12 / 21
11・テオバルト・アードラ―の授業
しおりを挟む
「なにしてんだ、お前ら!」
大声につられて視線を動かすと、血相を変えたリオンと、いつも通り涼しげな顔のディーンがこちらにやって来る。ユーニスは、あ、面倒くさいことになったわ、と思った。
「おい、アドルファス・ライト、貴様、説明しろよ。なんで俺の花嫁が二階から飛び降りて、お前にタックルかまそうとしてるんだ? ああ? っていうか、ディーン、お前はなんで俺を止めてたんだ、止めるならあっちだろうが!」
完全にリオンの目が据わっている。アドルファスとディーンに食ってかかる様子は、まるで街のゴロツキのようだ。ガラが悪い。
セアラが怯えていしまっているので、仕事に戻っていいわよ、と声をかける。セアラが場を離れるのを見て、ディーンが口を開く。
「そりゃあ王を止めますとも。もう少しタイミングが合っていれば、総長を補足できたでしょうに。惜しかったですねお嬢様。着地からの行動を、もっとスムーズにできるように特訓しましょうか」
「うん……、勢いだけじゃ駄目よね、反省するわ」
師匠に駄目出しされ、ユーニスは落ち込んだ。
「待て待て、なにがなんなんだ、誰か説明しろ! そしてディーン・クロー、お前は何を教えてきたんだ、ああ?」」
「なんでもないわよ、貴方には関係ないでしょう」
リオンがショックを受けているが、説明なんかしたくない。せっかく騎士団総長が稽古のことを承知してくれたのに、リオンが拒絶したら稽古の話が駄目になってしまう。
「夕方までに俺を掴まえられたら、稽古を見ると約束したんだわ。ま、捕まえられなかったけれど、稽古は見ることにした」
「あっ」
あっさりバラされて、ユーニスはしょんぼりと肩を落とした。
……内緒にしてくれればいいのに。
「稽古だと?」
「手すきの者を寄こす、問題ないだろ?」
眉間に皺を寄せアドルファスを睨むリオンを、祈るような気分でユーニスは見つめた。
「……同じ奴に続けて来させるなよ」
「いいの?」
剣をやめなくてもいいとは言ってくれたけれど、同時に、騎士になるのは反対だとも言っていたのに。
「結婚式までの、せめてもの温情というところですか?」
ディーンの言葉に緩みかけた頬が引きつる。
「結婚式までってどういうこと? 私、結婚なんてしないって言ってるでしょう? まさか日程が決まったとか言わないでしょうね?」
「俺はお前以外を妻に迎える気はない」
まったく答えになってない台詞が返ってきた。知りたい情報がないことに腹が立つと同時に、少し喜んでしまう自分が嫌になってしまう。
アドルファスににやにや笑い、ディーンに厳しい面持ちを向けられ、居心地が悪い。
ユーニスは話題を逸らすことにした。
「あ、ディーンを呼んだ要件はなんだったの?」
「健康な若い騎士を遊ばせておけない。城に居るからには働いてもらう、ってことで騎士団に入ってもらうことにした。正式に移籍するわけじゃないけどな」
「そういうことになりました」
ユーニスは軽い驚きを得た。ディーンがまた騎士団に所属して、剣を振るう事になるとは。
ただ、長い付き合いだから解る。表情はいつも通りでも、本人が望んだことだというのが。そもそも、王の命令であっても嫌なら断る。ディーンはそういう人だ。
胸に小さな痛みが走って、ユーニスはそっと拳を握った。
……嫉妬しちゃうわね。
リオンに騎士として必要とされている、それが羨ましい。自分はまだ、騎士試験を受けても居ないのだから、見当はずれなやっかみだと解っていても、そう思ってしまう。
「――ですので、しばらくお嬢様から離れることになります。申し訳ありません」
「大丈夫よディーン。稽古は騎士団の方がつけてくれるんだもの。城壁の外にも、暫く出るつもりはないし」
「もし不埒な輩に遭遇したら、手加減は無用ですよ、お嬢様」
ディーンの視線の先はリオン。
「ええ、勿論、手加減なんてしないわ!」
「勘弁してくれよ……」
威勢よく応えたユーニスとその師匠を見て、リオンは小さく呻いたのだった。
●
翌日。体を動かすには、またとない晴天。
花壇を潰し、稽古場に作り替えた中庭で、稽古着に身を包んだユーニスは、セアラにまとめた髪のチェックをしてもらっていた。
「自分でやるとどうにも心配で」
