知ってるけど言いたくない!

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その45

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レオはクリフォードの希望通り、足を止める事なく隣国へ入った。そのお陰で二日かかる距離を半分の一日で着いた。


「えっと、ここからどっちに行くんだ……?」


クリフォードは隣国の街に入った途端、何故か初めて足を踏み入れたように、その先の道がわからなくなってしまった。


変だ……。エティと泊まった宿のおやじさんや客室、エティの家の風景などは頭に浮かぶのに、そこに辿り着くための道が全く思い出せない。


エティとここに来たのはそんなに前ではない。覚えているはずなのに、とクリフォードが分かれ道でレオを止め、どちらに行くか悩んでいると、レオがクリフォードの指示なしに進み出した。


「レオ?どうしたんだ」


レオが今まで勝手に行動したことなど一度もない。よりによってこんな時に、とレオを止めようとしたクリフォードはハッとしてと手綱をぎゅっと握りしめた。


「もしかしてお前は、道を覚えているのか?」


レオは立ち止まり、軽く頭を振り向かせるとブルル、と返事をするかのように唇を鳴らした。
なんて頼り甲斐のある馬なんだ。
クリフォードは改めてレオの凄さを痛感した。一日中走り続けたレオはその疲れを物ともせず再び駆け出した。

やがてレオは一軒の店とは呼ぶには寂しい、小さな建物の前で止まった。クリフォードがレオから降りると、それを見計らったように店の中から若い女性が現れた。


「変ね、どうしてここがわかったの?」


白い肌に銀の長い髪。エティの母親によく似たその風貌は一目でエティの姉、ローズだとクリフォードは理解した。
琥珀色の瞳はクリフォードを確認した後、その隣にいるレオに移った。


「ああ、君の方に術をかけ忘れてしまったのね。いいわ、その子を休ませる時間くらいなら入っていいわよ。裏に小さな庭があるからその子はそこに繋いで」

「……術?」


ローズは初めて会ったにもかかわらず、昔からの知人のように軽く話しかけてきた。クリフォードは黙って言われたように裏の庭にレオを繋いだ。裏庭には、真新しい水が桶に用意されていた。

クリフォードが店の扉を開けると、その奥へ続く扉がクリフォードを誘うように独りでに開いた。普通なら驚いて後ずさるだろうが、その店の雰囲気はそれが当たり前のような空間で、クリフォードは構わず部屋の奥へ進んだ。

真っ暗な廊下を進み、開いていた扉から中を覗くと、客間らしき明るい部屋のソファーにローズが姿勢良く座っていた。


「座って」


どうぞとローズの向い側のソファーを案内され、クリフォードは素直にそこへ腰を下ろした。


「エティの雇い主、何しにここへ?」

「クリフォードです。……エティの容態は?貴女が連れ帰ったと聞いたのだが……」


ローズからは自己紹介もなく会話が始まった。見た目はエティ同様、男性だけでなく同性からも目を惹く美しさなのに、性格はエティよりも気高そうだった。


「エティは瀕死よ。今のところ、ね」


ローズは意味ありげに床に視線を落とした。
エティが瀕死などど信じたくなかったが、現実なのだとクリフォードは組んでいた手に力を込めた。


「エティは今どこで治療を?会わせてもらえるか?」

「無理よ。悪いけど帰ってくれる?」

「断る。エティに会うまでは帰るつもりはない。それに聞きたい事がある。エティはどう瀕死なんだ?」


何故ローズがタイミングよく屋敷に現れたのか、瀕死のエティをどう運んだのかなど、クリフォードは他にも多く訊ねたい事があったが、今一番頭にある事を口にした。ハンクが連れてきた医師はエティにも血が流れるような怪我はないと言っていたらしい。瀕死と一口にいっても、何が原因でそうなっているのかがクリフォードには全く想像できなかった。

ローズは最初からずっとすました顔をしていたが、クリフォードの質問に不快を見せた。


「聞いてどうするの?あなたに何ができるの?」

「俺にできる事なら何でもします」

「へぇ、じゃああなたが死んでエティが助かるなら死ねるの?」

「ええ、死ねます」


何の躊躇いもなく即答したクリフォードに、ローズは鋭い目つきでしばし見据えた。クリフォードはひるむ事なく、ローズに負けないくらい強く視線を返した。それはその場を繕うものでなく、クリフォードの本心だった。ベッドの上でエティにナイフを向けられた時、素直にそう思った。

エティのせいでも、エティのためでもどちらでも自分の命を失くしても悔いはないと。


「エティはあなたに何も話していないようね。エティから信用されてないんじゃないの?」

「そうですね。彼女に俺の知らない部分があるのはわかっています。打ち明けてくれない理由はわかりませんが、それでも俺の気持ちに変わりはない」

「魔女よ」


「ま……?」



ローズから突拍子もない言葉を言われ、クリフォードは困惑の表情を浮かべた。何故そのような単語が今、ローズの口から飛び出したのかクリフォードは意味が掴めなかった。あっけらかんとした顔のクリフォードに、ローズは少し苛立ちを混ぜてもう一度繰り返した。


