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しおりを挟む深い沼地に落ちて、そこから必死に這い上がって助かった夢を見た。目が醒めると上半身裸の男が上から覗き込んできた。
「…………う」
「お、目が覚めたか。おまえ途中で気ぃ失うからイき損ねたじゃねぇかよ」
「…………誰?」
「ああ? おまえ昨夜の事覚えてねぇのか?」
落ちそうな煙草の灰が気になりつつ、訝しい表情でこちらを眺める男が誰だったかな、とぼーっとした頭で考える。すると男は煙草を指に持ち替えて綾に軽くキスをした。
「……え? な、なんでキス?!」
「いや、なんとなく」
「だって、男同士……」
「キスくらいで真っ赤になりやがって。昨夜もっとエロいことしただろ」
呆れた顔が近づき、また唇が重なった。今度は舌を入れられる濃厚なやつだ。
温かくて柔らかい……。
強引に絡められた舌が思いのほか気持ちよくて自然と目を閉じてしまった。
さっきまで吸ってたからかな? この人煙草の味がする……。
煙草……?
「……やっ!!」
「なんだ、思い出したのか? 」
綾が真っ青になって猛を押しのけると、猛はフッと笑ってまた煙草を吸い出した。
どうして……どうして一瞬でもこの男を忘れていたのだろう。あんなに酷い事をされたのに……!!
猛に弄ぶように犯されてそのショックで気絶した綾は精神的なものなのか、目が覚めた直後は昨日の記憶が飛んでいた。しかし煙草の存在に引っ張られて忘れていた酷い時間が蘇った。綾が寝ていたそこはまさしくその出来事があったリビングのソファーで、テーブルに腰を下ろして煙草をふかしているのは綾を苦しめた男だ。
朝日に照らされいる男の鍛えられた肉体はスーツを着ていた時より威勢があり迫力があった。先ほどから話す口調では不機嫌ではなさそうだが、ずっと目元に力が入って眉根が寄ったままだ。少し見慣れたせいか、猛に対して最初ほどの恐怖感は感じない。しかしその分不快感が増している。
綾はソファーに背を預けながらゆっくり身を起こした。はらりと肩から毛布が落ちて、自分が裸のままだと気づいた。
「腹は?」
「え?」
「腹は減ってねぇか聞いてんだよ」
食欲なんてあるわけない。
綾が首を横に振ると、猛は毛布ごと綾を肩に担いだ。
「わあっ!」
「今度は気を飛ばすなよ」
「え、今度は……?」
猛は綾を軽々と隣の部屋まで運ぶと、だだっ広いベッドに投げ下ろした。同じくらいの勢いで、ベッド脇に置いてあったペットボトルが綾のすぐ横に降ってきて、自分はこの水と同じ扱いか……とやりきれない思いが湧く。
「飲め」
喉は乾いていたから素直にペットボトルに手を伸ばした。
「しばらくは寝かさねぇからな」
猛は自らも裸になると綾の上に跨った。リビングと同じように寝室らしきこの部屋も外に面したガラス窓があって、眩しいくらいの朝日が降り注いでいる。綾の目に入った猛の男の部分はもう臨戦態勢で、昨夜これが自分の中に入っていたのかと思うと腰が抜けそうなレベルだ。
「あの……僕、男です……」
「んなこたぁ最初っからわかってる。女は抱き飽きたんだよ。こら、逃げんじゃねぇ」
「っあ!」
ジリジリと後ずさりした綾は猛の片手であっさりまた元の位置まで引き戻されて組み敷かれた。力強い手と支配力のある瞳に抵抗心は砕かれてしまったが恐怖から身体に力が入る。目を閉じ顔を逸らすと首筋をペロリと舐められた。
「……ンッ」
ビクッと震えて声を漏らすと猛が鼻でフッと小さく笑ったのが聞こえた。もう一度首筋に温かいものが触れ、徐々に下へ移動して胸に辿り着いた。グッと歯で甘噛みされ、また声が漏れた。初めて弄られたそこは驚くぐらい敏感で、下半身へ伝染したように熱いものが溜まっていくのがわかった。
なんか……昨日と違う……。
強引にコトは進んでいるが、いきなり突っ込まれた昨夜とは打って変わってあちこち触られ舌が這い回っている。男なんかに触られて気持ち悪いと思っていたのに、身体はしっかり感度を上げられて息が上がり、綾は戸惑ってそれを必死に隠そうと手で口を塞いだ。しかしその手を猛に剥がされ、ゴツゴツとした指を何本か口の中に入れられた。
「しゃぶれ。唾液をたっぷり絡ませろ」
「…ぐ……」
「こんな綺麗なチンコして、全然遊んでねぇだろ。世間知らずの良い子ちゃんって感じだな。可愛がってやるよ」
陶酔した瞳が綾の全身を舐めるように眺め、ぬらりと赤く光る舌が舌舐めずりをした。