「しっかり纏められていると思います」
「ありがと」
話してみると、セアラとは同じ年、同じ辺境生まれということで気が合った。
オルコスは実力主義の国だが、貴族の女の付き合いはまた少し趣が違う。王都の貴族の中には『接点』の多い辺境の出身者を軽んじる向きもあるらしい。辺境の人間は荒々しいところがあるし、何故か、鮮やかな色の髪や瞳の持ち主が多い。それが、王都では悪目立ちすることがあるのだと、ディーンに聞いて、ユーニスはなんとも言えない気分になった。
濃紺の髪と青玉の瞳を持つユーニスのメイドとして、リオンの選んだセアラも、明るい橙色の髪に孔雀石のような緑色の瞳の持ち主なのだ。
きっと、話が合う様に、リオンが選んでくれたに違いない。セアラ以外のメイド達も、みなユーニスにとって付き合いやすい相手ばかりだった。
自分は結婚する気なんてないのに、リオンはユーニスのことを真剣に考えてくれている。それが、肩身が狭い。
「ユーニス様の髪は本当に綺麗ですねえ。結婚式のドレスを作ってる衣装担当の者たちは、みな気合が入ってますよ。わたしもとっても楽しみです」
声音から嫌味でないのはわかった。
しかし、きっぱりと否定しておきたい。
「あのね、セアラ、私は騎士になりたいのよ」
「はい、応援します。頑張って下さい!」
「……」
それが不可能だと、ちっとも思ってない顔で言われた。
「……セアラってば、いい性格よね」
「そうですか? ありがとうございます」
女性騎士は珍しい存在ではない。特に辺境では。ユーニスを応援してくれる気持ちは本当だろう。
……王妃が騎士になんてなれやしないのに。
騎士を目指すユーニスと、王妃になるかもしれないユーニス、両方を応援してくれるセアラは素直なだけ。嫌味を言ってる訳じゃない。
でも、ユーニスはどんな顔していいかわからなくなってので、両手で自分の頬を叩いた。
ともかくも、気持ちを切り替える。
アドルファスが稽古相手にと寄越してくれる騎士がそろそろ来る頃だ。
「失礼しますよ」
うきうきと待っていたユーニスの前に現れたのは、ひょろっとした印象の青年だった。重そうな本を何冊も抱えている。長衣から剣が覗いているので、間違いなく騎士ではあるはずだが、騎士より学者と言われた方が納得できる雰囲気だ。それに若い。ユーニスよりは年上だが、リオンより年下かもしれない。
青年は、中庭の真ん中でポカンとしているユーニスに軽く一礼した。
「初めまして、テオバルト・アードラーと申します。総長から、あなたの話相手をするようにと言われまして」
「話し相手、ですか? 私は、稽古の相手をお願いしたのですけど……」
……嫌がらせされているのかしら。
いや、アドルファスはそんなことをするような人には思えない。何か行き違いがあったのかも。
「見ての通り、僕はひ弱なんです。ですから、剣を交えるのは遠慮させてもらいます」
確かに、テオバルトの腕は細い。ユーニスが簡単に負かせられそうではある。
「あの、大変失礼ですけど……騎士団の方なんですよね?」
「ええ。三手落ちですが、試験にはちゃんと受かりましたよ。僕の担当は戦術なので、三手落ちでも充分なんです」
『三手落ち』とは、騎士試験で通常必要な立ち合い二十人の騎士の同意の内、三人分が得られなかったことを意味する。力は足りないが他で見るべきものがある場合、特例として王がその三人分の保証をすることで騎士として認められる、要は繰り上げ合格。体力や腕力、剣の技量が不足していても、知力に秀でた者を騎士として拾う救済措置だ。
「騎士団にも色々担当がありまして、僕の所属する情報局には三手落ちの騎士は多いのですよ。あなたより華奢な女性もいます。戦術の研究に兵器の研究、前線で戦うばかりが役目ではありませんからね」
ぐっとユーニスは唇を噛んだ。これは、お前は後方支援が精々だと言われているのだろうか。
「天気もいいですし、青空教室といきましょうか。そうだな、その木の下ででも」
テオバルトが一本の木を指さした。平らにならしてしまった花壇の奥、小ぶりな樹が丁度、傘のような木陰をつくっている。
テオバルトは樹の下に丁寧に本を積み、その横に腰を下ろした。仕方ないのでユーニスも向かいに居住まいを正して座る。