「だから、エティは魔女よ」

「魔女とは確か……言い伝えや本によくある魔法使いとか、聖女とかそういう類のものか?」

「え、ちょっと待って。そこから説明が必要なの……?」


ローズは面倒だ、と瞼を閉じるとソファーに背を預けた。

クリフォードが魔女について知識がないのは当然だった。クリフォードだけでなく大概の人は同じ反応をしただろう。
魔女や魔法使い、聖女や妖精などは子供が読むような物語の本の登場人物で、実在しないものと人々に認識されている。固有名詞を知っていてもそれがどんな特徴の持ち主で、他とどう違うのかは意外と皆んな知らないのであった。


「魔女が魔法、魔力を使うから魔女と魔法使いは同じよ。人間にとって薬にも毒にもなる存在よ」


エティが魔女だと言われてもクリフォードは最初ピンとこなかった。見た目は普通の人間と同じで自分と何が違うのかがわからない。そういえばエティは幼い見た目から一晩で急に大人の女性に身体が変化した。あれもエティが魔女だという事に関係しているのだろうか。

クリフォードが頭の中で色々なつじつま合わせをしている中、根本的な事に気づいた。
エティが魔女だと言うなら、目の前にいるエティの姉も、エティの母親ももしかしたら父親もそういう存在なのかと。
クリフォードの視線に気づいたローズは、姿勢を正すと少し前のめりになり妖しく笑った。


「あたしが毒でエティが薬よ」

「……毒?薬?」


もはやローズの言葉を繰り返す事しかできないクリフォードは、ローズが遠回しに話を進めていくのにもどかしさを感じとり自然と眉根を寄せた。少しでも早くエティに会いたいと気が急いて声が低くなった。


「要点をわかりやすく言ってくれ」

「せっかくショックが少ないように教えようと思ったのに。まぁ、いいわ」


ローズはそう言うと先程までの余裕な態度をガラリと変えた。神妙な面持ちでクリフォードに向かうと切羽詰まった声で話し始めた。



「エティの雇い主、あなたには呪いがついていたの。それも二つ。その呪いは依頼があって昔あたしがつけたのよ。命を脅かす呪いを見たあたしの可愛い妹はどうしたと思う?」


クリフォードは目を見開いた。


呪い?自分に呪いが……?


呪いというのは魔女という言葉よりは耳にした事があった。恨んでいる相手を苦しめる為に、陰でこっそり商売している占い屋に頼む人がいると昔聞いた事がある。
ある時から急に変わった自分の身体と、危険を感じるようになった紫銀の女。

ドレス姿で自分をもらってくれと言ったエティはいつもより甘えてきて様子が違った。エティに刺されてクリフォードが意識を失った後、紫銀の女が現れたはずた。それで、エティに一体何があった……?






「エティが死にそうなのは俺のせいなのか……!」

「あなたのせいではなく、あなたの為によ」


自分の代わりに紫銀の女に命を脅かされたと思い、頭を抱えて項垂れたクリフォードに、ローズはエティによく似た声で優しく説明した。

クリフォードの魂を取りに来た紫銀の女に、エティはクリフォードを仮死状態にして偽物の魂を掴ませた。目的を達成した紫銀の女は消滅した。その直後、あろうことかクリフォードの心臓は完全に止まってしまった。
本来ならほんの僅かに動く心臓をエティの魔力で傷を治し、元の元気な状態にする筈だった。



「エティはタブーを犯したわ。死んだあなたを生き返らせた。今の状態はその代償よ」


「そんな……嘘だろ……」


脱力したクリフォードの身体から消え入りそうな声が漏れた。
自分の知らない間にエティは準備を進め、呪いからクリフォードを護った。何よりもショックだったのはエティの様子がおかしかったのに、自分は何も動いてやれなかった事だった。もっと疑って、エティを問い詰めてこんな事やめさせればよかった。
クリフォードは自分が死んだ方がどれだけ楽だったかと奥歯を噛んだ。



「エティの癒やしの魔力は本来亡くなった命には使えないわ。だけど自分の命を削る事で魔力を増幅させ生き返らせる事ができる。エティはそれを知らなかったのに本能でやってのけた。あなたの中にはエティの一部が入ってる」


クリフォードは自分の胸に手を当て目を閉じた。しかし、ただ後悔と悲しみに苦しむ自分の鼓動を感じるだけだった。


クリフォードが声も出せない程ショックを受けているのを見たローズはゆっくり言葉を紡いだ。


「毒は上手く使えば薬になるって知ってる?」



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