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5・試される本気
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ディーンに付き添われ王城の廊下を歩くユーニスに、すれ違うメイドたちが酷く怯えた眼差しを向けてくる。
「私、怖がられちゃってるわね。……仕方ないけど」
一週間も散々暴れていたのだから、当然だ。当然なのだが、ちょっと落ち込む。
しかし、狙っていた効果はあったということだ。
「リオンもあんな感じで、私のことを嫌になっていてくれるといいんだけど」
「その点に関しては、あまり期待されない方がいいかもしれません」
ディーンの予言じみた言葉に、ユーニスは眉をひそめた。
ディーンと共に案内されたのは、ダリウスの執務室にも似た実用的な部屋。そこには、リオンともう一人騎士がいた。
リオンは、国王にしては簡素な、動きやすそうな格好で椅子にふんぞり返っている。身に帯びた剣に合わせるように今日も全身黒い。
それが陰気臭くなく、似合っているのがなんだか腹立たしい。
「花嫁の機嫌は直ったか?」
開口一番リオンに言われ、ユーニスは失望した。
……全然効いてない。
不敵な笑みの、なんと似合うことか。
「一週間ぶりだな」
「はっきり言って、二度と会いたくなかったわ」
「そう寂しいことを言うなよ。俺は一年会えなかったような気分なのに」
「一週間、人を閉じ込めておいてよく言うわね。あと、私は貴方の嫁になることを了承してないわよ。勝手に花嫁扱いしないでちょうだい」
「見知った顔で少しは落ち着いたかと思ったが、そうでもなさそうだな」
「いきなり実家から連れてこられて、閉じ込められたら誰だって怒るわよ!」
「グラディオーラ伯は納得している。それに落ち着かせるために、一週間はそっとしておけというのもグラディオーラ伯のアドバイスだぞ。忙しくて、会いにいってやれなかったことは謝ろう」
「父さまが納得してるっていうなら、じゃあ父さまと結婚すればいいわよ」
投げやりにユーニスが言うと、リオンは心底嫌そうな顔をした。
「あんなおっさんと誰が結婚するか」
「私は結婚するなんて納得してないの!」
ユーニスは大声で言った。
リオンが口を閉じる。柘榴色の瞳が揺れるのを、ユーニスは睨みつけた。弓を射るような気分で。
「……騎士になりたいっていう娘を、心配する親の気持ちは無視するのか?」
正面から言われ、ユーニスは即座に応じる。
「まさか女が騎士を目指すのが駄目だなんて言わないでしょうね?」
そんなことは、今までいくらだって言われてきたのだ。今更、罪悪感を抱くなんて思わないでほしい。
「ぶふっ!」
リオンの傍らで控えていた騎士が抑えきれなくなったというように吹き出し、笑い声を上げた。大柄な体を折って肩を揺らしている。リオンと同じ黒いマントを身に着け、立派な剣を腰に佩いている彼は、しばらく笑ってから口を開いた。
「勿論、女が騎士を目指すのが駄目だなんて、言えんとも。言ったら俺がコイツを殴ろう。騎士団の人員は常に不足していて、性別を問わず広く門戸を開いている。騎士団の元締めの王サマにそんなことは言わせんよ」
「あちらは騎士団総長のアドルファス・ライト様です」
一歩後ろに控えていたディーンに耳打ちされて、ユーニスは目を剥いた。
騎士団総長は王直々に率いる騎士団のトップだ。地位としては、王国全土の騎士団を纏める立場の筈。その上には王しかいない。騎士の中の騎士といってもいい。なのだけど、
……随分と気安い人なのね。
体格こそ熊のようだが、アドルファスの笑った顔は子犬のようだ。
「おい、いつまで笑ってるんだアドルファス」
「いや、だってリオン、お前、さっきのお嬢さんのウンザリした顔といったら……。多分、耳にタコな説得なんだろうよ」