「さて、早速ですが、質問です。街を守る騎士たちが『揺らぎ』の対処で出払っているところ、魔物の襲撃を受けました。あなたが騎士団に代わる地位にあるとして、街の人間をどうすべきですか?」
いきなりの質問に動揺して、ユーニスは言葉に詰まった。それでも、
「――まず街の住民を避難させます。各々の家の地下室、それから城などに」
どうにか答える。
「そうですね。各戸に地下室を備えているし、城は平時には政治の機関ですが、有事には避難場所になるよう作ってありますからね」
テオバルトはさらに続ける。
「避難誘導とともに行うべきことはなんでしょうか?」
「近くの街の騎士団に、複数の手段で救援を求めます」
狼煙玉を上げると共に、伝書鳩を放つ。伝令官も複数のルートで送る。
「そうですね。では救援が来たとしましょう。しかし、『揺らぎ』が連鎖発生して、救援にきた騎士団は徐々に押されていく。街の住民をどうすべきでしょうか?」
「――」
木陰のはずなのに、日差しに目が眩む。ユーニスは石になってしまったかのように硬直した。
遠い過去の風景が蘇る。七年前のあの時も、逃げ出すべきだと議論が起きた。商隊の護衛の騎士が先導して、街を捨てるべきだと。
けれど、護衛の騎士たちだって十分な数とはいえなかったし、住民たちは身一つで逃げることを承知しなかった。年寄りや子供も多く、素早く動けはしなかった。そもそも、逃げ出した先でも、再び『揺らぎ』が発生するかもしれなかった。常に異界に通じている『接点』から遠ざかることは出来る。
しかし、どこにでも発生する『揺らぎ』から逃げることは出来ない。
安住の地はこの世にはない。だから、騎士は魔物を倒すことで民を守るのだ。
――例え、どれだけの騎士の血が流れようとも。
ユーニスは深く息を吸い込んでから、口を開いた。
「暴動が起きないように、注意する必要があるとは思いますが、避難を続けます。そのために、水や食料の備蓄を普段から注意すべきです」
「そうですね、二三日も耐えれば普通は救援がきますからね」
テオバルトの淡々とした物言いに、ユーニスはひやりと背に汗をかいた。
「では、もしも救援が来なかったら? どうすればいいと思いますか?」
大声につられて視線を動かすと、血相を変えたリオンと、いつも通り涼しげな顔のディーンがこちらにやって来る。ユーニスは、あ、面倒くさいことになったわ、と思った。
「おい、アドルファス・ライト、貴様、説明しろよ。なんで俺の花嫁が二階から飛び降りて、お前にタックルかまそうとしてるんだ? ああ? っていうか、ディーン、お前はなんで俺を止めてたんだ、止めるならあっちだろうが!」
完全にリオンの目が据わっている。アドルファスとディーンに食ってかかる様子は、まるで街のゴロツキのようだ。ガラが悪い。
セアラが怯えていしまっているので、仕事に戻っていいわよ、と声をかける。セアラが場を離れるのを見て、ディーンが口を開く。
「そりゃあ王を止めますとも。もう少しタイミングが合っていれば、総長を補足できたでしょうに。惜しかったですねお嬢様。着地からの行動を、もっとスムーズにできるように特訓しましょうか」
「うん……、勢いだけじゃ駄目よね、反省するわ」
師匠に駄目出しされ、ユーニスは落ち込んだ。
「待て待て、なにがなんなんだ、誰か説明しろ! そしてディーン・クロー、お前は何を教えてきたんだ、ああ?」」
「なんでもないわよ、貴方には関係ないでしょう」
リオンがショックを受けているが、説明なんかしたくない。せっかく騎士団総長が稽古のことを承知してくれたのに、リオンが拒絶したら稽古の話が駄目になってしまう。
「夕方までに俺を掴まえられたら、稽古を見ると約束したんだわ。ま、捕まえられなかったけれど、稽古は見ることにした」
「あっ」
あっさりバラされて、ユーニスはしょんぼりと肩を落とした。
……内緒にしてくれればいいのに。
「稽古だと?」
「手すきの者を寄こす、問題ないだろ?」
眉間に皺を寄せアドルファスを睨むリオンを、祈るような気分でユーニスは見つめた。
「……同じ奴に続けて来させるなよ」
「いいの?」
剣をやめなくてもいいとは言ってくれたけれど、同時に、騎士になるのは反対だとも言っていたのに。
「結婚式までの、せめてもの温情というところですか?」
ディーンの言葉に緩みかけた頬が引きつる。
