なのだが、キャロライナとは比べものにならない。訓練してもなかなか筋肉のつかないユーニスと違って、彼女は逞しい二の腕をしている。
……何を食べてどう運動したらそんなに筋肉がつくのかしら。教えてもらいたいところだわ。

「ま! とりあえず見せてちょーだいな」

用意していた自分の弓を持ち、ディーンが作ってくれた矢場に立つ。建物を傷つけないように盛った土の前、巻き藁が二つ立ててある。
王族が暮らす区画なだけあって、中庭も狭くない。矢をつがえ、弓を構え、ユーニスは思い切り弦を引いた。そして、放つ。一連の動作は流れるように行う。魔物相手には、ゆっくりと狙いをつけてはいられないので。

「へえ、当たるのは当たるじゃないの」

矢は無事に巻き藁の真ん中に刺さった。
ユーニスがほっと胸をなで下ろしたところで、

「馬に乗ってはどう?」

聞かれたくない問いがきた。

「それは……その、」
「ははーん。止まって撃つのはそこそこ、騎射きしゃだと駄目なわけか」
「ぐっ」

まさにその通り。ユーニスは馬の上からだと、狙いが安定しない。
しかし、素早い動きの魔物に対して、止まって悠長に狙いをつけるわけにはいかない。騎士とは文字通り騎乗して戦うものなのだ。

「体幹はしっかりしてそうだけどねえ」

キャロライナに不思議そうに見られ、ユーニスは身を縮めた。剣の稽古だけじゃなくて、弓もしっかりやっておけばよかった。反省である。

「騎射が苦手なら……こっちはどう? ちょっと使ってみてくれる?」

キャロライナが持ってきた中でも一番大きい弓を渡された。ユーニスの身長より長い。
弦を引く前から結果は目に見えているが、矢をつがえてみる。

「――っ」
「やっぱ、引ききれないか」

キャロライナの声も失望はしていない。

「城壁の上から使うイメージで、作ったんだけどダメだね。止まって使うならこのくらいでもいいかなあと思ってたんだけど、流石に使える人間が限定され過ぎるから改良しないとだなあ」

しかし、キャロライナはなんなく大弓を引いた。藁束を見事に射抜き、後ろの土に深々刺さっている。
ほうっとユーニスは感嘆の声をあげる。

「すごい……。あの、聞いてもいいですか? ライナさんはお幾つでしょうか? いつから騎士団に? 自分で騎士団に入るって決めたんですよね?」
「ん~、ちょっと待って待って、順に答えるからさ」
「あっ、すみません。つい……」

つい、凄まじい勢いで問い詰めてしまった。でも、こんないい機会はないから、なるべく色々聞いておきたい。

「え~っと、私はいま二十五で、騎士になったのは十九の時だったかな。勿論、自分から試験を受けたよ。他薦なんかは認められてないからね」
「十九歳で騎士に……」

ユーニスは現在十七歳なので、それは二年後の未来だ。今年の騎士試験に受からなくても、二年後なら――受かる自分を想像することが出来る。
キャロライナのような人は、存在だけでユーニスの希望だ。

「あと、もう一つ聞きたいんですけど……ライナさんは前線で戦ったりします?」
「ああ、そういや姫さんは前線希望なんだっけ。私は前線でも戦うけど、今は情報局の兵器科で開発に関わってるの」
「情報局の兵器科……」
「そう。地方の騎士団と違って、色々やってんのよ。一番大事なのは、これの材料を取りに行くことだけどね」

キャロライナが腰の剣をとんとんと叩く。

「騎士を目指してるんだから、姫サンも知ってるでしょ? これの材料が異界の金属だって」
「はい」

神話で伝えられる異界との衝突。
神の存在の真偽はともかく、この世界と別の世界が存在することだけは確かで、衝突当時の混乱は地中から発掘される石板などから解析されている。
魔物に対抗する術のない波乱の時代、自ら異界に乗り込んだ鍛冶屋がいたという。その鍛冶屋が持ち帰った素材で作った剣だけが、魔物を切り裂いた。それが人間の反撃の始め。
今では、同じ世界のものでなければ致命傷にならないのだと、理屈も解明されている。
けれど、それに気づくまで、伝説の鍛冶屋が異界に赴くまで、一体どれほどの被害が出たのだろう。それらの伝説を、はじめに語り聞かせてくれたのは兄だった。
懐かしさと共に、ユーニスは思い出す。

「ライナさんも異界に行くんですか? どんな風に採取をするか聞いてもいいですか?」

その辺の詳しいことは全く知らないので、かなり興味がある。

「繋がりが解明されてる『接点』から向こうへ入って、チェックされてる鉱脈に行くの。此処だけの話――実は結構、解明が進んでるのよ。狭い範囲だけど、地図ができてるの」
「そうなんですか……!」

驚いて、ユーニスは目を丸くした。魔物がやってくる捻じれた世界、遠く感じていたのに、地図を作っていたとは。

「『揺らぎ』が発生した時に見えるのは気持ち悪い向こうの空ですけど、大丈夫なんですか? 具合が悪くなったりとか、そういうことはないんですか?」
「それがさ、どうも向こうの空気には女の方が強いみたいなの。理由は全然判ってないんだけど、経験則でそうだってのが判ってて。だから兵器科には女は多いの。自分たちから異界へ赴くわけだから当然、みんな戦える」
「……」

ユーニスが目指す誰かを守る戦いとは違うが、キャロライナ達のやっている事も立派な戦いだ。騎士の剣がなければ魔物を倒せないのだから。
もし、もしも――騎士になれたとして、けれど異界のモノと戦うには力不足と判断されたなら、キャロライナのようになりたいかもしれない。そんなことをユーニスは思った。

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