その通り。さすが、騎士団総長。
そういえば、とユーニスは思った。目の前にいるのは、オルコス王国の守護の象徴のような二人なのだ。結婚どうこうという話でなければ、話を聞いてみたかったかもしれない。
「なあユーニス、何も剣を持つこと自体をやめろと言っているわけじゃない。まあ、できればやめてほしいが」
頭をがりがり掻きながらリオンが言う。
……いや、やっぱりこの人腹が立つから話もしたくないわ。
リオンの態度は、まるで子供のわがままをどう諦めさせるか、思案しているように見える。
「……絶対に止めないし、騎士になるのを諦めたりしないわ。騎士でなきゃ、魔物をを倒せないじゃないの」
「ほう。お嬢さんは前線に出るつもりなのかー」
感心するアドルファスの一方、リオンの顔は一気に険しくなった。
「そんなこと絶対に許さない」
「あなたの許しなんていらないわ」
本当は必要になるかもしれないのだが、反射的にユーニスは言い捨てた。
騎士になるためには、試験を受けなければならない。試験官と試合いをおこなって、ニ十人の立ち合いの騎士からの承認が必要だ。普通は、生まれた土地の騎士団で試験を受ける。
しかし、ユーニスはダリウスから追い出されてしまったので、グラディオーラ領内で試験を受けられるか解らない。もしも、王都で試験を受けるなら、二十人の立ち合い人の中には必ず騎士団総長と王が含まれるという。試験のことを考えれば、王の不興は買うべきではない。だけど、
……知ったことじゃないわ!
誰かに許してもらいたくなんてない。ユーニスが騎士になりたい想いは、誰かに左右されるような容易いものではない。相手が王だろうと、なんだろうと。
「――試験をしてみたらいいではありませんか」
それまで静かに事態を見守っていたディーンが言った。
「試験だと? 騎士試験をやれというのか?」
リオンが形のよい眉を寄せる。その横でアドルファスは目を輝かせた。
「ちょ、ちょっと、ディーン……」
自信がまるで無いわけではないが、あまりに急だ。
「いや、その手には乗らないぞ。そのまま押し切ろうなんて無駄だからな」
「いえ、ただの手合わせで構いません。お嬢様がどの程度の腕前か、ご自分で確かめてみたらどうかと言っているのです。騎士を目指すに値しないと思ったならば、そのまま花嫁になさればよろしいでしょう」
……えええ!?
ユーニスは狼狽えながら、リオンとディーンの顔を交互に見比べた。
渋面のリオンの視線を、ディーンは涼しげな顔で受け流している。
ディーンがユーニスの剣技が正式な騎士に劣るものではないと、判断してくれていると思うと、場違いにも嬉しくて仕方ない。
しかし、正直なところ、ユーニスにはリオンと戦って勝てる自信はない。教わってきた剣技は大勢で魔物に対峙するためのもので、一対一で戦って勝つためのものではないから。
でも、諦めたくはない。
ぐるぐると思考が巡り、どうしたものかユーニスが迷っていると、
「いいんじゃないか?」
アドルファスが賛成の声をあげた。
リオンが立ち上がり、アドルファスに詰め寄る。
「お前、面白がってるだろう!」
「そりゃ、面白くないよりは面白い方がいいに決まっているだろうが。遊び心がなきゃ、戦ってられるかってんだ」
苦虫を噛み潰したようなリオンとは反対に、ユーニスは覚悟が決まった。
騎士団総長にも剣技を見て貰えるのなんて、貴重な機会だ。
「私はやるわ。口で説得するより早いもの」
ユーニスはきっぱりと言った。
「ユーニス、負けたら諦めるのか?」
「――もしそれが条件なら、絶対に私は負けないわ」
こちらを見るリオンの目がすっと細められる。
「そうか。なら、諦めさせてやる」
「やるからには本気でお願いね」
「ああ、本気でこい」
そうして、ユーニスはリオンと戦うことが決定したのだった。
●
試合は王城の騎士団詰所、屋外の訓練場で行われることになった。