「結婚式までってどういうこと? 私、結婚なんてしないって言ってるでしょう? まさか日程が決まったとか言わないでしょうね?」
「俺はお前以外を妻に迎える気はない」
まったく答えになってない台詞が返ってきた。知りたい情報がないことに腹が立つと同時に、少し喜んでしまう自分が嫌になってしまう。
アドルファスににやにや笑い、ディーンに厳しい面持ちを向けられ、居心地が悪い。
ユーニスは話題を逸らすことにした。
「あ、ディーンを呼んだ要件はなんだったの?」
「健康な若い騎士を遊ばせておけない。城に居るからには働いてもらう、ってことで騎士団に入ってもらうことにした。正式に移籍するわけじゃないけどな」
「そういうことになりました」
ユーニスは軽い驚きを得た。ディーンがまた騎士団に所属して、剣を振るう事になるとは。
ただ、長い付き合いだから解る。表情はいつも通りでも、本人が望んだことだというのが。そもそも、王の命令であっても嫌なら断る。ディーンはそういう人だ。
胸に小さな痛みが走って、ユーニスはそっと拳を握った。
……嫉妬しちゃうわね。
リオンに騎士として必要とされている、それが羨ましい。自分はまだ、騎士試験を受けても居ないのだから、見当はずれなやっかみだと解っていても、そう思ってしまう。
「――ですので、しばらくお嬢様から離れることになります。申し訳ありません」
「大丈夫よディーン。稽古は騎士団の方がつけてくれるんだもの。城壁の外にも、暫く出るつもりはないし」
「もし不埒な輩に遭遇したら、手加減は無用ですよ、お嬢様」
ディーンの視線の先はリオン。
「ええ、勿論、手加減なんてしないわ!」
「勘弁してくれよ……」
威勢よく応えたユーニスとその師匠を見て、リオンは小さく呻いたのだった。
●
翌日。体を動かすには、またとない晴天。
花壇を潰し、稽古場に作り替えた中庭で、稽古着に身を包んだユーニスは、セアラにまとめた髪のチェックをしてもらっていた。
「自分でやるとどうにも心配で」
「しっかり纏められていると思います」
「ありがと」
話してみると、セアラとは同じ年、同じ辺境生まれということで気が合った。
オルコスは実力主義の国だが、貴族の女の付き合いはまた少し趣が違う。王都の貴族の中には『接点』の多い辺境の出身者を軽んじる向きもあるらしい。辺境の人間は荒々しいところがあるし、何故か、鮮やかな色の髪や瞳の持ち主が多い。それが、王都では悪目立ちすることがあるのだと、ディーンに聞いて、ユーニスはなんとも言えない気分になった。
濃紺の髪と青玉の瞳を持つユーニスのメイドとして、リオンの選んだセアラも、明るい橙色の髪に孔雀石のような緑色の瞳の持ち主なのだ。
きっと、話が合う様に、リオンが選んでくれたに違いない。セアラ以外のメイド達も、みなユーニスにとって付き合いやすい相手ばかりだった。
自分は結婚する気なんてないのに、リオンはユーニスのことを真剣に考えてくれている。それが、肩身が狭い。
「ユーニス様の髪は本当に綺麗ですねえ。結婚式のドレスを作ってる衣装担当の者たちは、みな気合が入ってますよ。わたしもとっても楽しみです」
声音から嫌味でないのはわかった。
しかし、きっぱりと否定しておきたい。
「あのね、セアラ、私は騎士になりたいのよ」
「はい、応援します。頑張って下さい!」
「……」
それが不可能だと、ちっとも思ってない顔で言われた。
「……セアラってば、いい性格よね」
「そうですか? ありがとうございます」
女性騎士は珍しい存在ではない。特に辺境では。ユーニスを応援してくれる気持ちは本当だろう。
……王妃が騎士になんてなれやしないのに。
騎士を目指すユーニスと、王妃になるかもしれないユーニス、両方を応援してくれるセアラは素直なだけ。嫌味を言ってる訳じゃない。
でも、ユーニスはどんな顔していいかわからなくなってので、両手で自分の頬を叩いた。
ともかくも、気持ちを切り替える。
アドルファスが稽古相手にと寄越してくれる騎士がそろそろ来る頃だ。
「失礼しますよ」
うきうきと待っていたユーニスの前に現れたのは、ひょろっとした印象の青年だった。重そうな本を何冊も抱えている。長衣から剣が覗いているので、間違いなく騎士ではあるはずだが、騎士より学者と言われた方が納得できる雰囲気だ。それに若い。ユーニスよりは年上だが、リオンより年下かもしれない。