猛は唾液で湿った指を引き抜くとそのまま綾の後ろに差し入れた。ゾワリと嫌な感覚が下から這い上がってきて、綾は息を飲んだ。
「狭いな。解すついでにいいトコ触ってやるよ」
「……っあ!ああっ!」
「ふ、いい声で啼くじゃねぇか」
グリグリと指先が刺激する場所から全身に痺れが広がり、脳が焼けそうになった。抗いたくても抗えない、初めて味わう感覚に綾は涙を流しながら喉を反らした。
「おっと、まだイくなよ。俺が先だ」
ググッと熱い塊が押し当てられ、勢いよく貫かれた。苦しさでいっぱいになり、息が詰まる。激しく始まった抽送の振動に、もう身を任せるしかなかった。
猛は達すると休憩とばかりにすぐ煙草に火をつけた。一本吸い終わるとまた綾に挿れる。その繰り返しで2日経った。途中風呂に入れられたり食事を与えられたが、基本過ごすのはベッドの上だった。綾は猛に揺さぶられながらベッドサイドテーブルにある灰皿に吸い殻が溜まっていくのを眺めた。
「……あの、僕の両親は?」
「ああ? 2日ぶりに口をきいたかと思ったら親の心配かよ」
ぐったりと身体をベッドに沈ませている綾に反して、猛には疲労の色を全く感じない。歳は綾よりかなり上に見えるが体力は化け物並と見た。ずっと気になっていた両親について訊ねたが、横で煙草を咥えた猛に不機嫌そうに見下ろされただけだった。しばらくして猛がおもむろに話しかけてきた。
「……おい」
「……はい」
「おまえみたいに借金の代わりに連れてきたヤツは、いつもこの後店に回すんだが、おまえには特別選ばせてやる。店に出て身体を売って金を返すか、毎晩俺の相手をするか、俺の屋敷で働くか……好きなの選べ」
綾が話さない間も「メシ」「風呂」などの指示するような言葉だけで猛から特に会話はなかった。いきなり混乱するような話をされた綾は思わずどもってしまった。
「み、み、店って……?」
「男好きの野郎が来る店だよ。おまえ綺麗な顔してるから客はすぐつくだろうな」
客一人5万だとしても、おまえン家の借金を返すには何十年かかるかわかんねぇな、と冷ややかに言われゾッとした。この先知らない男に何度も犯され続けるなんて考えただけで身体が震えた。
「あの、お屋敷ではどんな仕事なんですか?」
事実上二択になったが内容によってはまた三択に戻る。毎晩猛の相手も体力的にどうかと思うが、知らない男性よりはまだこの男の方がマシに思えた。
「おまえ俺に抱かれる前に風呂で孝太郎に綺麗に洗ってもらっただろ? アレだ」
こうたろう? あの召使いは孝太郎ってなまえだったのか。確かに後ろ洗われた……けど…。
「…………誰の…を」
「次に借金の代わりに連れて来られる男達だ。俺が味見してから店に回すから、その前に穴ん中洗って広げる係」
係って……。
学校の役割決めじゃないんだから…。
でも本来なら綾も猛の味見が終わったこの時点で、そのお店とやらに行かされて客を取らされるのだ。
「どうして僕にそんな仕事を?」
「別に、なんとなく」
どうだ? と口元を緩めて綾を見る猛にはもう綾の答えは知られている。
そんなの選ぶ余地もない。
死んでもいいとすら思った瞬間もあったのに、結局一番楽な道を選んだ。
その日から綾は猛の屋敷に連れて行かれた。
猛が目の前に現れた時よりも、屋敷に足を踏み入れた時の方が運命が大きく変わった気がした。
「ご両親は健在ですよ」
屋敷の中を案内して歩く孝太郎が、二人きりになった廊下でボソッと教えてくれた。
猛が金をせびりに行った時、両親が一生かかっても金を返すから綾を連れて行かないでくれと泣いて縋ったと聞いて泣きそうになった。父親は事業で失敗した金を猛の金融で借りて借金が膨れ上がったらしい。猛はヤクザみたいだし悪徳なのでは……と思ったがそもそも金を借りた父親も悪い。金額は聞いてないが、話からするとかなり多いみたいだ。
屋敷に入って1週間の間、毎晩猛の寝室で調教の方法を手取り足取り教えられた。最初の頃はいつ猛の気が変わって自分も売り飛ばされるかと不安ばかりだったが、季節が変わるにつれ屋敷に馴染んでいく自分もいた。
しかし猛に気持ちが芽生えてしまうと考えは複雑なものへと変わる。側に居たいのに成熟しない想いに苦しみ、逃げ出したくもなる。その繰り返しだ。抱かれる度に心は軋んで枯れていく。でも枯れた心を潤すのも猛だった。
結局自分は一人で頬を濡らすことしかできないのだ。
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