詰所の一室を借り、今はユーニスが支度をしている。その部屋の扉をディーンは守っていた。なにげなく辺りへ視線をやる。王城の一画とはいえ、騎士団の美徳は質実剛健、詰所に華美な装飾などはない。
ディーンは勿論、ユーニスにも馴染んだ空気だ。自分とばかり戦っていては、妙な癖がついてしまうのではと、領内のあちこちの街の騎士団へ出稽古に連れて行った甲斐があった。
領主の娘の道楽だと、始めは侮り、そして本気になる騎士をディーンは何人も見てきた。自分が本気で鍛えてきたのだから、当然だ。舐めてもらっては困る。
話が広まったのか、徐々に見物人が集まってきている。周囲が騒がしい。そこへ、
「ドレスを脱ぐ手伝いに侍女を呼ばせるか?」
気軽な調子で王が現れた。格好は先ほどと同じ、手には稽古用の木剣。
ディーンは内心の溜息を隠して答えた。
「必要ありません」
「……まさか、お前が手伝うから、とか言うんじゃないだろうな」
「お嬢様は、基本的に自分のことは自分でなされます。 騎士団に入れば、自分の身支度を人に手伝わせるわけにはいかないではありませんか」
隣国のエナクラシオやカルデイーヤでは騎士見習いとして、騎士の世話や盾持ちをする従騎士が存在するが、オルコス王国にはそのような制度はない。騎士叙勲を受けたら、誰でも一人前の戦力だ。見習い期間はあるものの、それは訓練をするための期間で、誰かの世話をすることはない。
「本気で鍛えてたっていうのか……。まあいい、ユーニスも現実を知れば嫌でも諦めることになる」
「随分と余裕ではありませんか」
「ディーン・クロー、お前が剣をユーニスに教えてたらしいが、教え子に甘いんじゃないのか?」
「自分がお嬢様に甘いかどうかはさておき、御自分が甘いかどうかは、すぐにおわかりになると思いますよ」
何か言いたげな王が、誰かに呼ばれて行く。その背中に蹴りを入れてやりたい気分になったが、ディーンは我慢した。多分その必要はない。ユーニスに任せればいいだろう。
少しして室内から声をかけられた。
「ディーン、支度出来たわ。ちょっと見てくれる?」
「はいお嬢様」
扉を開け、現れたユーニスの姿はディーンにとっては見慣れたものだ。着慣れた稽古着は刃から身を守るよう何層もの生地を重ねたもの。その上からつける胸当ては革、彼女の速度を殺さないため、重い金属鎧は身に着けさせない。魔物の爪や牙を完全に防ぎきる鎧などありはしないので、一般的にも騎士は身軽さ、動きやすさを重点に装備を選んでいる。
剣は腰に佩くのではなく、背負っているが、ユーニスの身長に合わせて短めにあつらえたものなので抜きにくいことはない。腰にも短剣を二本下げているが、なるべく足回りの邪魔にならないようにしてある。すべて彼女に扱いやすいよう細身のもの。――ユーニスの本気の戦闘衣装だ。
「髪の毛、後ろの方も大丈夫?」
普段のユーニスは簡単に纏めるだけだが、今、濃紺の髪はきっちりと結い上げられている。おそらく時間がかかったのはこのせいだろう。
「ええ、大丈夫でしょう。しっかり纏まっていますよ」
ダリウスが泣いて止めたので髪を切ることは止めたものの、戦いに長い髪は邪魔なだけだ。魔物の爪に髪が絡んで負傷した女性の事例がある。あらかじめ支度が出来る状況ならば、髪は纏めるべきだ。そう言った日、硬い表情で頷いたユーニスをディーンは思いだした。
「それであの王は……本気でって言ったのに木剣なわけね」
ユーニスが遠く、文官と何事かを話しているリオンを見詰めている。手にしているのは腰に佩いた剣ではなく、木剣だ。それは、遠目にも判る。
「思い知らせてやりなさい」
従者でなく、剣の師匠としてディーンは言った。
「はい」
教え子に正しく意図が伝わったようだった。
「私、怖がられちゃってるわね。……仕方ないけど」
一週間も散々暴れていたのだから、当然だ。当然なのだが、ちょっと落ち込む。
しかし、狙っていた効果はあったということだ。
「リオンもあんな感じで、私のことを嫌になっていてくれるといいんだけど」
「その点に関しては、あまり期待されない方がいいかもしれません」
ディーンの予言じみた言葉に、ユーニスは眉をひそめた。
ディーンと共に案内されたのは、ダリウスの執務室にも似た実用的な部屋。そこには、リオンともう一人騎士がいた。
リオンは、国王にしては簡素な、動きやすそうな格好で椅子にふんぞり返っている。身に帯びた剣に合わせるように今日も全身黒い。
それが陰気臭くなく、似合っているのがなんだか腹立たしい。
「花嫁の機嫌は直ったか?」
開口一番リオンに言われ、ユーニスは失望した。
……全然効いてない。
不敵な笑みの、なんと似合うことか。
「一週間ぶりだな」
「はっきり言って、二度と会いたくなかったわ」
「そう寂しいことを言うなよ。俺は一年会えなかったような気分なのに」
「一週間、人を閉じ込めておいてよく言うわね。あと、私は貴方の嫁になることを了承してないわよ。勝手に花嫁扱いしないでちょうだい」
「見知った顔で少しは落ち着いたかと思ったが、そうでもなさそうだな」
「いきなり実家から連れてこられて、閉じ込められたら誰だって怒るわよ!」
「グラディオーラ伯は納得している。それに落ち着かせるために、一週間はそっとしておけというのもグラディオーラ伯のアドバイスだぞ。忙しくて、会いにいってやれなかったことは謝ろう」
「父さまが納得してるっていうなら、じゃあ父さまと結婚すればいいわよ」
投げやりにユーニスが言うと、リオンは心底嫌そうな顔をした。
「あんなおっさんと誰が結婚するか」
「私は結婚するなんて納得してないの!」
ユーニスは大声で言った。
リオンが口を閉じる。柘榴色の瞳が揺れるのを、ユーニスは睨みつけた。弓を射るような気分で。
「……騎士になりたいっていう娘を、心配する親の気持ちは無視するのか?」
正面から言われ、ユーニスは即座に応じる。
「まさか女が騎士を目指すのが駄目だなんて言わないでしょうね?」
そんなことは、今までいくらだって言われてきたのだ。今更、罪悪感を抱くなんて思わないでほしい。
「ぶふっ!」
リオンの傍らで控えていた騎士が抑えきれなくなったというように吹き出し、笑い声を上げた。大柄な体を折って肩を揺らしている。リオンと同じ黒いマントを身に着け、立派な剣を腰に佩いている彼は、しばらく笑ってから口を開いた。
「勿論、女が騎士を目指すのが駄目だなんて、言えんとも。言ったら俺がコイツを殴ろう。騎士団の人員は常に不足していて、性別を問わず広く門戸を開いている。騎士団の元締めの王サマにそんなことは言わせんよ」
「あちらは騎士団総長のアドルファス・ライト様です」
一歩後ろに控えていたディーンに耳打ちされて、ユーニスは目を剥いた。
騎士団総長は王直々に率いる騎士団のトップだ。地位としては、王国全土の騎士団を纏める立場の筈。その上には王しかいない。騎士の中の騎士といってもいい。なのだけど、
……随分と気安い人なのね。
体格こそ熊のようだが、アドルファスの笑った顔は子犬のようだ。
「おい、いつまで笑ってるんだアドルファス」
「いや、だってリオン、お前、さっきのお嬢さんのウンザリした顔といったら……。多分、耳にタコな説得なんだろうよ」
その通り。さすが、騎士団総長。
そういえば、とユーニスは思った。目の前にいるのは、オルコス王国の守護の象徴のような二人なのだ。結婚どうこうという話でなければ、話を聞いてみたかったかもしれない。
「なあユーニス、何も剣を持つこと自体をやめろと言っているわけじゃない。まあ、できればやめてほしいが」
頭をがりがり掻きながらリオンが言う。
……いや、やっぱりこの人腹が立つから話もしたくないわ。
リオンの態度は、まるで子供のわがままをどう諦めさせるか、思案しているように見える。
「……絶対に止めないし、騎士になるのを諦めたりしないわ。騎士でなきゃ、魔物をを倒せないじゃないの」
「ほう。お嬢さんは前線に出るつもりなのかー」
感心するアドルファスの一方、リオンの顔は一気に険しくなった。
「そんなこと絶対に許さない」
「あなたの許しなんていらないわ」
本当は必要になるかもしれないのだが、反射的にユーニスは言い捨てた。
騎士になるためには、試験を受けなければならない。試験官と試合いをおこなって、ニ十人の立ち合いの騎士からの承認が必要だ。普通は、生まれた土地の騎士団で試験を受ける。
しかし、ユーニスはダリウスから追い出されてしまったので、グラディオーラ領内で試験を受けられるか解らない。もしも、王都で試験を受けるなら、二十人の立ち合い人の中には必ず騎士団総長と王が含まれるという。試験のことを考えれば、王の不興は買うべきではない。だけど、
……知ったことじゃないわ!
誰かに許してもらいたくなんてない。ユーニスが騎士になりたい想いは、誰かに左右されるような容易いものではない。相手が王だろうと、なんだろうと。
「――試験をしてみたらいいではありませんか」
それまで静かに事態を見守っていたディーンが言った。
「試験だと? 騎士試験をやれというのか?」
リオンが形のよい眉を寄せる。その横でアドルファスは目を輝かせた。
「ちょ、ちょっと、ディーン……」
自信がまるで無いわけではないが、あまりに急だ。
「いや、その手には乗らないぞ。そのまま押し切ろうなんて無駄だからな」
「いえ、ただの手合わせで構いません。お嬢様がどの程度の腕前か、ご自分で確かめてみたらどうかと言っているのです。騎士を目指すに値しないと思ったならば、そのまま花嫁になさればよろしいでしょう」
……えええ!?
ユーニスは狼狽えながら、リオンとディーンの顔を交互に見比べた。
渋面のリオンの視線を、ディーンは涼しげな顔で受け流している。
ディーンがユーニスの剣技が正式な騎士に劣るものではないと、判断してくれていると思うと、場違いにも嬉しくて仕方ない。
しかし、正直なところ、ユーニスにはリオンと戦って勝てる自信はない。教わってきた剣技は大勢で魔物に対峙するためのもので、一対一で戦って勝つためのものではないから。
でも、諦めたくはない。
ぐるぐると思考が巡り、どうしたものかユーニスが迷っていると、
「いいんじゃないか?」
アドルファスが賛成の声をあげた。
リオンが立ち上がり、アドルファスに詰め寄る。
「お前、面白がってるだろう!」
「そりゃ、面白くないよりは面白い方がいいに決まっているだろうが。遊び心がなきゃ、戦ってられるかってんだ」
苦虫を噛み潰したようなリオンとは反対に、ユーニスは覚悟が決まった。
騎士団総長にも剣技を見て貰えるのなんて、貴重な機会だ。
「私はやるわ。口で説得するより早いもの」
ユーニスはきっぱりと言った。
「ユーニス、負けたら諦めるのか?」
「――もしそれが条件なら、絶対に私は負けないわ」
こちらを見るリオンの目がすっと細められる。
「そうか。なら、諦めさせてやる」
「やるからには本気でお願いね」
「ああ、本気でこい」
そうして、ユーニスはリオンと戦うことが決定したのだった。
●
試合は王城の騎士団詰所、屋外の訓練場で行われることになった。
詰所の一室を借り、今はユーニスが支度をしている。その部屋の扉をディーンは守っていた。なにげなく辺りへ視線をやる。王城の一画とはいえ、騎士団の美徳は質実剛健、詰所に華美な装飾などはない。
ディーンは勿論、ユーニスにも馴染んだ空気だ。自分とばかり戦っていては、妙な癖がついてしまうのではと、領内のあちこちの街の騎士団へ出稽古に連れて行った甲斐があった。
領主の娘の道楽だと、始めは侮り、そして本気になる騎士をディーンは何人も見てきた。自分が本気で鍛えてきたのだから、当然だ。舐めてもらっては困る。
話が広まったのか、徐々に見物人が集まってきている。周囲が騒がしい。そこへ、
「ドレスを脱ぐ手伝いに侍女を呼ばせるか?」
気軽な調子で王が現れた。格好は先ほどと同じ、手には稽古用の木剣。
ディーンは内心の溜息を隠して答えた。
「必要ありません」
「……まさか、お前が手伝うから、とか言うんじゃないだろうな」
「お嬢様は、基本的に自分のことは自分でなされます。 騎士団に入れば、自分の身支度を人に手伝わせるわけにはいかないではありませんか」
隣国のエナクラシオやカルデイーヤでは騎士見習いとして、騎士の世話や盾持ちをする従騎士が存在するが、オルコス王国にはそのような制度はない。騎士叙勲を受けたら、誰でも一人前の戦力だ。見習い期間はあるものの、それは訓練をするための期間で、誰かの世話をすることはない。
「本気で鍛えてたっていうのか……。まあいい、ユーニスも現実を知れば嫌でも諦めることになる」
「随分と余裕ではありませんか」
「ディーン・クロー、お前が剣をユーニスに教えてたらしいが、教え子に甘いんじゃないのか?」
「自分がお嬢様に甘いかどうかはさておき、御自分が甘いかどうかは、すぐにおわかりになると思いますよ」
何か言いたげな王が、誰かに呼ばれて行く。その背中に蹴りを入れてやりたい気分になったが、ディーンは我慢した。多分その必要はない。ユーニスに任せればいいだろう。
少しして室内から声をかけられた。
「ディーン、支度出来たわ。ちょっと見てくれる?」
「はいお嬢様」
扉を開け、現れたユーニスの姿はディーンにとっては見慣れたものだ。着慣れた稽古着は刃から身を守るよう何層もの生地を重ねたもの。その上からつける胸当ては革、彼女の速度を殺さないため、重い金属鎧は身に着けさせない。魔物の爪や牙を完全に防ぎきる鎧などありはしないので、一般的にも騎士は身軽さ、動きやすさを重点に装備を選んでいる。
剣は腰に佩くのではなく、背負っているが、ユーニスの身長に合わせて短めにあつらえたものなので抜きにくいことはない。腰にも短剣を二本下げているが、なるべく足回りの邪魔にならないようにしてある。すべて彼女に扱いやすいよう細身のもの。――ユーニスの本気の戦闘衣装だ。
「髪の毛、後ろの方も大丈夫?」
普段のユーニスは簡単に纏めるだけだが、今、濃紺の髪はきっちりと結い上げられている。おそらく時間がかかったのはこのせいだろう。
「ええ、大丈夫でしょう。しっかり纏まっていますよ」
ダリウスが泣いて止めたので髪を切ることは止めたものの、戦いに長い髪は邪魔なだけだ。魔物の爪に髪が絡んで負傷した女性の事例がある。あらかじめ支度が出来る状況ならば、髪は纏めるべきだ。そう言った日、硬い表情で頷いたユーニスをディーンは思いだした。
「それであの王は……本気でって言ったのに木剣なわけね」
ユーニスが遠く、文官と何事かを話しているリオンを見詰めている。手にしているのは腰に佩いた剣ではなく、木剣だ。それは、遠目にも判る。
「思い知らせてやりなさい」
従者でなく、剣の師匠としてディーンは言った。
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人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。
姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。
そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。
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