青年は、中庭の真ん中でポカンとしているユーニスに軽く一礼した。
「初めまして、テオバルト・アードラーと申します。総長から、あなたの話相手をするようにと言われまして」
「話し相手、ですか? 私は、稽古の相手をお願いしたのですけど……」
……嫌がらせされているのかしら。
いや、アドルファスはそんなことをするような人には思えない。何か行き違いがあったのかも。
「見ての通り、僕はひ弱なんです。ですから、剣を交えるのは遠慮させてもらいます」
確かに、テオバルトの腕は細い。ユーニスが簡単に負かせられそうではある。
「あの、大変失礼ですけど……騎士団の方なんですよね?」
「ええ。三手落ちですが、試験にはちゃんと受かりましたよ。僕の担当は戦術なので、三手落ちでも充分なんです」
『三手落ち』とは、騎士試験で通常必要な立ち合い二十人の騎士の同意の内、三人分が得られなかったことを意味する。力は足りないが他で見るべきものがある場合、特例として王がその三人分の保証をすることで騎士として認められる、要は繰り上げ合格。体力や腕力、剣の技量が不足していても、知力に秀でた者を騎士として拾う救済措置だ。
「騎士団にも色々担当がありまして、僕の所属する情報局には三手落ちの騎士は多いのですよ。あなたより華奢な女性もいます。戦術の研究に兵器の研究、前線で戦うばかりが役目ではありませんからね」
ぐっとユーニスは唇を噛んだ。これは、お前は後方支援が精々だと言われているのだろうか。
「天気もいいですし、青空教室といきましょうか。そうだな、その木の下ででも」
テオバルトが一本の木を指さした。平らにならしてしまった花壇の奥、小ぶりな樹が丁度、傘のような木陰をつくっている。
テオバルトは樹の下に丁寧に本を積み、その横に腰を下ろした。仕方ないのでユーニスも向かいに居住まいを正して座る。
「さて、早速ですが、質問です。街を守る騎士たちが『揺らぎ』の対処で出払っているところ、魔物の襲撃を受けました。あなたが騎士団に代わる地位にあるとして、街の人間をどうすべきですか?」
いきなりの質問に動揺して、ユーニスは言葉に詰まった。それでも、
「――まず街の住民を避難させます。各々の家の地下室、それから城などに」
どうにか答える。
「そうですね。各戸に地下室を備えているし、城は平時には政治の機関ですが、有事には避難場所になるよう作ってありますからね」
テオバルトはさらに続ける。
「避難誘導とともに行うべきことはなんでしょうか?」
「近くの街の騎士団に、複数の手段で救援を求めます」
狼煙玉を上げると共に、伝書鳩を放つ。伝令官も複数のルートで送る。
「そうですね。では救援が来たとしましょう。しかし、『揺らぎ』が連鎖発生して、救援にきた騎士団は徐々に押されていく。街の住民をどうすべきでしょうか?」
「――」
木陰のはずなのに、日差しに目が眩む。ユーニスは石になってしまったかのように硬直した。
遠い過去の風景が蘇る。七年前のあの時も、逃げ出すべきだと議論が起きた。商隊の護衛の騎士が先導して、街を捨てるべきだと。
けれど、護衛の騎士たちだって十分な数とはいえなかったし、住民たちは身一つで逃げることを承知しなかった。年寄りや子供も多く、素早く動けはしなかった。そもそも、逃げ出した先でも、再び『揺らぎ』が発生するかもしれなかった。常に異界に通じている『接点』から遠ざかることは出来る。
しかし、どこにでも発生する『揺らぎ』から逃げることは出来ない。
安住の地はこの世にはない。だから、騎士は魔物を倒すことで民を守るのだ。
――例え、どれだけの騎士の血が流れようとも。
ユーニスは深く息を吸い込んでから、口を開いた。
「暴動が起きないように、注意する必要があるとは思いますが、避難を続けます。そのために、水や食料の備蓄を普段から注意すべきです」
「そうですね、二三日も耐えれば普通は救援がきますからね」
テオバルトの淡々とした物言いに、ユーニスはひやりと背に汗をかいた。
「では、もしも救援が来なかったら? どうすればいいと思いますか?」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる